目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第七話 ティンを――握らせたのですかっ!?

 ティン王国国王領。現国王ムケイが直接治める、所謂「直轄地」。王国領領内最奥に位置する最も安全な場所にして、南方領(シムズ・ティルト侯爵領)に次ぐ資源の宝庫だった。

 当然のように人が集まり、その人口は全王国領中「不動の第一位」を誇っている。


 しかし、不思議なことに税収は下落傾向にあった。それも、ここ数年に限っての話だ。その事実は、王城の税務課の資料に記載されている。由々しき事態だ。

 しかし、王城の会議に於いて、その話題が出た例は無い。そもそも、税務課の職員達も、大臣達も、国王ムケイですら、その事実を問題視していなかった。

 何故なのか? その謎を解明すべく、デッカは今日も執務室に籠っていた。


 デッカの執務室は王城の最奥に有った。そこまで続く石の回廊は、洞窟と錯覚するほど暗く冷たい。

 しかし、執務室のドアを開けた先は「眩い光の世界」だった。その奇跡の光景の理由は、ティン力でもなければ魔法でもなかった。


 ティン王国の王城には、それは大きな「中庭」が有った。


 デッカの執務室は、中庭の際に位置していた。その為、中庭側に設置された窓が陽光を招き入れ、室内を宝物庫のように輝かせていた。

 本を読むには十二分の光量が確保できた。その恩恵を存分に生かして、デッカは執務机に乗せた資料を読み漁っていた。

 今日も一人で飽きもせず、よくやる。


 尤も、デッカには「単独で調査しなければならない理由」が有った。その制約も有って、それなりに手間や労力が必要だった。

 しかしながら、調査を始めてから既に一週間ほど経っている。デッカの立場(王国第一王子)や能力(史上最大のティン)を鑑みると、いい加減手掛かりを得ても良い頃だろう。ところが、


「何――だろうな?」


 情けないことに、デッカには全く皆目見当も付かない状態だった。

 そもそも、王都税務課から借りた資料そのものが「謎」なのだ。謎を漁っても、中から出てくるものは「謎」以外無い。

 読めば読むほど、考えれば感がるほど謎は深まるばかり。デッカの脳内には「徒労」の二文字が閃いていた。


「何――だろうな?」


 デッカの口から、再び益体の無い愚痴が零れた。只の独り言だった。応える者などいないはずだった。ところが、


「何――なのでしょう?」


 デッカの独り言に「重低音の声」が応えた。

 デッカのそれとは全く違う声。実際、別人が発した者だった。


 今、デッカの執務室には、デッカを含めて「二人の貴公子」の姿が有った。

 二人とも、執務室の机上に置かれた資料を覗き込みながら、同じ方向に首を捻っていた。

 見事なシンクロニシティ。その様子を見たものは、「仲良しか」とツッコミを入れたくなっただろう。

 実際、二人は仲良しだった。


 執務机を挟んでデッカの対面に立つ貴公子、その名前を「ブラリオ・ツインコ」という。

 額に生えた「大人の指大のティン」が示す通り、下級貴族に連なる人間(ティン族)だ。より具体的に言えば、王族に仕える古貴族、「ポクビィ・ツインコ男爵」の息子(三人兄弟の次男)。

 ブラリオの年齢は、デッカより一つ上の十六歳(満十七歳)。デッカとは幼馴染の間柄だった。


 現在、ブラリオはオーティン大学に在籍しながら、近衛騎士として王城の守備、並びに戦闘訓練に明け暮れていた。

 そんな忙しいブラリオを捕まえて、デッカは「王領の税収状況の資料」に付いて意見を求めていた。

 税務課の職員ならいざ知らず、近衛騎士など門外漢も甚だしい。誰の目にも明らかな人選ミスだった。その事実は、デッカ自身が良く分かっていた。

 しかし、ブラリオ以外の者、特に「関係者」には声を掛けられなかった。その理由が、そのまま「デッカ単独調査」の理由だった。


 それを簡潔に表すならば、「古貴族の因習」となる。


 税収にかかわらず、王領に関する仕事の責任は、当然ながら国王であるムケイその人に有る。しかし、彼が全ての仕事を執り行っているかというと、実はそうではなかった。


 王領の実務、その殆どは「王族に仕える下級貴族」が執り行っていた。


 王領に住む下級貴族は、その殆どが初代オーティンから仕えた「古貴族」ばかり。江戸時代風に言うと、「直参旗本」と言ったところだ。

 爵位は男爵なれど、彼らには「王族に最も近しい貴族」という自負が有った。その先祖伝来の忠誠心は、長い年月を経ることで「誇り」という枠を超えて、「呪い」の領域に踏み込んでいた。

 そんな「誇り高い」古貴族達の仕事に嫌疑を掛ければどうなるか?


