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第一話 宇宙からの脱出

 西暦2156年。第一次宇宙戦争の終結から約35年の時が経っていた。現在、多くの者が荒廃の地球を後にし、新たな進展地へと向かっていた。月面には次々に都市が建造され、人類の新たな拠点として、月は輝いている。この時代を"ASCENSION II"と呼ぶものもいる。二度目の上昇ということだ。一度目はかつての大戦で失敗したが、人類の飽くなき挑戦は続くという意味が込められている。


 しかし、その発展とは裏腹に、宇宙の国際的関係は複雑であった。地球と月の間を取り持つのがフロンティア政府だ。高度約4万から8万kmの空間をその領域とし、フロンティアサテライトと呼ばれる3つの都市衛星から成り立っている。


 地上から約4万kmの地点で地球の周りを周回する都市衛星フロンティアサテライト2(以後FS2と表記)"EDEN"で暮らすマイルズ・フレアは月へ行くための資金を稼いでいた。少なくない費用が必要となるが、コツコツと働いて稼いでいる。彼の夢は月で商業技師をすることだった。1年前に技術学校を卒業したが、運悪く試験のスコアが基準を満たせず、他の連中に就職枠を取られてしまったのだ。結局この場所で適当な仕事をして食い繋いでいる。シャトルの操縦法も知っているし、宇宙空間での機械修理も習った。なのにそれを活かせることもなく、ただ日々の食事を賄うための労働をしているのだ。愚か者ではない。有能でもないが生活水準が見合ってるかと言われればそうではない。なんともやってられるかという気持ちであろう。

 その日は輸送ポートの売店でのパートをしていた。月への旅客シャトルに乗り込む客を相手に、本来であれば自分が乗るはずだと思い込みながら、タバコやコーヒーを売るのだ。

 彼の日課である。技術的な仕事を期待して応募したのに、証明できる資格を持っていないために売店に回されたのだ。

 その手には、月面国家アストルコスの地図が記載されたパンフレットが握られている。上昇と進展の時代と呼ばれる現在、やはり彼も月への憧れがあったのだ。


 そこへ、一人の男がやってきた。どこにでもいそうな男のようだが、その目つきは他のものと違うように見えた。30は超えているか、そのぐらいの年齢だろう。

「タバコをくれないか、10番の」

「あんたもアストルコスへいくのか?」

「そんなところだ。羨ましいか。そんなの握って」

 首都の部分が強くマーキンズされているのが見えた。

「ほお、ニューキャピトルか、首都だな。向こうにはいい仕事がたくさんある」

「いつか暮らすのが夢なんだよ」

「そりゃ結構なことだ」


「ちょっと、だべってないで早く次やってくれる?次の、待ってるよ」

 もう一人の店員のサニーが注意する。同僚である。

 マイルズの手に握られたパンフレットに目をやると、少し申し訳なさそうに、

「ねえ、あんた、今は諦めなよ。そのうちいいことあるって」


 男が興味深そうに、

「諦める?何か目指してるのか」

「技術士よ、この人の夢は。今度、試験を受けるのよ」

「合格しそうなのか」

「さあね。でも、簡単じゃないわよ、きっと。今、彼が持ってる資格は宇宙技術士の見習いの見込みよ。ああ、つまり、見習いになるための試験を受けることができるってこと」

「同種の職業の中で最下層ってことか」

「言ってくれるね。別にいいだろ、何を目指してようが」

「ここから出たいだけでしょ」


 次の客も会話に割り込んでくる。

「だがよ、こんな場所にいてもしょうがないだろ」

「ちょっとそれは、わたしに対しても侮辱にならない?気をつけてよね」

 同僚ではあってもマイルズと同類と見られたくないというプライドがあるらしい。

「言ってもよ、今は向こうのほうが安定してるし、こんな宙に浮かぶところに住んでて、いつ急に放り出されちまうかもわかんねえぜ」


 当然そのような不安は抱いていた。ここ最近、フロンティアの治安が悪くなっていたのだ。

 壁に取り付けられたテレビを見やる。

「難しい政治の話ね。誰か要約してよ」

 マイルズが答える。

「宇宙進出に反対するゲリラの動きがまた活発になってきたって話だ。この前も同じようなニュースがやってたろ。この区画の近くで極秘の武器密売取引もあったって噂も流れてる。噂だろうけどさ、また安全水準が上げられるよ」


 荒廃した地球を捨て宇宙に旅立った人類には懸念されることがあった。どこへ行っても、また抗争を続け、身勝手に自然界を破壊し尽くすのではないかと。

 宇宙進出に伴い人間の在り方を見つめ直す機会が増えてきたのである。そんな中で、宇宙開発の前に地球を救うのが先だという主張に基づき、開発をやめない勢力へ紛争を仕掛けるゲリラ集団が各地で現れてきた。

 中でも、惑星解放戦線(Earth Liberation Front、以後ELFと表記)という勢力が強大な力を持ち、多くの国から厄介視されていた。

 彼らの多くは、宇宙進出が進められる中、地上に残った者たちであった。地球や月で違法なテロ活動を行っている。そういった者たちによる危険な行動が強く問題視されるようになっていたのだ。


 輸送ステーションの窓から、遠くに太陽が見える。地上で生命に生きる源を与えていた光だ。宇宙空間での直視は有害である。しかし地上では、有害な超可視光を遮断してくれるオゾン層や大気が守ってくれる。ここでは防護シールドが保護してくれている。

