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第6話 『ある狼人族の過去』

彼女は元々、とある大森林にて暮らす亜人種の獣人族・人狼族の出身だった。

幼き頃から部族の王である両親によって狩りの技術を教え込まれてきた。

今の落ち着いた雰囲気からは想像も出来ないほどに、野生的で凶暴的な性格の持ち主として育った彼女は両親の献身的な教えによって部族の中でも圧倒的な狩りの才能を誇っていた。


大森林で定期的に行われる部族間同士の戦争に於いて彼女の存在は亜人族の中で恐れられていた。

同世代で彼女に力や技術で敵うものは誰一人として居なかった。

両親は数多いる兄弟、姉妹の子供達の中でも圧倒的な才能と力を持っていた彼女を次の族長にしようと必死だった。


そんなある日。

部族の"王"であった両親が死んだ。

次に部族内で起こったのは王の弔いではなく、次の王を決める為の部族内戦争である。

しかし、この戦争は初めから仕組まれていた。


本来であれば次の"王"になる筈だった兄は自分の後に生まれ両親を凌駕する才能を持った妹の登場によって全てを奪われた。

兄はその妹を恨み、殺そうと企んでいた。

そして両親が死んだ今…妹を守る盾はいない。


部族内の全ての人狼を唆した兄は両親が死んだ夜。

ただ独りで両親を弔っていた彼女に奇襲を掛ける。

突然の奇襲と裏切りにひどく動揺した彼女は深い傷を負ってしまう。

だが、それでも彼女の力は圧倒的であった。

狼化した彼女は瞬く間に部族の仲間を兄弟、姉妹を蹂躙し続けた。

傷付きながら、悲しみの慟哭を上げながら、生きる為に殺し続けた。


そして…数千を超える骸の上に彼女は佇んでいた。

全てを失い、全てに裏切られた彼女は大森林を去る。

しかし、彼女に待っていたのは更なる地獄。

元より狩りの仕方しか教えられなかった彼女は、外の世界を知らず、外の言葉も知らない。


初めて見る景色。

初めて見る大地。

初めて見る亜人以外の種族。

自分を物珍しく眺め、捕えようと近付いてくる。

彼女はその悉くを返り討ちにした。


幾重もの討伐隊を退けた。

数多を蹂躙する恐ろしき黄金の狼。

月夜、天に向かって慟哭の雄叫びを上げるその1匹の人狼に付けられた名はーー"黄金の天狼フェンリル"ハティ・スコル。


彼女の…この神獣は世界中の国々を恐れさせた。

冒険者や傭兵が一攫千金・名誉栄誉を求めハティを殺そうと襲いかかって来る。

ハティは疲れ果てていた。

場所を変えても、逃げても、殺さなくとも。

狩人達は彼女を自身の欲望と私欲の為に命を狙ってくる。

狩られる側に回った時、彼女は初めて自分が森で狩っていた魔物達の気持ちを知った。


広い荒野を駆け抜けて、矢や魔法をその身に浴びながら必死に生きる為に他者を殺す。

傷を癒す間も無く狩人は彼女を容赦なく襲ってくる。

そんな時、彼女の人生を大きく変える出会いがあった。


その日も多くの狩人を殺し尽くしたハティはその骸の側で少しの休息を取っていた。

次の刺客に備える為に、安息の地を目指す為に。

しかし、息を吐く間も無く新たな刺客が現れた。

今度は他とは違う。

鎧を纏った桃髪の女騎士と同じく鎧を着た銀髪の女剣士がハティの前に立ち塞がった。


「噂には聞いていたが、まだ幼いな」

「ああ。年は人間で言うところの11か其処らか?私達とあまり変わらない。まぁ、それでも私達とは生きていた年数が違うはず」


目の前の女達は、敵を前に興奮し猛烈な殺気を放つ目の前の金狼に恐れを知らない。

ハティはまだ人狼族として年齢は若い。

人間の平均年齢で10代前半の見た目や背丈をしていても、その年齢はソレを少し上回る。

ゆえに、歴戦の獣たるハティは目の前の女二人がこれまでとは違う本物だと直感していた。

未だに彼女が攻めあぐねているのもその理由の証明となる。


「ガルルルルっ」

「おい狼娘。そう身構えるなよ。何も私達はお前を殺そうと思って来たんではない」


桃髪の女騎士はそう言った。

しかし、ハティは耳を貸さない。

何故なら、言葉が理解できていない…と言うのもあるが、それ以上にその言葉の"音"や口の"動き"を何度も聞き見てきたからだ。


