白い参事会委員長の部屋は深海の底に沈んでいた。そのように錯覚するほど、重苦しい雰囲気に包まれていた。
国王による不正行為。その可能性が、部屋の空気をこれ以上なく重くしていた。
この問題、如何にして解決すべきか?
部屋の中にいる四人の男女は、ファイルの山が乗った長卓を囲みながら、白いソファの上で「あれやこれや」と想像を巡らせていた。しかし、解決方法を考えれば考えるほど、それぞれの脳ミソは鏡石並みに重くなった。それに併せて場の空気が質量を増した。
一体、どうすれば良いんだ?
ティン王国第一王子デッカ・ティンは懊悩していた。頭を抱えたくなる衝動を必死に堪えていた。
デッカの隣に座ったリザベルは、既に頭を抱えていた。
デッカの対面に座ったオガルタは、遠い目をしていた。
三人とも諦め掛けていた。心折れ掛けていた。そこに、
「ちょおっと良いですか?」
一人の中年勇者が声を上げた。
トニィ・タニティ。今年で四十一歳。参事会財務委員長にして、三姉妹(十二歳、十歳、八歳)の父。特技は計算と演奏。
激務の財務課の中では最も仕事が早い。だからと言って、空いた時間を遊び(ソロボン演奏など)に使っているのは如何なものか?
その悪癖のせいで、部下を含めた周囲の者から「不真面目な奴」と陰口を叩かれている。
しかし、トニィが有能であることは、参事会委員の誰もが認めているところ。参事会の最高責任者オガルタ・ケインツから「どこにでも良そうで、どこにもいない男」と評されている。
そんな禅問答を体現したような男が、誰もが「打つ手なし」と諦め掛けていた難問に挑もうとしていた。
勇者トニィ。
その姿を「三対の目」が見詰めていた。
それぞれの視線に込められた想いは三者三様だった。
オガルタは殆ど涙目で、不安げだった。
リザベルは、本人的には真面目モード全開だった。しかし、彼女の視線は余りに鋭利だった。トニィの顔をズバズバ切り刻んでいた。
滅茶苦茶痛い。
トニィの目に薄っすら涙が浮かんだ。その様子は、対角線上に位置するデッカの視界に映っていた。
頑張って。頑張って下さい、トニィさん。
デッカは心中でトニィを激励していた。この場で最もトニィに期待を寄せている者は、間違いなくデッカだった。
三者三様の期待を一身に背負って、神様に愛されし男トニィ・タニティは、神様から授かった天啓を語り出した。
「今から話すことは、私の勝手な想像、いえ、『妄想』です」
想像と妄想。それぞれの言葉の違いは、「有り得るか」、「有り得ないか」ということだ。
トニィが敢えて「妄想」と表現した意図は、他の三人には何となく分かった。
これは、「有ってはならない話」だ。
トニィの発言を受けて、他の三人は、自分とトニィ以外の者を見た。
それぞれの視線が重なる度、互いに頷き合った。その行為の意味を、デッカが代表して伝えた。
「分かりました。聞かなかったことにします」
デッカの言葉に対して、他の三人は静かに頷いた。その行為によって、一拍間が開いた。その僅かの間に、それぞれが引いた顎が正位置に戻った。
その直後、再びトニィが声を上げた。
「『殿下が目にしたもの』は、恐らく――」
デッカが目にしたもの。即ち、「王城の財務課で製作された王都税収状況に関する資料」。その名称は、この場にいる全員の脳内に閃いていた。しかし、
「「「…………」」」
誰も口には出さなかった。デッカも、オガルタも、「一言も発すまい」とばかりに、口を真一文字に結んでいた。
ところが、唯一人、リザベルだけは口を開き掛けていた。その瞬間、彼女は心中で自分に言い聞かせていた。
これは有ってはならない話ですわ。ですから、その名前を言ってはいけませんわ。
リザベルの訴えに、リザベルの口は全力で応えた。
白く眩しい参事会委員長室には、トニィの比較的軽めの声だけが静かに響き渡った。
「『名目上』のもの、いや、『対外的』な資料なのでしょう」
名目上、或いは対外的。それが、トニィが受けた天啓だった。しかし、神の言葉は少し難解だった。
誰に向かって? 何の為に?