 視線をずらしていくと、青く輝く地球があった。美しい球体だ。月にいくら都市を建造しても、火星移住計画をどれだけ進めても、再現できない美麗な青い輝きがそこにあった。


「それにしても、あれは綺麗だよな」

 しかしタバコの男は顔を顰めて、

「いやひどいもんだよ」

「行ったことあるのか」

「何度かね。アメリカにも中国にも行ったよ」

 それを聞いてマイルズは関心を示しながら、

「それほんとか、聞いた話だと、思ってたほど悪くないって」

「いや、綺麗なのはここから見た外見だけ。実際行ってみると、空気は汚いし、腐った政権が蔓延るはで、どうしよもないクズの巣窟になってる。糞溜だよ」

「でもよ、ニューヨークとか北京とかはすごい場所なんだろ?」

「悪くはないかもしれないが...君には向いてないな」

「どうしてわかる」

「路地裏でひっそりと暮らすのかね」

「僕だって技術や資格はある」

「もう飽和してるぞ。特別に才能があるなら別だが、そんなことはないだろう」

「ひどいな、どうしてそう決めつける」

「才能があったらこんなところにはいないだろ」


 何も言い返せず、きまり悪そうに言い放つ。

「じゃ、やっぱり行かない方がいいな。いいさ、僕は月を目指すよ。そうさ、いつか大臣になってやる」


 会話の区切りがつくと軽い会釈をして男は去っていった。


「なあ見ろよ、あっちは政府専用の方だぜ」

「じゃあ結構偉い人なのかもね。つまりあんたは、それ相応の立場をもって揶揄われたってわけ」

「君もひどいな」


 男の、その姿がマイルズの頭に妙に残り続けた。喋り方や声のトーンの違いを意識的に認識できるわけではないが、脳はなんとなく異質さを感じた。少なくともここの人間ではないことはわかった。外国人が行き交う輸送ポートなのだからそれは当然だが、確かな印象を与える、そういう男であった。


「あんたも連れてって貰えばよかったじゃない?」

「バカにしてるのか」

「ちょっと茶化しただけよ。それにしても、良いやつそうには思えなかったわね」

「確かにな、もう会うこともないだろ、あんなやつ」


 しかし、マイルズはいつかまたあのような男に会う時は、しっかりと身を立てる肩書で持って言い負かしてやろうというぐらいには、心が動かされていた。



 EDENの軍用ポートで任務を終え帰路に着こうとする宇宙軍用艦が待機していた。全長約80メートル程度の無骨な軍用艦で、角ばった船体は灰色の装甲で覆われ、中央部には装甲に包まれた艦橋があり、最小限の窓と通信・索敵アンテナが突き出す。両舷には誘導兵器用の発射管が並び、後部にはメインスラスターが二基、大型の放熱フィンとともに配置されている。外壁にアストルコスの宇宙軍のエンブレムが大きく描かれていた。


 軍用ポートといっても何隻もの軍艦があるわけではない。FS2は軍事的優先を置かれるような重要な場所とはみなされていないのだ。出港ゲートも一つにつき一隻入れるだけで、防御面でも小型のEMPミサイルが数機あるだけだ。とにかく穏やかな都市衛星であった。

 強化ガラス越しに管制官たちが無数のモニターを眺め、艦隊の発着、兵站の補給などを監視、すべての動きが厳格に統制されている。あるいは、空気圧制御室では兵士たちが宇宙服を纏い、重装備を確認している。だが、特に緊急の用件を扱うわけではない。通常の作業を毎日行うだけだった。


 しかし、数年前に安全条約が結ばれて以来、アストルコスのエンブレムをつけた軍用艦や商船の出入りが多くなったことだけが、作業員の緊張を煽っている。


「管制室へ、こちらAMS(Astolcos Military Shipの略)101の船長、ウォードだ、離艦している隊員が数分で戻るから、これから月面へ帰投準備に入る。進行コースを伝えるから確認してくれ」

「コマンダーへ。EDEN管制塔、了解。経路を確認した。2番右ゲートから出港してくれ。30分後にエンジンの始動を許可する」

「ありがとよ」


 艦内を操作パネルの光が淡く照らす中、クルーたちは各々の出港準備の作業に取り組む。人類が宇宙を舞台に活動するようになっても、やはり地に足のつかない場所での作業は緊張を高める。地球から約4万と数千kmの地点、宇宙空間での作業は少しのミスが命取りになる。こんなところで事故など起こしたら、一環の終わりだ。万が一の事態になれば助かる見込みは低い。特にポートやステーションでの接続、切り離し作業はわずかな狂いも許されないのだ。


「フロンティアとか言ったな、よくこんなところに住めるぜ」

「地球を守ってるという名目で、地上の国から資金が取れますし、アストルコスからは宇宙開発を支援の業務を請け負ってる。経済は最低限回ってるそうですよ。とは言っても、衰退してきてますが」

 一部の慣れた者たちは与太話をしながら、作業を進める。各モニターには、航行データや周囲の空間情報などが正確に表示され、それを元にクルーが慎重に書く項目を修正していく。


