じいちゃんの部屋に入ると、線香の匂いがした
仏壇の遺影には生前の元気だったじいちゃんの姿が映っている。
じいちゃんは生前はパワフルな人で、豪快な人だった。
そもそも元々が近畿の方の宮大工だったそうだが、戦争で徴兵され、戦地を生き抜いたツワモノだ。
その後は関西に戻ったものの、宮大工の仕事は戦後すぐには見つからず、軍人仲間達と一緒に広い場所を探して関東に向かい、そして今の
その後工務店はこの地に根付き、地元の人達に無くてはならない場所になっていった。
だから俺が簡単に潰せないくらい責任重大だ。
……まあ、
そんな
でも彼女、俺の持っていた封印の壺で能力吸い取られて十分の一程度の力しか無いんじゃないのか。
そんな俺の心配をよそに、満生さんは変Tの胸から呪符を、カバンの中から香炉らしきものを取り出した。
どうやらこれが降霊術に使う道具らしい。
満生さんは封印の壺に霊力の大半を吸い取られてしまい、常人並の力しか出せないと本人が言っていたが、それでも戦闘や退魔の技術ではない降霊術くらいなら何の問題もなく使えると言っている。
そして満生さんは、じいちゃんの仏壇の遺影の前でろうそくに火をつけ、カバンから取り出した水晶に何かの力を込め、普通の人には聞き取りにくい何かの言葉を唱え始めた。
その様子は、普段のだらしない姿の彼女とはまるで違った、凛とした姿で、俺は思わず息をのんでしまった。
「ほう、あのバカ女、中々やるではないか、大したものなのじゃ」
そして……部屋の電気が点いたり消えたりし始め、何やらピシッ! って音が鳴ったり、天井が揺れたりを始めた。
ドンッ! ドンッ!! ドンッッ!!
「これは! 本当にこれが降霊術ってやつなのか!?」
緊張していた俺達だったが……その後上の方で誰かの声が聞こえてきた。
「Hey Hey 推しダーンス、デース、デース」
全員が派手にズッコケた。
これって、上の階のペドロさんが推しダンスの練習をしているんじゃないかよ!!
「なんだ、いつものペドロか」
「どうなってんねん、あーしの術邪魔すんなやー!!」
「プっ、クスクスクス、まあ、こんなことじゃろうと思ったわい……」
みんながジトーっとした目で満生さんを見ている。
母さんはにこやかに笑いながら優しい目で満生さんを見ていた。
どうやら、降霊術は失敗したのだな、そう思っていたのだが。
「なんぢゃなんぢゃ、騒がしいのう……」
この声は……まさか!?
もう二度と聞くことはないと思っていた声が、聞こえてきた。
間違いない、この声は……じいちゃんの声だ。
「ぶぇっくしょい! ちきしょーめっ!! 誰がワシの鼻をムズムズさせとんぢゃい!!」
出現後いきなり豪快なくしゃみをしたじいちゃんに今度はみんながズッコケた。
「アホかー! あーしがたまに真面目にやろうとしたらこのオチかーい!」
もうこの流れ、コントとしか思えない。
母さんはニコニコしてるし、紗夜姫はジトーとした目で見てるし、甚五郎さんはじいちゃんが姿を見せた事で普段見せないほどビックリして腰を抜かしているし、何なのこのカオス。
そんな状況の空気を変えたのはやはりマイペースなじいちゃんだった。
「お前ら、わしの部屋で何をしておるんぢゃ。お、それはわしの好きな酒と鬼哭漬け、それに滝川饅頭ではないか。そうかそうか、わざわざ供えにきてくれたんぢゃな。しかし、何故わしの声がお前達に聞こえるんぢゃ?」
「あのなー、おじいちゃん。それはねー、あーしがアナタを呼び出したからやねん」
「おう、久々に聞く関西弁ぢゃな。それで、そこのめんこい二人は誰なんぢゃ?」
どうやら、満生さんの降霊術はかなり上位者しか使えないもので、本来の降霊術は誰かしらの体を借りて本人を短期間だけ降ろし、口から語らせるらしい。