他の三人の頭上に「?」が浮かび合った。それぞれ、覚えた疑念を払しょくしたい衝動に駆られていた。リザベルに至っては、完全に口を開いていた。しかし、
「「「…………」」」
リザベルは声を上げなかった。他の二人も声を出さなかった。
皆、トニィに期待していた。その期待に、彼は全力で応えた。
トニィは他の三人を交互に見ながら、神から得た天啓の続きを語り出した。
「それを作った意図は――すみません。正直、分かりません。それに、当然ながら国内の重要な情報を他国に伝える訳にもいきません。ただ――」
トニィは「対外的」と言いながら、その対象から「他国」を外した。即ち「国内限定」ということになる。
国内なのに「対外的」とはこれ如何に?
一見、矛盾しているように思える。しかし、封建制度(地方分権制)の国に住むデッカ達には思い当たる節が有った。その通りの言葉が、トニィの口から飛び出した。
「国内、『地方領主達に見せる為に作ったもの』――ではないかと」
トニィの発言に、他の三人は「「「そういうことか」」」と頷いていた。
封建制度、或いは地方分権制に於ける国の領土は、王と、地方領主達とで「分割統治」されていた。
国の主権者が王であることは間違いない。しかし、王が国内全土を治めている訳ではないのだ。地方に於ける実質的な支配者は、そこに住む地方領主なのだ。
それぞれの地方には、固有の「法」も有れば、「軍隊」も有った。領主達が「その気」になれば、いつでも反乱を起こすことができた。
だからこそ、王には「権威と力」が必要だった。その為に、「強く」見せる必要が有った。その事実は、次期国王候補筆頭であるデッカも良く心得ていた。
だからこそ、王都の税収状況に疑念を覚えた。だからこそ、トニィが言った「名目上」、「対外的」という言葉の意味も理解できた。
しかしながら、「分かる」からこそ、デッカには分からなかった。
税収が増えているならば、それをアピールすれば領主達も父上を認める。それなのに、何故、父上は「真逆の嘘」を?
ムケイの真意は、デッカには見えなかった。それをトニィに尋ねたい衝動に駆られた。すると、デッカの口が勝手に開いていた。
「あの――」
デッカは声を上げた。その瞬間、他の三人の視線がデッカの顔に集中した。その感覚は、デッカに(主にリザベルのせいで)激しい痛みを覚えさせた。
しかし、今は気にならない。それ以上に気になることが、今のデッカには有った。
「やはり、『意図』は――分かりませんか?」
デッカはトニィを見詰めていた。その際、デッカの眉は僅かに歪んでいた。その表情は、トニィに切なげな印象を覚えさせた。
殿下の期待に応えたい。だが、私には――
トニィの眉が「八」の字に歪んだ。
「そこまでは――すみません」
トニィは、デッカに向かって頭を下げた。その反応を見て、デッカの眉が更に歪んだ。その表情は、見る者に「残念無念」と太字で書かれているような印象を覚えさせた。
しかし、デッカは男の子だった。直ぐに無理矢理な笑みを浮かべた。
「いえ、貴重なご意見、感謝します」
デッカもまた、トニィに頭を下げた。すると、トニィの顔に「今にも泣き出しそう」と思えるほどの一層申し訳なさげな表情が浮かんだ。
トニィの心底には「デッカの期待に応えたい」という想いが燻っていた。この場にいる誰もが「デッカの悩みを解決したい」と思っていた。
しかし、その答えを持っている者は、この場には誰もいない。そう思われた。ところが、
「少し、宜しいですかな?」
唐突に、少ししわがれたハスキーボイスが上がった。その瞬間、他の三人の視線が一点に集中した。
声の主はオガルタ・ケインツだった。
オガルタは、他の三人の視線を浴びて、(主にリザベルのせいで)少しだけ涙目になっていた。
しかし、オガルタもまた男の子――いや、漢(おとこ)だった。名刀リザベルズ・アイで顔面を斬り刻まれながらも、全力で平静を装った。その態度を維持しながら、再び声を上げた。
「私も、少し『妄想』を語らせて頂いても宜しいですかな?」
オガルタの意見具申。それを断る理由は、誰にも無かった。
他の三人を代表して、デッカが「どうぞ」と許可を出した。すると、
「ごほん」
オガルタは、一先ず咳払いして間を取った。その行為は、他の者には「緊張を和らげるもの」と思われた。
しかし、オガルタは存外強かな男だった。
咳払いした一瞬、オガルタの脳内では「会話のフローチャート」が完成していた。
さて、上手く殿下を誘導できますかな?