 その時だった。艦内の警告灯が不意に赤く点滅し、鋭いアラームが耳をつんざくように鳴り響いた。


 ウォードが驚いて反応する。

「おお、どうした?何があった!」

 オペレーターたちに緊張が走る。その警告音は戦闘時、武器を使用する際に、発せられる音だった。


「訓練予定は入ってないよな、どういうことだ!」

「艦長、ミサイル発射システムが自動で起動したようです。今すぐに停止を試みます。」

「なんだって!早くやってくれ!」

 モニターに表示されたターゲットリストが自動的に更新されていく。


 戦術士官が戦慄する。戦場で殺戮を行うための装置がこの平穏な場所で作動しているのだ。恐れ戦く。

「た、大変だ、発射シーケンスが始まっている、手動制御が効かない!」

「システムが目標を設定しています!」


 ウォードはさらに驚愕する。

「この領域ではミサイルなんか使えないぞ、そんなものは載せてないはずだが」

「いえ、ネビュラ3が一機積んであります」

 さらに驚愕した。

「はあ!?なんで!聞いてないぞ。おい!どういうことか説明してくれ」


 ウォードは唖然として、ただコンソールのディスプレイを睨みつけた。発射準備が完了するまでの秒数が、無情にも減っていく。


「こいつはシステムの故障なのか!」

「敵の艦艇が付近にいる時は自動の防御システムが作動することがありますが、付近に敵識別記号を持ったオブジェクトはいないぞ」

「EDENを敵の施設と認識しているのか?どうなんだ!」

「わ、わかりません!」

 艦長が言葉を詰まらせながら色々と推測するが、誰も答えられない。今、この瞬間、AMS101のミサイル発射管に装填されたネビュラ3が、その制御を離れ、何者かの手に委ねられてしまったかのようだった。


「発射準備が完了しました、360秒で発射されます」

「くそっ、このポートにいたら俺たちも巻き込まれる、早く出ませんか!」

「待て、まだ任務105Cからラーディック少尉が戻ってきていません」

 EDENで回収することになっている隊員である。内部での任務のために出払っていた。

「なら、早く呼び戻してくれ!」


「それより、どうにかならんのか」

「ネガティブ、ああ、くそっ!完全に手動を離れちまってる」


 その数十秒後、入り口のハッチドアが開く。

「ラーディックだ、今戻った」

 タバコをふかしながら悠々と入ってくる。

「ここの設備の老朽化はどうにかならんか。発着ゲートから25分もかかったぞ」


「さわがしいな」

 彼もすぐに異常に気付いた。

「こいつは...ミサイルの発射アラームか」

 すぐに艦橋へ駆けつける。

「ウォード、何があった」

「よくわからんが、勝手に作動した。目標がこの輸送ポート内に設定されてる」

 操縦員が慌てて叫ぶ。

「早く、出よう、我々も巻き込まれるぞ」


「ドッキングアーム解除、ハンガーベイから離脱します。ムーンポート61へのコース確認」


 艦体がポートから離れるにつれ、船内の緊張が徐々に高まっていった。艦の巨体がポートから完全に外れた瞬間、周囲の星々の光が艦の外殻に反射し、まるで暗闇の中で光る鋼鉄の要塞のように輝いた。


「おいおい待ってくれ、ポートの連中はどうする。誤作動の解除が先じゃあないか。なんとかならんのか」

 統合オペレーターが反応する。

「こうなったら、最後の手段を...過電流をかけて、」

「ダメだ、それだと火災の恐れがある」

 ラーディックが止める。

「じゃあどうするんだ、ラーディック」

「諦めるしかない」

「はあ?!人殺しは勘弁だ!」

「仕方ないだろ!見ろ!もう240秒を切ってる」

「くそぅ...」


 艦長の慌てた声が環境に強く響く。

「機関室、全エンジンを推力20%に設定。指定航路に進む」

「了解、推力20%、進路設定完了しました」

 オペレーターが答える。

 艦の主推進エンジンが徐々に加速し、AMS101は徐々に速度を上げ始めた。


 輸送ポートの管制室から連絡が入る。

「おい、AMS101、まだ離脱許可は出てないぞ、何か問題があるのか」

「管制塔か、よく聞け、ミサイルがあと3分で発射される。逃げろ、今すぐ」

「ええ!?なんだって、おいウォード艦長、どういうことだ!コマンダー!あなたは何を言っているんだ」


「すまない、幸運を祈る」


「新しい目的地への進路を確保しました、艦長」

 ナビゲーターが報告する。艦は、エデンの危機から逃れるように、静かに、だが確実にその場から離脱した。


「艦長、ミサイルハッチが開きます」

「発射シーケンスが最終段階に入った!あと30秒で発射される!」

 何人かの搭乗員は胸に十字を切った。

「5、4、3...」


 艦艇から発射されたミサイルはわずか数秒でポートに直撃。次の瞬間内部で轟音と共に大きな爆発が起こり衝撃はがエデンの内部に広がった。



 ミサイルの直撃を受けたポート内では、あらゆる統制機器が破壊され、制御不能に陥っていた。

 オペレーターや作業ドローンが吹き飛ばされ、物資が散乱する。重力統制もうまく働かなくなり、危険水準が非常に大きくなっていた。各種燃料タンクなどにも引火しており有害ガスが発生し、地獄のあり様を示していた。


