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第十二話 この人は、何をしているのだろう?

 王都オーティンの「路地裏迷宮」。縦横に入り組んだ隘路の中を、五人組の探検隊が二列横隊(前『三』、後『二』)で進んでいる。

 探検隊となればチームワークの乱れは命取り。しかしながら、五人の内後列を歩く男(齢十五の男子)は現況に疑念を覚えていた。


 何故、表通りに出ないのだろう?


 王都城下町の構造は、南北を貫く複数本の街路を中心に「碁盤の目」を形成していた。例えるなら古代中国の都市、日本では京都、或いは「平安京」といったところ。態々面倒な隘路を進む必要は、全く無い。そのはずだった。

 ところが、前を行く三人組の男達は、何故か表通りには出ず、路地裏の隘路ばかりを突き進んでいた。デッカやリザベルが疑問を覚えるのも当然だろう。宜なるかな。

 しかし、三人組には彼らなりの理由が有った。


 三人組、「王都参事会の保安委員」達にとって、「この道」が慣れ親しんだホームグラウンドだった。

 三つ子の魂百までも。幼少期の癖が、そのまま現状に反映されていた。


 しかしながら、ゲスト(デッカとリザベル)を連れて歩く場所としては、不適当であることは否めない。普段の保安委員達ならば、その事実に気付けただろう。

 しかし、「今」の彼らは全く余裕が無かった。


 デッカ殿下、リザベル辺境伯令嬢を、参事会本部にお連れせねば。

 急がねば、急がねば。

 ああ、デッカ殿下。ああ、リザベル伯爵令嬢様。


 保安委員達は極度の緊張状態にあった。

 三人とも厳めしい顔をこわばらせながら、「手と足が同時に出る」という不自然な歩き方をしていた。しかも、全身が固まっているかのように、手足は真っすぐ伸びたままだった。その様子は、見る者に「玩具の兵隊」を彷彿とさせた。

 人間ではない。少なくとも正常ではない。そのような状態で真面な気遣いができるはずもない。彼らは、それぞれの体に染み付いた「幼少期の記憶」を無心でトレースし続けているだけだった。


 三人を追いつめた理由、原因は、彼らの後ろを歩く二人の男女に有る。より正確に言うならば、「今は奇妙な帽子に隠されたデッカ達の巨大なティン(或いはティンティン)」だった。


 あんなに「デカいティン」見たこと無い。あんなにデカいティン見たこと無い。あんなにデカいティン――……


 史上最大のティン(或いはティンティン)。その空前絶後の長大さに、保安委員達は心を奪われ、度肝を抜かれていた。

 保安委員達は、巨大ティン(或いはティンティン)を見てガチガチに固まってしまった訳だ。「巨大なそれ」を見慣れている者なら兎も角、初見であれば致し方無し。宜なるかな。


 玩具の兵隊達と化した保安委員達は、後ろを振り向く余裕も無く、唯一心に「目的地」目指して路地裏迷宮を進み続けた。その行為は、後を歩くデッカ達を不安にさせた。


 このまま付いていっても良いのだろうか?

 このまま付いていっても宜しいのでしょうか?


 現況は、デッカ達にとって未知の道。互いに繋いだ手(デッカは右手、リザベルは左手)を握り締め合いながら、前を行く兵隊(保安委員)に追従し続けていた。


 移動に掛けた時間は十数分ほど。しかし、保安委員達には「無限」と錯覚するほど重い時間だった。

 その僅かにして膨大な時間を費やした果てに、光溢れる開けた場所に飛び出した。


 路地裏迷宮を抜けると、そこは王都のメインストリート、「オーティン通り」だった。

 デッカ達五人は、王都の南北を貫く大河の中に立っていた。その事実を直感した瞬間、デッカが声を上げた。


「『本部』はどこでしょうか?」


 本部。即ち「王都参事会本部」。そこがデッカ達の目的地だった。

 デッカは気持ちが逸る余り、本部の場所を尋ねた。しかし、その行為は「愚かだった」と反省する羽目になった。

 デッカが質問した後、王都参事会保安委員の男達は、一斉に右手を掲げて「前(向かい側の家屋群)」を指した。


「「「『ここ』です」」」


 デッカ達の対面に、白いハーフティンバー式巨大建造物が立っていた。

 建物の正面入り口と思しき大きな木製扉の上には、「参事会本部」と書いた巨大プレートが掲げられていた。それを見たデッカの眉根が歪んだ。


 俺の目は節穴か?