「何すか? 殿下は俺らの仕事に文句が有るんすか? 俺ら疑われているんすか?」


 要らぬ騒動に発展する可能性は、デッカには否定し切れなかった。それに加えて、「内部の工作」という可能性も有った。

 デッカが「王領の税収状況に不信を抱いている」という事実を、「犯人」に知られる訳にはいかなかった。


 証拠を隠されてしまうかも? もしかしたら、何かしらの反撃をしてくるかも? 父上に迷惑が掛かるかも?


 デッカは様々な可能性を想像して、関係者に声を掛けることは躊躇った。その為、単独調査を続けていた。ところが、


「うむむむむむむむむむ」


 一人で資料と睨めっこしていても埒が明かなかった。


 一人で駄目なら二人でどうだ?


 デッカは助けを求めた。その白羽の矢が立った者が、部外者(管轄外)にして、信用できる開襟の友、即ち「ブラリオ」だった。

 無茶振りだった。しかし、ブラリオは実直で義理堅い男だった。デッカの期待に応えようと、脳細胞をフル回転させて、色々考えた。考え込んでいた。しかし、だが、しかし――


「「うむむむむむむむむ」」


 駄目だった。そもそも、ブラリオにとって全く門外漢な話なのだ。無い袖は振れないのが世の常。二人の頭に正答が無い以上、幾ら考えても――


「「うむむむむむむむむ」」


 答など出ない。二人して唸り合うのが関の山だった。このまま二人して、昼食まで唸り続けているつもりなのだろうか。その可能性は現実味を帯びていた。

 しかし、マサクーンの神様はデッカ達を見捨てていなかった。二人が仲良く唸り合っていたところに、外から「全く意外な訪問者」が訪れた。


 ピタラ石製の白い廊下の中を、一際デカいティンティンを持つ女性(少女)が弾みながら歩いていた。彼女は、その細い両腕に、彼女の体の上半身ほども有る大きなバスケットを抱えていた。

 一体、バスケットの中身は何なのか? 覗いてみると、そこには「不揃いのクッキー」がてんこ盛りで詰まっていた。


 クッキーは、バスケットを抱えた少女の手作りだった。それらは、「意中の相手へのプレゼント」だった。彼女なりに心を込めて作った、彼女的には「最高傑作」だった。


 デッカ様、ああ、デッカ様。私(わたくし)、貴方様の為にクッキーを作ってみましたの。喜んでもらえるかしら?


 その少女――リザベル・ティムルは、その美貌に満面の笑みを浮かべながら、デッカの執務室に向かってスキップしながら前進し続けていた。

 途中、何度か城詰めの侍女達と擦れ違った。その度に、奇異な視線に晒された。その度に、睨み返して(リザベル的には何となく見ただけだが)、侍女達を怯えさせていた。

 リザベルは、侍女達の声にならない悲鳴を散々浴びながら、それでも前進し続けて――終に、デッカの執務室の前までやってきた。そこで木製のドアを右拳で四回敲いてから、一度深呼吸を挟んで声を上げた。


「リザベル・ティムルでございます」


 リザベルの声は、清水のように透き通っていた。百メートル先でもハッキリ聞こえほど美しかった。当然、部屋の中の人(デッカ)にも聞こえていたはずだった。ところが、


「…………」


 返事は無かった。その事実を目の当たりにして、リザベルは首を傾げた。


 お留守――かしら?


 リザベルは「デッカが別の場所にいる」という可能性を想像した。その直後、彼女の耳に奇妙な音が飛び込んだ。


「「うむむむむ」」


 男性の声だった。それが二つほど重なって聞こえた。その内の一つは、絶対に聞き違いようの無い声だった。


 デッカ様? いらっしゃったのですね。


 デッカが中にいる。その事実を知った瞬間、リザベルの右手がドアのノブを掴んでいた。そのまま捻り、奥へと押し込んで――


「デッカ様」


 部屋の主の名前を呼びながら、部屋の中に足を踏み入れた。

 その瞬間、リザベルの目に奇妙な光景が飛び込んだ。


 二人の貴公子が、大きな執務机の上を見詰めながら、首を傾げて唸り合っていた。


 一体、何ですの?