 その中で、一人の管制官が傷だらけになりながらも、かろうじて息をして、規定の緊急手順を行っていた。

「誰かあ、生きているか」

 絶望の中で叫ぶ。


 返事はない。


 壊れかかった無線機を手にし、力を振り絞る。

 「本部へ...!こちら4番ポート管制塔...聞こえるか...原因不明の...ミサイル攻撃を受けた!」

 しかし無線機がうまく機能しない。

「聞こえない、どうした!何があった!大きな振動を確認したが何があったか。ポート周辺の区域がすべてレッドアラートで表示されてる!」


 直後、ポートの奥の方で、嫌な音が聞こえた。何かが爆発する音だ。断続的な爆破音が塊になって発せられたようだった。最悪の事態だ。

「ま、まさか......火器庫で誘爆か...」


 無線の相手は続ける。

「すぐに救護隊を送る!待機しろ!」

「ダメだ!くるな!」

「なぜだ!どういうことだ!」

「今すぐに...動力炉につながる区域をすべて閉鎖しろ!早くしろ!」

 管制官はもはや助からないことを悟った。


 火災を少しでも広げないように、当該区画の酸素供給システムをオフにした。しかし有毒ガスが充満し始め意識が朦朧とする。

「これで...少しは......」

 無線からは状況を確認する本部の者の声が響く

「おい!何をやっているんだ!」


 管制官は、先ほどのミサイル発射を捉えたであろう、監視レコーダーを抱き抱えた。


「これは...地獄の......始まりだ...」


 瞬く間に、ポート全体が火の海となる。その巨大な構造物全体が震えている。だが、それは始まりに過ぎなかった。


 爆発の衝撃波がEDEN全体に伝播し、火器庫での誘爆の衝撃と相まって、その軌道を支えていたバランスが致命的に崩れたのだ。自動制御システムは、軌道維持のための調整を試みたが、すでに大部分が機能しなくなっていた。次第に、EDENは揺れながら軌道を外れ、重力の影響を受け始めた。


 制御管制部では作業員がなんとか状況を打開しようとしていたが、解決策は姿を見せない。

「ポート4で異常な爆発を検知、連続的な衝撃により、遠心制御ができていません!速度が落ちています」


 次にモニターに示された内容がさらなる絶望を呼び起こす。あの管制官の奮闘も虚しく

「動力区画のシステムが停止...動力炉が...」

 力なく報告される。


「このままだと...地球への落下コースに入ります!」


 一人の作業員が悲嘆の目でつぶやく。

「ああ...35年前と同じだ...」


 その場の全員が絶望し狼狽える。


 あの時撃墜されたのは、FS3"ATLANTIS"だった。そして生存者は0という悲惨な結末を迎えたのだ。


 生きて脱出はできないことを悟った作業員たちは、せめて一人でも多くの民を救おうと目の前の課題に取り掛かりはじめた。


「至急各フロンティアサテライトに連絡を取れ」


 この時EDENはゆっくりと軌道を外れていた。


 各衛星都市から連絡が入る。

「こちらFS4"PROMETEUS"技術管制部、状況は理解している。避難民の受け入れ態勢を整えた。至急脱出コースを設定せよ」

「感謝する。状況によってPROMETEUSとNOAHへシャトルを出す。シャトルを全て出したら、緊急自爆を行う。上半分を爆散、蒸発させる。計算上では高度38000kmあたりの周回軌道に乗せれるはずだ。以後数週間のデブリの衝突に備えてくれ!こちらは緊急自爆シーケンスに入る!」

「待て!だがお前たちはどうする!」

「現在、遠隔の制御機器が故障している。先の爆発で通信機器もいかれちまったんだろう。残る手段は、手動での自爆だ。もう覚悟はしている」


 ATLANTISが撃墜された後、すべてのフロンティアサテライトの統制装置はすべて人間が直接運用することとなったのだ。自爆についても同様であった。緊急時、それが必要となった事態には遠隔による作動が手順に組み込まれたが、不可能な場合には当然誰かが残ってやることとなる。そのような事態においては、もはや管理者は生き延びれないという前提に基づいている。しかし、それは、誰かを救出するために誰かの犠牲を伴うことを予め設定してしまっていた。


 最後に作業員が告げる。

「大元の原因はわかっていない。後の調査隊が究明してくれることを願う!オーバー!」



「あそこが緊急脱出口だ!急げ!」

「待ってよ、ほんとに、もう!」

「いいから、早くするんだ」


 その日の最後の便の客を見届けた直後であった。マイルズたちのいる区画にも突如大きな轟音が響き、振動が伝わった。そういう場合、アナウンスの指示に従うようマニュアルには書いてあったが、いつまで経っても流れず、最初の爆破から数分後の大きな衝撃音を聞き、ただ事ではないことを実感、その場を離れる決意をした。


 マイルズにとっては二つの意味で夢にも思わなかった事態だ。一つにはこの先起こってほしくもない惨事ということだが、もう一つに関して、このような事態に駆けつけて対応できるような英雄的存在になることが彼の夢でもあったのだ。宇宙技術士という肩書を身につけて、人を救いだす英雄になりたかったのだ。だが、今はただ逃げ惑う市民と化している。中途半端に社会的な能力を身につけたから、事態を冷静に俯瞰したい自分と、恐怖に苛まれる自分が心の中で交錯する。


 ここに、かろうじて自分が能力ある人間だとみせる相手である同僚のサニーがいることが、ある意味、心理的安定剤であった。サニーのヒーローになりたいわけではないが、うまく導いて脱出できればそれなりの技量は示せる。