 デッカは己の不明を恥じた。その瞬間、隣のリザベルの視線を覚えた。それに気付いて彼女を見ると、その美貌に微妙な苦笑を浮かべていた。

 リザベルを見たデッカもまた、似たような苦笑を浮かべた。続け様に右手を眼前に掲げながら、その指先を丸めて右眉に添えた。

 その瞬間、どこからか「どうもすいません」という幻聴が響き渡った。しかし、当然ながら誰も反応しなかった。

 デッカもまた、何事も無かったかのように右手を下ろした。彼の表情も全くのポーカーフェイスになっていた。


「では、案内して頂けませんか?」


 デッカは平静にして丁寧な口調で、前に立つ保安委員達に話し掛けた。

 スパダリ王子らしい、優しげな物言いだった。しかし、それを聞いた保安委員達の体は電気を浴びたようにブルブル震えた。


「「「かかかっ畏まりました」」」


 三人の体は一層強張った。それぞれが「石化した体」を無理矢理動かして、手足を同時に出しながら、目の前に聳える建物に向かって前進した。


 参事会本部。その白磁の巨体は三層構造になっていた。その入り口と思しき場所は二つ有った。

 デッカ達が見付けた「正面の大扉」と、二階に続くと思しき「石製の外階段」。


 保安委員達は正面のドアに入らず、素通りした。そのまま石階段を上った。その様子を見て、デッカ達も彼らの後に付いて階段を上った。


 短い石階段を登り切ると、そこには木製のドアが待ち構えていた。

 先を行く保安委員の内、最年長リーダー格の男が右手を伸ばした。その大きな手がドアに付いた真鍮のノブを掴み、捻り、引っ張った。

 すると、ドアはスンナリ開いた。どうやら鍵は掛かっていなかったようだ。その事実は僥倖だった。しかし、困ったことも有った。


 二階に入るドアは、よりによって「引いて開けるタイプ」だった。その為、通路が一気に狭くなった。


 狭い空間となれば、移動手段は限られる。全員、カニのように横向きに並び、カニのように横移動を開始した。五人は、そのままカニのように一人ひとりずつドアの隙間に潜り込んだ。

 その際、保安委員達が先行して、次にリザベル、最後にデッカと続いた。


 中に入ると狭い三和土が有った。その床部分には金網製のマットが嵌め込まれていた。

 デッカ達は、それぞれ身を寄せ合いながら靴底の泥を払った。その様子を傍から見れば「押しくら饅頭」をしているように映っただろう。


 保安委員の三人は超高速足踏みをして泥を払った。

 リザベルは優雅にステップを刻んだ。

 デッカはリザベルを庇いながら小刻みに足を旋回させていた。その際、デッカは周りの様子を観察していた。


 デッカの視界に「細長い板張りの廊下」が映った。それは奥(西)と右手側(北)に伸びている。俯瞰で見ると「L」字を描いていた。それぞれの道は、木製の壁に挟まれていた

 それぞれの壁、左側は外に面していた。そこには、複数のカーテン付き窓が等間隔で並んでいた。

 右側、家の内側に面した壁には、複数の木製ドアが並んでいた。

 そも構造もまた、ティン王国では一般的な建築様式だった。しかし、一般家屋に比べて、奥行きは倍以上も有った。


 さて、俺の目的に適う人に会えるかどうか。


 デッカの心は逸っていた。その想いを込めながら、前に立つ保安委員達を見ていた。すると、


「こここここ――」


 突然、最年長保安委員(リーダー)が奇声を上げた。その様子を不思議に思って眺めていると、漸く真面な言葉が耳に飛び込んできた。


「こちらです」


 リーダー保安委員は右手を前に突き出して、西奥に伸びる通路を指し示した。デッカがそちらを向くと、保安委員達は一斉に前進を開始した。


 皆、靴は履いたままだった。「ここ」が地球の日本であったならば、「おい」とツッコミを入れたくなる所業だった。

 しかし、ティン王国を含めて、マサクーンのアゲパン大陸の殆どの国では「家の中も靴」が常識だった。例外は「寝室」と「風呂場」くらいなのだ。その為、誰も気にしない。


 五人は靴を履いたまま、一列縦隊で狭い廊下の中を進んだ。その道程は存外に短かった。

 保安委員達は入って直ぐの「一番手前のドア」の前で立ち止まった。そのドアの上には「財務」と書いたプレートがぶら下がっていた。


 ここならば、俺の目的を達成できる。


 デッカは少し緊張を覚えながら、ドア前に並んだ三人の保安委員達の様子を窺っていた。

 すると、真ん中に立ったリーダー保安委員がドアを敲いた。続け様に鯱張って、石のような硬質の声を上げた。


「副保安委員長の、ディモン・ドアイです。『財務委員長』殿にお客様をお連れ致しました。お目通り願えたく奉り候っ!!」


 大きな声だった。至近にいた他の保安委員達が顔をしかめていた。デッカとリザベルの眉も、ほんの少しだけ歪んだ。しかし、それぞれ我慢した。


 まあ、これだけ大きな声ならば、中の人に届いているだろう。


 デッカも、他の皆も、直ぐに返事が有ることを期待した。ところが、


「……………………」


 反応が無かった。その事実に、デッカは不安を覚えた。


 これは、待っていても良いものなのかな?


