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第九話 ここに何をしに来たのだったか?

 ティン王国王領。国王が治める、所謂「直轄地」。王国領の中で最も豊かであるべき場所だろう。実際、人口も王国内最大を誇っている。


 しかし、不思議なことに税収は下落傾向にあった。


 何故なのか? その謎を解明すべく、王国第一王子、デッカ・ティンは秘密裏に調査を開始した。今日は「何をするのか」と言えば、


「納税者である市民(王都民)に直接話を聞こう」


 デッカは一般市民と同じ格好(『規格外にデカいティンケース付きの奇妙な帽子』以外)をして、侍従達が使う通用口から王都オーティン城下町へと繰り出した。

 その際、デッカは一人だけ供を連れていた。


 デッカの供は、一見、見目麗しい美少女だった。彼女は華奢な体に、市井の童女が着るような簡素なワンピースをまとっていた。それだけならば、未だ市井の民に紛れることはできた。

 しかし、彼女「も」頭に「奇妙な帽子(鍔が大きく、規格外にデカいティンティンケース付き)」を被っていた。


 その少女、リザベル・ティムルは、その小さな左手でデッカの大きな右手を掴み、その美貌に満面の笑みを浮かべながら、


「さあ、デッ――『貴方』様、デートですわ、デートをしますわよ」


 デッカを引っ張って、王都城下町、その真ん中を貫く大道、「オーティン通り」へと飛び出した。

 因みに、デッカを「貴方」と呼んだ理由は、事前に「正体がバレないよう、互いの名前を呼ばないこと」と打ち合わせていた為だ。


 王都のメインストリートであるオーティン通りは、今日も人々で溢れ返っていた。


 一体、人々は何をしに来ているのか? その問いに関しては、オーティン通りに軒を連ねる建造物群を見れば察することができた。

 そこには一般市民(都民)の学校、病院、王都建設以来の老舗大店、それらを統括する同業者組合(ギルド)の本部――と、「市民生活に必須、或いは有用」といえる重要施設が幾つも集中して立ち並んでいた。デッカの調査対象も、この通り沿いにあった。


 先ずは「組合(ギルド)」からかな? それとも、参事会(王都民の自治会)本部か?


 デッカの目的は、民間組織に保管されている「納税に関する資料の確認」。それを「アポ無しで秘密裏に行おう」というのだ。無茶が過ぎる。相手にしてみれば青天の霹靂、「迷惑千万」と、デッカに塩を撒きたくなるほどの暴挙だろう。

 しかし、デッカはやる覚悟を決めていた。やらねばならぬ理由も有った。


 機会は、多くはない。今日この日の内に、できる限り多くの要所を巡っておきたい。


 デッカは「王子」という立場上、頻繁に王城から離れる訳にはいかなかった。外出する理由を捻り出すことにも限界が有った。だからと言って、「無断、無許可」となれば、家令のケインを始めとした王城の管理責任者達に多大な迷惑を掛けることになる。

 限られた機会の中、可能な限りの早期解決を図りたい。他所事にかまけている暇は無い。そのはずだった。

 ところが、デッカの直ぐ傍に、彼の思惑を台無しにする「傍若無人な敵」が存在した。


「貴方様、あちら、あちらに参りましょう」


 リザベルは己が心の赴くまま、全力でデッカを引っ張り回していた。


 実のところ、リザベルが王都城下町に繰り出したことは、今回が初めてではなかった。

 一度だけ、数少ない大学の級友達(約一名)と遊びに出掛けたことも有った。その際、オーティン通りにも足を運んでいた。

 当時の光景と、現在の光景には殆ど差は無い。違いが有るとすれば「周囲から向けられている視線」だった。


 前回、人々(王都民)の視線には「畏敬の念」が籠っていた。それに対して今回は「奇異の念」が籠っていた。普段のリザベルであったなら「無礼ですわよ」と思い切り睨み返していたところだ。

 そもそも、前回とて「同行者が冷血漢鉄面皮氷姫、アリアナ・ティルト」ということもあって、余り楽しかった記憶は無かった。そこに現在向けられている「無礼な視線」が加われば、より一層詰まらないものになるはずだった。

 ところが、今日のリザベルの顔には笑顔が有った。実際、彼女は楽しかった。天にも昇る勢いで浮かれていた。

 何故なのか? そこに疑問を覚える人は、きっといないだろう。現況を見れば一目瞭然だった。


 デッカ様とのデート。楽しいですわ、嬉しいですわ、幸せですわあああっ。


 デッカが傍にいるだけで、リザベルの目に映るもの、その全てが輝いていた。

 小麦を丸めて揚げた菓子も、宮廷料理を超えるご馳走だった。

 古着屋に並んだ継ぎ接ぎだらけの服でさえ、意匠を凝らした豪奢なドレスになっていた。

 炉端の石さえも、精緻なカッティングが施された宝石になっていた。


「あらあら、まあまあまあ」

((((ずんちゃちゃんかずんちゃちゃんか)))