 脱出ゲートは惨憺たる振動により物品が散乱し、多くの搭乗機も破砕してしまっている。


 一機の脱出用シャトルを見つける。まだ使えそうだ。

「あれを使おう」

「ねえ、ちょっと、あんた、操縦できるの?」

「一応免許は持ってるよ、僕は技術士だ」

「見習い相当で、資格不合格者でしょ!」

「またそれを言うのか。あれは運が悪かっただけなんだよ、わかってないな。それに、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ」

 彼らを急かすように激しい振動が伝わる。

「わかったわよ、あんたに任せる」


 機体の周囲をみて、次に行うべき手順を頭に浮かべていく

「まずドッキングを解除しなきゃ。コックピットから操作してみるよ」


 激しい振動が続き、周囲の障害物がシャトルを傷つける。

「早くしないと、こいつも使い物にならなくなっちまう、急ごう!」


 シャトルに乗り込み、コックピット内の機器をいじる。宇宙技術士を目指す者の多くは、資格取得過程でいくつかのシャトルの操縦法を習っており、マイルズもその記憶を頼りに状況を乗り切ろうとする。尤も、実際に操縦するのはこれが初めてであった。


「くそ、何かが引っかかってドッキングアームが外れない」

「あれじゃない?」

「ああ、もう、降りて溶接しよう」

「ほんとにできるの?」

「さっきから、いちゃもんばかっりだなあ。少しは僕を信頼してくれ!」

「わかったわよ、じゃあやってみて、見てるわ。でもどうやるの」


 キャビンストレージを開け工具を取り出す。

「よく見つけるわね」

「脱出用のシャトルには積んであるんだ。法律で決まってる」

「さすがエンジニアね」

「揶揄うのはよしてくれ」


 そこへ、さらに追い打ちをかけるように、薄情な緊急アナウンスが入る。

「FS2の各部署へ、当該衛星のブロック1から45において、対象区域の自爆シーケンスに入る。安全規則に従い、速やかに最寄りのポートまたはステーションから脱出せよ。自爆システム作動まで15分」


「なによ」

「くそっ、もうすぐ自壊するぞ」

「なんなの一体!」

「多分速度が落ちたんだ。地球に落ちる前に爆破させて被害を防ぐってところだろうな。急ぐぞ、こんなところで死ぬわけにはいかないだろ?」


 マイルズが持つ溶接機がドッキングアームの先に引っかかっている金属板に、焦点を合わせている。その板は、接続部が微妙に歪んでおり、アームに引っかかり、無理に外そうとすれば、船体に致命的な損傷を与える可能性がある。今、彼がやらなければならないのは、ただ一つ。それを溶接し、シャトルの安全を確保することだ。


「大丈夫なの?」

「問題ないよ。すぐに終わるさ」

 マイルズは静かに答える。声に焦りはないが、手のひらには汗がにじんでいる。

 溶接機器がシューッと音を立てて、電流が流れ始め、金属が赤熱していく。その青白い光が手元を照らし、準無重力の中で、火花が浮かび上がる様子がまるで綺麗な幻のようだ。

 機器をしっかりと握りしめ、金属板の端に先端を合わせる。溶接機の先端を金属板の端に押し当てる。その瞬間、火花が散り、金属が軋む音が響く。溶接の熱で金属が溶け、切断部から流れ出る溶けた金属が、周囲の低重力空間でふわふわと漂う様子は不思議な光景だ。

「綺麗ね」

「触るなよ、残り、あと少しだ」


 焦って失敗すれば、全てが無駄になってしまう。切断部分は広がり、金属板が少しずつ外れる兆しを見せる。サニーは静かにその進行を見守る。焦らず慎重に切り進めていく。溶接機が熱を帯び、煙のように漂う金属の匂いが周囲に充満するが、マイルズはその不快感も気にせず、手元の作業に集中する。


 金属板がようやく完全に切り離され、ドッキングアームから外れた瞬間、マイルズは深く息を吐いた。


 そのとき、低く唸るような警報が、空間を震わせる。鋼鉄の壁に反響し、耳をつんざくほどの音圧が脳髄に響き渡る。警戒灯が赤い閃光を放ち、閃光と警報が混ざり合う。

「警告、自爆システム作動まで残り5分」

 いよいよ生命の危機を感じる。


「くそ!もう時間がない!急げ!」

 彼らは急いでコックピットに乗り込んだ。


「よし、進路を設定する。計測システムを作動させて...」

「どう、うまくいきそう?」

 計測器が示した推奨到着地は、思いもよらぬ場所であった。

「だめだ、PROMETEUSまでは届きそうにない。一部のスラスターがぶっ壊れてる」

「NOAHは?」

「ダメだ、あれはもっと外側の周回軌道を回ってる。行き先は...これしかない......」


 静かに口を開く。

「地球に降りよう」

「嘘でしょ...ちょっと正気なの」


 声のトーンは低かったが、生き延びる道は他にない。

「選択肢は他にない、行こう」


 人として生を受けるもまだ何も成し遂げていない。社会の底辺の紙屑のまま死ぬわけにはいかないのだ。降り立つ場所はあとは運に任せようということだ。



「くそ!どうしてミサイルが発射された!そもそもなぜネビュラ3が積んであった!クラス4以上の武器は禁止されているだろうが!おい戦闘士官!ミサイルの存在をなぜ俺に知らせなかったんだ!」

