人類がその生活圏を宇宙へと広げている最中であった。経済と哲学の歪みによる戦争が勃発。西暦2121年6月10日のことである。半年に渡り、各地で大規模な戦闘が展開され多くの犠牲を払った。最終的に、地球の周囲を周回する都市衛星の撃墜により終結したこの戦争は、それまでの社会と歴史への皮肉から"第一次"宇宙戦争と称されるようになった。
それから長い年月が経過した現在、世界は、米中露を中心とした地球上の諸国、3つの都市衛星からなるフロンティア政府、そして月面に建国された“アストルコス”などの勢力が対立、協調しながら宇宙社会を導いている。
フロンティアへ向かう宇宙船の貨物シャトルの中で作業員らが話している。窓の外には、静かな宇宙の闇と、その中でひときわ明るく輝く月が浮かんでいる。無重力の中で、作業員たちは流れるように体を動かし、貨物を整理している。
「よおボス、こいつはなんなんです」
作業員が何気なく声をかける。
「さあな、我々の知ることじゃない」
声は低く、一見、無関心のようだった。
どうやら何か重要な物を運んでいるらしい。シャトルで貨物を輸送するという職務も、今や特別なことではなくなった。しかし、物事が常態になることの裏に隠れた緊張は、簡単には消えない。彼らの間に、かつての戦争の記憶が無意識のうちに流れ込んでいる。目の前の仕事をこなしながらも、心のどこかで過去の恐怖に囚われ続けているのだ。
一人の男が、太陽の光を反射し輝く月を見ていた。月の表面にわずかに浮かぶ陰影を見つめている。月の輝きに引き寄せられているように。
「ほお、よく光ってますね」
近くの作業員が声をかける。
「あの輝きだよ」
「はあ」
「我々を導いてきたものだ。そしてあっちの方はもはや活力を失った」
ただの事実を述べているだけではない、深い感慨が込められていた。その瞳が、月から地球へと移る。地球は、薄暗く冷たく沈んでいるように見える。もうかつてのように活力ある場所ではないように感じられていた。
「地球ですか」
その質問から一瞬、自分がどこにいるのかが分からなくなった。過去と現在、未来が交錯する中で、自分がどこに向かっているのか、その答えはすぐには見つからなかった。だが彼が持つある思想をもって回答した。
「そうだ。もはやどこかに留まる時代ではない。常なる進展だよ。生まれ落ちた場所が意味を持つ時代は終わった」
声は静かだが、力強い。彼の言葉にどこか達観したような響きがある。相手はただ静かにそれを聞き、しばし黙って視線を外す。月の光がその顔を照らし、彼の表情に一瞬の影を落とす。進展と変化の中で、何を失い、何を得るのか。彼らにできるのはその問答を心の中で繰り返すだけであった。