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第十三話 お役に立てて、何よりですわ

 王都参事会本部。王都城下町に並ぶ家屋群同様、基本カラーは「白」であった。

 本部の中も、財務委員会の部屋も白かった。デッカもリザベルも初見であったものの、いい加減見慣れていた。今更目を惹くものは無い。そう思っていた。

 ところが、財務委員長に案内された部屋に入った瞬間、


「「!」」


 二人は思わず息を飲んだ。

 その部屋は、やはり白かった。しかし、それ自体が輝いていると錯覚するほどの「驚きの白さ」だった。


 部屋を囲む白い漆喰の壁は光沢を帯びるほど磨き抜かれていた。

 その中に置かれた調度品も「電飾でも付いているのか」と錯覚するほど白く輝いていた。

 部屋の中央に置かれた木製の長卓も、西奥の窓の下に置かれた木製の執務机も、それぞれ「金属製」と錯覚するほど輝いていた。

 長卓を東西に挟む白い革製のソファも、執務机の背もたれ付き白い革製の椅子も、それぞれ「絹製」と錯覚するほど輝いていた。

 デッカ達が潜った部屋のドアも、その内側は「ワックスでも掛けたか」と錯覚するほどピカピカだった。

 部屋の隅々まで磨き抜かれていた。その成果が「驚きの白さ」となって、デッカ達の視界に映っていた。


 しかし、唯一点、薄暗い個所が有った。

 西奥に設置された「窓」。その向こう側は、別の建物によって陽光が遮られていた。


 現在地は、王都参事会本部一階、西北端奥。部屋の名前は「参事会委員長室兼、賓客用応接室」。最奥であるが故に、窓の向こう側は路地裏になっていた。

 余談だが、「西北」という表記は土地建物に関するもので、方角の際は「北西」となる。ややこしい。

 余計な豆知識は兎も角、現在地は目が痛くなるほど真っ白な部屋だった。

 何故にそこまで白さに拘ったのか? その理由は、路地裏の暗い雰囲気に飲まれまいとする参事会委員達の「意気込み」だった。その努力と成果は褒めてやりたい。

 しかし、全てのゲストが「これは凄いですな」と褒めてくれる訳ではない。デッカ達には余り良い印象を覚えさせなかった。


 目が痛い。

 目が痛いですわ。


 二人とも「視界を塞ぎたい」という衝動に駆られていた。それに耐えながら、現在二人は部屋中央に置かれた長卓のソファ(窓側)に腰掛けていた。

 出入り口から見てデッカは右(北)側で、リザベルは左(南)側だった。二人の関係性を鑑みれば、このまま「いい感じ」になっても不思議ではなかった。

 しかし、残念ながらデッカ達は二人きりではなかった。


 デッカの対面(出入り口側)のソファには、二人の中年男性が座っていた。その内の一人には見覚えが有った。

 デッカ達から見て右(南)側に座っている男性は、ソロボン演奏家ならぬ王都参事会財務委員長だった。彼の名前は「トニィ・タニティ」という。

 トニィの隣(デッカ達から見て左側)に座っている男性は、デッカ達にとっては全くの初見だった。


 その男性は、トニィより少し年上に見えた。体系は小柄で小太り。トニィより背が低い。しかしながら、立場はトニィよりも高かった。

 王都参事会を統括する「参事会委員長」。その名を「オガルタ・ケインツ」という。


 四人の位置を再確認すると、デッカ達は部屋の奥側、オガルタ達は出入り口の手前側。デッカの対面にオガルタ、リザベルの対面はトニィとなっている。


 四人とも、初対面の挨拶は既に済ませていた。その際、デッカ達は帽子を取っていた。

