軍人の男の霊は、手に持った刀一つで巨大なクレーンやプレス機といった工場長の作り出した重機を一閃で切り伏せた。
「どうした、貴様の打てる手はそれだけか。では……そろそろ覚悟を決めることだな」
「ひっひぃぃいいい! 嫌だ、嫌だ! ここは吾輩の、吾輩だけの場所なのだぁぁ! 誰一人好きにはさせんぞぉお!!」
「無様な……。貴様にはもう行く場所は決まっている。さあ、せめてこの霊刀『天狼丸』で斬られる事を誇りに思うがよい」
軍人の霊は、その右手に怪しく青白い光を放つ一振りの長刀を構え、ゆっくりと前進した。
「な、なんやアイツ。アイツはマジでヤバいやっちゃで……」
「う、うむ。ワシにも感じるのじゃ、あやつは……相当の達人じゃ」
下手に手を出せばこちらが大怪我どころか致命傷になりかねないような相手だ。
それ程の敵を相手に、あの威張り散らすだけしか能の無いブラック工場の工場長程度が勝てる筈が無い。
――そして! ついに軍人の持つ天狼丸が振り下ろされた。
「あれ? 痛く……無い? 何故だ?」
「貴様はもう、この世の者では無い。帝国の為にご苦労だったな。だが、貴様の犯した罪、それは許されるものでは無い。さあ、冥府へと去れ!!」
「う、うぎゃぁあああ!?」
どうやら痛みも感じさせず、一瞬で斬られた事で、ブラック工場長は自らの消滅を感じなかったのだろう。
四肢寸断にされたブラック工場長は、その後細切れになり……空中に霧散した。
「貴様には煉獄すら生ぬるい……」
帽子のつばから見えた軍人の鋭い目は、後ろに残されたブラック工場長の名前のタグらしき物を一瞥するとそう言い放った。
だが、そのタグも工場長の消滅の後、風化して消えたので結局彼の名前は分からずじまいだった。
こんな恐ろしい相手、絶対に手出しをしたらダメだ。
それは紗夜も満生さんも感じているようだ。
俺達は彼に気づかれないうちにこの場を離れないと……。
――だが、そうはいかなかった。
軍人の男の霊は、俺達の方を見ると、紗夜に向かい刀を向けてきたのだ。
「貴公、何故ここにいる。ここは常世、貴公のいる場所ではないぞ、
「な、なにを言うのじゃ、ワシは、きめんらいだーさーや、滝夜叉姫なぞ関係ない子供たちのひーろーなのじゃ」
「何を言うか、貴公のその力、それは間違いなく滝夜叉姫の物であろう、何故常世に現れた。貴公が未練のある本来の城跡から離れぬ限りは見過ごしておいてやったが、悪霊が常世に現れるとあらば、冥界に葬るのが我の使命なり!」
こいつ、冗談が通用しないどころか、今の能力が十分の一の状態でも紗夜が滝夜叉姫だと見抜いてきた!
「悪霊の姫よ、覚悟を決めよ! せめて介錯はしてやろう!!」
「な、何じゃこの圧倒的な力は!?」
そして、彼の持つ刀がライダースーツ姿の紗夜を吹き飛ばした。
「のわぁああーっ!!」
「紗夜姉さーん!!」
その威力は半端なものでは無く、紗夜の霊力で作ったライダーの衣装を粉々に吹き飛ばし、紗夜は壁に大きく叩きつけられた。
どうやら、俺や満生さんと一緒にいる時間が長く、幽体よりは実体化の方が強くなっていたのがすり抜けずに壁にぶつかった理由かもしれない。
「いたたたた。……な、何をするのじゃ! 乙女の柔肌に!」
「戯言はいい、答えよ、滝夜叉姫。貴公は何故この常世に姿を現したのか」
変身の解けた紗夜は普段のぽんぽこタヌキ着ぐるみパジャマ姿だったが、この相手にはそんな冗談みたいな格好での笑いを取るといったごまかしも通用しなそうだ。
紗夜の周りにふわふわしていた二つの人魂は危機を感じ、姿を消していた。
「ワシは……ワシは……」
「おっと、ちょい待ちーや、あーしもここにいるねんで」
「ほう、貴公、陰陽師の末裔か。陰陽師が何故そこの悪霊姫をかばう? その者は遥かなる昔から呪いで多くの人間を死に至らしめた悪霊の姫だ。貴公……陰陽師は悪霊を退けるものでは無いのか」
「じょーだん、そこの紗夜はアホやけどな、あーしの妹みたいなもんなんや。それを傷つけるてーならな、あーしが相手になったるわ!」
満生さんは汗をかいて暑くなったらしく、着ていた長袖の変Tシャツを脱いでタンクトップ姿になった。
彼女がタンクトップになるとやはり大きな胸が目立つ、しかしそのTシャツの文字が『お化け上等』って、本当にこんなのどこで売ってるんだ?
