今、
彼は鍔のある帽子をかぶり、片目だけが外に見えている状態で陸軍の士官らしい服装をし、マントを翻しながら紗夜と満生さんの二人を相手に圧勝するような戦いぶりを見せている。
刀を一本しかもっていないのに、まるで何本も持っているような動きだ。
あの軍人が刀だけでなく銃まで使える旧日本軍の軍人の霊なら、まず勝ち目は無さそうだ。
そして……もしこのままあの二人がやられてしまえば、俺達も命が無い。
そう思っていたが……逃げたはずだった罪堕別狗(ザイダベック)が、三人で俺のところに壺を持ってきてくれた。
「
これは!
――そう、これは俺の家に古くから伝わる地鎮の壺。本来紗夜が滝夜叉姫として封印されていた時の壺だ。
その後紗夜がこの中から解放されたが、満生さんとの亡霊アパート鬼哭館壊滅でブチ切れてしまった俺が無自覚に彼女達の霊力の大半をこの中に封印してしまった。
もし、この中の霊力があの二人に戻れば、あの最強の軍人の霊にも勝てるかもしれない。
「
俺は地鎮の壺に触れてみた、だが……壺は何の反応も示さない。
蓋は固く閉じられ、俺以外にも罪堕別狗の三人が必死にこじ開けようとしたが開かなかった。
壺は俺が蓋に手を触れる度に、キィン……という甲高い音を立てるだけだ。
早くしなければ、あの軍人の霊に紗夜も満生さんもどちらもがやられてしまう!!
くそっ、焦っても何もならないが、それでもこの壺の蓋を開けないと、二人が死んでしまう!!
「くっ、どうじゃ……満生よ、これが真の殺し合いというやつじゃ、ワシは何度もこの光景を見ておったが、自らがその対象となるとは皮肉なもんじゃな」
「アホか! しょーもないこと言っとる暇あったらアンタの力どうにか取り戻す事考えんかい。アンタ伝説の悪霊姫言われとったんやろがっ! それともぽんぽこ姫か!?」
憎まれ口を叩きながらも、満生さんは紗夜を守ろうとしてくれている。
本来生者には手を出さないというなら見捨てればいいのに、それが出来ないのが彼女という事だろう。
俺はそんな二人を失いたくないと思った。
居候でバカをやっている二人だが、いつしか俺の大事な家族みたいに思えてきたんだ。
「頼む! 開いてくれ! 開いてくれぇええ!!」
焦って叩いてしまった壺に、俺の怪我をした血が付いてしまった。
――すると、壺の激しい音がさらに大きくなり、空中に浮いて……回転を始めた!
こ、これは……
高速回転した壺は、ゆっくりと蓋が開き……中から赤、黄色、青の三色の光が放たれた!
そして、その光は赤が紗夜に、青と黄色が満生さんに吸い込まれた。
「ぬ……これは!?」
「こ、これは! 間違いない、ワシの……力じゃ!」
「あたたた、ようやくかいな。ほな、形勢逆転と行くで、出てきや!
「ようやくでおじゃるか、満生。待ちくたびれたでおじゃるよ」
紗夜、満生さん、それに彼女の先祖の傲満、三人の身体をそれぞれの色のオーラが包んでいる。
「そうじゃな、ワシを手こずらせるとは……いいじゃろう、さあお遊びはここまでじゃ、これからワシの逆転が始まるのじゃ!! 見るがよいっ!!」
ぽんぽこタヌキ着ぐるみパジャマだったはずの紗夜は、桜色の美しい着物姿になっていた。
そして……彼女が刀を大きく振りかぶり、天に掲げると、彼女の姿は、少女から満生さんと同じくらいの背丈になり、そこにいたのは俺が初めて見た時の怪しくも美しい滝夜叉姫の姿だった。
「ふう、この姿になるのは久々じゃな。そこな亡霊よ、悪霊姫として名を轟かせたワシの真の力、見せてやろうぞ」
「おっと、紗夜だけやないで!