 艦内でウォードの怒りが響く。


「出航時にはすでに知っているものかと」

「俺は知らなかったぞ!」

「万が一の時のために積んであるのが普通です。条約では禁止されましたが、5年も前に結ばれた規則ですよ。暗黙の了解になってます」


 遠く、EDENが崩壊するのが見える。向こうを指差して、

「万が一ってのはあれのことか!」


 自らの直接の指揮下で、世界を混乱に陥れる大事態が発生したというのは心を抉る。ミサイルの爆発の衝撃で作業員らしき影が吹っ飛ぶのがはっきりと見えていた。軍学校で死体が並ぶ光景を見せられたことがあるが、そんなものに慣れるわけがない。慣れてはいけない。


 同時に、そんな事態を引き起こした原因が気になってしょうがない。


「おいマックス、あの発射はクラッキングによるものだと思うか」

 統合オペレーターのマックスが返答する。

「いや、武器の発射システムは外部からの操作はできない。通信系統とは物理的に切り離されてる」

「本当か」

「原理的には不可能ではない。確かに。だが、装置の構造上、まず考えられない。誤作動についても同じだ、これまで軍のミサイルステムが異常な挙動を見せたのは試験運用の一回だけ。だから不具合でもないだろう」


「そうか、そうだな。じゃあつまりだ、ここにいる誰かが作動させたか、あらかじめ設定されていたかだ!違うか!」

 思いっきり壁を叩く。


 思い返せば、AMS101は警備の協力という名目でEDENに入港していたが、実際はラーディックが裏取引で地球から運んできた物資を載せてアストルコスに持ち帰るという任務が与えられていた。武器仕様の条約がどうとか叫んでいたが、すでに違法行為に片足を突っ込んでいるのだ。

 これでは、裁判にかけられた時、全くの無実を主張できないし、何よりもまず正義の立場にいることができない。ウォードにとってそれが一番の問題であった。責任者は余計なことが起きてほしくないのだ。部下が暴力事件を起こした程度なら、始末書を書いて済むのだが、ミサイルで宇宙港を吹き飛ばしたのだ。タダでは済まない。あと数ヶ月で退職予定だったことも重なり、怒りがさらに込み上げてくる。


 ウォードの数少ない信任者マックスはなんとか宥めようとする。

「あそこにいる全員が死んだとは限らない。帰ってデータを調べて貰えば真相はわかるはずだ。我々が無実なことも」


 そこにラーディックが付け足す。

「犠牲者の数によらず、そもそも不問かもしれない」

「そんなことがあるか」

「我々宇宙軍の総司令官ヴァルゾール・ヴァルコフは戦争をしたがってる。これは良い機会かもしれない」

 マックスは顔色を変える。

「おい、冗談でも言うもんじゃあないぞ。そもそも戦争をやりたがってるのは総司令じゃない、お前たち情報部と改革党の連中じゃないか。なあ、まさか、あんたが仕組んだんじゃあないだろうな」

 マックスは情報部のやり方を嫌って、ラーディックを睨む。

「よせよ。俺は現場にはいなかった」

「確かにな。だが俺たちは、今、情報部の元で動いてる。使い走りだ。責任は貴様らが取るべきだ!」


 二人の口論が徐々に高まっていくがこれ以上問題を増やしたくないウォードは慌てて制止する。

「待て待て、これ面倒は起こすな。戦争が起きるかどうかは政治家と上層部に任せよう。とにかく俺たちの無実だけわかればいい」

「そうだ、マックス。俺だって人間関係の問題はごめんだ。これまで通り仲良く行こう」


 ラーディックという男との付き合いも長いが、どうもその心理は読みにくい。区分的に言えば諜報員という分類になるだろうか。その性質上、中身は不明のままで深く関われない方がむしろ良いのだが、そうなると同じ任務系統にいる時の不安が煽られる。特に味方を危険に晒すというような行動に出た覚えはないが、ラーディックからは明らかな不気味さを感じる。



 合衆国コロラド州ピーターソン基地の防空司令部では、士官たちが事態の把握に追われていた。都市衛星が爆散し、その破片が地球に向かって飛び散る映像が正面の大型モニターに映し出されている。緊張は最大に達していた。

 司令官や各部門の担当者たちが緊迫した雰囲気の中、議論が始めていた。


「現在の予測では、避難シャトルのいくつかは数時間で地球の大気圏に突入する見込みです。衛星の方は、自爆により半壊、大部分は蒸発しましたが、細かいチリ状のデブリと、一部の大きな破片が地球に降り注ぐでしょう。特に大西洋、カナダ、アラスカを中心に広範囲の被害をもたらす可能性があります」

「犠牲者の数は」

「はっきりとは出ていないよ、推定で多くて1万といったところだ」


 情報士官が防空戦略部長のガンフォードに"EDEN"での爆発を捉えた映像を見せる。

「最初の爆発があった時です」

 画像や映像を見て、ガンフォードがペンで画面を指す。

「この部分、これはなんだ、拡大してくれ」


 情報官が、画像を拡大して見せるが正確にはそれが何かはわからなかった。

「これが何か。おそらく、爆風の衝撃でしょうね」

「ミサイルの爆発のように思えるな」

「何か根拠が?」

「いや、経験による憶測だよ。だが、最初の爆発のこの部分を見ろ。内部での爆発ならこの煙は外に向かって吹き飛んでくるはずだ。つまり外側につながるどこかの区域で爆発があったに違いない」

