それはこの家の主であるじいちゃんの許可を得た上での話なので、誰も反対する人はいないだろう。
しかし、それを本当にじいちゃんの霊を呼んで本人に許可を取るとは……満生さんって本当にすごい霊能力者なのかもしれない。
それも俺が無自覚に地鎮の壺に彼女の能力の大半を封印してしまっているにもかかわらず、普通の霊能者でもおいそれと出来ない事をやっているんだから、凄いもんだ。
母さんは娘が出来たみたいだと喜んでいる、まあこの男所帯でガテン系のオッサンばかりの中に見た目の可愛らしい女の子二人が増えればそりゃあテンションも上がるってもんだろう。
紗夜姫は妹系タヌキ女子、満生さんはだらしないお姉さん系キツネ女子で対比もバッチリだ。
母さんは鼻歌を歌いながら布団とか昔の自分の服とかを捜している。
何だか古くから家にある浴衣とか、着物、それに母さんの若い頃のセーラー服まで引っ張り出す始末だ。
それに……一番目に付いたのは、アライグマかタヌキっぽい着ぐるみみたいなパジャマだ。
そんなもんいつどこで買って来たんだ??
どうやら満生さんは鬼哭館にある私物を取りに行きたいとの話なので、俺達は鬼哭館の解体撤去の続きをする為の車に紗夜姫と満生さんを乗せて向かう事になった。
鬼哭館は一昨日の紗夜姫と満生さんのガチ霊力バトルで完全崩壊、どうにか結界を張っていた満生さんの二階の部屋だけむき出しで残っているシュールさだ。
満生さんが何か指をパチンと鳴らすと、部屋全体を覆っていた小さな結界が消えた。
だが、その結界を張っていても無事ではなかったようで、部屋だった場所は何者かに荒らされたような衣服の散乱とアームストロング缶チューハイ、それに吹き飛んだ生ごみの残がいが異臭を放っていた。
いや、コレは荒らされたんじゃなくて……ただの自然な生態系か。
満生さんはその部屋の残骸の中から自分の私物を掘り出していた。
「あった、あった、これや。これが無いとあーしとは言えへんねん」
「満生さん? コレっていったい」
満生さんが嬉しそうに瓦礫から掘り出したのは、ミニタンスと旅行用ケースだった。
その中を覗くと、そこにあったのは……変な文字の書かれたTシャツのオンパレードだった。
――その内容は……『ニート道』『働くものは弱者』『肉は飲み物』『まろやか人生』『蒸着』『人間万事バンジージャンプ』『一粒で三百六十五歩』『合体魂』『アイスべき馬鹿』等の常人では理解できないセンスの物ばかりだった。
マジでこれ、どこで買ったの? って言いたくなるぶっ飛んだセンスだ。
しかし中には、風林火山全文とか、般若心経全文とか、平家物語の冒頭全文とか、学問ノススメ全文なんて文学なのか何なのかワケ分からないTシャツも混ざっていた、というか……マジでこれどこで売っているのか小一時間問い詰めたいレベルだ。
そのTシャツを喜んで捜し集めている満生さんを、紗夜姫はジトーとした目で見ている。
いや、あのね……この鬼哭館ぶっ壊したの、キミも共犯だからね。
元々解体するつもりだったものとはいえ、ここまで派手にぶっ壊すとは、まあその彼女達の能力は大半が地鎮の壺に封印され、今度は開けようとしてもビクともしない。
それにどうやって加工したんだ? というくらい壺自体が高い所から落としてもハンマーでたたいても割れないレベルの硬さらしい、いったいこの壺は誰がどんな時に作ったんだ?
