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私、魔法少女に助けられたいから、危険な橋を渡ります!
私、魔法少女に助けられたいから、危険な橋を渡ります!
羽黒楓
現実世界現代ドラマ
2025年03月23日
公開日
9,807字
連載中
生命保険会社の法人営業部、セールスパーソンの私は、魔法少女ミスティシャーベットに恋をしていた。
逢いたくて逢いたくて。
わざと危険に飛び込めば、必ず彼女が助けにやってくる。
だから、私はいつも自分から危険な場所に赴くのだった。
そんなあるとき、男たちに襲われたのに、魔法少女はいつものようには現れてくれなかった……。

ポテト、シャーベット、魔法少女。

 派手なドレスを着ているその少女は、私を軽々と抱き上げた。


 お姫様抱っこってやつだ。


 私はこれでも成人女性なので、女の子にこんなにも簡単に抱き上げられるほど軽くはない、はずなのだけれど。




 私は彼女にしがみつく。


 彼女の身体の柔らかさと体温を感じた。


 ドレスから甘いお花のような匂いがふわりと香る。


 それは私の脳細胞を支配していって、とろんとした恍惚感に包まれた。


 少女のドレスを彩るたくさんのレースとフリルが目に入る。


 なんてかわいらしいんだろう。


 少女は私を抱えたまま、まるで重力なんて無視するかのようにビルの屋上から屋上へと飛び跳ねていく。




 視界を流れていくのは都会の夜景。




 それをバックにして、私の目のピントは彼女の顔にあったまま。


 彼女のピンク色のツインテールが風になびく。


 大好きな彼女の顔を見つめる。


 年齢は中学生くらいに見える。はっきりした目鼻立ち、眉はくっきりとしていて、強い意志を感じさせる。


 血色の良い薄紅色の唇が、キリッと一直線に引き締められている。




 彼女の名前はミスティシャーベット。




 この街の平和を一途に守る、魔法少女だ。




 私は今彼女に助けられ、家まで送り届けられる、その途中なのだ。


 あまりの幸福感にくらっと意識を持っていかれそうになった。


 いつまでも永遠にこの時間がつづけばいいのに。




 でも、彼女はやっぱり私には微笑みかけてくれなくて。




 それはいつものことで、それがもどかしくて私はさらにこの子に焦がれてしまう。


 あっというまに、私のマンションのドアの前まで来てしまった。




 やさしく優雅に私を立たせてくれる魔法少女。


 私は服をパタパタとはたいてしわをのばす。


 そして、まっすぐ彼女を見た。




 ツインテールと同じピンク色の戦闘用ドレス、膝上丈のスカートにはパニエがみっしりつまっている。


 肘まである真っ白なオペラグローブがとてもかわいらしい。


 こんなにも完璧に愛らしい女の子なんてこの子以外、世界のどこを探してもいないだろう。


 私は心臓の鼓動があまりに早くなって、うまく息もできない。


 ほっぺたが赤く火照るのを感じた。




「ありがとう、ミスティシャーベット」




 私はやっとのことで彼女にそう言った。


 ミスティシャーベットは私の方を見もせずに、自分の足元だけを見て、




「……こんなの、私たち魔法少女の仕事じゃ、ありません」




 といった。




「でも、今日も助けてもらっちゃったよ。あなたのおかげで助かった」




 ミスティシャーベットは不機嫌そうな声で、




「わざとですよね?」




 と私に聞いた。


 私はそれには答えず、




「ありがとね」




 ともう一度お礼を言った。




「別に、いいです。でも、お姉さんはちょっとやりすぎです。次からは、もう助けませんから。だから、今後は絶対に危ないことはやめてくださいね」




 そう言ってミスティシャーベットは、夜の街の中へと消えていった。




     ★




 次の日、オフィス。


 私は外回りから帰ってきて、顧客から預ってきた書類を整理する。


 私の職業は生命保険のセールスパーソンだ。


 といっても、まだまだ二十代前半の下っ端。


 リテールならともかく、私が所属しているのは法人営業部。


 外回りといってもおいしい仕事はそうそう回ってこないし、上司の担当の会社に出向いては必要な書類に判子をもらって本人確認書類のコピーをもらってくるとか、そんな仕事ばかりだ。