 前の大戦で攻撃シャトルの通信員から始まった彼の軍歴は、鋭い洞察をもたらすが、確実な根拠のない推測で物事を進めるわけにはいかない。


「しかし、あの近辺で武器を使うのは条約で禁止されていますよ」

 ガンフォードは首を横に振り、

「だとしたら、法を無視したゲリラの攻撃か」

 数秒考えて、

「あるいは、アストルコスによる先制的な戦術行動かもしれん。直ちに、各基地に地対空迎撃ミサイルの準備を進めるよう指示するべきだ」

「連中の攻撃だとしたら」

「事実上の宣戦布告だろうな。現に、奴らの宇宙艦艇に配備されているネビュラ3ミサイルやクェーサー弾なら、うまくやればこれだけの威力を出せる」

「ですが、まだ組織的な攻撃だと確定はできません」

「連中が攻撃する理由はあるさ。奴らは地球の資源を欲しがっている。機があれば、いつでも攻めたいのだよ。連中の思想を考えればわかるだろう。特にあのヴァルコフという男は」

「今の情勢では、予算は出してくれないでしょうね」

「そのうち、近い将来、わかる時が来る」


 ガンフォードはさらに宇宙領域図を表示して、自論を展開する。

「高度4万kmより外側の宇宙防衛に関して、我々はフロンティア政府のPROMETEUSを頼っている。条約によって、その内側までしか我が国の宇宙軍は対処できない。フロンティアの軍隊が各状況に応じてFS1のNOAHとFS2のEDENに部隊を派遣し、作戦拠点として利用することになっていた。つまり、EDENが失われた今、防衛能力の半分が失われたと言っても過言ではない。対して向こうからすれば、こちらの防衛ラインはガラ空きになったも同然、もし地球を攻めるつもりなら、いつでも可能になる」

 その場にいた者たちの顔がさらに暗くなる。


 第一次宇宙戦争以後、宇宙に進出した者たちへの脅威を感じていたこの男は、多くの会議で度々アストルコスの危険性を解いてきた。しかし、余計な混乱や対立煽りを避けるためか、ただ面倒なのか、多くの官僚は、そのような事態が起きる可能性は低いと言って彼の主張を遠ざけてきたのだ。


 最悪に事態が起こる前に、米国の新宇宙艦隊の創設が彼の大きな目標であった。だが、地球内各国の主導権争いを避けるため、宇宙からの地球防衛はほぼ全てフロンティア政府に任せるという条約が定められていたために、実現には程遠い状況が続いていた。


 この1ヶ月ほど前から、一部の軍用衛星が機能を停止したり、それに伴う南米でのELFの勢力圏の拡大が起きていた。ガンフォードの長年の経験から言えば、それ自体は過度な異常ではなかったが、そこに今回の事件が加わり、心理的な緊張は決定的に強まった。


 衛星の崩落。彼もまた、35年前にその事態を見届けたものなのだ。


 救難通信オペレーターが反応する。

「シャトル1機の救難信号をキャッチしました。経路を測定、効果地点は南米、メキシコのあたりです」

「了解した、周辺に展開している海兵隊の部隊に救難要請を出せ」



 脱出シャトルは蒼穹の彼方から、燃え盛る流星のごとく大気圏を落下していた。機体表面を覆う耐熱パネルが、摩擦熱によって赤熱し、接合部が火花を散らし、超高温のプラズマが、赤黒い炎となって機体を包み込む。


 表面の保護コーティングが剥離しては光の尾を引きながら虚空へと砕け散る。


 機外温度急上昇中。

 まもなく耐熱コーティングの限界温度。


 シャトルのコンソールに映し出されたデータは、状況の過酷さを無情に告げていた。

「全く歓迎されてないようだな」


 マイルズは、汗ばんだ手で操縦桿を握りしめ、必死に迎角を維持していた。わずかでも角度を誤れば、シャトルは突入の衝撃に耐え切れず、制御不能の回転を始めるか、あるいは燃え尽きる。


「フライトコンピュータの補正データをチェック!迎角が崩れたら僕らは終わりだ!」


 必死の形相でコンソールにかじりついた。彼の指先が操作パネルを操作するたび、機内のホログラムディスプレイが次々とエラーを吐き出していく。


「くそが!姿勢制御スラスターが半数以上死んでる!自動補正は期待できない!」

「何よ!死ぬの?!これ!」

「わからない!だけど、目標着陸地点からは大きく逸れる!」


 マイルズは舌打ちした。厳密な迎角を維持するには、船体の自動補正が不可欠だった。だが、その機能が失われた以上、手動で微細な調整を続けなければならない。しかし、それはシミュレーションだけでしか操縦したことのないマイルズにはほぼ不可能に近かった。


 シャトルの機首が、徐々に下がり始める。迎角が大きくなればなるほど、機体を取り巻く空気の圧縮加熱は増大し、やがて制御不能のスピンへと転じる。逆に迎角が浅くなればなるほど、機体の減速が不十分となり、突入速度が上昇する。さらに、揚力を失った機体は安定性を欠き、これもまた、やがて制御不能のスピンや乱流振動が発生する。