オガルタは、「能有る鷹」の爪を隠そうと、態と「えっとですなあ」と恍けた声を上げた。続け様に、敢えて申し訳なさげに頭を掻いた。
その直後、オガルタはデッカ達の期待を――裏切った。
「実のところ、私にも意図そのものは分からんのです。ですが――」
オガルタの言葉を聞いて、デッカの眉が少し歪んだ。ツッコミを入れたい衝動にも駆られていた。しかし、
「「「…………」」」
誰も何も言わなかった。三人とも、ジッとオガルタを見詰めていた。その眼圧は(主にリザベルのせいで)鋭利なレイピア百本分に相当した。
オガルタの顔面に、百本のレイピアが刺さった。普通の人間なら、きっと痛くて泣いてしまっただろう。
しかし、オガルタは耐えた。彼は声を上げ続けた。
「殿下」
「!」
オガルタはデッカを指名した。その行為は、デッカにとっては意外なものだった。
まさか、俺に話を振るとか――無いよな?
正直なところ、デッカにも「税収改ざんの意図」は分からなかった。話しを振られても、答えられる自信は無かった。
ところが、続け様にオガルタが告げた内容は、デッカの予想とは全く違うものだった。
「もし、もしもですよ? 『殿下が王となった』ときに――」
「「「!?」」」
デッカが王になる。ムケイ健在の御代に於いて、不敬罪に問われかねない危険な発言だった。その可能性は、誰よりオガルタも承知していた。
しかし、オガルタには危険を冒してでも「デッカに伝えたい言葉」が有った。
「税収に関する記録は、どうなさいますか?」
「!」
オガルタの言葉を聞いた瞬間、デッカは息を飲んだ。彼にとって、予想外の質問だった。しかし、その答えは一瞬で閃いていた。
「それは、うん。事実通りに書く――だろうな」
デッカは素直に答えた。その回答に対して、オガルタは「そうでしょうな」と頷いた。その続け様に、
「そうなれば――」
オガルタは脳内で「フローチャート」をなぞりながら、敢えて恍けた口調で「限りなく確信に近い妄想」を告げた。
「『税収が爆発的に増える』ことになるでしょうなぁ」
「「「!」」」
オガルタの言葉を聞いて、オガルタ以外の三人が大きく息を飲んだ。その反応もまた、オガルタの予想通りのものだった。
だからこそ、次の台詞もちゃんと用意できている。それを告げることは、彼にとっては「予定調和」だった。ところが、
「…………」
オガルタは口を閉ざした。デッカを見詰めながら、優しげな笑みを浮かべた。
オガルタの微笑。中年オヤジのそれは「美しい」とは言い難い。しかし、決して不快なものではなかった。それなりに趣が有った。
しかし、笑顔を向けられたデッカは、頭に「?」を浮かべて首を傾げていた。
何故、そのような顔で俺を見る?
デッカは困惑していた。その反応は、オガルタの目に映っていた。
すると、オガルタは微笑みながら眉根を「八」の字に歪めた。その表情は、相手に「悲しみ」の印象を覚えさせた。
しかし、オガルタは全く悲しくはなかった。何故ならば、ここまでの展開は彼の思惑通りだったからだ。
オガルタは敢えて悲しげな表情をして、デッカの同情を誘った。すると、デッカの眉も「八」の字に歪んだ。
デッカの表情を見て、オガルタは「デッカの同情を得た」と直感した。その瞬間、彼はデッカにトドメの一撃を加えた。
「国内、それどころか、外国の人間ですら『新王の有能』を認めるでしょうな」
「「「!」」」
新王の有能。その言葉が発せられた瞬間、オガルタ以外の三人の体がビビビと震えた。その反応の意味は、三者三様だった。
トニィは「そこまで読んていたとは。流石、オガさんだな」と、心中で上司に拍手喝采していた。
リザベルは「やはり、デッカ様は有能でございましたのね」と、心中でデッカに惚れ直していた。
デッカはというと、脳内で閃いた言葉(或いは心中の想い)を声に出していた。
「まさか、父上はそんなことを?」
デッカは、「父王、ムケイの意図は『それ』だ」と直感した。ところが、デッカの言葉を聞いたオガルタは静かに首を横に振った。
「いえ、これは飽くまで私個人の想像、いえ、『妄想』です」
妄想。この場にいる全員、及びそれぞれが所属する組織を守る為には、そうする他無かった。そもそも「真偽を確認する方法」は、最初から「一つ」しかなかった。
父上に尋ねるより他無い。
デッカにとって、父王は偉大な存在だ。しかし、話し難い相手ではなかった。
そもそも、ムケイはデッカの「デカいティン」に心酔しているのだ。デッカのことを自慢に思っている。デッカの言うことならば、聞く耳も有るだろう。少なくとも、古貴族に疑念を向けるよりは遥かに気楽だった。
