王立オーティン大学食堂カフェテラス。そこには生粋の王都民しか知らない「伝説」が有った。
「カフェテラスで告白し、それを受けて貰えたならば、二人は結婚し、幸せな余生を過ごすことができる」
一体、誰が言い出したことか。残念ながら、その曰くを知る者はいない。説明できない以上、信ぴょう性は皆無。その伝説を他の領土(或いは都市)から来た者に話すと、首を傾げられたり、眉に唾を付けられたりした。
しかし、生粋の王都民にはメジャーな伝説だった。それを信じ、肖ろうとする者は存外に多い。
ティン王国第一王子デッカ・ティンも、その内の一人だった。
麗らかな春の日差しに照らされた野外昼食場(カフェテラス)のど真ん中でデッカは「愛の言葉」を告げた。
「俺のティンを握ってくれ」
爽やかにして優しげな美声だった。それが届いた者の耳に、真綿が水を吸い込むようにスルリと染み込んだ。
史上最大のティンを持つ男の愛の言葉。例え対象が自分でなくとも、それを聞いた全ての者の心臓が「トゥンク」と音を立てて跳ねた。
その中で、一際デカい弾音――いや、火山の噴火を彷彿とするほどの「爆音」が、デッカの至近から響き渡った。
その直後、爆音の発信源から、より以上にデカい叫び声が上がった。
「ななななな――何を、何お仰っておられるのですかっ!?」
デカい声だった。それを聞いた者に伝説の魔獣「ドラゴン」を想像させた。
しかし、爆音の発信源は、子どもと錯覚するほど小さな少女だった。
その少女、リザベル・ティムルは、咆哮を上げながら立ち上がった。その様子は、カフェテラスにいた全ての者に視界に映っていた。
「リザベル様が立った、お立ちになられたっ!!」
「これから何が始まるの?」
「戦争――いや、この国の滅亡かっ!?」
カフェテラスにいる者の中で、正確に状況を把握している者は、当事者達を含めて一人もいなかった。
それでも、「絶望的な窮地に立っている」という最悪な現実だけは、全ての者、その本能が理解していた。
リザベルの反応次第で、全員の命が消えて無くなる。
学生達は死の恐怖に怯えながら「リザベル」という名の破壊神を見詰めていた。彼らの視線には、「助けて」と悲痛な想いが籠っていた。それを浴びたリザベルは、頭部に生えた「女性の腕ほどもあるティンティン」を振り上げて――
「ごほん」
咳払いをした。その後、落ち着き払って優雅に着席した。その行為は、誰も予想できなかった。しかし、安心もできなかった。
このとき、リザベルの中には未だ人の心、「辺境伯令嬢としての誇り」が残っていた。だからこそ、必死に平静を装った。
しかし、全然、全く、皆目、駄目だった。
リザベルが腰を下ろした途端、彼女の尻に敷かれた椅子が「ガガガガッ」と耳をつんざく打音を響かせながら、超速で震え出した。その音の発信源を見ると、椅子の脚が石畳の地面を掘削していた。それと同時に、リザベルの頭頂部からモウモウと「湯気」が立ち上り出した。
今のリザベルは、誰が見ても尋常な状態ではなかった。それでも、リザベル本人は平静なつもりだった。平静であろうとした。「私(わたくし)は冷静ですわ」と自分に言い聞かせながら、段通りに声を上げた――つもりだった。ところが、
「でででで殿下っ」
滅茶苦茶声が震えていた。その事実はリザベル本人も直感していた。しかし、止められなかった。抑えられなかった。
「ごごごご自分が、なななな何を仰っているのか、おおおおお分かりでしょうか?」
リザベルの声は震えっ放しだった。裏返ってもいた。思い切りどもってしまった。普段の彼女からは想像できないほど酷い有り様だった。滑稽だった。その事実は誰の目にも明らかだった。しかし、だが、しかし、
「「「「「…………」」」」」
誰もリザベルを笑わなかった。笑えなかった。殆どの者が恐怖で固まっていた。固まったまま、事の成り行きを見詰めていた。
学生達の視線の先で、破壊神リザベルに挑む救世主(そもそもの元凶)デッカが動いた。
「リザ」
デッカはリザベルを愛称で呼んだ。すると、リザベルは「ははははいっ」とどもりながら返事をして、背筋を伸ばし、直立不動の姿勢を取った。
直立する辺境伯令嬢は、「背中に定規でも入っている」と錯覚するほど真っ直ぐで、見惚れるほど良い姿勢だった。
しかし、直立不動は戦闘、特に防御には不向き。例え無意識であろうとも、その失策を許すほど、デッカは甘くは無かった。
デッカはリザベルに向かって、全身全霊を込めた渾身の「愛の一撃」を放った。
「君に、俺の全てを捧げる」
「!!!」
デッカの一撃が、リザベルの全身、全霊、彼女を彼女たらしめている「全て」を打ちのめした。
その瞬間、リザベルの体毛が真っ直ぐ伸びた。その様子は、雲丹か、毬栗か、はたまた防御体制を取ったハリネズミだった。
その特異な形態を目の当たりにして、居合わせた者達は全員思い切り息を飲んでいた。
あれは本当に人間か? 俺達は何を見ているのだ?