「機首が下がる!修正しろ!このクソが!」

 コンソールを思いっきり叩く。

「ちょっとそんな乱暴に!やめてよ!壊れたらどうするの!」

 サニーの声が、焦燥に震える。

「もうぶっ壊れちまってるよ!」


 直後、外気温度がシャトルの耐性を突破した。機体全体に巨大な圧力がかかり、コクピットが軋む。金属が歪む音が空間を支配し、速度制御もままならず、シートベルトが食い込むほどのGが二人の身体を押し潰した。


「わあああああ!」

「ああ、なんなのよこれ!マゾヒストにはたまらないかもねえ!いかれてるわ!」

「まだ冗談を言う余裕があるようだな...本番はこっからだぞ!」


 視界の外では、機体の外装が炙られ、溶融した金属がオレンジ色の雫となって飛散している。コクピットの窓を通して見えるのは、灼熱の光の渦。炎に包まれたような視界の中で、彼らの命はただのひとつの数字に過ぎなかった。


 機体温度1200度

 警告!耐熱コーティングが限界に達しました。


 赤い警報灯が、怒り狂ったかのように点滅し続ける。ブザーが鳴り続ける。


「くそったれ!」

「ねね!どうにかしてよ!まだ死にたくないわよ!」


 マイルズは必死に操縦桿を引き、機首の角度を少しでも修正しようと試みた。しかし、その努力はまるで巨大な嵐の中で小舟を漕ぐようなものだった。空気の暴力的な壁がシャトルを叩きつけ、少しでもバランスを崩せば、機体はそのまま破砕するだろう。


 そしてついに、衝撃音が響く。


「うわああ!左翼のパネルが剥離した!」

「どうなるのよ!ねえ!」


 次の瞬間、機体が激しく横転し始めた。


 「スピンに備えろ!」


 激しい加速の変化により機体内部の重力の方向が狂い、コクピット内の全てが混乱に陥る。サニーは宙に浮いたツールキットを必死に掴もうとするが、強烈なGが彼女の腕を押さえつけた。


「ああああ!マイルズ!これ制御できるの!?どうにかしてよ」

「やれることはやってるよ……!」


 マイルズは奥歯を噛みしめ、右手の操縦桿を強く握りしめた。スピンを抑えるため、残存する姿勢制御スラスターを必死に調整する。しかし、推進剤は残りわずかだった。


 機体は炎の中でのたうち回るように、南米の大地へと向かっていった。


「もう耐えられないわよ!早く!どうにかしてえ!」


「あともう少しだ......!」


 一定の高度まで下がると機体に減速がかかってきた。突入の激しさが、次第に収まり始めた。大気の抵抗によって、機体速度が減衰していく。


「ハア、ハア...安定してきた......」

 機外温度が徐々に低下していく。


「なあ、おい……まだ生きてるか?」

「……死んでたら、こんなに体が痛いわけないでしょ……」


二人は荒い息をつきながら、コンソールを確認した。


 激しい損傷あり

 緊急着陸を推奨


「まだエアブレーキは使えるか」

「どれよ」

「その右のレバー、引いてくれ」

「わかった、試してみるわ。ちゃんと動け!このノロマが!」


 サニーが制御パネルを叩いてからエアブレーキをかける。


 船体の残されたフラップが動作し、微弱ながらも揚力が発生する。機体が大きく揺れながらも、姿勢が安定し始める。


「安定は取り戻した...」

「助かるの?」

「わからない」


 前方を見る。眼下に広がるのは、緑の大地。アマゾンの密林が、鬱蒼と広がっていた。しかし、十分な減速はまだできてない。


「ねえ、ちゃんと減速できてるの、これ!」

「安定はしてきてる」

「安定とかいいから!助けてよ!」

「今やってるだろ」


 徐々に硬度を落としながら、傷だらけの機体は樹海へと近づく。


「せめて森の木にに引っかけるんだ!」


 マイルズは、機体を密林の縁へと向かわせた。


 直後、衝撃が発生。機体が巨大な樹木に突入し、枝葉を薙ぎ払いながら進んでいく。火花が散り、金属が軋み、外装が引き裂かれる音が響き渡る。

 機体は木々を薙ぎ倒しながら前進、枝葉が機体に絡みつく。

 数回にわたってに緑のカーペットに叩きつけられ、あらゆる箇所が損傷する。自然の絨毯の表面が削ぎ落とされていく。その後、徐々に速度を落とし、大地を削り取りながら、停止した。


 最終的に、シャトルは密林の奥深くで、無残な姿を晒しながら沈黙した。先程の騒がしい破壊音とは打って変わって静まり返る。聞いたこともないような動物の声が静けさの中にこだましている。


「おい、生きているのか?」

「言ったでしょ、天国なら、こんな酷いことはないわよ」


 二人は震える手でシートベルトを外し、コクピットのハッチを押し開いた。


 むせかえるような湿気と、甘く腐ったような密林の香りが鼻をつく。夕陽が木々の間から差し込み、煙と塵の中にオレンジ色の光を注いでいた。


「サニー...」

「ええ、糞溜ね...」


 ここが正確にどこなのかは分からない。南米の森の中なのは確かだ。


 そして、彼らにとって本当の試練は、これからだった。


 遠くから救難機が飛ぶ音が聞こえてくる。二人は少しの安心の背後に、あらぬ場所へやってきてしまった落胆を感じる。

 だが、道が続いている場所に行くな、道がないところへ行って、新たな道を残せとも言う。

 期待していなかったところに、価値ある冒険が待っているのかもしれない。


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