 リザベルは不審に思い、そのまま貴公子達(デッカとブラリオ)の傍に近付いた。

 デッカ達は机上の資料に意識を集中していた。その為、リザベルの入室にも、接近にも気付かなかった。

 リザベルの方も、デッカの邪魔をしないようにと静かに近付いていた。しかし、デッカ達を間近に見ても、何をしているのかサッパリ分からなかった。


 リザベルは、基本的に真面目で、それなりに我慢強い子だ。しかし、「遠慮をしない子」でもあった。覚えた疑念は直ぐに払しょくしたい。

 リザベルは衝動に駆られるまま声を上げていた。


「何を唸っておられますの?」


 リザベルは「デッカ達に聞こえるように」と、それなりに声量を上げていた。当然、デッカ達の耳に入った。彼らは全身を使って思い切り反応した。


「「うわあああああっ!?」」


 デッカも、ブラリオも、諸手を上げて間抜けな悲鳴を上げた。彼らにとって、醜態を晒したことは痛恨の極みだった。


 こんなことになるのであれば、部屋に鍵を掛けておくべきだったか。


 やんごとない立場の人間が鍵を掛けることは、周囲に要らぬ誤解を呼ぶ。それを心得ていた為、デッカは敢えて鍵を掛けていなかった。その気遣いが裏目に出た。

 尤も、デッカが「リザベルのノック」を聞いていたならば、このような事態にならなかった訳だが。


 デッカとブラリオの顔に、物凄く気まずげな表情が浮かんでいた。彼らの脳内には「醜態の言い訳」が幾つも閃いていた。しかし、


「「…………」」


 デッカも、ブラリオも、何も言わず、上げていた諸手をユックリ下した。その様子は、リザベルの鋭利な視界にもハッキリ映っていた。


 このとき、リザベルの脳内には「自分がデッカ達を驚かせたのでは?」という可能性が閃いていた。しかし、それ以上に強い気持ちが、彼女の中に有った。それがリザベルの可憐な口を衝いて出た。


「吃驚しましたわ」


 突然、目の前で諸手を上げながら大声で叫ばれたのだ。そのような事態に遭遇したならば、リザベルの感想は納得せざるを得ない。さもありなん、宜なるかな。

 リザベルの想いに、デッカとブラリオは全力で共感していた。その想いが、彼らの端正な口を衝いて出た。


「それは、こちらの台詞」

「それは、こちらの台詞です」


 驚いたのはお互い様。尤も、デッカ達の方は自業自得。そのツケは、即座に、その場で自分達が払う羽目になった。


 リザベルの鋭利な視界に、デッカの執務机に広げられた「王領の税収に関する資料」が入り込んでいた。それに気付いた瞬間、リザベルは声を上げていた。


「これは――何ですの?」


 リザベルは遠慮しない子だった。疑問に思ったことは直ぐに確かめようとする子だった。その質問は、当然デッカ達の耳にも入っていた。しかし、


「これは――……」


 デッカは資料の正体を知りながら、それを答えるのを躊躇った。一旦口を噤んでから、助けを求めるようにブラリオを見た。すると、目が有った。


「「…………」」


 ブラリオも、デッカを見ていた。それぞれの顔には、「やっちゃった」と言わんばかりの気まずげな表情が浮かんでいた。


 どうしよう?

 どうしましょうか?