 何か一つ見付ける度、リザベルの胸は「超高速全力阿波踊り状態」になっていた。

心象風景に映る踊り手達の足下から、煙が吹き上がっていた。彼女達は、草鞋と足袋が焦げ付くほど激しいステップを踏んでいた。

 とても人間の体で耐え切れるものではない。途中で失速しなければ命にかかわるほどの危機的状況だった。 

 しかし、リザベルの勢いは衰えるどころか激しさを増していった。


「あちらへも参りましょう」

「え?」

「あちらに、何か面白そうなものが有りますわ」

「ちょっと」


 今のリザベルは、絶好調にして無敵だった。

 対してデッカの方は、不本意の極みだった。


 俺達は、ここに何をしに来たのだったか?


 デッカは本来の目的、極秘調査を行うべく軌道修正を試みた。


「ちょっと待って。落ち着いて」


 先ず、口頭で注意した。ところが、


「あら、あれは何でしょう?」

「待って」

「あら、これは何でしょう?」

「止まって」

「あちら、あちら、あちらに参りますわよ」


 リザベルは全く聞く耳を持っていなかった。その傍若無人な態度は、デッカの堪忍袋の紐を激しく刺激した。デッカの腹の底から熱い情動が込み上げた。その感情を意識した瞬間、デッカの端正な口が開いていた。


「リザ――」


 デッカはリザベルの名前(愛称)を呼んだ。しかし、それを直感した瞬間、直ぐ様口を閉じた。


 しまった。「ここ」で名前を呼ぶ訳にはいかない。


 互いの名前を呼べば正体がバレることは必定だった。

 デッカとリザベルの名前は、王都民どころか、ティン王国民全員に知れ渡っている。

 尤も、「奇異な帽子」を被っている時点で、「正体を隠す気は有るのか?」と疑念を覚えるところではあった。

 まあ、本人達は隠し通せているつもりでいた。しかし、それは流石に甘かった。

 二人は、既に衆目を集めていた。


 そもそも、デッカ達は「規格外にデカいティンケース付きの帽子」を被っている。その姿は、とても、とても、とても――目立っていた。

 デッカ達の姿を見た者は、思い切り目を開いた。続け様に首を四十五度ほど傾けた。


「「「「「何だ? あの『へんてこな帽子』の二人組は?」」」」」


 誰もがデッカ達を奇異に思った。中には不審に思う者もいた。より猜疑心の強い者は、二人に対して危機感を募らせていた。


 デッカ達が走り回っている最中、喧騒に紛れて「野太い男性の声」が上がった。


「おい、そこの二人」


 声の発信源は「デッカ達の背後」だった。至近であった為、デッカとリザベルの耳にも入っていた。


 何だろう?

 何かしら?


 二人は反応して、その場に立ち止まった。続け様に振り返った。

 すると、そこには「デッカよりも頭一つ二つ大きな男」が、三人いた。それぞれ丸太のように太い腕を胸の前で組んで、デッカ達の方を厳しい目付きで睨んでいた。


 男達の年齢は「二十歳前半か、或いは後半」といったところ。それぞれの額には「人差し指の第二関節から先くらい」といった大きさの角、ティンが生えていた。その大きさは、ティン族では「一般人レベル」といえるだろう。

 しかし、「只の平民」という印象は、全く覚えなかった。何かしらの訓練を積んでいるらしく、その体は筋肉ムキムキだった。


 屈強そうな三人の男達が、不信感も顕わな眼差しで睨み付けている。デッカ達でなくとも不穏な気配を覚えずにはいられない。その視線を浴びたならば、恐怖を覚える者もいるだろう。泣く者もいるだろう。デッカとリザベルはというと――


「「?」」


 二人揃って首を傾げていた。


 何で、睨まれているのだろう?

 どうして、睨まれているのでしょう?


 二人とも、相手の視線の意味が分からなかった。その為、「自分達が呼ばれた訳ではないのかも?」と疑念を覚えた。

 二人は揃って自分達の背後(三人の男達とは反対側)を見た。


 そこには誰もいなかった。いや、正確に言えば、「皆逃げて」しまった。


 誰もいなくなった。

 誰もいなくなりましたわ。


 デッカとリザベルは、再び男達の方に向き直った。続け様に、二人揃って右手の人差し指を掲げて、それぞれの顔を指差した。

 すると、三人の男達は揃ってコクリと頷いた。


 男達の反応を見て、デッカ達は漸く「声を掛けられたのは自分達だ」と直感した。




 突然現れた三人の男達。彼らによって、デッカとリザベルは人気のない路地裏へと連れ込まれてしまった。これから二人に如何なる運命が待っているのか?


 次回、「第十話 そんなに見たいのであれば、見せてやる」


 デッカとリザベルの「アレ」が、謎の男達の前で晒される。

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