 今日も山のような請求書類を預かってきた。それを持って事務の女の子のところにそれを持っていく。




「蒼井あおいさん、これお願い」




 私より二年遅れで入社してきた後輩の蒼井かすみさんは、黒くて丸いフレームの眼鏡の奥から上目遣いでジトーーーッと私を見る。


 しばらく、何かを言いたげな表情だったが、




「……はい」




 といって書類を受け取る。


 うーん、相変わらず芋いなあ。


 髪の毛はもたっと重そうなシンプルなショート。


 ボブというより、まあなんというか、おかっぱといったほうがしっくりくる。


 整えたこともないんだろうなあ、って感じの濃くて太い眉毛、唇は薄くて肌はとてもきれい。


 顔立ちも多分、元はすごくいいんだろうけど、なんかこう、ええと、芋っぽい。




「宮原さんの今日の分、こんなにあるんですか?」




 蒼井さんは眉をひそめて、ちょっと不愉快そうな顔で、




「宮原さん、今日の書類、多くないですか? 締切は?」


「えっと明日で……」


「これ予定外に頼まれた手続きです?」


「いやあ……、実は先週から頼まれていてねー……」


「もう! こんなにいっぱいの仕事持ってくるなら、もっと早く言っておいてください! 私にも仕事の段取りってもんがあるんですからね!!」




 怒る様子も芋っぽい。


 昨晩のミスティシャーベットとは大違いだ。


 魔法少女はみんな、見た目から立ち居振る舞いまで、すごく洗練されているからなあ。




「まーまー、ごめんね、お願いよ、やっといて!」


「……これが私の仕事だからやりますけど。ほんとに、今度から多いときは前もって言っていただくと助かります」




 私は大量の書類を蒼井さんのデスクにおいて、逃げるように自分の席に戻っていく。


 いつも助かってます、ありがと蒼井さん。


 心の中でだけそう思って、さて私もまだ書類仕事がある。


 とっとと終わらせよう。


 今日も、彼女に逢いに行くのだ。




     ★




 仕事が終わった後、私は繁華街に向かった。


 セールスパーソンの着ている堅苦しいスーツ姿の女なんて、ここではとても浮いて見える。


 とはいえ、女が一人で歩いていると、スカウトとかナンパとかとにかく次から次へと声をかけられる。




「うるさい、どいてろゴミ!」




 声をかけられるたびに、私は乱暴にそう言い放つ。


 運がよければ、逆上した男が殴りかかってきてくれたりする。


 そしたら魔法少女の出番なわけ。


 私はいつもこんなことをしているから、ミスティシャーベットは私のことをマークしているっぽい。


 ピンチになったらすぐに助けに来てくれるんだから。




 なるべく怪しい場所、暗い場所を探して歩く。


 裏道に入っていく。


 今日は繁華街にしたけど、その日によって選ぶ場所は違う。


 人通りのない住宅街だったり、ホームレスが暮らす広い公園だったり。


 それがどこであっても私がピンチになると、三分以内にはミスティシャーベットが来てくれる。


 とにかく、私はミスティシャーベットに逢いたいのだ。


 そのためなら多少の危険は冒してもいいと思っている。


 最高に怪しい風俗店がならぶ路地を歩く。


 昔の赤線地帯だとか聞いた。


 車一台がなんとか通れるくらいの道幅、その路地沿いにはずらーっと風俗店が並んでいる。


 ま、この中には女性でも風俗嬢と遊べるお店があったりする。


 なんで知っているのかというと、それは秘密なんだけど、とにかく秘密なのだ。




 さて、その路地を通り過ぎてさらに奥の方に、ちっちゃな公園がある。


 小高い丘を背にした神社のとなりの公園で、住宅街からも遠い。


 夜中に女性が一人で来るのに、ここ以上に危険な場所なんてそうないと思う。


 私はそこの公園に入ろうとして――。


 さっそくきた。




「おねえさん、まさか一人?」




 若い男が二人。


 暗くて、顔どころか、どんな格好をしているかすらもわからない。




