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第三話 ああああああああああああっ、デッカ様っ

 ティン王国王城内にいるデッカ・ティンが、彼の許嫁リザベル・ティムルへの対応に頭を抱えていた頃、当のリザベルはと言うと、とある場所の豪華な「個室」に置かれたベッドに俯せで横たわって――


「ああああああああああああっ、デッカ様っ」


 枕に顔を埋めながら叫んでいた。その声がデッカの耳に届くことは無かった。しかし、二人の距離は存外に近かった。


 リザベル・ティムル。彼女は、「辺境の雄」の異名を持つアズル・ティムル辺境伯の娘、二人姉妹の長女である。

 リザベルの生家、アズル領は王国領西南端、モリッコロの際、隣国との国境沿いに位置していた。


 デッカがいる王都までの距離は、他の領土と比べるべくもなく遠い。最長だ。


 リザベルが「王都に行きましょう」と思い立ったとしても、軽々に行き来できる距離ではない。早馬を走らせて十日、天候によっては二週間ほど掛かった。彼我の生家は余りに遠い。

 しかし、今やそれも過去の話。リザベルがその気になれば、デッカにかかわる情報は、「その日の内」に彼女の耳に入れることができた。

 何故ならば、リザベルは今、王都に住んでいるからだ。


 今春、リザベルは王領の教育機関、「王立オーティン大学」に入学した。そこに通う為、彼女は「大学女子学生寮」に住んだ。


 女子寮は、嘗ての辺境伯屋敷と比肩するほど大きかった。ティンティンの色に因んで、赤褐色のレンガと、モリッコロに群生する「リョウタロ」という赤みを帯びた杉を使った、赤いハーフティンバー式の巨建造物だ。


 尤も、学生が占有できる場所は、建物内の一室に過ぎない。「その点」に関しては、辺境伯令嬢と言えども例外ではなかった。


 今のリザベルは「オーティン大学一年生」であった。大学に入る年齢となると、地球に於いては「十八歳以上」と言うのが一般的だろう。

 しかし、惑星マサクーンに於いては「満十六歳から」というのが一般的だった。


 リザベル・ティムルは未だ十五歳。同い年のデッカも、実はまだ十五歳だった。


 十五歳。「子ども」と言っていい年齢だ。しかし、二人とも、他人から「年齢通り」に見られた試しは殆ど無かった。

 二人は、やんごとない立場にいる人間だ。その為、人前では「傲慢」に思えるほど堂々と振舞う必要が有った。その為、二人とも二十代くらいに見られがちだった。


 それでも、二人は未だ十五歳。落ち着き払っているように見えても、脳内に住む「やんちゃな餓鬼大将」に手古摺ることも、結構有った。


 そもそも、リザベルにとって「オーティン大学入学」と言う大事は、一日千秋の想いで待った悲願だった。それが叶ったのだから、「脳内餓鬼大将」が騒がないはずもない。躍りたくもなった。歌いたくもなった。何より、今直ぐにでもデッカに会いに行きたかった。毎日、毎時間、毎分、毎秒会いたかった。


 しかし、しかし、だがしかし、リザベルは耐えた。我慢した。


 リザベルには「辺境伯令嬢」と言う立場があった。それに加えて、彼女には「史上最大のティンティン」というティン族最強の優位性あった。軽々に脳内餓鬼大将に従うほど、彼女の心は弱くなかった。


 リザベルがオーティン大学に入って以降、自分からデッカの許に行くことを控えていた。その「我慢」を継続する胆力が、彼女には有った。

 しかし、耐えれば耐えるほど、「デッカに会いたい」という想いは増すばかり。それに耐え切れなくなったとき、リザベルは女子寮の私室のベッドの上で叫んだ。


「あああああああああああっ、デッカ様、あああああああああああっ、デッカ様っ」


 本年度のオーティン大学入学式以降、リザベルの個室から「怪しい絶叫」が上がるようになった。他の者が「それ」を聞いたなら、直ぐ様女子寮近くに駐屯している衛兵を呼びに行くだろう。


 尤も、例え衛兵が駆け付けたとしても、彼らには何もできない。「声の主」を知った瞬間、踵を返して走り去るのが関の山だ。


 しかしながら、ここで奇跡が起こっていた。これまで女子寮で「職務放棄」をした衛兵はいなかった。「怪しい絶叫」を聞いた者も、殆どいなかった。

 その事実は、リザベルにとっても、周囲の者にとっても、とても有り難い「奇跡」と言える。しかし、それには相応の理由が有った。


 リザベルが使用している個室は一人部屋。しかも、女子寮最奥に位置していた。その上、最高の「防音機能」を備えていた。「これらの点」に関しては、全くの特別扱いと言える。

 このような厚遇を得た理由は、大きく二点有った。


 リザベルが「デッカの許嫁」であること。彼女が「史上最大のティンティン」を持っているということ。


 実のところ、「二人の子ども」に関心を持つ者は、ティン族の中では存外に多い。その中に、オーティン大学の学長がいた。デッカの父、現国王ムケイ・ティンもいた。


「二人の子どもは、きっと凄いデカいティン(或いはティンティン)が生えるに違いない」


 二人の周囲にいる人々は、全力で二人の仲を支援していた。彼らがリザベルに施した「特別扱い」という厚意が、目的から外れた功を奏していた。それが、「奇跡」を起こした主因だった。