デッカの脳内に「父王に確認」という選択肢が閃いていた。しかし、その行為を全力で阻む邪魔者が、この場に一人いた。
「ただ、妄想ではない現実、いえ、私にとって『確かなもの』もございます」
オガルタの話は終わっていなかった。その言葉を聞いて、再び他の三人の視線がオガルタに集中した。
オガルタは激痛を覚える(比喩ではない)ほどの視線を浴びた。それに耐えながら、彼は声を上げ続けた。
「私はムケイ陛下が好きです」
好き。それは、愛。より正確に言うならば「信愛」だった。
「確かに、目覚ましい成果は無いかもしれません。ですが堅実です。何より、陛下の差配には領民、国民に対する愛情を覚えて止まないのです」
オガルタの口から溢れ出る想い。それを聞く他の三人は、
「「「…………」」」
黙ったまま、神妙な顔をしてオガルタの言葉に耳を傾けていた。
「ですので、私は陛下の御心を信じます。どんな意図が有ろうとも、『決して我らの損にならないものだ』と」
オガルタの想いに確証は無い。それは、この場の誰もが直感していた。しかし、
「「「…………」」」
誰も何も言わなかった。それぞれの反応は、オガルタの視界に映っていた。
反論は、無いですか。
オガルタは苦笑していた。彼にとって、他の三人の反応は「物足りなさ」を覚えるものだった。しかし、予想外のものではなかった。
これだけ神妙にして下さるならば、「苦言」も通り易いでしょう。
オガルタは、内心で「ここまで言うつもりは無かったけれど」と呟きながら、デッカに向かって声を掛けた。
「殿下」
「はい」
「嘘を吐く。それは確かに悪いことだとは思います。ですが――」
オガルタは一旦口を噤んだ。その上で、真正面に座るデッカの目を真っ直ぐ見詰めた。
オガルタの視界に映ったデッカの顔、その瞳は少し潤んでいた。その表情を見た瞬間、オガルタの胸がチクリと痛んだ。その一方で、「可愛らしく」思えて、心臓がドキリと弾んだ。
しかし、オガルタはトキメキに翻弄される男ではなかった。彼は容赦も躊躇いも無く、「言いたいこと」を告げた。
「それを実行することで、より多くの人が幸せになるとすれば――殿下は、どうなさいますか?」
「俺は――」
デッカは声を上げた。しかし、彼の口から「後に続く言葉」は出てこなかった。その反応もまた、オガルタにとっては物足りなさを覚えるものだったろう。しかし、
「…………」
オガルタは何も言わず、デッカを見詰めながら優しく微笑んでいるだけだった。
デッカ達が王都参事会本部を尋ねてから、それなりに時間が経っていた。デッカとリザベルが外に出たときには、既に空は茜色になっていた。
王都の夕暮れ。
オーティン通りには、未だ人が一杯いた。さもありなん、宜なるかな。例え夜の帳が降りたとしても、通りは賑やかなままだった。その賑やかさの中に在っては、衆目を集めるほど目立つことはできない。そのはずだった。
ところが、デッカ達は衆目を集めていた。
この格好、そんなに変なのかな?
流石はデッカ様。どんな格好をされていても、輝いて見えますわ。
デッカとリザベルは、それぞれ「目立つ理由」を想像しながら帰路、王城に向かって歩いていた。
その際、二人は前後に並んで歩いていた。リザベルが前で、デッカは彼女の後ろに付いていた。
二人とも手は繋いでいなかった。その間には「一歩分」の空間が開いていた。
手を伸ばせば届く。普段の二人なら、即座に手を伸ばして相手の手を掴んでいた。
しかし、今は「その距離」が心地良かった。このままどこまでも、いつまでも歩き続けたい気分だった。その感情に身を委ねて、
「「…………」」
二人は何も言わず、ゆっくり歩き続けていた。その最中――
「ふふふっ」
唐突にリザベルが笑い声を上げた。至近であったため、デッカの耳にも届いた。すると、
「?」
デッカは首を傾げた。その反応は、前を行くリザベルの視界には入っていなかった。そのはずだった。ところが、彼女は即応した。
唐突に、リザベルは足を止めた。その場でクルリと踵を返した。すると、デッカもまた超速で反応して足を止めていた。
二人の距離は、未だ一歩分。その距離を、リザベルは半歩詰めた。
二人の距離は、半歩分。息が掛かるほどの至近から、リザベルは鋭利な視線でデッカを見詰めた。
リザベルの視線は、とても痛かった。しかし、今のデッカには心地良かった。このまま顔を斬り刻まれ続けていいとすら思った。
その最中、デッカの美貌を存分に弄り続けていた「切り裂き魔」が声を上げた。
「今日の『デート』」
「!」
デート。その言葉に、デッカは思い切り引っ掛かった。否定したい衝動にも駆られた。しかし、
「…………」
デッカは何も言わなかった。その反応に、リザベルは何を思ったのか?