 デッカ達の長大なティン(或いはティンティン)が、参事会委員長達の視界に晒された。 

 その瞬間、二人の委員長達の額に生えたティンが震え上がった。


「これはこれはお見事な」

「ワンダホーでございますなあ」


 オガルタも、トニィも、デッカ達のティン(或いはティンティン))を全力で称賛した。それは社交辞令ではなく、全くの本心だった。

 ティン族にとって一番嬉しいこと。それは、「デカいティンを見ること」と、「ティンのデカさを褒められること」。

 褒めた方も嬉しい。褒められた方も嬉しい。どっちも嬉しかった。

 しかし、互いに喜び合っている場合ではなかった。少なくとも、デッカには「一番嬉しいこと」より大事な「最優先事項」が有った。それを実行することに、躊躇いは無かった。


 デッカは、対面に座った参事会委員長達を交互に見詰めながら、彼らに向かって声を上げた。


「あの、宜しいでしょうか?」


 デッカの声は、少し硬かった。それを聞いた者に、「怒っているのでは?」と錯覚させた。対面に座った参事会委員長達も、それぞれ顔を引きつらせていた。


 嫌な予感しかしない。


 参事会委員長達の脳内には「お叱りの言葉」ばかりが閃いた。だからと言って、「宜しくない」とも言えず、耳を塞ぐ訳にもいかなかった。


 トニィは居住まいを正した。

 オガルタは卓上に身を乗り出した。

 それぞれ全力で対応する姿勢を取った。後は、どちらかが返事をするだけだ。

 こういうときこそ上司の質が問われる。声を上げたのは、オガルタだった。


「ど、どうぞ」


 オガルタの声は、少し震えていた。その額からは汗が滴った。胃が痛かった。しかし、彼は全力の愛想笑いを浮かべながら、デッカに話すよう促した。その姿は、傍目には痛々しかった。

 しかし、オガルタの隣に座ったトニィの目には輝いて見えた。


 流石、「オガさん」だ。


 トニィは心中で称賛した。「彼ならば何とかしてくれる」と期待した。

 因みに、「オガさん」というのは、参事会委員達が付けたオガルタの愛称だった。


 トニィの期待を一身に受けて、オガルタはデッカに微笑みかけ続けていた。その笑顔に誘われるように、デッカが声を上げた。


「それでは――」


 デッカの声は、やはり硬かった。

 実のところ、デッカは緊張していた。それを相手に悟られないよう、努めて平静を装っているつもりだった。

 しかし、デッカの気遣いは裏目に出ていた。参事会委員長の目には怒っているように見えていた。

 委員長達が「絶対怒られる」と想像しているところに、デッカは用件を告げた。


「昨年のものだけでも構いません。参事会が担当した『税に関する資料』が有れば、それを見せて頂けませんか?」


 税に関する資料。その言葉を平時で聞いたならば、「子どもなのに偉いね」とか「今から税金の勉強かい? 将来は税理士かな?」とか、微笑ましい展開になっていた。

 そもそも、税金は皆のお金なのだ。それがどんなものに掛かっていて、どれくらい徴収したのかは、納税者には知る権利が有る。「教えて」と言われれば、教えてやるのが役人の務めだろう。ところが、


「「…………」」


 デッカの質問に対して、参事会の委員長達は即答しなかった。それぞれ表情を無くして固まっていた。その反応は、デッカの不信感を煽った。

 しかし、デッカ以上に不信感、或いは疑念を覚えていたのは、むしろ参事会委員長達の方だった。


 税の資料? 一体、デッカ殿下は何を考えておられるのか?