 どちらも困っていた。打開策を求めていた。二人の脳内には、様々な選択肢が有った。それらが如何なる展開を迎えるかは、二人にも予想が付かなかった。

 しかし、デッカ達には確信めいた直感が有った。


 リザに嘘を吐いたり、隠そうとしたりしたら、より一層面倒なことになる。

 リザベル様に嘘は通じまい。黙秘も許されないだろう。


 デッカとブラリオは「竹馬の友」と言えるほどの仲良しだ。その為、ティン力に頼らずとも視線で会話ができた。

 二人は見詰め合いながら「「この方針でいこう」」と決心して、静かに頷き合った。その直後、デッカはリザベルの方を向いて声を上げた。


「実は――」


 デッカは「自分が王領の税収状況に疑念を覚えている」という事実を、リザベルに正直に明かした。


 リザベルを巻き込んだことは、デッカにとって痛恨の極みだった。しかし、災い転じて福と成す。この出来事は、或る意味マサクーンの神様からの贈り物だった。

 これまで「打つ手無し」と唸っていた難問に、リザベルが解法を与えてくれた。


「そんなもの、実際に聞いてみればいいじゃないですか」

「事務方に? それは――できない」

「でしたら、『税を治めている側』に聞いてみては?」


 税を納めている側。それが「誰」を指しているのか、考えずともデッカは直ぐに閃いた。


「『市民』に?」

「そうです」

「ふむ」


 市民(都民)に尋ねる。その発想は、デッカにもブラリオにも無かった。

 この話を余人が聞けば、「何で気付かない?」と問いなくなるほど間抜けに思うだろう。しかし、デッカ達の立場では、「仕方ない」と言いたくなる事情が有った。


 デッカ達の生活圏は、オーティン大学も含めて「内壁」の中に限定されている。その為、最初から「外(城下町)」は調査対象に入っていなかった。


 しかし、リザベルの発言のお陰で、たった今、調査対象に「城下町」が組み込まれた。すると、「やるべきこと」が次々見えてきた。


 王都には、都民による自治体、「王都参事会」が有った。

 商人や職人達の自衛組織、「労働組合(ギルド)」が有った。

 それぞれの機関には、税に関する資料は有る。必ずある。それらを参照すれば、手掛かりを得ることができる――かもしれない。


 どうせ手詰まりだったのだ。行ってみる価値は有る。


 デッカの腹は決まった。しかし、実際に行動するとなると様々な問題が有った。

 今回の件は或る意味「内部調査」だった。しかも、「デッカの独断」なのだ。余人に知られる訳にはいかなかった。これ以上誰かを巻き込んだり、まして誰かに御使いを頼んだりすることは躊躇われた。


 他人に頼れないならば、自分でやるしかない。デッカとしても、それは望むところではあった。

 しかし、デッカの心中には「迷い」が生じていた。


 俺一人で行くか? それとも、供を連れていくか?


 デッカは少し考えてから、ブラリオを見た。

 デッカの視界に映った貴公子(ブラリオ)は、コクリと静かに頷いた。その反応を見て、デッカの腹は決まった。


「では、俺とブラリオで――」


 デッカは、ブラリオを「王都税収の謎調査隊」に組み込んだ。ブラリオとしても、その期待に全力で応える気満々だった。


 このとき、二人の胸には「友情」と言う名の熱い想いが燃え盛っていた。「俺達ならば、何が有っても大丈夫」と確信できた。

 しかし、間の悪いことに、現況には「二人の友情に割って入る邪魔者」が存在した。


「お待ちください」


 リザベルが声を上げた。その声音は硬く、聞く者に「強い意志の存在」を覚えさせた。その直感は、直後に具現化した。


「デッカ様のお供は、この私、リザベル・ティムルが仕ります」


 リザベルは、デッカ達に意見具申した。その真意は、実は「只の我が儘」だった。


 デッカ様の相棒は、この私、リザベル・ティムル以外におりませんわ。


 リザベルは、その小さな体を「デッカとブラリオの間」に無理矢理捻じ込んだ。すると、デッカとブラリオが同時に声を上げた。


「それは――」「なりま――」


 デッカも、ブラリオも、リザベルの意見を却下するつもりだった。

 尤も、それが簡単にできないことは、二人も重々承知の助だった。それでも、何とか説得を試みるつもりだった。

 しかし、できなかった。無理だった。怨敵リザベルには「デッカの意思を挫く手段」が有った。


「デッカ様」


 リザベルは「デッカとブラリオの言葉」を遮った。続け様に二人を鋭利な視線で睨み付けながら「デッカ特効」と言える切り札を切った。


「デッカ様」

「はい」

「私(わたくし)、『デッカ様のティンを握りました』わよね?」

「「!!」」


 ティンを握る。その言葉の意味を知らぬ者は、ティン族にはいない。デッカは元より、ブラリオもよくご存じだった。


「ティンを――握らせたのですかっ!?」


 ブラリオは「信じられない」といった表情でデッカを見た。デッカはバツが悪そうに顔を背けた。


 デッカの反応は、ブラリオに「リザベルの言葉は真実である」と直感させた。


「まさか、『あの噂』が本当のことだったとは」


 あの噂とは、「オーティン大学学食カフェテラスの一件(第四話、五話参照)」のことだ。


 ブラリオの本職は近衛騎士ではある。しかし、オーティン大学の学生でもあった。彼の耳に入っていても、不思議は無かった。


 ゴシップ好きのデマコギーだとばかり思っていた。だが、まさか本当だったとは。


 信じたくなかった真実。それを聞いて、ブラリオは槌で頭を叩かれたような精神的衝撃を受けた。それに耐え切れず、崩れるように両膝を床に着いた。


 ブラリオは負けた。主にデッカのせいで。彼の頭上に、勝ち誇ったリザベルの声が響き渡った。


「デッカ様、私の提案が『飲めない』と仰るのであれば――」

「わ、分かった。君と二人で行こう」

「はいっ」


 かくして、デッカとリザベルの二人で「王都内極秘調査」を行うことが(強引に)決まったのだった。




 城下町に繰り出したデッカとリザベル。様々な初体験が二人の心を弾ませる。その中で、デッカは市井の衣装に惑い狂う。


 次回、「第八話 俺と結婚して下さい」


 デッカのプロポーズ。その現場を目の当たりにしたリザベルの反応や如何に?

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?