誰もが「化け物を見ている」と錯覚しながら、リザベルの姿を凝視していた。そこに、「王国随一のリザベルスレイヤー」が、トドメの一撃を放った。
「リザ」
「!」
「俺のティンを握ってくれ」
「!!!」
デッカは、己が額に生えたデカいティンを突き出した。すると、リザベルは――
「!!!」
目を一杯に開いて、思い切り息を飲んだ。
リザベルの視界一杯に、黒光りするティンの先端部が映っていた。
これを握れば、デッカ様は私のものになる。だけど、本当に宜しいの?
リザベルは咄嗟に自分の両手を見た。それは全くの剥き出しだった。「素手」だった。
私の「手袋」はどこにっ!?
手袋。リザベルは出掛ける際に嵌めていた。しかし、食事の際に外してしまった。
このとき、リザベルは動揺していた。制服の上着のポケットに手袋が吐いている事実に気付いていなかった。彼女が冷静だったなら気付けたかもしれない。或いは、少し時間を置けば気付けたかもしれない。
しかし、それを許すほどデッカは甘くは無かった。
「『素手』で、頼む」
「!!!!!」
リザベルの退路、逃げ道は完全に断たれた。デッカが全力で断った。リザベルに残された選択肢は是か非の二択。
握るか? 握らないか?
どうしましょう? どうしたら宜しいのですの?
リザベルは自分の両手を見た。続け様にデッカのティンを見た。それはとても逞しく、雄々しかった。
しかし、それ以上に恐怖を覚えて止まなかった。
宜しいの? 本当にお握りしても宜しいの? 私に「その資格」が有るのでしょうか?
デッカはティン王国の第一王子。近い将来、国王としてティン王国民の頂点に立つ存在なのだ。その頂点を、臣下であるリザベルが自分の従僕とする。その大罪に、彼女の心は耐えられなかった。
ああ、逆であったなら。デッカ様が「リザのティンティンを握りたい」と仰ったのなら、喜んで幾らでもお握りさせましょう。それなのに、それなのに――
リザベルは動かなかった。いや、「動けなかった」というべきか。誰が何をしたところで、微動だにしない。そう思わせる雰囲気が、彼女の全身から滲み出ていた。
このとき、リザベルは無意識の内に第三の選択肢「保留」を発動していた。
史上最大のティンティンを持つ女傑が「不動」の姿勢を取っている。それを揺るがせる者など、このマサクーンには誰もいない。唯一人を除いて。
「リザ」
デッカはリザベルに声を掛けた。しかし、
「…………」
反応は無かった。それでも、
「聞いて欲しい」
デッカは話し掛け続けた。その際、デッカの声音は「蜂蜜に砂糖を塗して煮詰めた」と錯覚するほど甘かった。
しかし、デッカが告げた言葉は、甘みが吹き飛ぶほど刺激的、いや、衝撃的だった。
「君が好きだ」
「!」
デッカの言葉はリザベルの胸、心臓のど真ん中を貫いた。
「何よりも、この国の全てより、君が好きだ」
「!!!」
デッカが何か言う度、リザベルの体が大きく跳ね飛んだ。
豪快な跳ねっ振りだった。傍から見れば「体に爆弾でも仕込んでいるのか」と錯覚するほどの勢いが有った。
その奇天烈な行為を、リザベルは十回ほど繰り返した。それが収まったところで、
「あ……あ……あ……」
リザベルの口から声が漏れた。しかし、その体は真っ白に燃え尽きていた。その様子を見た全ての者(デッカ以外)が、彼女の「死」を直感した。
しかし、この国には伍子胥(『死者に鞭打つ』という故事を作った古代中国の武人)並みの意地悪な王子様がいた。
「リザ」
「…………」
「大好きだ」
「!!!!!」
デッカの言葉でリザベルは蘇生した。その事実を目の当たりにして、誰もが安堵した。
しかし、デッカは全く攻撃の手を緩めなかった。
「愛している。俺の想いが本当であることを、証明させてくれ」
デッカは更に前に出た。
リザベルの視界は「デッカの巨大なティン」で埋め尽くされていた。
デッカのティン先は、既にリザベルの眉間に触れていた。その事実を直感するや否や、リザベルの体がビクンと跳ねた。その直後、再び「石化」した。
しかし、二度目の「保留」を許すほど、デッカは甘くはなかった。
そもそも、「デッカ・ティン」という男は、自分の都合で甘かったり、甘くなかったりする奴なのだ。
