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第十話 そんなに見たいのであれば、見せてやる

 王都オーティンに於いて「最も人が集まる場所はどこか?」と問われれば、誰もが王都メインストリート、通称「オーティン通り」を上げる。

 人々が大道を行きかう様子は「大河」に例えられた。何人も、その流れを妨げることはできない。そう思われていた。

 ところが今、大河の流れをせき止める猛者達が現れた。


 猛者達はたった五人。三人の屈強そうな男達と、一組の見目麗しい男女のペア。前者と後者で向かい合って対峙していた。


 前者、三人組の男達は厳しい顔付きをして、周囲に威圧的な空気を撒き散らしている。

 後者、男女のペアの方は「キョトン」と擬音を鳴らしながら、首を傾げて不思議そうに男達を見ていた。

 その周囲にいた者は、後難を恐れて急いで距離を取っていた。しかし、そのまま立ち去る者は存外に少なく、殆どの者は野次馬根性を発揮して、遠巻きに五人の猛者達の様子を窺っていた。


 一体、何が起こっているのだろう? これから何が起こるのだろう?


 不安、恐怖、興味――と、様々な感情が入り混じった視線が、五人の背中に突き刺さっていた。その刺激は、当人達も意識していた。

 五人の猛者の内、三人組の方の顔に、「拙いな」と言いたげな渋い表情が浮かんだ。それと似たような表情が、男女のペアの男の顔にも浮かんでいた。


 場所を変えた方が良さそうだ。


 男女のペアの男――デッカは、三人組の男達に「移動」を提案するつもりだった。

 しかし、現況(王都城下町)に慣れていない為、直ぐに「行き先」を決めることはできなかった。それでも、「現在地から離れることが第一」と考えて、適当な場所を探すべく、周囲に視線を巡らせた。

 その最中、デッカ達と対峙する三人組の内、真ん中に立つ「リーダー格」と思しき年長の男が声を上げた。


「ここでは何だ、付いて来い」


 男は顎を真横に捻った。その顎先を辿ると、オーティン通りに並んだ家屋の「隙間」を指していた。


 王都城下町の家屋群は、背中合わせの二列縦隊で並んでいた。隙間の向こう側は、家屋の背中の間、所謂「路地裏」だった。

 王都の町並みの裏の顔。整然と並ぶ表通りとは打って変わり、路地裏は存外に入り組んでいた。その為、陽光の恩恵を受け損ねている。

 薄暗い隘路など、鼠や猫などの小動物なら兎も角、人が好んで入る場所ではない。それを見詰めるデッカの心中に、嫌な予感が過った。


 こいつら(三人組の男達)の「仲間」が待ち構えているのかもしれない。


 待ち伏せ。デッカの脳内に「戦闘」の可能性が閃いていた。それが当たっていたならば、リザベルを巻き込むのは必至だった。

 デッカはリザベルを見て、彼女の表情を窺った。

 すると、リザベルの方もデッカを見ていた。彼女の鋭利な視線は、名刀の如く研ぎ澄まされていた。


 デッカ様。貴方様は私(わたくし)がお守りいたします。


 名刀「リザベルズ・アイ」の白刃がデッカの顔を映した。その瞬間、リザベルは静かにコクリと頷いた。その反応を見て、デッカの腹が決まった。


「分かった。貴方達に付いていこう」


 デッカはコクリと頷きながら、リザベルに向かって右手を伸ばした。

 デッカは、何の躊躇いも無く、リザベルの左手を掴んだ。その瞬間、名刀リザベルズ・アイに怪しい光が宿った。


 デッカ様から手を握って頂けるなんてっ。


 リザベルの美貌が一瞬で蕩けた。「妖刀」と化したリザベルズ・アイの白刃に、「ハート形の刃文」が幾つも浮かんだ。

 しかし、その変貌(或いは『変顔』)を確認できた者は、デッカ以外にいなかった。

 リザベルは「人が知覚できないほどの超速」で表情を引き締め、どこぞの侯爵令嬢のような無表情になっていた。周りが「それ」に気付いた瞬間、能面の裂け目と化した可憐な口が開いた。