 そもそも、「やんごとない人物が、お忍びで参事会本部を訪れた」ということ自体が異例中の異例。

 そのような状況で、硬い声で「税に関する資料」と言われたのだから、不安を覚えない訳にはいかなかった。その想いは、オガルタの口を衝いて飛び出した。


「あの、理由をお尋ねしても宜しいでしょうか?」


 オガルタは「至極まっとうな、納得いく理由」を期待した。ところが、


「少し、言い難いです。見せて貰った後で――判断します」


 デッカは拒否した。その反応はオガルタ達を失望させた。しかし、デッカにも「言えない事情」が有った。


 今の段階で、「俺が王都の税収低下に疑念を持っている」ということを、知られる訳にはいかない。


 税収の低下に付いては、デッカが見た「王城の資料」では事実だった。それに相違ないのであれば、一般人に告げることに躊躇いは無かった。

 しかし、デッカは疑念を持った。「虚偽」の可能性を直感した。それを確かめる為に、態々変装して「ここ」に来た。


 虚偽でなければ、それで良し。虚偽であった場合――「理由」は、やはり言えないな。


 デッカは参事会委員長達を交互に見詰めた。その際、彼の脳内に「目の前にいる二人が王城まで連行される」という悲劇的な光景が閃いていた。その可能性に付いて考える度、彼の胸がチクリと痛んだ。


 できれば、そんなことになって欲しくない。欲しくはない。欲しくはないが――やらねば。言わねば。


「資料の提示、重ねてお願い致します」


 デッカは参事会委長達に向かって頭を下げた。その行為は、デッカなりの気遣いだった。ところが、それは真逆の効果を発揮した。


 デッカが頭を下げたことによって、彼の巨大なティンの先端部が下がった。その位置は、丁度オガルタとトニィの目線の高さだった。


「「!!!」」


 参事会委員長達の目に「黒光りする巨大なティンの切っ先」が映っていた。


 このまま串刺しにされるのではっ!?


 オガルタとトニィの顔に歪な笑顔が浮かんだ。それぞれの額から汗が滴っていた。


「「…………」」


 参事会委員長達は、それぞれ微笑みながら互いを見た。すると、目と目が有った。その瞬間、どちらともなくコクリと頷いた。それを合図にして、二人は声を上げた。


「トニィ君、宜しく」

「合点、承知の助っ」


 トニィは脱兎の如く部屋を飛び出した。その際、彼はドアを閉めなかった。その後姿を、残った三人は黙って見詰めていた。


「「「…………」」」


 三人の視界には「開けっ放しの出入り口」が映っていた。それを見詰めるデッカ、及びオガルタの視線には、「宜しく頼む」という期待と、「大丈夫かな?」という不安が入り混じった複雑な想いが滲み出ていた。

 しかし、リザベルは全く別の要素に心囚われていた。


 あのドア、お閉めした方が宜しいのでしょうか?


 態々立ち上がらずとも、リザベルのティン力(念動力)を使えば事は容易に済む。それを躊躇ったのは、「開けっ放しに意味が有る」と考えてのことだった。


 残念ながら、リザベルの想像は的を外していた。トニィに考えなど無かった。しかし、「閉じなくて正解」だった。何故ならば――


「お待たせしましたあああああっ!!」


 リザベルが逡巡している間に、トニィが大声を上げながら部屋に飛び込んだ。そのとき見た彼の姿は、「ドアが閉まっていたら絶対に拙い状況」になっていた。


 トニィの両手には、「山積みのファイル」が乗っていた。その「高塔」が、彼の上半身を隠していた。


 トニィは、全く前が見えていなかった。それでも、彼は器用にソファを避けながら、卓上にファイルの山を積み上げた。

 超人か、或いは達人の域に達した「空間認知能力」。これもティン力の成せる技、恐るべしティン族。

 しかし、トニィの偉業を誉める者は、この場には誰もいなかった。そもそも、誰も彼を見ていなかった。


 トニィ以外の三人の視線は、卓上のファイルの山に集中していた。しかしながら、オガルタと、デッカ達とでは、視線の意味が異なっていた。

 オガルタは、「相変わらず多いよね」と苦笑していた。

 デッカ達は、その額に汗をにじませながら、大きく目を開いていた。その反応の意味が、それぞれの脳内に閃いていた。


 これを、今から全部確認しないと――なのか?

 これを、デッカ様は全て御確認されるのでしょうか?