「カトリーナ、今のアレに言葉は無駄だ。力で捩じ伏せてやらねば」

「そうみたいね。来なさい狼娘」

「ヴヴ!ガルァァァァァァァァァァァァア!!」


騎士と剣士が僅かに見せた攻撃の意思に反応したハティが一気に飛び掛かる。

大地を蹴り、木々と木々を飛び回る。

彼女達の死角から、その首筋目掛けて牙を向ける。


「ガッ!?」


だが、その牙は届かない。

牙と牙の間に、女騎士がいつの間にか抜いていた剣が挟まれていた。

ハティは牙を強引に抜き距離を取る。

牙が粉々に砕け散り、血が滴り落ちる。


「なんて無茶を…」

「ふっ、いい根性だな」


ハティの牙は直ぐに再生を始める。

彼女にはある力がある。

大地や森の恵みが彼女の傷を少しづつ癒す力。

再び大地を蹴り、駆ける。

鉤爪に魔力を込めて力一杯に振るう。


「筋は悪くない…が、私には通じんよ」

「ギャウ!?」


銀髪の女剣士は、彼女の振るった鉤爪を軽々と剣で受ける。

そして、彼女の腹に蹴りを見舞う。

これまでに受けた事のない鈍痛がハティの身体を駆け巡る。

追撃は止まらない。

女剣士はハティの顔を掴むと思いっきり地面に叩きつける。



ーー



「ガッ、はっ…!?」


地面が砕け、頭がめり込む。

凄まじい衝撃。

血反吐を吐き、ハティの意識が飛ぶ。

身体がぴくりとも動かない。

獣化が解け、人の形に戻る。


「やり過ぎだ」

「思ったよりも手強くてムキになってしまった」


敗北。

圧倒的な敗北。

それはハティにとって初めての経験であった。

生まれながらにして生粋の強者であったハティは誰にも負けた事がなかった。

誰よりも強く負けない自信があった。

しかし、そんな自信はあっけなく砕かれた。


ハティは死を覚悟した。

戦士、狩人の鉄則。

敗北者には死を…


「さて、連れて行くぞ」

「カトリーナ、正気か?」

「諄い。何度も言っている…この金狼は私が責任を持って預かる」

「まったく…騎士団にバレれば無事ではすまんぞ」

「構わん。メルルザ様の意思を私は尊重したまで、その結果、死罪になろうと私は受け入れる」


2人は彼女を殺しに来たのではない。

女騎士が使えるある貴族の女の切実な願いを叶えるべく彼の地にやってきた。

目的は達した。

ハティの意識は既に失われている。


ーー


目が覚めた彼女が連れて来られたのは見知らぬ建物。


「目が覚めたか」


目の前には、あの桃髪の女騎士と見知らぬ女。

ハティは威嚇する。

が、見知らぬ女は優しく微笑み彼女の頭に手を乗せる。

ハティは慌てて女の手を振り解きその腕に噛み付く。


「大丈夫よ。貴女をを襲う人間は此処にはいない」


しかし、女は噛み付いたハティを優しく抱擁する。

突然の事にハティは動揺する。

女に敵意はなく、女の抱擁はとても暖かかった。

自然とハティは噛み付いていた腕を離す。


「そう大丈夫…誰も貴女を傷付けない、傷つけさせない。私が貴女を守るわ…」


その声は優しく。

その声はとても落ち着く。

まるで自分の子のように、ハティを優しく包み込む。

ハティはこれまでの緊張感が一気に薄れ行き、大粒の涙を流す。

そして、年相応の無邪気な子供のように泣きじゃくる。


その日から、ハティの人生は大きく変わる。

自分を引き取ってくれた人物の名前はメルルザ・シュブーリナと呼ばれる女性。

インセンベルク勇王国と呼ばれる国の貴族だと語った。

彼女はハティを娘と呼び、深く愛してくれた。

人間の言葉や人間世界の勉強、そしてこの家でのメイドとしての仕事を学んだ。


「私の事はママって呼んでみて?」

「あぅまぁ?」

「ママよ」

「まぁーまぁ!」

「〜ッ!!可愛い〜♡」


とにかく、愛情を注がれた。

これまでの孤独が満たされるような幸福感がハティを包む。

カトリーナや他のメイドや執事達もまた彼女を娘のように、妹のように、孫のように愛した。

シュブーリナ邸に匿われて数年後、彼女の存在が王国にバレた時があった。

国を巻き込む騒動になった時、メルルザは自ら率先して王に抗議し貴族の地位を捨てても彼女を護ると宣言した。


結果的にハティはこれまでの名前を捨てて別の人間として生きる事を許された。


