最初に足を踏み入れた時、その部屋は完全に何もなかった。
真っ白で、物の一つも置かれていない、ただの空間。
まるで誰かが引っ越してから、何年も放置されたような、無機質な部屋だった。
今日の
まあジャケット姿なので、変Tでもスタイリッシュに見えるのは美人ならではの特権かな。
「これは…ただの空っぽの部屋やな」
満生さんはそう呟きながら、霊的な力を集中させていた。
彼女の手が空中をゆっくりと動くと、部屋に微かな変化が現れ始めた。
部屋の中は板張りのフローリングのガーリーな何もない部屋だった。
その部屋で満生さんは、香を焚き……何かの呪文を唱え始めた。
満生さんの降霊術は俺達も見た事がある。
彼女の能力は、俺達みたいな霊能力の無い人間にすら、霊を見せたり声を聞かせる事の出来る能力だ。
そして、呪文を唱え終わった後、俺達の居た場所は大きく姿を変えた!
まず、無機質だった空間が少しずつ色を帯びていく。
壁の色が、淡いピンク色に変わり、窓のカーテンが可愛らしい花柄に変わった。
床には、ぬいぐるみが並べられ、テーブルには小さなアクセサリーが飾られる。
あっという間に、何もなかった部屋が、まるで誰かの記憶の中からそのまま取り出してきたかのように、ガーリーな部屋に戻った。
「これが、彼女の部屋やったんやな」
部屋の片隅には、小さな机と椅子があり、そこには手書きのメモや、使い古されたおもちゃが置かれていた。そのどれもが、懐かしさとともに静かに部屋に息づいている。
「あなたたち、誰なの?」
そして、部屋の隅に現れた女性──それはまるで時間が戻ったように、死んだ彼女が若かりし頃の姿で立っていた。今はもうこの世にいないはずなのに、まるでその時の彼女が、ここに存在しているかのようだった。
彼女は振り返り、俺たちに気づくと、ふわりと微笑んだ。その笑顔は、まるで自分がまだ生きているかのように、どこか穏やかで優しかった。
「アタシの部屋…。こんなふうに戻るなんて…」
どうやらこの霊は俺達に敵対的では無いみたいだ。
この部屋で怪異現象が起きまくっていたと聞くが、それはたぶん、彼女の声が聞こえない住人が好き勝手に生活しているのに耐えられなくて、ここから出て行ってほしいからだったんだろうな。
だからお客さんとして来た俺達は、彼女と話が出来ているからすんなり会話出来ているのだろう。
俺達は彼女から色々と聞きだした。
彼女の名前は
20代前半で病死。ゴスロリ好きで、ちょっとメンヘラ気質。
恋人だと思ってた相手に貢ぎまくり、自分の服や趣味より彼を応援するためにお金も時間も注ぎ込んでいた。
彼が成功したらきっと迎えに来てくれると信じてたけど、病気で入院中も連絡は減り、最後は音信不通に。
彼を信じ続けたまま病死。部屋には彼のグッズや写真、ファンレター的なものがいっぱい。
何というか典型的な金づるとしか言えなくて可哀そうに感じる。
それも見た感じ、結構の美人だけど幸薄そうな顔で、こりゃ食い物にされるわってのが俺の感想だ。
そして恋人と思い込んでいる男の事も俺達にめちゃくちゃ熱く語って来た。
恋人の名前は
昔は売れない頃、美紅の金や支援を受けてなんとか食いつないでたけど、売れ始めたらサヨナラ。
挙句に美紅には「いつか迎えに行くよ」「ずっと支えてほしい」と甘い言葉をかけてたけど、全部リップサービス。今は美紅の存在なんかすっかり忘れてるだろうな。
「レン君を悪く言わないで!!」
あららら、怒らせちゃったみたいだ。彼女は部屋の物をポルターガイストで動かし始めた。
といっても、この部屋の調度品、実在するの??