「そうですけど、なにか?」




 そう答えると、




「ちょっと遊ぼうよ」




 といって私の手を取った。




「やめろクズッ!」




 私は叫ぶ。




「ああ? クズって俺のことかぁ?」




 男は怒りを含んだ声でいった。


 うん、いつもならそろそろ彼女が登場するころだ。




「クソ男が、キモすぎんだよ、さわんなキモ男」




 調子に乗って挑発しすぎてしまった。


 次の瞬間、男のこぶしが私のおなかにめりこんでいた。




「……っ!? ……はっ、ぁぅぅぅ……」




 思わずその場にへたりこむ。


 痛い、というよりも苦しい。


 目の裏で火花が散り、横隔膜がピクピクと痙攣して息ができなくなる。


 殴られたのはおなかなのに、頭蓋骨の中で鉄球がガンガンとぶつかりながらとびまわっているような頭痛が襲う。




 涙がぶわっと飛び出した。




 全身がしびれる、男に本気で殴られるってこういうこと?


 いや早く助けに来てよ、いつもなら男が近づいてきた時点で来てくれるじゃない。


 なんで今日は来てくれないの?




『次からは、もう助けませんから』




 ミスティシャーベットの声が聞こえる。


 あれ、本気だったんだ?


 いつもいつもわざと人に襲われるようにしている私に呆れて、ミスティシャーベットは見捨てることにしたの?


 そんな、じゃあ私は……。


 そしてそう思ったとき、今度は男の蹴りが私の顔面にクリーンヒットした。


 目の前が真っ暗闇になった。




     ★




 次に意識が戻った時、私はほとんど“剥かれて”いる最中だった。


 両手を頭上で地面に押さえつけられ、ナイフでスーツを切り裂かれている。




「お、けっこういい体してるじゃん、ラッキーだわ」


「今日の風俗代浮いたな、へへへ」




 男たちの会話が聞こえる。


 やめて。


 触らないで。


 下着をとらないで。


 そこは触らないで。




 声に出したくても、唇がしびれていて、口が動かない。


 恐怖心のせいだろうか。


 鼻血が次から次へと流れ出ていくのが感じる。


 ああ、終わりだ。


 愛いとしの魔法少女にも見捨てられ、男たちにいいようにされて、ここで私の危険なお遊びは終わりになった。


 はかない恋心が衝動的に私をこんなバカな行動に移させた。


 そして終わりがやってきたんだ。




『次からは、もう助けませんから』




 またミスティシャーベットの声が脳内で蘇った。


 ああ、恋も、私ももう終わり。


 そして男たちが私の身体に直接触れようとした瞬間。




「……やめなさい」




 女の子の声が聞こえた。




「ああ? なんだてめえ?」


「こらガキ、なに邪魔してんだ?」




 男たちが私から手を放して声の方へと向かう。


 暗闇の向こうからこちらへと歩いてくる小さな人影。


 街灯の下へと出てきた彼女の姿は。




 まさに天使だった。




 街灯の安い光が、神々しい後光に見えた。


 長くてピンク色のツインテール、同じくピンク色の戦闘用ドレス、かわいらしいブーツにオペラグローブ。


 とても整った端正な顔立ち。強い光を放つ瞳で男たちをにらみつけ、そして彼女は両手を広げてポーズをとった。




「きらめく氷の結晶で! あなたの邪心を冷やしちゃう! 魔法少女、ミスティシャーベット‼」




 男たちはあきらかにひるんだ声で、




「ま、魔法少女か……や、やべえぞ……」


「やべーって! に、逃げるぞ!」




 そして背を向けて走り出す。


 ミスティシャーベットはぼろぼろになった私の姿を一瞥すると、手に持っていたカラフルなマジカルロッドを振り上げた。




「……なにもする前だったら逃がしてあげたけど! もう許しません! ラブリーハートスパーク! 私の心の輝きでぇ~~~っ! あなたを救っちゃう! シャーベットピュアシャワーーーー‼」