デッカはリザベルの耳に口を寄せた。その上で、蜂蜜を煮詰めた甘い声で囁いた。
「握ってくれ」
この瞬間、デッカは自分の声に「ティン力」を込めていた。
ティン力入りの声。その効果は、それを聞いた者は元より、オーティン大学構内にいた全員に及んでいた。
誰も彼もが、訳も分からず両手を握り締めていた。
デッカが使った超能力(或いは魔法)は「精神操作」という。
声にティン力を込めることで、それを聞いた者の精神に干渉する。上級貴族並みのティンを持つ者であれば、その殆どが使用できる魔法だ。その威力は、例によってティンの大きさに比例した。
デッカの精神操作は、ティン族随一。しかしながら、「必ず掛かる」という訳ではなかった。
精神操作を含めて、ティンを介した魔法は「相手のティン力と精神力の合力によって抵抗されてしまう可能性」が有った。
平時のリザベルであったならば、デッカの精神操作に抵抗できただろう。しかし、今の彼女は燃え尽きていた。ティン力は兎も角、精神力が「空」だった。
再びリザベルが意識を取り戻したとき、彼女の両手の中には「黒光りする腕」が有った。
「!!!」
リザベルは目を一杯に開いた。その大きな視界には、「黒光りする腕」――ではなく、「デッカのデカいティン」が映っていた。
リザベルは「素手」で、デッカのティンを思い切り――「握り締めて」いた。
「あ、あ、あ」
リザベルの口から声が漏れた。それと同時に、彼女の体が震え出した。その全身を波打たたせている振動は、収まるどころか一層激しさを増していった。それに伴って、彼女の「刃物のように鋭利な瞳」がグズグズに崩れ出した。
「あ、あ、あ、あ、あ」
リザベルの口からは「あ」という言葉が一つ漏れる度、彼女の瞳から大粒の涙が溢れた。
握ってしまいました。私は、デッカ様のティンを、素手で握ってしまいましたっ!!!
リザベルは声を上げずに泣いていた。その様子は、彼女を見詰めていた全ての者の視界に映っていた。
えらいことになった。
ティン族ならば「ティンを握ることの意味」を熟知している。リザベルを含めて、誰も彼もが「許されざる大罪」を直感していた。
しかし、この場に唯一人、リザベルの罪を許す者がいた。
「泣かないで」
「…………」
「これは、俺が望んだことだから」
「!」
デッカはリザベルを許し、慰めた。
このとき、リザベルの瞳は「寒天状」にまで崩れていた。その瞳の中に、優しげに微笑む貴公子の美貌が映っていた。その端正な口許が僅かに開いて、そこからリザベルが「この世で一番叶えたかった夢」が飛び出した。
「これで、俺は君のものだ」
「!」
「君だけのものだよ」
「――――っ!!!」
リザベルの願いは叶った。その事実を、彼女は全身全霊で理解した。
リザベルにとって、その事実はとても、とても、とても嬉しかった。
だから、また、泣いた。
しかし、嬉しいだけではなかった。リザベルの心中には未だ罪悪感がテンコ盛りで募っていた。その想いが溢れて、彼女の口を衝いて出た。
「デッカ様、ああ、デッカ様、わ、わたくしは、私は何をしたら、どうすれば――」
リザベルはデッカに赦しを請うた。彼女としては罰を与えて欲しかった。
しかし、リザベルの王子様は、彼女の想像を超えるスーパーダーリンだった。
「何も」
「!?」
「そのまま俺のティンを握っていれば良いよ」
デッカは赦した。それどころか、より一層罪を重ねることを許した。
デッカの寛大さは、リザベルにとっては「神様」と言いたくなるほど大きなものだった。
しかし、実はこの王子様、性根に悪魔を飼っていた。
「俺のティン」
「!」
「握り具合はどうかな?」
デッカは、罪悪感で咽び泣くリザベルに向かって感想を尋ねた。
デッカの意地悪な質問。その言葉は、周囲の者に様々な思いを抱かせた。「何とお優しい」と感心した者もいれば、「そんなこと、言わせて良いのか」と、より一層罪悪感を覚えた者もいた。リザベルはというと、
「あああ、おデカいです。とっても、おデカいです」
デッカの要求に、素直に応えていた。
しかし、思考回路が短絡しているのか、幼児のよう拙い感想だった。これを聞いて、デッカは苦笑した。
まあ、これ以上の「真面な言葉」は出そうにないか。
