でも、それでも、天才として死んで自身の芸術が昇華するなら、まあそれも本望かも。堕落した理性であれ、不純な祈りであれ。
どんな人生であれ、この人と一緒ならなんだっていい。
「手なんてつないで、どうしたの? ルソーさん」
「べつに、なんでもない」
「寂しくなっちゃった?」
「ずっと一緒にいてほしいって思っただけ」
「ルソーさんにも、可愛いところがあるじゃない」
再度の弁明だけれど、このときアンリさんは、ボクのことを確かに名前で呼んでいた。
名前なんて記号に過ぎないものだから、便宜上、ここでは仮名を使っているだけで。
ルソー、ルソーと実名のごとく書き記すのは、なんだかムズムズと居心地が悪い。だけど、冒頭にそんなルールを勝手に設けたのだから仕方がない。
評価されないままに文献の隅で死ぬって、アーティスティックでかっこいい。大きな拍手とともに過大な墓に埋葬されるって、俗物的でなんだか退屈。
期待すべきはその中間で、誰かの思い出の端にひっそり残って。