「お前の家に南中に行ってる娘がおるでべろ?」
パントマイムで連想させた受話器に向かって男が低い声で呼びかける。
「いてはるけど……まさか……? あたいの娘を……?」
女が同じように受話器に向かって震える声で応答する。
「うちのは西中だがねん」
「何でやねん」
間髪入れず女がお決まりのツッコミポーズのアクション。
「南中ゆーたら、山田武っちゅうセンセおるやが?」
「……いてはるでねぇ」
「わしも山田武いうだがねん、同姓同名だす」
「犯人、名前ゆーてるやん」
独特の言葉で漫才をするトリオ……、……トリオ? 男1人は何も話していなかった。
「はいはい、やめやめっ」
厳しい目で見守っていた講師らしき人が手を叩いて漫才を止める。
「噛み噛みやないかい! そんでお前は何しとんねんっ」
可笑しな語尾を『噛んでる』と解釈され、何一つ言葉を発しなかった男の頭は遠慮なくど突かれた。
「あたいたちは下町一門の漫才に心服してさ……ぜひ習おうってなもんなら、松本派よりも浜田派の方が評判が良いって話を聞いちまってさ……お前たち、ここで男を見せなくてどうすんだい! しっかりおしっ! と言いうわけで先生……」
言い訳っぽくその場を凌ごうとする言葉を遮るように先生が一歩前に出たのなら、冗談なのか本気なのか分からない顔質で、周囲の緊張感を煽る。
「結果発ぴょぉぉぉー!!」
突然、先生の大声が室内の隅々まで行き渡る、しかしうるさいとは感じない。そしてそのままの勢いで進行されていく。
「残念! 才能なし!」
目が笑ってない空笑顔で切って捨てる。それを聞いた女は着ていたシャツの裾を口に咥えて慟哭する。
「きぃー、悔しったらありゃしないよ」
「姐さん、落ち着くでんす」
「転職は諦めるしかないだすね」
「クエストは失敗、漫才師にもなれないって、何やってもダメごぎゃるね、姐さん」
時代は漫才を日本伝統芸能と評し、漫才文化の代表的存在である『下町一門』は『松本一派』と『浜田一派』に分かれていた。
* * *
『クエスト レベル1 『松本しとひ、芸能活動休止スキャンダル』に挑戦したナミとデンちゃん。クエスト挑戦2回目の結果はしょっぱい結果であった。
グレゴリオ暦2023年12月26日、週刊誌に掲載された当時『笑いの神に認められた男』として君臨していた松本しとひ。週刊誌に報道されたのは遡ること2015年に起きた『性行為強要疑惑』であった。
この訴えは同年、影響力のある大手芸能事務所で長年起きていた『性加害問題』、それが世界的に話題となり、時代の追い風が吹いていたからこその勇気と言えた。
後に日本文化遺産となる漫才、そして『笑才』とも称されたレジェンドが、事実無根・名誉棄損で徹底抗戦の構えを見せたにもかかわらず、『訴えの取り下げ』により終結を迎える、という卑小感。
この『笑いのカリスマ』に相応しくない幕引きに、白黒つけるべくクエストは招集された。
「お笑いって、どこかタブーに触れることで笑う部分ある、というのは否めないよね」
「デンちゃん、お笑いに詳しかったっけ?」
「食べ物とか吐き出したり、人をど突いたり、容姿に触れたり、下ネタとか……映像見て勉強したんだよナミちゃん」
「ふーん、それで最近なんかコソコソ見てたんだ……」
「別に隠れて見てないよ……」
「ニヤニヤしてたじゃん」
「お笑いだから……」
「お笑いって、鼻の下が伸びる笑い方だっけ……?」
彼女は
デンちゃんと呼ばれた男は
「……それなのに、少し見せ方と受け取られ方に差異が生まれてしまうと、途端に叩かれる」
「世の中が潔癖になってる感じはあるわね」
「その世間を鋭い嗅覚と類稀なる発想で舵を取っていたのが松本しとひ。笑いの王道そのものとも言える存在になって、周囲は彼に忖度するようになった」
「そんな彼が、小娘ごときに
「笑いの神に振り向いてもらうため悪魔に魂を売った、その悪魔の契約の末路ということなのだろうか……」