「ほう……我は本来、現世の人間には刃を向けぬのだが、そこの悪霊姫をかばおうと言うなら話は別だ、貴公を沈め、その後にその滝夜叉姫を葬るとしよう」
「チッ、こんな事ならガチT持ってきとけばよかったわ。まさかこんな事なるんてな。まあええわ、ちょっとあーしも本気出させてもらうで!」
ガチTってのは、普段満生さんが着ている変な文字のTシャツとは違うやつのことか。
そして、満生さんは、両手に三独鈷を構えると、その両端から霊気で青白い剣を作り出し、右手は順手に、左手は逆手に刃を持ちながら体を低く構えた。
「これがあーしのバトルスタイルや。ここはちょっと本気モードで行かんとマジでヤバいヤツやな……」
「もうよい、もう良いのじゃ。ワシはこの世を楽しんだ。満生、お前まであの男と戦う必要はないのじゃ」
「おいぽんぽこ姫、残念やけどな、あーしは売られた喧嘩は買うのが流儀や、これはちっこいころに兄やんとやりあった時から変わってないあーしの信念やねん」
紗夜と満生さん、お互いがお互いを理解しているから相手をかばおうとしている。
普段はバカやっている二人だが、こういった時はお互いが相手の事をいかに大事に思っているかが伝わってくるが、俺には何も出来ない。
「巧さん、ここは危険っス、ここは紗夜姉さんたちに任せて戦力外の俺達はさっさと逃げた方がいいっス」
「拙者もそう思うのでござる、足手まといになる方が邪魔なのでござる」
「せやせや、ここはさっさと逃げた方がええでっせ」
罪堕別狗(ザイダベック)の三人が言っているのはよくわかる。
でもここで何も出来ないとしても、俺はあの二人を見捨ててここを離れるわけにはいかない。
だから俺は罪堕別狗の三人にだけここを離れるように言って、この場に残る事にした。
だが、紗夜も満生さんも本来の十分の一の力で勝てる程、あの軍人の霊は弱くはなかった。
そう、二人が全力で必死になっても、あの軍人には何一つダメージどころか攻撃すら当たらない。
満生さんが二本持っていた三独鈷の霊気の剣は激しい剣戟の末、天狼丸の一振りで左手の三独鈷が弾き飛ばされてしまった。
「しもたっ!!」
「くっ、
ガキィイインンッ!!
紗夜が叫ぶと、その右手には桜色の美しい日本刀が姿を見せた。
どうやらあの刀は、紗夜が霊力で作り出したものらしい。
「ほう、良い刀を持っているな、だがっ!!」
「くっ、このままでは押し切られてしまうのじゃ……」
紗夜の刀、蓮雅は、軍人の霊刀天狼丸を防ぐだけで精いっぱいだった。
俺の横では子ザルの作造が心配そうに紗夜と満生を見つめている。
そして、俺は防戦一方で苦戦している二人を見ている事しか出来ない。
――くそっ、俺に力があれば……二人を助ける事も出来るのに。
俺には何の手立ても考えつかないのか……俺は、悔しさに地面を叩く事しか出来なかった。
軍人の激しい振り下ろしに、紗夜、満生さんはどんどん追い詰められ、壁が刀で斬り裂かれた。
柱を切られた壁は崩れ、上の階に置いていた地鎮の壺が下に転がってきた。
あ、あの壺は!
あの壺の中には俺が無自覚のまま封印してしまった本来の紗夜や満生さん達の力が封印されている。
あの壺を開く事が出来れば!
俺は急いで走り、地鎮の壺の前に向かった。
壺はあれだけの衝撃だったにもかかわらず、傷一つ付いていない。
この壺を開く事が出来れば、二人の力を開放できるはずなんだが、いったいどうすればいいんだ!!
俺は封印を解く方法が無いか確かめる為、地鎮の壺に手を伸ばした。