芸術に終わりはないけれど、美術館の敷地面積には終わりがある。
いくら日本有数の名美術館、上野の国立西洋美術館といっても、収蔵する絵画の数には限りがあった。ボクたちの足が疲労を感じて退屈に苛まれる少し前には、美術展の出口が見え、気づけばお土産ショップを徘徊していた。
「ねえ、アンリさん。この関係は、いつまでつづく?」
「君が大人になるまで、かな」
「成人式はとうに終わってるよ」
「何らかの儀式を経たり、肌の質感がへたったりすることだけが、大人になるということではないんだよ」
お土産ショップのチープなマグネットを、アンリさんの持つカゴの中に突っ込んでいく。ボクは美術館や博物館を訪れる度に、マグネットを買うことにしている。
観光地でゲットするマグネットは、戦利品みたいなものだ。思い出の戦利品。
愛してくれた家族とも、縁の切れた友人とも、喧嘩別れした昔の恋人とも、たくさん買ってきた。アンリさんも、よく買ってくれる。
それらはボクの部屋の冷蔵庫を埋め尽くして、時おりやってくる不用意な孤独や無力感からボクを解放してくれる。
「・・・可能であれば、できるだけながく、アンリさんの隣にいたい」
「今日のルソーちゃんは、なんだか可愛らしいね」
「共感がほしい。感想ではなくて」
「適当に捻り出しただけの、耳障りのいい着飾った言葉なんて無意味だよ。その人の人となりを見ないとね。言葉ではなく行動だけが人間のすべて」
「そんな偏屈な価値観で、アンリさんは毎日楽しいの?」
「もちろん。だって必要な何もかもを持っているつもりだし、自分のことも愛している。そんな感じが、ルソーちゃんも結構気に入っているんでしょう?」
「それは・・・。内緒」
アンリさんとボクはお土産に、ルソーの絵画のデザインのマグネットを買った。
モチーフは、ボクが『熱帯嵐のなかのトラ』、アンリさんが『眠るジプシー女』。
美術館を後にしたボクたちは、入道雲のかかる空の下を並んで歩いた。
「宝物にしよう。見せびらかしたいから、職場の壁にでも貼ろうかな」
アンリさんはテープの貼られたマグネットを空にかざして、無邪気に笑った。ボクもつられて目を細めた。
「今日はいい日だった」
ボクは深く頷いた。
なんだって、客観的に優れた人生なんて、手に入れるために途方もない労力と時間を要する。いくら努力をしたって、結果的に得られるかどうかは、努力している段階では分からない。それに、ようやくたどり着いたところで、最初に予想していたほどに魅力的かどうかも分からない。
けれど、主観的な幸せはわりと簡単に出会える。
好きなものや、好きな人を見つければいい。目に入るだけで、耳に聞こえてくるだけで、ふわっとふれるだけで、楽しいなあって思えるだけの何かを掴みとりさえすればいい。もちろんそれは、ある側面においてとても大変なことではあるのだけれど。
この人と一緒にいると、大したことのない毎日が光り輝く。
そう思わせてくれる誰かが、一人でもいいから近くにいてくれれば。その誰かに、自分も同じように求められているうちは。
美しくも陰湿な、惨めさと後悔に苛まれる世界を、どうにか生きながらえていけると思う。
今日のボクにとってのその相手が、アンリさんにほかならなかった。