 しゅわりーん、と冗談みたいな効果音とともに、まばゆい光が男たちを包む。




「ピュアピュアジャスティース!」




 ミスティシャーベットの声とともに光が消え、男たちはその場に倒れこんだ。




「心配ないよ、身体は傷つけてません。……でも今後、他人によこしまな気持ちを抱けないように心と身体を改造したげたからね! これからは正しく生きてください! ……こっちはこれでよし、と」 




 そしてミスティシャーベットは倒れている私を見下ろす。




「で、こっちは……。はぁ。もうこういうのはやめてっていいましたよね」




 呆れたようにため息をついてそういうミスティシャーベット。




「私、怒ってますから! 優しくはしたげません」




 と、私を昨日と同じく抱き上げると、ぴょーんと跳躍して夜の街の空を飛び跳ねていった。




     ★




「あの、ここは……?」




 昨日と違って、ミスティシャーベットが私を連れてきたのは、見知らぬマンションの一室だった。


 ミスティシャーベットは無言で部屋の中へと私の手をひっぱっていく。


 そこは狭いワンルーム。


 余計なものがない、こざっぱりとした部屋で、ベッドとちっちゃなテーブルしかない。


 そのテーブルの上にはなんだかどこかでみたことのあるような眼鏡が置いてある。


 この眼鏡、どこで見たんだっけ……?




「まず、お風呂入ってきてください、傷口はよく洗い流して。そしたら手当してあげますから」




 不機嫌そうな、でもやさしさのこもった声でそういうミスティシャーベット。


 狭いワンルームに魔法少女の組み合わせって、なんか、こう、シュールだなあ。




「今日は助けにいくのが遅れてごめんなさい」


「……いいよ、結局助けてくれたんだし」


「急な残業が入ったんです、帰ってから疲れて寝入っちゃってアラートに気づくのが遅れたんです」




 仕事? 残業?


 魔法少女が?


 なにいってるの?




「いっときますけど、残業はあなたのせいですから。ほら、シャワールームはそこですよ、宮原さん」


「……私の名前、教えたっけ?」


「はぁ。やっぱり、ぜーーーーーーんぜん気づいてなかったんですね。いいです、もういいです、シャワー! はやく!」




 タオルを持たされ、私は急き立てられるようにシャワールームに入った。




     ★




 シャワーを浴びて出てくると。


 そこにミスティシャーベットはいなかった。


 かわりに、ものすごく見覚えのある女性が部屋の中で座っていた。


 重たそうなおかっぱ頭、黒縁の丸い眼鏡、濃い眉毛。




「……蒼井、さん……?」




 会社の事務の蒼井かすみさんがそこにいた。


 じとーッという目で私を見る蒼井さん。




「……ここ、蒼井さんの部屋?」


「そうです」


「ミスティシャーベットは?」


「ここにいるじゃないですか」




 自分の鼻をツンツンと指さしていう蒼井さん。


 ……。


 …………。


 ………………。


 ひえぇ~~~~~~~~~~~!




「まじでいってる?」


「まじでいってます」


「……ほんとに?」


「ほんとです」




 いやありえないよ、蒼井さんはそりゃ若くてお肌もすべすべで、でもミスティシャーベットには似て……ん? そっか、でも眉毛をこう、こうして、髪をこうすれば……?


