「姫様! ここは我々が!」
「無念だ、清和源氏の正当な末裔たる滝川家が……このような形で」
「皆の者、もうよい。これも運命じゃ」
時は永禄7年、滝川家は隣国の里美家によって攻め滅ぼされ、残っていたのは当主
「なりませぬ、姫。貴女だけでもお逃げください、
「恩田殿……」
「正勝……くどい、武家の娘として生まれた以上、この様な事は覚悟の上じゃ、皆の者、よくぞ今まで共に戦ってくれた」
「おい、今だ! 今なら抜け穴から外に出られるぞ!!」
殿を務めたのは筆頭家老の
家臣の一人が叫ぶと、その方にいた敵の武士は全員斬られ、道が開かれていた。
「おお、これぞ天の助け、姫様、どうぞこちらからお逃げください」
紗夜姫は城の抜け穴から外に向かい走った、だが……その時、焼け落ちた城が崩れ、その瓦礫が抜け穴の上の地面を大きく揺らした!
「な、何があったのじゃ!」
「む、無念です! 抜け穴が崩れ出しました!!」
「そ、そんな! 嫌じゃ、やはり……死にたくはない!! イヤじゃぁぁぁぁ!!」
姫の叫びも空しく、抜け穴は瓦礫によって崩れ、彼女達は生き埋めになってしまった。
「苦しい……助けて、誰か……、もう、会えない……あの若者に……タク……ミ」
紗夜姫は、息絶える寸前まで、手に小さな守りを握り締めていた。
そして、戦国に残る名家、滝川家はこの日、歴史から姿を消したのだった……。
◆
「怪奇! 城跡遊園地に出る悪霊の正体!!」
どうやらテレビでは心霊番組のスペシャルをやっているみたいだ。
まあ俺は幽霊騒ぎよりもこの城跡の元々あった城の方が気になる。
3DCG再現で出て来たけど、元がかなり良い木造建築っぽかったんだよな。
俺は、宮大工の家系らしく、木造の建築が好きだ。
「怖いわねー、テレビのチャンネル変える?」
「あ、いいよ。そのままで。それよりも、ご飯炊けた?」
ツムギリフォームの食堂は、今日も例によってカオスだった。
「おかわりまだー?」
「お母さん、味噌汁うまいっす!」
「ママ、宿題見てー!」
「あらあらまあまあ、ちゃんと順番待ってねー」
俺は食卓の端っこで、すっかり他人の家みたいになった我が家を見つめながら、いつものようにぼやく
アニメ柄のTシャツを着た外国人労働者のペドロさんはアニメか特撮柄の子供用お茶碗を使っているがこれがまたシュールだ。
まあ従業員の子供がウチで食べる事もあるのでこの柄のお茶碗はいくつも有る。
「……俺んちって、本当に誰の家なんだろうな」
母さんは、ツムギリフォームの従業員の家族にも優しい。いや、優しすぎる。気づけば食堂は俺の家族以外で埋め尽くされているのが日常茶飯事だ。
お母さんは「みんな家族みたいなもんよ」と笑ってるけど、俺は時々、本当にこの家の次期社長なんだろうかと疑問になる。
俺はいつものように食事を用意していた。
父さんがいなくなり、じいちゃんが死んでから実家に戻って来た俺は、母さんや従業員の人達と一緒に食事を用意している。
なんだか流れで俺が次期社長って事になってしまってるけど、俺はそんなガラじゃないと思うんだよな。
それに、俺は宮大工の家系なのに何故か釘とかバケツとかロープが大の苦手だ。
ノコギリなんてモノを見たらマジで部屋から逃げ出したくなる。
そんな俺がなんで零細リフォーム会社の次期社長になっているかといえば、本来の社長だったじいちゃんが急死し、父さんが失踪してしまったからだ。
誰かが社長をやらないと、ここに住んでいる人達が路頭に迷う事になってしまう。
だから俺が社長をやる羽目になった。
「
「あ、ああ。わ、わかりましたって」
甚五郎じいさんが俺にはっぱをかけて来た。
作造ってのはじいちゃんの名前だ。
腕利きの宮大工だったみたいだけど、戦後仕事が激減して引き上げた軍人仲間と建築会社を始めたらしい。
それで
本当は父さんが会社を継ぐはずだったんだけど、今は行方不明。
理由を聞く前にじいちゃんが死んでしまったので、今はどこでどうしているか分からない。
多分生きているとは思うんだけど、もし死んでいたらマジでどうしようかな。
だから仕方なく俺が大学を辞めて社長を継いだって事。
でも、いるだけのお飾り社長とはいえ、早く仕事をしないと会社が倒産してしまう。
それが今の俺の悩みの種だともいえる。
「あのー、その壺って何かデスカ?」
「あ、ペドロさん。それには触れないで下さい」
「何か美味しそうの入ってるのかなと思ったんですケド」
家の中が狭いとはいえ、何故床の間にあった壺がここにあるんだろうか。
