魔法と剣術の鍛錬を始めてから一年が経過した。
ニグラスは12歳になっていた。
本編が行われる学園編の入学式までは、あと2年。
まだまだ、強くなれる。
「いいぞ!もっと本気で来い!」
今は、スパルダ師匠と木剣と木剣で軽い試合をしている。
木剣とは思えない程に重く鈍い音が屋敷の庭に響き渡る。
「まだまだ、甘い!」
「ゴハッ!?」
スパルダの振るった一文字斬りがニグラスの胴を見事に打ち抜いた。
凄まじい衝撃。
全身の骨が砕かれるような鈍痛。
ニグラスの身体が吹き飛ぶ。
「ふむ…ニグラス。まただ…お前はまた目を閉じたな」
「ギクッ!」
「何度も言っているだろう。剣士なら死を恐れるな。剣士同士、剣士関係なく殺し合いの最中で目を閉じてしまうなど言語両断。間違いなく死ぬぞ。死を恐れるな、とは言わんが…」
「はい…もう一度、お願いします」
リルに傷を癒してもらう。
そして、再び木剣を握り締めて構える。
全身に魔力を流し、身体を強化する。
感覚が研ぎ澄まされる。
目の前で棒立ちするスパルダと向き合う。
舐められている。
が、其処に油断も隙もないのが恐ろしい。
ある程度、剣士として成長したから分かる。
この人との圧倒的な差に。
地面を蹴る。
脚に魔力を流し、高速でスパルダの間合いに詰める。
体勢を低くし彼女の視界から外れる。
そして、右下から一気に切り上げる。
その一振りはスパルダの木剣によって弾かれる。
が、それは既に予想済み。
弾かれた反動を利用して身を翻し、再び木剣を彼女の首目掛けて一閃。
「ふむ、駆け引きは悪くない…が、私には通じない」
「ぎゃふん!?」
「いいか、剣士とはどんな手を使っても勝てばいい」
木剣を振るって伸び切った腕を掴まれ、身体が持ち上がる。
そしてそのまま地面に叩きつけられる。
「これで私の998勝0敗だな。さ、立て」
スパルダが背を向ける。
「隙あり!」そう思ったニグラスは、彼女のガラ空きになった背中を狙って木剣を振り下ろす。
「隙あり、なんて考えてないよな?」
「うっそ…」
あ、忘れてた。
彼女は原作でも最強キャラクターだった。
此方を振り返らないで木剣を防ぎ、逆にガラ空きになったニグラスの腹に蹴りを見舞う。
「ッ!?!?」
鳩尾に彼女の蹴りが突き刺さる。
容赦のない無慈悲な蹴りがニグラスの腹の骨をへし折る。
胃液が逆流し、吐き出し倒れる。
目を覚ますと、見慣れたリルのお胸さんが出迎えてくれた。
ああ、メイドの膝枕…癒されるぅ。
「ニグラス」
リルの太ももとタイツの感触を堪能していると、スパルダの冷たい声が聞こえてきた。
「はい、なんでしょう」
「お前、何か隠してる技があるだろ?何故、それを使わない」
「え?」
なんで、分かったんだ?
「打ち合ってる時、何かを狙っているのはバレているぞ。それが有ればもう少しマシな戦いになってる筈だ。なぜ、隠す?」
「隠してるわけじゃ…」
「なら、これならどうだ。今からお前が私から一本でも取れたら鞭ではなく甘い飴をくれてやる」
「そ、それはえっちな!?」
「ああ、えっちな飴をやろう」
「よし、勝ちます」
俄然、やる気が湧いてきた。
リルが冷たい視線を向けて来るが、気にしない。
あの鬼のようなスパルダ師匠が与えてくれる飴、すごく欲しい。
それに良い機会でもある。
此処が俺の知る【スター・ウォーリアーズ】の世界なら使えるはずだ。
「一つだけ約束して欲しいんですが、今から使う技は正直…自分でもどうなるか分かりません」
「私の心配をしてるのか?舐めるな殺すぞ」
「よーし、本気でやりますね」
うん。
師匠ならきっと大丈夫だ。
この人は耐久力もSを超えてるしね。
それじゃ遠慮なくやってみますか。
地面に寝転がっていた木剣を拾い上げる。
そして、木剣を逆手に持つ。
(ん?なんだあの剣の持ち方は)
ニグラスがこれから何をしようとしているのか理解に苦しむスパルダ。
しかし、あのニグラスが無意味な事をする筈がないとわかっているので油断はしない。
右足を下げて、構える。
木剣を自分の体の後ろに隠すような体勢を取る。
剣先は膝の高さよりも少し下あたりに置く。
そして目を閉じて、意識を集中させる。
【スター・ウォーリアーズ】で剣士がよく使用していた大技をこれからスパルダに向けて放つ。
一か八かだ。
この世界がゲームそのままとは限らない。
だからこそ、試してみたいんだ。
自分の原作知識でこの世界を無双するために!