 私は脳内メイクアプリで蒼井さんにメイクを施す。


 な、なるほど、似てなくも……ない……ってか、けっこう似てる気が……。




「で、でもミスティシャーベットはどう見たって中学生くらいで」


「私が魔法少女になったのって、中学生のときですから。変身するとあの頃に戻るんです。っていうか。見せますよ」


「見せるって、なにを……」




 蒼井さんは小さな杖みたいなのを取り出した。マジカルロッドだ。


 本物っぽい、うわ、まじですか。


 それを振り上げると、




「シャーベットスパークチェンジ!」




 と叫んだ。


 するとどこからかポップなBGMが流れてきて……。


 え、なにこの音楽、どこで鳴らしてるの?


 そして蒼井さんはその場で舞い踊り始めた。




「勇気がはじける♪ かがやく心が♬ あなたの世界をきれいにするよ♪」




 歌いながら舞う蒼井さん、そしてその歌にあわせてどんどん変身していく。


 ピンク色のドレスがシュピーン! 


 スカートもシャラーン!


 真っ白なオペラグローブがシュイーン!


 そして耳飾りにペンダント、さらには重たい黒髪おかっぱが、ぶわわっ!! と一気にのびて、長いツインテールになっていった。


 そこには、私の愛しの人、ミスティシャーベットがいた。




 あの芋っぽい蒼井さんが変身したらほんとにミスティシャーベットになっちゃった。


 なるほど、変身するとメイクもされるんだ。


 めちゃくちゃおしゃれ眉毛になってる……。


 抑えた色のリップもすごく似合っているし……。


 かわゆい……。




「蒼井さん。ほんとに、あなた……」


「はぁ。顔バレしないように普段はわざとお化粧をしていないんです。メイクしちゃうとどうしてもミスティシャーベットっぽくなっちゃうから。ほかにもちゃんと説明しますけど、……その前に」




 蒼井さん――ミスティシャーベットは立ち上がって私の方へツカツカと歩いてくると、私が巻いているバスタオルを強引にひんむこうとした。




「や、やめて……」


「だめです、傷のチェックします、私、治癒魔法も使えるんで。自業自得だからじっとして!」




 蒼井さんの厳しい声に、私は「はい!」と元気よく返事をしてしまった。


 一日に二回も剥かれるとは……。


 そして丹念に私の身体をチェックする蒼井さん。


 うーん、私、男に裸を見られるより、女の子に裸を見られる方が、恥ずかしいんだけど……。




「鼻血は止まってますね、傷も……大丈夫かな、おなかにあざができちゃってますね、まああとで念のため治癒魔法かけてあげます」




 そして。


 そのまま、裸の私にガバッとだきついてきた。




     ★




 一瞬身体が硬直したけれど、蒼井さん――いや、今は変身しているからミスティシャーベットだ、彼女から私の大好きな甘いお花の香りを感じて、ああ、ほんとに蒼井さんがミスティシャーベットだったんだ、と思って、どうしようもなくなってしまって、もうほんとに無我夢中で私も蒼井さんのことを抱きしめ返したら、蒼井さんもぎゅっとさらに力をいれてきて、痛い痛い、背中に爪立ててるよ、痛い、痛くて痛くてありがとう。ありがとね。




「ありがとね」




 口に出していた。




「バカ宮原さん!」




 ミスティシャーベットが私の耳もとで叫ぶもんだから、私はびっくりしてしまった。




「半年前に初めて宮原さんを助けてから……私、いつでも宮原さんのことが心配で……夜も眠れなくて……。それなのに宮原さんはっ! いつでも危ない場所にいって危ないことばっかりして……!」