うわぁぁ! ぶつかるっ! と……思ったら、どうやらこの家具とか実在しないので俺の身体を通り抜けてしまった。
でもあまり、見ていて気持ちの良いものじゃないな。
「ちょっとは頭を冷やすのじゃ」
「いったぁーい! 何でアタシが叩けるのよ!?」
「そりゃあな、ワシが悪霊姫と呼ばれておるからじゃ」
「へ?」
どうやら美紅さんは、どう考えても霊力で
「ほんで、何でここにずっと居座っとったねん?」
「この状況で、アタシの部屋が怪奇現象だらけになるのは当然だよね……だって、アタシ彼を待ってたもん」
リフォーム業者が来るたびに、「ここはまだアタシの部屋…」「彼が迎えに来るまで待たなきゃ…」っていう執着から、モノが勝手に動いたり、鏡に彼の名前が浮かんだりさせた。
また、ここの住居人に夜中にはスマホの通知音やMINEの着信音が響いたり、たまに「れんとくん…?」って声が聞こえたりという事もしていたそうだ。
マジで地雷系女子って怖いな……。
帰ってくるはずの無い恋人を待ち続け、この場所に居座り続けたんだ。
これに比べれば、鬼哭館で亡霊騒ぎを起こして居座っていた満生さんの方がまだ実体なだけに怖くないくらいだ。
そんな俺をよそに、紗夜は彼女の部屋のクローゼットの中を見ていた。
「なんじゃこれは…!? 南蛮の姫君の衣じゃな!? フリルにレース…! こ、この漆黒のドレス…見ておるだけで胸がときめくのじゃ!!」
で、美紅の部屋にはピンク系の甘ロリも黒系のゴスロリもあって、紗夜が片っ端から見て「ワシも着たい!」って言い出した。
しかし、霊って霊の服を着れるのか?
「あ、着れるなら着てみて良いですよ、多分アナタなら似合いますから」
「そうか、ありがたいのじゃ、それでは早速着てみるとするのじゃ」
俺はもうどうツッコミを入れて良いのかすら分からない。
でもどうやら霊としての紗夜は美紅さんの服を着る事が出来たようだ。
また人魂が服を着る手伝いさせられたんだろうな。
「どうじゃ! これがプリンセス・サーヤの真の姿じゃ!」
「……なんか似合ってんのが、いよーにムカつくんやけど……」
馬鹿をやっていた紗夜と満生を見て、美紅さんは少し笑ってくれた。
でもその後、紗夜が少し悲しそうな顔で美紅さんの方を見た。
「……こんなに綺麗な服を纏いながら、どれほど待ちわびたのじゃろうな……」
「せやな、せめてその男が今どうしてるかでも分かれば、未練も無くなるやろうな」
「すまん、一回帰って考えさせてもらうわ、ここ、結界……解くで」
「はい……わかりました」
満生さんは一度部屋の結界を解除し、無人の部屋を出る事にした。
「何ともやるせないな……」
「せやな、アレ十中八九騙されとるで」
「そうじゃな、そうじゃ……ワシに考えがあるんじゃ。タクミ、そのスマホとやらでレントとかいうヤツを調べれるか?」
「多分自宅は出ないよ、出ても所属事務所じゃないかな」
「フッフッフ、それで十分じゃ、滝川の
これ……絶対ロクでも無い事やるの確定だろ。
どうやら紗夜は滝川の忍者の霊、つまり乱破を使い、レントを事務所から今の自宅を突き止めようというのだ。
流石は戦国時代の姫。
そして少しして、乱破の霊が戻って来た。
「紗夜姫様、目的のレントという男、この場所に居りました」
「ご苦労なのじゃ、それで、何かわかった事はあるのか?」
乱破の霊は優秀で、今のレントは複数の女を食い物にして金を貢がせ、豪遊していることが分かった。
やはり美紅さんは騙されていたんだ。
それを聞いた満生さんと紗夜が、ありえない程怖い表情をしていた。
「
「すまぬな、タクミ、これからがーるずとーくというやつを始めるのじゃ。入るでないぞ」
俺はじいちゃんの部屋から追い出され、紗夜と満生さんは何かを始めようとしていた。
「のう、巧。あの二人は何をしようというのぢゃ?」
「え? じいちゃん??」
どうやらまた満生さんが降霊術を使ったみたいで、子ザルの作造にじいちゃんの霊が降臨したみたいだ。
そうだ、作造の中のじいちゃんに部屋の様子見てもらうか。
俺は、子ザルの作造の中のじいちゃんに部屋の様子を調べてもらう事にした。