「宜しくて。で、ございますわ」


 リザベルの声は、寒気、或いは殺気を覚えるほど冷ややかだった。それを間近で聞いたデッカの顔が、少し歪んだ。

 しかし、デッカは耐えた。対面に立つ三人組も、涙目になりながら耐えた。

 しかし、涙が溢れ掛けた。それをデッカ達に悟られないよう、三人揃って上を向きながら、


「行くぞ」


 デッカ達を先導すべく、足早に狭い隘路に突入した。


 路地裏に入った後も、三人組の男達の脚は止まらなかった。別の街路に出たり、別の路地裏に入ったり、現在地が把握できないほどの紆余曲折を繰り返した。その事実は、デッカに焦燥感を覚えさせた。


 どこまで行くつもりなんだ? 余計な時間を掛けたくないのだが。


 進むほどに、デッカの胸中に不安が募った。リザベルと繋いだ手が汗ばみ始めていた。その事実にリザベルが気付いた。


「デッカ様――」


 リザベルは小声でデッカに話し掛けた。その瞬間、前を幾三人組の脚が止まった。その直後、最前列を歩いていた年長のリーダー格が声を上げた。


「ここら辺で良いか」


 三人組は、一斉に踵を返してデッカ達の方を向いた。それに併せて、デッカ達も足を止めた。その際、デッカは周囲に視線を巡らせて、現況を観察していた。

 デッカ達は「家一個分」と思しき空き地に立っていた。嘗て家が建っていたであろう跡が残っていた。


 子どもの遊び場には丁度良さそうだ。


 事実、現在地は三人組の「幼少期の遊び場」だった。尤も、「今から仲良く遊びをしよう」という気は、三人組には更々無かった。


 三人組の内、「最も年若い」と思しき男が前に出た。彼はデッカを睨み付けながら、その厳めしい口を開いて声を上げた。


「お前ら――何者だ?」


 尊大で居丈高な口調だった。質問ではなく詰問、或いは尋問だった。その無礼な態度を目の当たりにして、リザベルの眦が吊り上がった。

 例え鍔越しでも、リザベルの視線は相手を斬り刻む。しかし、相手の男は幸運だった。

 リザベルが相手を睨もうとした瞬間、デッカが前に出て、リザベルを庇うように立った。そのお陰で、相手の男はリザベルの鋭利な視線を浴びずに済んだ。

 得難い幸運だった。しかし、その時点で男達の幸運は尽きた。これ以上余計なことをすれば、例えマサクーンの神様でもどうにもできなかった。

 その事実を知らすべく、頭上に烏達がやってきた。黒猫も三人組の傍に来た。

 しかし、神様のサインに気付いた者は、誰もいなかった。


 三人組最若年の男は、自ら死地に飛び込んだ。


「そんなおかしな帽子を被りやがって」


 男はデッカの至近に迫った。続け様にデッカの頭、「規格外のティンケース付き帽子」に右手を伸ばした。


 その瞬間、デッカは全く動かなかった。彼の頭上には何の障害物も無かった。その事実を鑑みれば、相手の男の手はデッカの帽子を掴む――はずだった。

 ところが、男の指先が帽子に触れようとした瞬間、その指、手、腕、体――その全てが「時間が止まった」ように全く動かなくなった。


 何だっ!? 何が起こったっ!?


 最若年(飽くまで三人組の中で)の男は困惑した。それでも何とか事態を打破しようと、右腕に満身の力を込めて右手を突き出そうとした。

 しかし、全く動かなかった。それどころか徐々に押し戻されていた。その様子は、他の男達の視界にも映っていた。


 一体、あいつは何をしているんだ? 何が起こっているんだ?