 しかしながら、リザベルも厚遇に甘んじてはいなかった。自ら努力していた。

 リザベルは、デッカの名前を叫ぶ際、ベッドに俯せで横たわって、枕に顔を埋めていた。


 これで、絶対声が外に漏れませんわ。


 リザベル本人は自信満々だった。実際、これまで人に咎められたことは無かった。だからと言って、


「会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい、お会いしたいですわっ!!」


 叫び続けていれば、何れ誰かの耳に入る。その「何れ」という機会が、たった今訪れた。


「リザベル様」

「!?」


 リザベルの耳に、女性のものと思しき高音の声が飛び込んできた。その瞬間、リザベルは息を飲んだ。それと同時に声を上げるのを止めた。


 静まり返ったリザベルの個室に、リザベルとは別の女性の声が響き渡った。


「少々宜しいでしょうか?」


 涼やかな美声だった。声量は抑えられていたが、一字一句ハッキリ聞き取ることができた。その発信源も直ぐ様特定できた。


 部屋の外に誰かいますわ。


 リザベルは警戒して返事をしなかった。すると、再びドア向こうから声が上がった。


「お伝えしたいことが有ります。お時間を頂いても宜しいかしら?」


 耳に優しい、清水の如く染みわたる美声だった。しかし、口調の方は冷淡で、聞く者に「機械仕掛け」というような無機質な印象を覚えさせた。


 聞いているだけで、怒られているような気がしますわ。


 このとき、リザベルの脳内には「居留守」という回避手段が閃いていた。「今」ならば、未だ通用する可能性は高かった。

 しかし、誇り高い辺境伯令嬢は、来客に対する無礼を良しとはしなかった。


「少々お待ちくださいませ」


 リザベルは「謎の来訪者」に向かって声を掛けた。それと同時に、超速でベッドから起き上がった。


 先ずは、身嗜みを整えないと、ですわ。


 リザベルは室内の隅に置いた「姿見」に移動して、そこに掛けられたカバーを外した。

 すると、等身大の鑑の中に「絶世の美少女」が現れた。


 長い髪、光る姿。正しく令嬢の中の令嬢。彼女を見た者は、見惚れながら感嘆の溜息を吐いただろう。

 しかし、実際は違う。リザベルと出会った者は、彼女の顔や体を見ない。その殆どが、リザベルの蟀谷から生えた「ティンティン」を見た。凝視した。


 リザベルのティンティンは、とてもデカかった。それこそ「女性の腕が生えているのか」と錯覚するほどに。


 ティンの大きさに拘るティン族ならば、リザベルのティンティンに視線と心を奪われる。そこに是非など有ろうはずがない。

 しかし、リザベルを見ることはできても、彼女を正面から見詰め返せる者は存外に少なかった。

 リザベルが相手の視線に気付いて、そちらを見た瞬間、殆どの者が目を逸らした。

何故なのか? その理由はリザベルの「目」に有った。


 リザベルの目、瞳自体は「星」や「宝石」に例えられるほどと美しい。しかし、彼女に視線を向けられた者にとって、その輝きは「刃物の照り返し」だった。


 リザベルはとんでもなく「目付き」が悪かった。とんでもなく鋭かった。「鋭利な刃物」そのものだった。


 実際、リザベルに睨まれると、殆どの者は「顔が切り刻まれている」と錯覚した。その感覚に耐えられる胆力を持つ者は、ティン族、いや、マサクーンの中では希少だった。


 リザベルの視線は化け物じみている。しかし、このような事態に至った原因、理由は、人間らしい感情、「恋心」だった。

 意中の人(デッカ)のことを考えたり、意識したりする度、リザベルの顔はだらしなく緩み、輪郭を無くすほど蕩けた。それは、とても幸せなことではあった。

 しかし、そこは辺境伯令嬢。その立場上、他者に「だらしない顔」を見せる訳にはいかなかった。 


 根性、で、ございますわっ。


 リザベルは必死に自分を律した。緩む顔を引き締めようと、歯を食い縛ったり、虚空を睨み付けたり、様々な努力を重ねた。


 結果、リザベルは「人を切り裂くほどの鋭い目付き」を習得した。リザベル本人は元より、彼女の周りにいる者にとっても「不幸」以外の何ものでもなかった。


 殆どの者が、リザベルと目を合わせられなくなった。その事実が、周囲の者を彼女から遠ざけた。


 リザベルは、どこに行っても孤立した。しかし、孤独ではなかった。

 リザベルには両親がいた。妹がいた。そして、彼女の視線を浴びても物怖じしない「例外」がいた。それも、同年代に「二人」いた。


 例外の一人は、言わずもがなのデッカ・ティン。

 もう一人は――実は、部屋の外にいる「機械仕掛けの声の持ち主」だった。


 いけません、「あのお方」を待たせる訳にはいきませんわ。


 リザベルは超速で部屋着からオーティン大学生の制服に着替えた。続け様に髪を超速で梳かし、超速で身嗜みを整えた。それが八十点くらいの出来栄えまで仕上がったところで、部屋の出入り口まで跳躍した。