だが、彼女の術は本人そのものの具現化で誰にでも見せるように出来つつ、その声を普通に生きていた時と同じように聞かせるもので、これは結界術の使い手でなければ出来ない超特殊能力だそうだ。
まさか、封印の壺に霊力の大半を吸い取られてもそれだけの事が出来るって、満生さんって本当にただのだらしない女の人じゃなかったんだな。
「それで、そっちの可愛らしいお嬢さんは、
「ち、違うよじいちゃん、この子は……」
「そうじゃ、ワシはタクミと契りを交わした仲なのじゃ」
「そうかそうか、わしの知らんうちにお前も立派になったもんぢゃな、ところで、幸作はどこに行ったんぢゃい?」
じいちゃんはコロコロと話を変える人だ、俺の話をしていたはずなのにいきなり父さんがここにいないことを話し出した。
「それが、父さんは今どこかに出かけてて、まだ帰ってこないんだ」
「相変わらず仕方のないヤツぢゃな、だからわしはアイツよりは巧に会社を継いでもらおうと思っておったんぢゃ」
まあ、父さんの放浪癖は昔からのものなので、仕事はしても甚五郎さんがメインを張っていたからじいちゃんは父さんをそれほどあてにしていなかったようだ。
だからじいちゃんは生前、俺を後継者にしたがっていたのだが、俺はどうしても何故か、のこぎり、釘、太い梁、そして水を汲んだバケツが怖くて、逃げたり怯えたりしていた。
その様子を見たじいちゃんはいつも、何故俺がそんなにこれらのものを怖がるのか不思議に思っていたようだ。
でもどうしてなんだろうか? 俺自身でも何故そんな普通の大工道具が怖いのかワケが分からない。
だから本当は父さんが会社を継いでくれるなら俺は家業ではなく別の仕事をしようと思って大学に通っていたんだが、父さんが姿を消したままじいちゃんが亡くなってしまったので俺がツムギリフォームを継ぐ事になってしまったワケだ。
そして、満生さんが、自分が降霊術を使ってじいちゃんを呼び出した事を説明すると、じいちゃんは何の疑いもなくそれに納得したようだ。
まあそりゃそうだろう、幽霊のはずの自分の姿が俺達に見え、声も俺達に聞こえるんだから。
「それで、わしを呼び出したのが満生さん、アンタってワケぢゃな。その理由が、解体でアパートがぶっ壊れてしまい、行く所が無くなったから、巧の彼女の妹と一緒にここに住ませてほしいという訳ぢゃな」
じいちゃんは満生さんの話を聞き、首を何度も縦に動かしながら、目を閉じて腕を組んでいた。
「いいぢゃろう、その筋を通すところ、気に入ったわい。わしの部屋、自由に使って構わんぞ」
「おじいちゃん、本当にええのん?」
「ワシもタクミと一緒にいれるのじゃな!」
二人が、とてもうれしそうにじいちゃんの手を握った。
するとじいちゃんは、二カッっと笑い、俺の方を向いた。
「どうせわしは死んどるからな、部屋が有効に使われるならその方がいいぢゃろう、下手に物置にされるよりはよっぽど良いわい。それにこんなめんこい二人が住むなら大歓迎ぢゃ」
「じいちゃん……」
「ただし、条件があるわい」
「条件?」
「そうぢゃ、毎日わしの仏壇に酒と鬼哭漬けと滝川饅頭、それに何かの菓子を供えて線香と蠟燭をつける事ぢゃ」
まあなんというか、じいちゃんらしい条件だな。
「わかったで、おじいちゃん。おおきに。ホンマありがとう」
「わかったのじゃ、じい様、ワシらは約束は守るのじゃ」
ニコニコしたじいちゃんは俺に向かい、バンバンと肩を叩こうとしてきた。
「巧、良い子を見つけてきたな、これでわしも安心ぢゃ」
じいちゃんは俺の肩を嬉しそうに叩こうとしたが、じいちゃんの手は俺に当たらず、スカスカと宙を切るだけだった。