まあ考えても仕方ない、この地鎮の壺はじいちゃんの部屋に戻しておこう。
俺は鬼哭館のペンペン草も生えていないクレーター化した中庭に無造作に転がっていた地鎮の壺を拾い、車に載せた。
地鎮の壺を見た紗夜姫と満生の二人が騒ぎ出した。
「あー、その壺はワシの力が入っているのじゃー」
「あーしの力も入ってるんだから、あまり無造作に扱わんといてーや」
そう言っても、壺は蓋がビクともせず全く開く様子も無さそうだ。
結局二人をなだめ、地鎮の壺は俺が両手で抱え、家に戻す事になった。
撤去作業は半日ほどで五分の一くらいが終わった。
もっと大型の重機があれば作業は早く終わるんだが、仕方ない。
瓦礫はツムギリフォームの社員が産廃業者の所に運び、俺達はお昼前に家に帰って来た。
お昼が終わり、じいちゃんの部屋は綺麗に片付けられて使われていなった箪笥やテレビ、それに炬燵机と畳んだ布団が置かれていた。
すると早速紗夜姫が枕に飛びつき、ゴロゴロと転がった。
「ううー、こんな柔らかい枕は初めてなのじゃー、ワシの知っておる枕はもっと硬い木でできておったからのう」
これがとても戦国時代の悪霊姫とはとても思えない。
そんな彼女に母さんが何かを渡した。
「な、何なのじゃ? コレは?」
「紗夜ちゃんだったわよね。コレ、商店街の福引で当たったものなんだけど、
「ワシに服を着替えろというのか? ワシはこれで十分じゃ」
「あらあらまあまあ、女の子なんだから、もっと可愛い服着てもいいじゃない」
母さん、いくらなんでもそのネタとしか言えない罰ゲームみたいなパジャマを渡すのは……。
「仕方が無いのじゃ、ワシとて一人で服くらいは着れるのじゃ。人の居らぬ時に鎧を身につけた事もあるからの」
俺達はじいちゃんの部屋に紗夜姫一人だけを残し、外に出た。
そして十分後、そこに入ると、そこにいたのは……タヌキ着ぐるみパジャマを着た紗夜姫だった。
「ぷっクククク……アハハハハ、ええやん、めっちゃっそれ可愛いやん」
「は、恥ずかしいのじゃ……」
「紗夜ちゃん、とても可愛いわよ」
紗夜姫は、なんだか少し恥ずかしそうにしていた。
でも俺も思わず言ってしまった……。
「か、可愛い……」
「本当か! タクミが可愛いというならワシはいつでもこれを着るのじゃ、これがワシの一番槍の具足、そう、戦支度みたいなものなのじゃ!!」
あちゃー、不用意な発言するもんじゃないな、どうやら紗夜姫は俺のせいでこのタヌキ着ぐるみパジャマが気に入ってしまったようだ。
頼むからそんな恰好で外に出かけないでくれ、ここが変な家だと誤解される……。
「ところで紗夜姫、あの着物は一体?」
「タクミー、他人行儀な言い方はやめるのじゃ! ワシのことは紗夜と呼ぶのじゃ。あれはな、ワシが霊力で作っておったので、着るのも脱ぐのも変幻自在なのじゃ。ワシくらいになると、服を着るのに身体を動かす必要などないのじゃ! ワシが命じれば、この二つの人魂がワシの霊力で従って服を着せてくれるのじゃ」
「いや、それってただのものぐさ姫だろ……」
二つの人魂は俺達に挨拶をするようにペコリと動き、紗夜姫の周りをふよふよしている。
これってひょっとしたらかつての彼女の傍女か何かの魂かも。
そうそう、彼女にとっては俺の言った紗夜姫という言い方はどうもお気に召さなかったらしい、だから俺は彼女に呼び捨てで紗夜と呼べと言われた。
どうやら彼女の着物は霊力で作ったものらしく、自分で出したり消したりできるみたいだ。
つまり、このタヌキ着ぐるみパジャマも……やっぱり身体を動かさず、霊力で装備したってことか。
どんだけものぐさなんだよ……。
紗夜はタヌキ着ぐるみパジャマがかなり気に入ったらしく、それを着て布団の上でゴロゴロしている。
まあ数百年、苦しんでいたとしたら……今のこの姿も仕方ないかもな。
今の彼女は霊能力を封じられたとはいえ、特に苦しみを感じる事も無く、生活が出来る状態だ。
その表情を見ていると、とても戦国時代の凛とした姫様とはとても思えないダメニートっぽい中学生くらいに見える。
そしてその晩、紗夜にとっては忘れられない事が起きた。
それは……ツムギリフォームのみんなでの食事の後の話だった。
食事が終わった後、紗夜は俺の弟の操太が持っていたお菓子に目を奪われた様だ。
「のう、その手に持っている珍妙な食べ物らしきものは何じゃ? この時代の兵糧か?」
俺の弟、操太が持っていたのは、スナック菓子のぽてりこだった。