 デッカの眉が一層歪んだ。すると、ドア前に立つ保安委員達が顔を見合わせて、コクリと同時に頷いた。


「「「失礼しますっ」」」


 保安委員達は揃って声を上げた。それと同時に、リーダー保安委員、ディモンがドアのノブを掴んで捻った。すると、それはスンナリ回った。

 ここにも鍵は掛かっていなかった。その事実を直感したところで、ディモンはドアを奥へと押し込んだ。

 保安委員達は、そのまま部屋の中に突入した。デッカ達も後に続いた。その直後、それぞれの視界に部屋の中の光景が飛び込んできた。


 そこは、二十畳ほどの大きな部屋だった。その中に、大きな五つの執務机が「コ」の字型に並んでいた。

 因みに、コの字の縦棒(執務机一台)が西奥で、それを挟み込むように東(デッカ達がいるドアの方)に向かって横棒(執務机が、それぞれ二台ずつ)が伸びていた。


 王都参事会財務課の執務机は、それなりに予算を掛けたらしく、大きくて頑丈な造りになっていた。

 しかし、机達は日「ミシミシ」と悲鳴を上げていた。その原因は、机上に堆く積み上げられた紙束群だった。それらをよく見ると、何かのファイルケースだった。

 そのファイルケースの山の向こうに、財務委員と思しき男女の姿が有った。


 財務委員達は執務机に着席していた。彼らは積み上げられたファイルケースを上から順に引っ掴み、それらを机上の空いたスペースに置いた。続け様にページを開いたところで、何やら忙しなく手先を動かし始めた。その様子を見て、デッカとリザベルの首が傾いだ。


 何をしているのだろう?

 何をしているのでしょう?


 デッカ達は、不思議に思って財務委員達の手元を見た。すると、そこには「菱形のような円錐を重ねた玉が詰まった板」が有った。


 それは、アゲパン大陸の東に在る島国、「ジポング」で発明された「ソロボン」という計算機だった。


 財務委員達は、それぞれ両手の殆どの指を使ってソロボンの玉を超高速で弾いていた。彼らはファイルに記載された「数字」を計算していた。計算し続けていた。ただそれだけだった。

 しかし、デッカとリザベルは真剣な表情をして、財務委員達を見詰めていた。それはもう、「ファイルの山が無ければ即死していた」と思われるほど真剣(リザベルズ・アイ)に。


 税務って、こんなに大変な仕事なのか。

 こんなに大変なお仕事が有るのですね。


 デッカとリザベルは、それぞれ財務委員達に手を合わせて感謝の意を表した。

 すると、二人の想いに応えるように、財務委員達の手の動きが一層速度を増した。

誰もが皆必死に計算した。計算し続けていた。そう思われた。

 ところが、この阿鼻叫喚の中で、たった一人だけ「全く異なる行動を取っている男」がいた。


 そいつは「コ」の字の一番奥の席にいた。


 その男、歳の頃は四十代半ば。中肉中背で、意外に筋肉質だった。彼もまた、他の財務委委員達同様、その手にソロボンを握っていた。

 しかし、男のソロボンは計算機として機能していなかった。


 男は椅子の上に立ち上り、右足を机上に置いていた。その姿勢を維持したまま、左手でソロボンを握り、右手でソロボンの玉を掻きまくっていた。

 男の手元から「シャカシャカ」と小気味良い音――「音楽」が響き渡っていた。


 男のソロボンは「楽器」だった。そのようにしか見えなかった。その様子を見て、保安委員達とデッカは眉根を潜めていた。


 この人は、何をしているのだろう?


 それぞれが、相手の行為の意図を想像した。しかし、全く分からなかった。四人揃って首を捻った。

 しかし、リザベルだけは全く異なる反応をしていた。


 この方は、きっと場を和ませる為に呼ばれた演奏者に違いありませんわ。


 ソロボンを奏でる謎の男。彼が一曲弾き終わったところで、リザベルはパチパチと拍手をした。

 すると、拍手の音がソロボン演奏者(?)の耳に入った。彼はリザベルに向かって右手を突き出して親指を立てた。その様子や姿は、リザベルが想像した演奏者そのものだった。

 しかし、その男は演奏者ではなかった。


 演奏が終わったところで、演奏男の左手前の席にいた財務委員(女性)の手がピタリと止まった。彼女は顔を上げて、演奏男に向かって大声を上げた。


「仕事をして下さい、『財務委員長』っ」


 財務委員長。その言葉を聞いて、デッカの目が僅かばかり大きさを増した。

 デッカの視界に映った演奏男、財務委員長は「てへっ」と可愛らしく舌を出しながら右手で頭を掻いていた。




 終に現れた財務委員長。デッカは彼に何を聞くのか? 果たして、デッカの目的、「王都税収率低下の謎」は解けるのか?


 次回、「お役に立てて、何よりですわ」


 誰が、何の役に立ったのか? それは、次回のお楽しみ。

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