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第15話 阻止できる者

 法律的には問題ない、江川はアメリカの法的合理主義を目のあたりにして来た。その権利を振りかざすのは今日しかないのだ、明日では遅すぎる。


 正々堂々、巨人と契約できる。周りの大人たちもそう言っている。


 江川は確かにそう思っていた。いいや微塵も罪悪感など抱かせないほど、江川が信じる周囲の関係者たちは小物ではなかった。

 江川は野球の類稀なる才能を有しながら、将来に謙虚であった。


 作新学園を選んだのも進学科があるから、早稲田・慶応を目指したのも将来プレイヤーで無くなる日が来ることを想定してのことだった。

 江川は進学とドラフトで2度失敗している。だから野球界の名門、巨人はブランドであり保険であった。



◆◇◆◇



 午前7:50には虎ノ門、全共連ビルの船田事務所前は報道陣が集まっていた。

『江川と巨人が契約するって?』『野球協約には抜け穴がある』『確かに空白の1日が存在する』『巨人山本弁護士もあぞといね』『船田、蓮実らしいぞこの提案』

 疑心暗鬼ながらにも、マスコミ連中は盲点を突いたと言える情報タレコミに騒めき、その時を待つ。


「これは何の騒ぎですか?」「あー例のタレコミね、報知うちにも来たけどあれはガセネタだよ、ガセ」「こんなとこ居たって何もありゃしないよ、ほら帰った帰った」


 苦々しい顔をした読売系列の人間が、他社のマスコミを追い返す。江川・巨人陣営は、契約までは隠密に済ませたかったはずだ。契約を済ませた後の発表・会見は望むところである。


「ナミちゃん報知新聞にタレコミしちゃったの?」

「ごめん、デンちゃん。わたしどこが読売系列のマスコミか分からなくってどーしましょ……」


 火のない所に煙は立たない……ガセネタだというのなら、何故報知新聞社の人間はここに来たのであろう、放っておけばよいはずだ。


「いや、ナミちゃん、逆にファインプレーだったかもしれない」

「ホントッ! ヤッター」



◆◇◆◇



 鈴木セ・リーグ会長、井原宏コミッショナー事務局長らが噂の確認のため、それぞれ長谷川巨人代表に電話を入れる。

 報告を受けて正力オーナーは苛立ちを隠せない。どこから情報が漏れたのであろう、8:25、江川はまだ船田事務所には姿をみせていない。


「デンちゃん……」


 ナミはデンちゃんの手を握る……しかしその瞳が全共連ビルから外されることなない。ナミはこのまま江川がここに現れないことを祈る。ナミにはこのクエスト成功への向けてできることはもうない。デンちゃんもこの後の策など無いに決まっている。


 8:56。江川到着。


 江川本人は今日の起床後に初めて詳細を知らされた。それでも本人が了承したのなら、後はトントン拍子で進んでいくことは必然。

 江川がイビキをかいて寝ている頃から、江川を取り巻く『関係者』たちは後戻りできないところまで進めていた。江川は23歳で野球では『怪物』と呼ばれていても、まだ世間知らずの坊ちゃんなのだ。


 9:30から江川の巨人入団記者会見を開く予定をしていたオークルームに江川到着を察知したマスコミが雪崩れ込んだ。


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