2024年11月3日。
秋晴れの心地よい朝、アンリ・ルソーを見るために、大切な人とふたり並んで歩く。
「初日だから、混んでるのかなあ」
「空いているといいね」
アンリ・ルソーは、19世紀末のフランスの画家。
パリで税関職員として働きながら、40歳くらいから独学で絵を書き始めた日曜画家。『ヘタウマ』なんてキャッチーな評され方をするくらい、なんだかコミカルな独特の画風。
ちなみにボクは、この日記をスマホで書いている。
休みの日は毎日何時間もスマホゲームに費やし、なんなら卒論だって大部分をスマホで書いたくらい、スマホ中毒のボクだから。この日記だって、巷で流行っている日記アプリに記録している。
だから、可能性として、この日記が世間様に流出してしまう可能性がある。自室で日記帳にB5の鉛筆で書き記す場合と違って、デジタルの秘匿は意図しない公開と紙一重だ。それすら不本意な覚悟の上で、ボクは使いやすいスマホで日記を記してきたし、これからも思い出や日々の記録を残していくつもりでいるけれど。
もし、この日記を何らかの偶発的事情で読む人がいるのなら、良かったらぜひ、「アンリ・ルソー」と検索エンジンに打ち込んでほしい。
君の表情をふわりと柔らかくし、脱力させつつも明日へと進ませるような素敵な絵画たちが、君のスマホやPCの画面に表示されるはずだから。
この日記はあくまで、ボク自身が大切だと思った思い出をピックアップし、恣意性を持って編集したもの。日々の重圧や軋轢につぶれてしまいそうなときに、どうにか現状で踏ん張るために、愛しい瞬間だけを懐古したスクラップブックのようなもの。
だからところどころ、もしくは非常に高い割合で、嘘やごまかしや非現実的な主張を含んでいる。でも、まあ他人の主観なんてそんなもの。人の尊厳を傷つけないなら可愛いものねって、ご愛嬌だねって笑ってほしい。
けれども、君、この日記を手に取ってくれたそこの君。空想的な夢と飼いならされたに惰性にまみれた文章の中で、どうかこれだけは信じていてほしい。
アンリ・ルソーは天才である。
これから続く虚構の中で、真実はこれだけ。試しに、アンリ・ルソー作の『子供の肖像』という絵画を検索してほしい。ボクの言うことが真実だと、君はきっと理解してくれるだろう。分からなければ、ボクと君は感性が違う。だからここで読むことを止めてもらって構わない。
その天才たるアンリ・ルソーの絵画を見るために、ボクは大切な人と一緒に、上野の国立西洋美術館へとやってきた。