「のう、満生。あの男、お前達だけで勝てるのでおじゃるか?」
「大丈夫や、問題ない。本来の力の戻ったあーしらならアイツでも勝てるわ!」
軍人の霊は、姿の変わった紗夜や、満生さん達を見て、軍刀を突き付けた。
「面白い、滝夜叉姫と蘆屋の陰陽師よ。我に勝てると言うのか……ならばその力見せてみよ!!」
軍人の霊はマントを脱ぎ棄て、身軽になった姿で紗夜に切りかかった。
そして紗夜は霊力で生み出した刀を器用に使いこなし、幼い姿の時よりも素早い動きで軍人の刀を弾いていた。
「おっと、あーしも忘れたらあかんで!」
満生さんは三独鈷からの霊気の剣で軍人の霊に切りかかったが軽く弾き飛ばされてしまった。
「ちっ、一本じゃアカンか。ほな、二本同時はどうやっ!!」
なんと、満生さんは三独鈷のビームソードのような霊気の剣を、両手で二本一緒に持った。
そうした事で、霊気の剣は太く大きくなり、その一撃は軍人の霊の剣を弾き、一撃を加えた。
「くっ、まさか!」
「おっと、こちらも忘れてはいけないでおじゃるよ、ゆけ、式神、こやつを食い尽くせでおじゃる!!」
「ぬう、この程度の低級霊なぞ!!」
軍人の霊は生み出される式神を次々と切り払い、呪符にもどしてしまった、その数は十枚以上ともいえるだろう。
軍人の霊が式神に翻弄されている間に、満生さんは距離を取り、少し離れた場所で胸元から取り出した数珠を砕いた。
「あーしはサポートに回った方がよさそうやな、いくでぇっ! 数珠グレネードや!!」
満生さんは砕いた数珠の珠に霊気を込め、グレネードのように指の間から軍人の霊に打ち込んだ。
弾けた霊気がダメージを確実に軍人の霊に与えているはずなのだが、彼は歩みを止めようとしない。
いうならば、集中豪雨の中でも傘をささずに歩いているかの状態だ。
「ぬ、この程度の弾幕、あのペリリューの鉄の雨に比べれば瑞雨のごときものよ!」
「な、なんやて! あーしのあの数珠グレネードの弾幕を抜けてきたっちゅーんか!?」
「満生! そこをどくのじゃ!!」
軍人の亡霊の軍刀を弾いたのは、紗夜の作り出した刀だった。
「ほう、貴公、ただの婦女子では無さそうだな、流石は戦国の悪霊姫……滝夜叉姫だ」
「ワシは
「それは失礼した。それでは、大日本帝国の軍人として……いざ尋常に、勝負ッ!!」
紗夜と軍人の亡霊はお互いが刀を振るい、激しい剣戟をくり広げた。
「傲満、無事かいな、ちょっと力貸しーや」
「わかったでおじゃる。満生、ではいくでおじゃるよ。蘆屋の力を見せてやるでおじゃるよ」
一方その頃、満生さんと平安貴族の霊である傲満は、紗夜を助ける為、二人で何かの術を唱えていた。
どうやら封印の壺から戻ってきた霊力を二人で合わせ、何かをしようとしているようだ。
そして……子ザルの姿の作造が大きく吠えた!
――これは! まさか……あの鬼哭館をぶっ壊した大妖怪、鵺を召喚しようとしているのか!?
「「ノーマクサーマンダーボダナンッ! アビラウンケンソワカッ!!」」
二人が呪文を唱えると、作造の身体がみるみる巨大化し、そこにいたのは……大猿に虎の前足、雉の翼に蛇の尾を持つ大妖怪、鵺が姿を現した!
「やってしまえ! ボコボコにいてもうたれやーっ!!」
「そんな大声で言わずともわかっておるわい、どれ……しかしまさかワシがこんな姿になるとはのう」
「え!? その声……じいちゃんなのか?」
な、なんと……鵺からは俺のじいちゃんの声が聞こえてきた。
どうやら作造の名前の力があの鵺に宿り、じいちゃんの魂がフルパワーの鵺に宿ったみたいだ。
「まあいい、この身体で大暴れといくか、あの軍人、どうやら旧日本軍のようぢゃな!」
「ぬぅ! その声……聞き覚えがあるぞ!」
じいちゃんの鵺が軍人の亡霊に飛び掛かった。
するとさすがの軍人の霊も大妖怪のフルパワーは防ぎきれず、大きく弾き飛ばされた。
「くぅっ! まさかこれ程だとはなっ!」
じいちゃんの鵺は軍人の霊の胸から上の部隊章を見て、何かをつぶやいた。
「貴様、まさか……634部隊の者か?」