 それぞれ、鳩が豆鉄砲を食ったような間抜け面になっていた。誰も現況の意味が分からなかった。幻覚か、或いは夢である可能性を想像した。

 しかし、残念ながら現実だった。三人組の男達の耳に、涼やかな、いや、冷気を孕んだ少女の美声が飛び込んできた。


「このお方に、お触りにならないで頂けます?」


 声の主はリザベルだった。彼女は体を横にスライドさせて、デッカの背中の影から抜けていた。

 リザベルは、帽子の鍔越しに男を睨んでいた。その視線には、彼女の「ティン力」が込められていた。


「ふんっ」


 リザベルは鼻息を一つ吐いた。すると、デッカに手を伸ばしていた男の体が吹き飛んだ。その後ろには「彼の仲間達」が立っていた。


「「!?」」


 誰も反応できなかった。三人組は衝突した。


「「「っ!!」」」


 三人組の口から声にならない悲鳴が上がった。それぞれ盛大に地面に転がった。見ているだけで痛そうな光景だった。実際、三人とも腕や膝を擦り剥いていた。

 しかし、三人とも男の子だった。痛みに耐えて、直ぐ様立ち上がった。彼らの心中には反撃の闘志が燃え盛っていた。しかし、


「「「…………」」」


 三人組は動かなかった。いや、「動けなかった」というべきか。彼らは戦闘態勢を取ったまま、目の前にいる男女のペアを睨み付けていた。


 こいつら、只者ではない。


 三人組の視線には、少なからず「恐怖」の色が滲み出ていた。傍から見ると「化け物を見ているような目付き」だった。その想いが、リーダー格の男の口から零れ出た。


「お前ら、一体――」


 後に続く言葉は無かった。デッカがそれを遮った。


「俺の帽子を取って――どうする?」


 デッカは右手を掲げて、帽子の鍔を掴んだ。


「俺の『ティン』が見たいのか?」

「「「!」」」


 デッカの声は平静だった。とても穏やかだった。欠伸をする猫くらいに。しかし、それを聞いた三人組の背筋に、絶対零度の悪寒が奔っていた。


 これは――拙い。


 三人組の全身に冷汗がドッと溢れ出た。今直ぐ逃げたい衝動に駆られていた。しかし、動けなかった。いや、今回は「動かなかった」というべきだろう。


 こんな子ども相手に逃げるなどと――恥を知れ。


 三人組は男の子だった。男の子の意地が有った。だから耐えた。その勇気と根性は褒めてやりたい。しかし、愚かだった。


「そんなに見たいのであれば、見せてやる」


 三人組の目の前で、「史上最大」と名高い逸物が披露されてしまった。


 隠し通したかったけど――仕方ない。


 デッカの口許が少しだけ歪に引きつった。それを隠すように、デッカは超速で右手を動かして、潔く帽子を取り払った。

 その瞬間、デッカを見詰める「三対の目」が、顔の半分を埋め尽くすほど広がった。


「「「―――っ!?」」」


 路地裏に声にならない悲鳴が響き渡った。

 三人組の男達にとって、デッカのティンを目の当たりにした出来事は「人生最大級」といえる驚きだった。

 しかし、不幸にして、男達の驚きには「続き」が有った。


 デッカが帽子を取った後、リザベルまでもが「デッカに続け」とばかりに右手で帽子の鍔を掴んでいた。


「では、私も」


 リザベルは宣言するや否や被っていた帽子を、優雅に、景気良く取り払った。その瞬間、


「「「――――――――――――――――っ!!!???」」」


 三人の男達の声にならない悲鳴、絶叫、慟哭が、オーティン通り全域に響き渡っていた。




 終に正体を現したデッカとリザベル。

 デッカ達の巨大なティン(或いはティンティン)を見た謎の三人組の男達。

 男達はどうする? そもそも、彼らは何者なのか? その全てが明らかになる。


 次回、「第十一話 流石は私の未来の旦那様」


 未来の旦那様。それは全く「謎」ではない。

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