「今日から貴女の名前は"フェン"よ!」

「はい!お母様!」


其処から暫くして、シュブーリナ邸に長女であるレメオダスに次いだ新たな家族が増えた。

その名前はニグラス・シュブーリナ。

彼は知らない事だが、メルルザ様は本当の母親ではない。

ある日、深い霧が立ち込める森の中で赤子の泣き声を聞いた。

其処に居たのが、産まれたばかりの赤ん坊だった。

空に咲く美しい雲のような白髪。

雲のような白と闇のような黒が乱れ混じった瞳。

物珍しい風貌をした赤ん坊。

子が産めない身体であったメルルザにとってニグラスは正に天からの贈り物。

彼女は、ニグラスを自分の実の息子として育てる事に決めた。

メルルザはフェンをニグラスの世話係として任命した。


「出来ません…わたしの手は汚れていますの…」

「そんな事ないって何度も言ってるでしょう?貴女は美しい。貴女は優しいわ」

「分かりました…ニグラス様はわたくしがしっかりと愛しますの!」


その日からフェンは自分に出来る精一杯の事をしてニグラスを支えた。

泣き出したニグラスを寝る間を惜しんでずっと側に寄り添った。

少し危なっかしく、少し泣き虫な子だったがそれでも愛おしかった。

メルルザ(母親)を求める姿を何度も見てきた。

寂しがるニグラスを抱き締めて少しでも寂しさを埋めようと寄り添った。

本当にフェンはニグラスが


段々と大きくなるにつれてニグラスの心や素行に変化が生じ始めた。

きっかけは分からない。

母親や父親とあまり交流が無く寂しさを拗らせた結果、か。

フェンや他の使用人たちや騎士によって甘やかされた、とか。

要因はたくさんあるのだろう。

とにかく、ニグラスは徐々に曲がっていった。


使用人や騎士に酷い暴言を吐いたり。

料理の皿や料理そのものを投げつけたり。

見知らぬ他人を目が合ったからという理由で痛め付けたり。

フェンが本格的にニグラスを嫌う要因になったのは、ニグラスが異性を軽く扱い始めた時からだろう。

メイドを脅し無理矢理、行為に及び。

王都に住んでいる商店の娘や酒場の店主の妻、彼女達の店などを潰して自分の奴隷にしたり。

あれほど愛情を注いでいたニグラスが醜悪な悪魔に見えた。

それでもフェンがニグラスを見捨てなかったのは、その母親であるメルルザやカトリーナに莫大な恩があったからだ。


そんなある日。


主人にある変化が起きた。

いつものようにメイドや自分を相手に無理矢理、行為に及んでいた時ーー魂が抜けたようにピクリとも動かなくなった。

そして次の瞬間には、まるで別人のような態度と雰囲気に変わった。

更に、メイドや自分に服を着るように命じ、何を血迷ったか土下座をしてきた。

突然の事に動揺した。

そこからだ。

ニグラスはこれまで自分以外の者に向けてきた態度や行動を謝罪してきた。


そして更に、ニグラスは勉学や鍛錬に取り組むようになった。

シュブーリナ家の事業などの勉強やこの世界についての資料を読み漁り。

剣術にはあの『剣聖』…そしてフェンが"ハティ"であった時に出会ったもう一人の恩人を師匠に据えて、あの地獄のような鍛錬を必死にこなしている。


努力を始めてから数週間。

ニグラスは見違える程に成長した。

肉体も顔立ちも好みになったが、心の在り方が最も成長した。

分け隔てなく誰に対しても礼儀や敬意を持って接する様になり同僚や先輩方もニグラスを見直し始めた。


フェン自身も、あの頃の優しいニグラスに戻ったようで嬉しかった。

見慣れている筈の自分の躯を見て顔を赤らめたり、此方を気遣うような仕草や態度に愛おしさを感じた。

必死に鍛錬に取り組むニグラスを側で眺めていると、自分の胸が熱くなる事が増えた。

鍛え抜かれ引き絞られた筋肉。

美しくも洗練された顔立ち。

『剣聖』と打ち合う度に成長する剣術。

もう、彼女の心は本能から主人に服従していた。


決して抱く事の無いと思っていた感情。

その感情は何処までも深くフェンの心を覆う。

この愛おしく美しい主人を、雄を、番いを必ず守り抜き我がものにすると心に誓った。

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