 デッカの視線は資料の山に釘付けだった。リザベルは「山」を一瞥してから、続け様にデッカを見た。

 リザベルとしては、衝動に駆られて何気なく見たつもりだった。しかし、彼女の視線の「鋭利さ」は、「何気なく」で済むほど優しいものではなかった。

 デッカは「頬を斬り刻まれる感覚」に襲われていた。その感覚が、あらぬ嫌疑を誘発していた。


 リザ、俺を急かしているのか?


 デッカは、リザベルの視線を痛いくらい(『痛い』では済まないが)に覚えながら、右手を掲げて資料の山に手を伸ばした。その瞬間、


「殿下」


 誰かがデッカに声を掛けた。その発信源を見ると、トニィの笑顔が有った。

トニィは、デッカの視線に気付くや否や、右手に握った「一冊のノート」を掲げた。


「宜しければ、こちらから」


 トニィはデッカにノートを差し出した。デッカは、それを右手で受け取った。デッカは、それを右手で受け取った。

 その瞬間、デッカの視界に「ノートの表紙」が映った。デッカは「それ」をマジマジと見詰めた。すると、リザベルも「何かしら?」と横から覗き込んだ。

 二人の視界には「各種類別税収まとめ」という文字が映っていた。


「税収の――」「まとめ、ですか?」


 二人は声を上げて「タイトル」と思しき文言を読み上げた。すると、トニィが「それはですね」と解説を始めた。


「我々が扱っている税の対象は――ご覧の通りでして」


 トニィの言葉を聞いて、デッカは改めて目の前の「山」を見た。「とても多い」と思った。「これで全部」と思いたかった。


 しかし、残念ながらデッカの見通しは甘かった。「パンに蜂蜜を染み込ませて焼いた後、砂糖入りシナモンを掛けて作ったトースト」というくらいに甘かった。想像しただけで、お腹が空く。食べてみたいと思う。

 しかし、今は我慢だ。そもそも、そんなものは「この場」には無かった。有ったものは、参事会委員財務課に課せられた非情な役目だけ。


「いや、これでも未だ『一部』なんですがね?」


 トニィは「有名どころだけ持ってきた」と言って、苦笑いを浮かべた。オガルタも苦笑した。

 しかし、デッカとリザベルの目には涙が浮かんでいた。


 お辛い。

 お辛いですわ。


 お辛い所業の結果、その一部が「机上の山」だった。デッカとしても、「今日中の全記録確認」は諦める他無かった。

 しかし、希望は有った。デッカの手の中に。


「それで、全体の状況が直ぐに分かるよう、酒、果物、香辛料――てな具合に、大まかな種類に分けて、その合計金額をまとめたものが、『それ』なんです」

「!」


 トニィの言葉を聞いた瞬間、デッカの目が大きさを増した。デッカはマジマジと手元にあるノートを見詰めた。


 これを見れば、税収状況の全容が分かるのか。


 たかがノート一冊分。それに目を通すだけならば、一時間と掛かるまい。その可能性を想像した瞬間、デッカの口許が僅かに吊り上がった。

 デッカの胸の内に、「希望」と言う名の太陽が燦々と輝いていた。


「有難う御座います」


 デッカは顔を上げ、トニィに向かって頭を下げた。

 すると、トニィは頭を掻いた。


「お役に立てて何よりですわ」


 トニィの顔に「はにかみの笑み」が浮かんでいた。その恥ずかしげな表情は、デッカの胸を暖かくした。


 この人、信用できるかもしれない。


 デッカの中で「トニィに対する好感度」が縛上がりしていた。叶うならば、今回は彼らを労うだけに留めて、良い気分のまま王城に帰りたかった。

 しかし、できなかった。このまま帰る訳にはいかなかった。デッカには「やるべきこと」が有った。その為に、


「それでは、中を見せて頂きます」


 デッカはノートを開いた。




 終に開いたパンドラの箱。その中に書かれていた内容は、デッカにとっては「予想通りにして予想外」のものだった。


 次回、「第十四話 ちょおっと良いですか?」


 謎は深まるばかり。そこに「待った」をかけた者は誰か?





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