「ご、ごめんね……」




 なにしろ、憧れのミスティシャーベットに逢いたいがために、助けられるためにわざと危険なことをしてきていたのだ。


 こんな心配させちゃって、謝る以上のことが私にはできない。


 ミスティシャーベットは、私を抱きしめる手を放して、私の肩をつかんだ。


 じーっと私の目を見つめる。


 その瞳は青く透き通っていて、ああそうか、魔法少女に変身すると碧眼になるんだなあ、かっこいいなあ、綺麗だなあ、かわいいなあ、とか思っていると。


 ミスティシャーベットは思いっきり右手を振り上げた。




「宮原さんの馬鹿っ!」




 そして振り上げた右手を私の頬に叩きつけようとして。


 ビンタされちゃう、そう思ったけど。


 わずか数センチ手前でミスティシャーベットの手が止まった。




「叩かないの? 馬鹿なことしたの、私だよ? あなたは怒ってもいいと思う」




 そう私が言うと、ミスティシャーベットは私に再度抱き着いてきた。


 そして涙声で言う。




「ほんとに馬鹿、馬鹿宮原さん……。魔法少女の力で叩いたら、宮原さんの頭なんて吹っ飛んじゃうんだから……」




 なんだか怖いことを言うなあ。


 背中が震えちゃうよ。


 っていうか寒くて震えてるなあ。




「あのー、蒼井さん」


「はい?」


「忘れてるかもしれないけど、私、今、素っ裸なんで、寒いです……あと、残業させてごめんね、頭ふっとばさないでね」


「着るものは貸します。残業くらいで頭は吹っ飛ばさないですよ。……腕の一本くらいで勘弁したげます」




     ★




「へえ、蒼井さん、けっこう飲むんだ」




 ミスティシャーベットだった彼女は、今は変身を解いて蒼井さんに戻っていた。


 いつものあんまりおしゃれじゃないタイプの丸眼鏡、太い眉毛、芋っぽい。




「芋焼酎、好きなんです。お湯割りにすると最高です」




 私は借りた芋ジャーを着て、同じ芋ジャーを着た蒼井さんと差し向いに座っている。


 この芋ジャー、同じの二つ買ったのかあ、そうか。


 憧れのミスティシャーベットと、いちおうペアルック……ってことでいいのかなあ。


 芋焼酎のお湯割りのグラスを傾ける。


 おいしいけど、芋尽くしだなあ。


 これじゃあ、ミスティシャーベットってよりさ、




「ミスティポテト……」




 ふと呟いちゃった。


 蒼井さんは私の言ったことがよくわからなかったみたいで、グラスの芋焼酎を一気にあおると、




「宮原さん」


「はい」


「なんか、悩みがあったら、聞きます」




 真剣な表情でそう言う。


 ああこうしてみると、たしかにミスティシャーベットだなあ。


 ちゃんとメイクしたら、絶対にスーパー美人じゃん、この子。


 気づかなかった私が馬鹿だったかもなあ。




「宮原さん、悩みとか、つらいこと、あるでしょう?」




 ……どうだろう、最近はミスティシャーベットに逢いたすぎてどっちかというとワクワクドキドキしかしていなかった。


 蒼井さんはグラスに芋焼酎を雑に注ぐと、それをストレートのまま口にする。




「んぐ、んぐ、んぐ、んぐ……」




 喉を鳴らして焼酎のストレートを飲み干す蒼井さん。




「ぷはぁっ! ふぅ……。……けぷっ」


「……いい飲みっぷりだね、蒼井さん……」


「宮原さん、私は悲しいです」




 蒼井さんは、いきなりぽろぽろ泣きながら話し始めた。泣き上戸タイプか。




「宮原さんは、自分のこと、嫌いなんですね」


「はい?」


「だから、そうやって自分をいじめるようなこと、いつもしてるんですよね?」




 どっちかというと、私は自分が好きだけど……?




「だってそうじゃないですか、今日だって自分からあんな危ない場所にいって、わざとですよね、あんな輩に自分を襲わせようとして。なんですか、私は悲しいです。自傷行為とか破滅願望とか、きっと過去に何かあって、それで自分を大切に思えなくて、自分をめちゃくちゃにしようとか思って、それでこういうことしてるんですよね? 自分を傷つけるようなことをして、その痛みでやっと生きてるっていう実感があるんですよね? 痛みこそが宮原さんの人生そのものなんですよね?」




 なんですよね? と、言われても。


 いやあの、違います。あなたに逢いたいっていう恋心でして……自傷行為とか、別に考えてもないです。だっていつも絶対あなたが助けにきてくれるから……その確信があってやってただけで……。


 あーこりゃ完全に勘違いされてるなー。


 どうしよ?