刀身に魔力を込める。
「…ほう」
スパルダが興味深そうに笑う。
「来い」
そして、木剣を構える。
型にはまらない少し奇抜な構え。
闘いに飢える獣のような野蛮な構え。
「武技ーー『竜爪斬』」
言の葉を紡ぐ。
同時、竜の爪を彷彿とさせる三つの斬撃が放たれる。
「ッ!!?」
その技を見た時、スパルダは全身の血の気が引いた。
これまでの剣士同士の闘いで見る事のない初見の技…その技に回避は不可能。
恐らく受けてもタダでは済まない。
そう判断したスパルダは迎撃する。
三つの斬撃に合わせるように剣を振り下ろす。
剣と剣がぶつかり合う。
凄まじい衝撃。
激しい爆風が地面の草や砂を吹き荒らす。
砂埃が晴れ、二人の姿が露わになる。
「はは…嘘でしょー」
スター・ウォーリアーズの中でもかなり強力な必中技だったんだけどなぁ。
スパルダは初見の筈の一撃を完璧に対応してみせた。
やっぱり、凄いな…
「これで、お前の1勝998敗だな」
「へ?」
言葉の意味が分からず、彼女の顔を見上げる。
その頬には僅かに切り傷が付いていた。
試合には負けて勝負には勝った、気もしないんだよなぁ〜。
「約束通り鞭ではなく飴をくれてやる」
スパルダが地面に座る。
そして、此方を見ながらぽんぽんと自分の膝を叩く。
これはまさか…ニグラスの頭は自然とスパルダの膝に着陸していた。
あぁ、きもちぇぇ。
「これが、飴ですか?」
「不満か?」
「いいえ」
「次は5勝したら飴をくれてやるからな」
その言葉に次も頑張ろうと決意した。
「そうだ、師匠。師匠がさっき使った一撃って『斬光』ですよね」
「ふっ、よく知っているな。いや、なぜお前が知っている?剣士でもこの技を知ってる者はほぼ居ないはずだが…」
「ギクゥ!?」
そ、その通りだ。
『斬光』とは【スター・ウォーリアーズ】の中でも最強に位置する剣士の切り札。
剣士の職のみでレベル100に到達し尚且つ、100回ラスボスを倒す事でようやく解放される最強の剣技だ。
この世界ではその習得条件が分からないが、スパルダは既に使える。
流石、『剣聖』。
しかもこれでまだ、専用装備がないと来た。
まさに化け物だろう。
「ふっ、まぁいいさ。さぁ休憩はおしまいだ!また虐め尽くしてやるからな!」
にっこりと師匠が笑う。
あ、凄いこの人…飴よりも鞭の威力が高すぎる。
「ニグラス様、頑張って下さいまし」
フェン…。
ご主人様を助けよう…
ニグラスの願いは叶わず、ここから鍛錬が終わるまで数時間ボコされ続けるのであった。
ーー
sideーースパルダ・カームブル
凡人は天才には勝てない。
努力は才能には届かない。
私はそう勝手に思い込んでいた。
しかし、その常識はニグラスという少年によって全て打ち砕かれた。
決して天才じゃない。
だが、一日。
一週間。
一ヶ月。
一年。
時が積み重なるにつれて、ニグラスは別人のように強くなる。
才能。
天才。
努力。
そのどれにも当てはまらない。
異質。
それが、ニグラス・シュブーリナという男。
初めは、手加減していた。
なるべく相手の強さに合わせる。
初めから心を折れば、投げ出してしまう。
当然だ。
しかし、最近はニグラスとの打ち合い。
たまに手加減を忘れ、本気でニグラスを叩きのめそうと木剣を振り下ろす時がある。
常人なら受け止めることすら叶わない。
しかし。
ニグラスはソレを受け止める。
まだ剣を覚えて一年足らずの貴族のガキが、私の全力の一撃を受け止めた。
面白い…そう思わずには居られない。
笑みが零れる。
私は知らぬ間に恐ろしいポテンシャルを秘めた怪物を育てているやもしれない。
だがそれでもいい。
私は歓迎する。
私の野望…それを叶えるとコイツは言った。
ならば、私の期待よりも更に強くなって貰わなければ困る。
その晩。
「『剣聖』。最近、本気でニグラス様を打ちのめしていますが…少しやりすぎでは?」
「ふっ」
フェンが立っていた。
相変わらず野蛮な殺気だ。
武器は無い。
いや、この女の場合は己の身体が武器か。
「何がおかしいですの?」
「アレがやつの望んだ事だ」
「それでもあの打ち合いは常軌を逸しています」
「だから、何が言いたい?」
「『剣聖』。貴女には感謝しています。が、あの方の為であればわたくしは…」
フェンが、低く姿勢を取る。
腕や脚が獣へと変貌する。
瞬間ーーリルの姿が掻き消える。
強靭な爪がスパルダの目前で静止する。
凄まじい衝撃が骨まで響く。
「全く、躾がなってないな。ニグラスも」
「相変わらずですわね」
「今更、方法を替えるつもりはない。安心しろ。奴を死なせるつもりは毛頭ない」
「はぁ…あまりにも行き過ぎたら止めますわ」
やれやれ、凶暴な狼だ。
此処に来てから退屈だと思ったことがない。
この後はカトリーナの奴と酒を飲む約束もしている。
あと数年後、どうなっているだろうな。