俺達の踏み込んだ家は……見るも無残な場所だった。
ゴミが散乱し、足の踏み場は無い、そしてさらに何かが乾いて貼りついたようなものが壁に付き、何ともいえない異臭が漂う……そんな所だった。
「これっていったい」
「あーしの部屋がマシに見えるって、どれだけ酷いねん」
「うーむ、戦の具足置き場でももっと整理されておったぞ」
どうやらここの主は数年前に亡くなり、それが不動産に連絡のついたのが、主がミイラ化して見つかったその二年後くらいだったらしい。
そりゃあそんな曰くありげの場所、誰も近づこうとは思わないわな。
ここの家の主は、エアコンをつけたまま突然死したらしく、エアコンの為に死体が乾燥、そしてミイラ化した後に電気料金未納でエアコンが止まるまでずっと乾燥し続けていたようだ。
だから発見された時には腐敗ではなく、ミイラ化した死体があったと聞く。
これを聞いただけでも普通の工事業者ならお手上げで逃げ出す案件だ。
だが、
「これ、かなり風水的にアカンやつやな。こりゃあ不幸になるわ」
「のう、満生よ。それは丑寅に
「間違いあらへん、この家建てる時どうやって建てたかわからんけど、よくもまああんなとこにトイレ置いたもんやなー」
いや、これは工事業者からの意見だが、どうやら元のトイレの在った場所は違ったようだ。
この家を改築する際に、二世帯にする為にトイレの場所を変えたと言った方が正しいだろう。
多分だが、この家は……もともと一階建てでトイレも別の場所にあった、それが二階建てに増築する際に階段を造る必要があり、その階段の場所が元のトイレの場所と重なったようだ。
それで二世帯で同じ場所に下水道を上下に通す関係上、どうしても北東しか置き場が無かったみたいだ。
でもそれが全部の原因とは言わないが、この家の不幸の原因の一つだったとは言えるだろう。
満生さんは、不動産会社の人に聞いたこの家の家主が亡くなった部屋の真ん中に香を焚き、ろうそくに火をつけて呪文を唱え始めた。
「さあ、あーしの前に姿を見せや、言いたいことあるんやろ」
「お、おお。この家に……人が来てくれるなんて、何年ぶりだ……」
姿を見せたのは、眼鏡をかけ、いかにも仕事の出来そうな初老の男性だった。
「おっちゃん、あーしらの声聞こえるんやな、ほな、話しよか」
「わかりました、よろしくお願いします」
どうやらおじさんはここの家の主で、元会社員だったらしい。
だが、仕事のストレスをついつい家族にぶつけてしまい、最終的には奥さんが子供達を連れて出て行ったそうだ。
まあ、これはよくある話だろう。
それで、長年務めた会社を定年退職した後、反省してるからと家族を呼び寄せ、結婚した息子と二世帯で住もうと考え、家を改築したそうだ。
だが、息子は昔の父のDVが許せず、一緒に住む事を拒否、そして彼は妻が亡くなった後、気力を失い、家がどんどんゴミ屋敷になっていたそうだ。
何ともやるせない話だが、それでも父として彼はこの家は最低息子を苦しめたお詫びとして譲りたいと言っていた。
そして、もし住所が変わっていなければ、以前送って来た年賀状の場所に行けば息子はいるらしい。
俺達はいったん、そこまで聞いてこの家を離れる事にした。
都内に住む息子さんに連絡を取る為だ。
――だが、息子さんは、父親の名前を伝えると、もう関係ない。あの人とはもう家族でも何でもない、だからもし遺産があるとしても相続放棄すると俺達に伝えた。
今日は満生さんが普段に無い真面目な顔をしている。
服装も、普段の変Tではなく、着ているのは平家物語の全文のもので、その上にジャケットとパンツスタイルだ。
「の、のう……満生、何故その服装なのじゃ? おぬし何か悪いものでも食ったのか?」
「黙っとき、このタヌキ姫……」
「ぬう……」
真面目スタイルの満生さんと違い、
俺達が再びあの家に訪れ、満生さんの術で家主の霊を呼びだしその息子の事を伝えると、彼は少し悲しそうな顔をした後に、寂しそうに笑った。
それは、俺達が息子さん夫婦にせめて今の写真一枚だけでも譲ってほしいと頼み、そのスマホ写真を見せてあげたからだ。
きっと、息子がきちんと家庭を持てた事、自分が作れなかった温かい家庭を作った事が嬉しかったのだろう。
「もう、思い残す事はありません。この家の権利書はタンスの中に入っています。どうぞこの家を解体してください」
「そうか、ほな……せめてあーしがアンタを高みに送ったるわ。ちょっと待っとき」
そう言って満生さんが真言を唱えると、家主の姿がどんどん薄くなっていった。
「ありがとうございます……ありがとう……ござい……ます……」
「奥さんとは……もう喧嘩しーなや、ほな、元気でな……」
そして、家の中の鬱蒼とした空気が一掃されたようだった。
どうやらこの家の権利書は不動産会社に返され、家の場所は解体された後、国庫に入り、土地として競売になるようだ。
まあ、そうなれば俺達にまたここに何かを建てる仕事も新しく出てくるかもしれないが、あくまでも今は解体作業の方だ。
「まったくさー、
「阿呆か、ワシの家臣にそのような無駄な働きをさせるでない」
い、いや……アンタ、人魂やヤンキーの下僕をタダ働きさせてるのはどうなのよ?
満生さんはまた変なTシャツスタイルで工事の解体現場を見に来ている。
今日のTシャツは『人類皆兄弟』と書かれたものだ。
解体の進む家の所に、子供を連れた夫婦が姿を見せた。
「そうか、これがオヤジのおれ達に残したかったものなのか」
「あなた、ひょっとして後悔してるの?」
「いや、けじめとして見に来ただけだ」
「パパ、ここどこなの??」
「そうだな……忘れられない……場所さ……」
どうやら、息子さん夫婦は父親の住んでいた家が解体されると知って、ここに来たのだろう。
でも俺達が何か声をかけてやるのも無粋だし、ここは黙っていよう。
ツムギリフォームの社員達は、ゴミ屋敷だった家を解体し、次々と瓦礫を運び出していった。
その中には、バイク代を稼ごうとする罪堕別狗(ザイダベック)の三人もいたみたいで、俺は苦笑いするしかなかった。
こうして、近所でも噂になっていたゴミ屋敷はきれいさっぱりと片付き、この土地は国庫に帰属する事になって競売される事になった。
ここでウチが名乗り出ても良いんだけど、それで博打をするのはちょっと……。
――後日ここは公衆の市が管轄する市民浴場が完成する事が決まった。
まあ、あの土地の広さがあれば十分可能だよな。
俺達は無事、最初の事故物件を解決し、次の仕事を捜して『おお事故てる』を調べた。
「何々、お洒落なシステムマンションの一室で女性が病死。その後その部屋で怪奇現象が続発だって?」
「何や、これも絡めそうな案件やな」
「うむ、鬼が出ようが蛇が出ようがワシが相手になってやるのじゃ」
「そうだな、決まりだな」
俺達はツムギリフォームの社員達を呼び、次の仕事はマンションのリフォームになるかもと伝えた。
そして次の日、俺達は女性が病死したマンションの管理会社に連絡をし、その場所に向かう事になった。
到着した部屋は、綺麗な物で、どうやら液状化して白骨になった本人の居た場所の板だけ取り替えたのだろう。
部屋の中は板張りのフローリングのガーリーな何もない部屋だった。
その部屋で満生さんは、香を焚き……何かの呪文を唱え始めた。