 蒼井さんはずりずりと膝ずりでテーブルを回りこんで私の隣に来ると、私にすがりつく。


 そして、涙でいっぱいになってとろけたような瞳で私を見つめると、濃い眉毛をㇵの字にした泣き顔で、




「宮原さん! きっとなにかあって愛情に飢えているんですよね? 私、私は……私はあなたのことを、大切な人だと思ってます! あなたがあなた自身をそう思えなくても、私がそう思ってるんです!」




 まじでっ!? うれしいんだけど!!




「お願い……お願いだから、もう、自分をいじめるのはやめてください……」


「うん、ごめんね……」




 私は蒼井さんを抱き寄せた。


 やわらかくて、あったかい。


 本人だから当たり前だけど、ミスティシャーベットと同じ匂いがする。


 頭がクラっとして、胸がいっぱいになって、ドキドキした。


 あ、やばい、ミスティシャーベットじゃない方の、こっちの蒼井さんも、私、好きだ。




「ごめんね、蒼井さん、もう二度と、ああいう危険なことはしないから……」


「ほんとうですね? 約束ですよ……」




 蒼井さん、そのまま私の膝にすがりついて膝枕状態ですーすーと寝入っちゃった。


 そうだよね、残業して私を助けて、疲れたよね、おやすみなさい。


 私は足がしびれるのもいとわずに、蒼井さんの身体をなでなでぽんぽんし続けた。


 ありがとね。




     ★




 あのあと、蒼井さんに毛布をかけてあげて、タクシー呼んで芋ジャーのまま帰った。


 芋ジャーはクリーニングに出して、綺麗にした。


 その芋ジャーと大量の書類を持って、蒼井さんのデスクへと向かう。




「……宮原さん、クリーニングなんていらないのに……で、この書類は?」


「ごめんね、急ぎなの……」


「………………今日も私、残業ですね」




 丸眼鏡の奥からじとっと私を見る蒼井さん。


 あー、わかってみると、すっごく美人さんなんだよなー。


 その眉毛、私が整えてあげたい。


 いい美容室も紹介したげたい。




「手伝うからさ。今日、終わったらごはん食べに行かない?」


「ごはん?」


「うん、いろいろ話したいことがあるの。いっぱい話したいことがあるの。で、お友達になりたいの」


「お友達……」


「お・友・達・か・ら・始めたいの」




 ちらっと私を見上げ「あはは、なにそれ」と笑う蒼井さん。


 そのほっぺたが少し赤らんでいるような……。


 いける?




「私、食いしん坊ですよ」


「おいしいイタリアンを予約してあるの、おごりだからたくさん食べて飲んでいいよ、こないだの……いえ、今までのお礼も兼ねてあるから、いくらでも高いの飲み食いしていい」




 ボーナス入ったばかりだしね。全部使っちゃってもいいや。


 蒼井さんはむむう、と唇をへの字にするけど、表情はあきらかにうれしそう。




「わかりました、じゃあ仕事は急いで終わらせますよ」




 蒼井さんと、いっぱいお話して、いっぱいごめんなさいして、いっぱいありがとうを言おう。




 そして。




 いつの日にか、あなたの大切になりたいし、私の大切になってほしいな。


 そんな淡い夢を持つくらい、いいよね?


 あとその眉毛は私に剃らせてね。




「デザートのスイートポテトがとてもおいしいお店なんだよ」




 それを聞いてパッと顔を明るくする蒼井さんを見て、私も笑顔になるのであった。




                                   〈了〉







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