「ふふふっ」
リザベルは再び笑った。心底嬉しそうに微笑みながら弾んだ声を上げた。
「凄く――いえ、『まあまあ』、です。まあまあ楽しかったですわ」
まあまあ。その微妙な評価は、リザベルのプライド、或いは羞恥心による細やかな抵抗だった。
しかしながら、デッカにしてみれば「不本意な評価」になるだろう。そもそも、「デートじゃないのだが」と否定すべきところなのだ。ところが、
「ふふっ」
デッカは笑った。彼は真正面からリザベルを見詰めて、彼女に向かって声を上げた。
「リザ」
「何でしょう?」
「俺も、『まあまあ』楽しかったよ」
まあまあ。デッカらしからぬ天邪鬼な物言いだった。そもそも、今回の外出に「楽しむ要素を期待する」ということ自体が無理筋だった。
楽しい訳が無い。少なくとも、デッカは喜んでいる場合ではなかった。
今日の出来事で、デッカはオガルタから「大きな宿題」を与えられた。その答えは、未だデッカの中には明確な形になっていなかった。
恐らく、これから延々悩み続けることになる。しかも、「答え」に辿り着く保証も無ければ確信も無かった。
それでも、デッカには「何とかなる」と思えた。そう思える理由が、彼の目の前に有った。
「それは良かったですわ」
「ああ、うん、良かった」
デッカは、リザベルを見詰めながら微笑んだ。その緩んだ口許から、表情以上に優しげな声が漏れた。
「君と出会えて、本当に良かった」
「!」
デッカの言葉は「本心」から出たものだった。すると、それを聞いたリザベルの頬が赤らんだ。その反応はデッカの視界に思い切り映っていた。
やっぱり、リザは可愛いな。
リザベルの赤い顔を見ていると、デッカの胸が急速に熱を帯びた。その感覚が超速で喉を駆け上がって、デッカの口から溢れ出た。
「リザ」
「な、何でしょう?」
「生まれてきてくれて、有難う」
「ど、どういたしまして?」
「それから――」
デッカは一度大きく深呼吸した。デッカの肺が新鮮な空気で満ち満ちた。その瞬間、熱かった胸が少しだけ冷えた。その感覚がデッカを冷静にした。
しかし、冷静になろうがなるまいが、デッカの「言いたいこと」は最初から決まっていた。
「俺は君が――大好きだ」
デッカは想いの丈を告げた。その直後、「どえらいこと」になった。
「なななななあああああああああああああああああああああああっ!?」
リザベルは絶叫した。それと同時に彼女の頭が爆発した。その衝撃で彼女が被っていた帽子が木っ端微塵に吹っ飛んだ。その様子はオーティン通りを歩く全ての人々の視界に映っていた。
「「「「「何だっ、何だ、あの――『デカいティンティン』はっ!?」」」」」
リザベルは衆目にティンティンを晒してしまった。
何てことッ、正体がバレてしまいますわっ!
リザベルは即応した。咄嗟に頭を抑えながらしゃがみ込んだ。しかし、人々の好奇の視線から逃れることはできなかった。
リザベルの正体がバレるのは時間の問題、いや、もう既にバレている。この期に及んで、彼女を救える誰も者はいなかった。
しかし、「共に地獄に挑む勇者」が一人いた。
「皆、こっちを見てくれっ!!」
デッカは大声を上げた。続け様に、右手で帽子の唾を掴んで、それを空高く放り投げた。その瞬間、
「「「「「!!!」」」」」
その場に居合わせた者、全員が息を飲んだ。
居合わせた全ての人日の目に「史上最大のティン」が映っていた。
デッカは人々の視線を一身に集めながら、高らかに宣言した。
「デッカ・ティンここに有りっ!!」
この後、デッカとリザベルは、それぞれの管理責任者から大目玉を食らう羽目になった。
王都税収率の謎は、結局解けなかった。しかし、デッカは「限りなく解に近い問い」を得た。その答えは、これから歩む人生の中で見付けていくことになる。
それはさて置き、デッカは女子のお茶会に招かれる。
次回、「第十六話 おスケベなのでございますか?」
少女の素朴な質問。無垢なる刃がデッカを窮地に陥れる。