どうやら、じいちゃんが死んだ際、部屋の整理をしていたどさくさで、じいちゃんの部屋にあった壺が台所の調味料と勘違いされて持ってこられたみたいだ。
持ってきたのは母さんみたいだけど、元に戻すのも何かありそうなのでそのまま台所に置かれている。
でもこの壺の蓋、どうやっても開かないみたいで、一度開けようとしてじいちゃんにめちゃくちゃ血が出るまで殴られて怒られた覚えがあるんだよな。
その夜のことを、今でも覚えている。
小さい頃、夜中にトイレに行こうと廊下を歩いていると、おじいちゃんの部屋の障子が少し開いていた。
その隙間から、俺は見てしまった。
壺の前に座る、黒髪の長い、着物姿の綺麗な女の人の後ろ姿を。
「……?」
声をかけようとした、その瞬間——ふっと、その姿は消えた。
何もなかったかのように、そこにはただ、あの古い壺が静かに座っていた。
次の日、俺はどうしても気になって、壺を触ろうとした。蓋を開けようとした、その瞬間——
「バカモン!!!」
おじいちゃんにめちゃくちゃ怒られた。血が出るほど叩かれたってのは、ちょっと大げさかもしれないけど、それくらいの勢いだった。
「何があってもこの壺は開けるな! わかったな!!」
そんなこと言われたら、余計に気になるってもんだろ……。
でも、あの怒り方が尋常じゃなかったのは覚えている。だから、俺はそれ以降、怖くて壺には一切触れなかったんだ。
だから俺はそれから怖くって触ろうとした事が無かった。
あーやなこと思い出した、忘れてしまおう。
俺達は従業員の人達と一緒に食事をし、明日の仕事の話をした。
明日の仕事とは、老朽化したボロアパートの撤去解体だ。
どうやらそのアパートを壊し、そこにマンションが建つらしい。
あー勿体ない、この鬼哭館、大正時代のアパートでレトロモダンな佇まいの良い建物だったのに。
まあ住民が変人揃いで近所からは白い目で見られていたようだけど。
その住民達も幽霊騒ぎで大半が逃げ出したと聞く。
鬼哭館はこの辺でも有名な変人の巣窟で有名だった。
• 一ノ瀬 雅人(いちのせ まさと):自称・霊感体質のオカルトマニア。実際は怖がりのチキン。半裸の女の幽霊が出たと聞いて真っ先にガチビビりして逃亡。
• 二階堂 美咲(にかいどう みさき):スピリチュアル系女子。パワーストーンと除霊グッズで全身コーデしてるけど、まったく効いてない。ある日いきなり「呪われた!」と叫びながら引っ越し。
• 三ツ矢 直樹(みつや なおき):フリーの怪談ライター。怖い話は好きだけど、自分が体験するのはNG。部屋で心霊現象を体験し「これはヤバい」と即退散。
• 四宮 玲子(しのみや れいこ):シングルマザー。しっかり者だけど、彼女の小さな子供が「夜中に変なお姉ちゃんがいる!」と号泣→速攻で引っ越し。
• 五条 昴(ごじょう すばる):半グレ崩れの自称「実業家」。ビビらないキャラを装ってたけど、亡霊や骸骨を見たと言って限界突破→夜逃げレベルのダッシュ。
• 六合 健介(りくごう けんすけ):元警官。幽霊騒動を調べるために住み着いたものの、怪異の続出に「これ、警察の範疇超えてるわ」とさじを投げた。
• 七瀬 亜由美(ななせ あゆみ):夜逃げしてきた女。隠れ家に選んだのが鬼哭館だったのが運の尽き。しばらく耐えたが「ここ、前の男よりヤバい!」と再夜逃げ。
• 八代 龍司(やしろ りゅうじ):不動産ブローカー。安く買い叩いて転売するつもりが、トイレで蠢く半裸の女の幽霊を何度も見てしまい「事故物件どころじゃねぇ!」と逃げ去る。
• 九重 慎吾(ここのえ しんご):売れない役者。怖がりながらも「これは役作りになる」と住み続けたが、精神的に耐えられず「あ、無理」と音を上げた。
• 十条 蓮(じゅうじょう れん):唯一の冷静キャラ。心霊現象を全部看破して「しょうもない」と言いつつ、最後の最後で平安貴族を見たとのリアル怪奇現象に遭遇→無言で退去。
そう考えると、これらの変人が全員逃げ出したって、そりゃあウチに仕事が来るのも納得だ。
ウチはじいちゃんが持っていた地鎮の壺のおかげで、普通の会社が逃げ出す変な物件を問題なく施工する事で有名だった。
まあ、じいちゃんが宮大工だったってのも仕事が絶えなかった理由かな。
今回の案件は、営業さんが大手ゼネコンの佐藤武蔵建設から請け負ってきた仕事なので、下手に不履行のままだと違約金が発生し、こんな小さな会社あっという間に倒産だ。
だから仕事は確実に期日までにこなさないと、それが俺の三代目ツムギリフォーム社長としての初仕事になるんだ。
次の日、俺達は解体予定のアパートに到着した。