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第10話 『先生と生徒』

「うぉぉぉお!」


魔力を限界まで放出し続ける。

剣術とは打って変わって未だにこの訓練を続けている。

これも必要な事だから文句はないし不満もない。

ただ毎日同じ事をやっていると飽きが来るのも事実だ。

そろそろ、魔法を使ってみたい。


「オタクくん。退屈な魔力総量を上げる訓練の重要度は理解できてる?」

「うーん、魔力が増えるだけじゃないんですか?」

「ぶっぶ〜不正解!」


指でバッテンを作って可愛らしいポーズを取る。


「魔力総量は魔法使いにとって意外に重要な要素なんだ。例えば、コレ」


セイラムが右手に通常通りの炎の玉を作り出す。

そしてもう片方の腕にも同じように炎の玉を作り出す。

これから一体、何が始まるのだろう。


「今、この二つの火の玉には同じ魔力量が流れています。そして、片方に2倍の魔力を流し込みます」


すると、炎の色が僅かに変化した。

普通の火よりも赤い。

大きさは先程とは変わらない。


「魔法は魔力を込める量でその威力や質が変わる。今、魔力を倍に流した炎の玉に更に魔力を流すと、、、青に変化する」

「おぉ」


炎が蒼く変化した。

よく意識を凝らせば、そこに沸る魔力の質や量が違う事がわかる。


「試しに、この通常の炎の玉をあの的に当ててみるよ?すると…」


セイラムが赤い炎の玉を的に放つ。

すると、的が燃え上がり焦げる。

次に、蒼い炎の玉を的に向けて放った。

今度は、倍以上に速い速度。

的に玉が触れた瞬間ーー激しく燃え上がり、火柱が上がる。

そして、木の的は跡形も無く消し炭になった。


「このように、同じ魔法でも其処に込められた魔力量が違えば威力も質も大きく変化する。魔法使い同士の戦いに於いて何よりも大切なのは駆け引き。どちらの魔法が速く、そして強いか…」

「…」

「魔法が派手なら派手なほど強いと思われがちだけど、その認識は間違っている時もある。派手な魔法は確かに強い。当たればそれは想像を絶する成果があるでしょう。だけど、それほど強力な魔法を放つにはもちろん、それ相応の隙があらわれる」


確かに…そうだ。

ゲーム内でも上級魔法やその更に上の魔法はそれに見合った詠唱や条件が必要だった。

それはこの世界でも当たり前の事だろう。


「しかし、今のような炎の玉を放つ位なら詠唱も隙も現れないし必要ない。最速で、どんな魔法よりも素早く撃てる。何も手を加えなければ殺傷能力さえ無い小さな炎の玉だけど、そこに魔力総量を増やす事によって、それは素早くとんでもない威力を持った兵器へと姿を変える」


あぁ、そうか。

自分はなんて勘違いをしていたのだろう。

魔法も剣術も、ただ闇雲に強い技を放てばいいと思っていた。

でも、違う。

この世界はゲームじゃない、本物の異世界だ。

当然、技術も駆け引きもゲームとは異なる。

だらだらと詠唱して放つ魔法よりも無詠唱で魔力消費が少ない魔法を放つ方が強く効率が良い。

甘かった。

そう認めざる得ない。


「そしてその時に必要となるのが"魔力総量"なんだよ。魔力が多ければ多い程、魔力を極限まで詰めた魔法を何発も放つ事が出来る。

魔力を増やすには今の方法しかない。地味でつまらないく、辛いだろうけど」

「大丈夫ですよ先生。俺は貴女を信じて最後まで頑張ります」

「…そっか!それなら、早速…頑張って〜!」

「そうだ、先生…炎の玉ってどれだけ魔力を込めても青までしか変化しないんですか?」

「うん?そうだよ〜」


ふーむ。

これは少し試してみたい事が増えたな。

そんなことを考えつつ、ニグラスは再び魔力増幅の為に死ぬまで魔力を放出し続けるのであった。




ーー


sideーーセイラム・エリエッタ・ユードラシル。


此処に来て一年が経った。

自分でも驚いている。

当初は、一週間程度で帰ろうと思っていたのに気付けば一年もこのシュブーリナ邸に居る。

その理由は既に分かっている。


現在、魔法を教えているニグラス・シュブーリナの存在だ。


はっきり言おう。

ニグラスは凡人だ。

魔眼でニグラスの魔力を見た時、これまで見てきた者の中で最も魔力が少なかった。

正直、失望しかなかった。

こんな非凡に魔法を教えた所で…噂に伝え聞く通りの人物ならすぐに投げ出すだろう。

そう確信していた。

が、その認識は数日で覆る事になった。


どんな者でも必ず弱音を吐き投げ出してしまう魔力放出訓練をニグラスに同じようにやらせた。

彼は思ったよりも素直に、あーしの言う事を聞いて一生懸命に取り組んでいた。

最初は、だったの一分程度しか持たなかった。

気絶し、目が覚めた頃には文句でも言うのだろう。

そう思っていた。

が、ニグラスは起き上がると再び鍛錬を開始した。

正直、驚愕した。

辛くなかったのか?いや、それはありえない。

あれはあーしでも初めの頃は、意識を失ったし激痛が走った。

非凡であるニグラスは自分以上に代償があっただろう。

それでも彼は、何度も何度も何度も立ち上がり魔力を放ち続ける。


一日。

一週間。

一ヶ月。


そして、一年。


「はっ、はは」


思わず笑みが溢れた。

想像以上の成果…一年前とは桁違いの魔力量がニグラスを覆っている。

ゾクゾクした。

まさか、ここ迄とは…

宮廷魔導士の中でも中位に上がれる程の魔力量だ。

まだ13歳…まだまだ、底が計り知れない。


もう、ニグラスは彼女にとって大切な存在へと変わっていた。

勤勉で真面目。

自分の教えを疑わず、信じてついて来てくれる。

そんな人間をどうして嫌えるだろうか。

そして、それに伴った結果を残している。

聞けば剣術に関してもあの『剣聖』が怪物に化けるとお墨付き。

自慢の生徒だ。


こうなったらトコトン、鍛え抜いてやる。

彼は間違いなくこの先、名を残す魔法使いになるだろう。

疑いようのない確信があった。

もしかしたら、あーしを超えるかも知れない…そう思うと楽しみでならない。

それに最近、ニグラスはあーしにも隠れて密かに何かをやっている。

いずれ見せてくれるだろう。


「よう、セイラム」

「お、スーちゃん」


ある晩。


スパルダ・カームブルがあーしの元に酒を持ってやってきた。


「なぁーに?」

「どうだ、奴は」

「正直、異常だね」

「ふっ、同感だ」


剣士と魔法。

その最強の位置に立つ人間が二人揃ってそう言った。

それだけでニグラスの異質さが分かる。

その日は、2人で沢山の話をした。


懐かしい、そう思った。

かつて冒険者仲間として切磋琢磨してきた腐れ縁とこうしてまた再会した。

あーし達を引き合わせたのも、ニグラスだと思うと感謝しよう。


「そろそろ、実行してもいいと思ってな」

「賛成〜」


まだ終わりじゃない。

ニグラスにはまた、新たな階段を上がってもらう。

たとえ、嫌われたとしても…

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