デッカは右手を伸ばして、それをリザベルの頭に置いた。そのまま幼児をあやすように優しく撫でた。暫くその行為を続けていると、
「でっがざま」
「ん?」
リザベルが涙声でデッカを呼んだ。デッカがそれに反応すると、
「お願いが、お願いがございます」
「!」
リザベルの口から真面な言葉が飛び出した。それを聞いて、デッカは思わず息を飲んだ。しかし、直ぐ様笑みを浮かべて、
「何かな?」
優しく問い掛けた。
すると、リザベルの口から「予想外の反撃」、或いは「意趣返し」というべき言葉が飛び出した。
「どうか、私のティンティンをお握り下さいませっ」
「!!!」
まさか、リザベルまでもが「自身の所有権」を差し出すとは。
リザベルの要求は、デッカにとっては予想外のことではあった。その為、驚いて息を飲んだ。
しかし、デッカの心底に潜む欲望、生物としての本能、素直な気持ちは、どれも同じ言葉を叫んでいた。
握りたい。
デッカが躊躇う理由は、どこにも無かった。
「分かった」
デッカは即答した。すると、リザベルは涙で崩れた両眼を閉じた。
「よろじぐ、うぉねがいいだじまず」
リザベルは、デッカに向かってティンティンを突き出した。デッカは、リザベルに向かって両手を突き出した。
デッカの両掌の直下にリザベルのティンティンが有った。デッカの手を阻む障害は何も無かった。そのはずだった。
ところが、デッカの手は途中で止まっていた。
これ、「確認」した方が良いよな?
デッカにしても、実は「素手で女性のティンティン」を握ることは初体験だった。その不安な想いが口を衝いて出た。
「『素手』で――良いのかな?」
デッカの声は緊張で硬くなっていた。「断られたらどうしよう」という不安な想いも有った。
しかし、そんなものは全くの杞憂だった。
「素手で、お願いじまず。素手じゃなきゃ嫌でず」
据え膳食わぬは男の恥。意中に人から「お願いします」と言われて、それを無碍にしたり、無視したりすることなど、デッカにはできなかった。
「分かった」
デッカはリザベルのティンティンを握った。その瞬間、
「んっ」
リザベルの口から声が漏れた。その反応は、デッカを少し不安にした。しかし、それもまた杞憂だった。
「う、れ、じい、うれじいです、とても、とても、とても――」
リザベルは歓喜の声を上げた。
リザベルの閉じられた両瞼から、より一層大量の涙が溢れ出した。その勢いは凄まじく、彼女の瞳だけでなく、相貌全体を寒天状にまでふやけさせていた。
リザベルの顔は、人間のそれとは思えないほど崩れた。それこそ、「百年の恋も覚めるわ」と呆れるほど酷かった。
しかし、デッカの恋は覚めなかった。それどころか一層昂っていた。
「これで、君は俺のものだ」
「あい(はい)、ぞう、でず」
「俺も、君のものだ」
「あい、あい、あい」
「リザ、君を一番愛している。この国よりも、この世界よりも」
「わ、わらくひも、でっがざま、あいじでます、あいじで、あいじでまずぅ」
愛の言葉の応酬。それは、二人にとっては嘘偽りない、素直な想いだった。
しかし、二人が冷静であったならば、自分達の言葉が「他聞を憚る恥ずかしい内容」と気付いただろう。
実際、正気に戻った二人は、それぞれ自室のベッドや床で転げ回る羽目になった。
しかし、二人に後悔は無かった。
この場に居合わせた者達も、誰も二人を笑わなかった。
カフェテラスにいた学生、従業員、全員が、示し合わせたように一斉に立ち上がった。誰からともなく両手を掲げて、それを――叩いた。
万雷の拍手が学食全域に轟いた。
後に、この一件が切っ掛けとなって、恋人、或いは夫婦間で「互いのティンを握り合う」という奇習、通称「握り愛」が流行した。
しかし、この奇習は諸刃の刃。別れの際は揉めに揉める羽目になるのだった。
目出度くも有り、目出度くも無し。
デッカの覚悟が奇跡を起こした。二人の愛は更に深まった。
一体、二人はどこまで突っ走るのか? ゴールはどこなのか? そんなもの有るのか? 果ては未だ見えない。
しかし、スタートだけはハッキリ分かる。
二人の成り染めとはどんなものだったのか? 二人の過去、その出会いまでの経緯をトレースする。
次回、「第六話 どちらのティンの方がデカいのか?」
ティン族の誇り、親の子煩悩。大人達の業欲が、幼い二人の運命を弄ぶ。