 見事に着地。十点満点(ですわ)。リザベルは、心中で密かにガッツ石松ポーズを決めた。その上で、


「お待たせしました」


 丁寧な所作でドアを開けた。

 すると、リザベルの目の前にオーティン大学の制服に身を包んだ女性が現れた。


 こちらも絶世の美少女だった。リザベルと相対しても、全く遜色が無いほどに。

 尤も、ティンの大きさはリザベルに遠く及ばない。それでも「大人の手」と形容できるほどの大きさが有った。


 ティン王国に於いて「人間の手ほどデカいティン」を持つ者は、王族、或いは上級貴族以外にいなかった。


 史上最大のティンティンを持つ美少女と、上級貴族並みのティンティンを持つ美少女。滅多にお目に掛れるシチュエーションではなかった。初見の者は、二人のティンティンに感動して、咽び泣いていたかもしれない。

 しかし、法悦に浸れる時間は、ほんの一瞬だ。直ぐに目を逸らす羽目になる。

 何故ならば、リザベルのみならず、彼女の前に立つ上級貴族令嬢もまた、尋常ならざる雰囲気をまとっていたからだ。


「ごきげんよう、リザベル様」

「ごきげんよう、『アリアナ』様」


 リザベルの来客の名は、「アリアナ・ティルト」という。そのティンティンが示す通り、ティン王国南方領の領主、「シムズ・ティルト侯爵」の長女(弟と妹が一人ずつ)だった。


 容姿、出自、そして、ティンティン。どれをとっても一流、周りから一目置かれる存在だった。

 しかしながら、アリアナの特異性(優位性)は「与えられたもの」ばかりではなかった。


 アリアナは賢く、努力家だった。本年度の「オーティン大学年度代表学生」に選ばれていた。その優秀さ故、周囲の者から「大学創立以来の才女」と評価されている。


 優秀。そして、性格も「くそ」が付くほど大真面目。


 アリアナが入学して早々、大学側から女子寮内に於ける「新入生区画の区画長」に任命された。それを、アリアナは二つ返事で了承した。


 アリアナは「誰もが憧れる優等生」だった。リザベルもまた、彼女に憧憬の念を覚えていた。しかし、覚えた感情は「それ」だけではなかった。


 リザベルはアリアナにデッカと家族以外に抱かない(『抱けない』と言うべきか)感情、「親近感」を覚えていた。


 リザベルにとって、アリアナは同じ年に入学した同級生。しかも、それぞれ上級貴族の令嬢にして長女。互いに「似た境遇」なのだ。

 尤も、現在の身分ではアリアナの方が「格上」だった。その為、リザベルはアリアナに礼を尽くしている。アリアナの方も、リザベルには「様」と敬称付きで呼ぶくらいには気を遣っていた。

 尤も、アリアナの場合、「相手によって態度を変える」ということは殆ど無かった。今も――


「…………」


 アリアナは、能面のような無表情のまま、無関心と思える感情の無い視線でリザベルを見ていた。


 アリアナを知る者は、彼女のことを「人形」と評価する。その顔に感情が現れたことは、殆ど無かった。

 しかも、面の皮が分厚い。「鉄面皮」ならぬ、「鋼面皮」だった。リザベルの鋭利な視線を浴びても、


「…………」


 アリアナは全く動じていなかった。それどころか、能面のような無表情を一切崩さず、真正面から見詰め返していた。

 アリアナの反応は、リザベルにとっては意外、新鮮なものだった。


 流石はアリアナ様。私(わたくし)を見詰め返せるなんて。


 リザベルは心中で秘かにアリアナを称賛していた。その鋭利な視線に敬愛の念も込めていた。

 しかし、当のアリアナはリザベルの想いには全く無関心だった。取り付く島も、にべも、何も無かった。


「早速ですが、用件をお伝えします」


 アリアナは事務的に、淡々と、無感情な口調で、リザベルに「核兵器級の爆弾」を投下した。


「『デッカ殿下からの言伝』です」

「!!!」


 デッカの言伝。リザベルとしては無視できない。全身全霊で聞き届けなければならない。もし、「用が有る」と言われたならば、全身全霊で実行しなければならない。その覚悟を、リザベルは一瞬で決めた。それを成し遂げる為、両手をアリアナの細い両肩に伸ばし掛けた。しかし、踏み止まった。


 許嫁なればこそ、人前で無様は晒せません。


 リザベルは直ぐ様両手を下ろして、それを後ろに回した。その上で、「全く興味有りませんことよ」と言わんばかりの渾身の平静を装った。


「あら、殿下から?」

「はい」

「まあ、珍しい」

「そうですね」


 この場にデッカがいたならば、二人の「素っ気なさ」に中てられて涙目になっていただろう。そんな空虚で機械的な言葉の応酬は、それほど長くは続かなかった。


「それで、言伝の内容ですが」

「!」


 アリアナは「余計な話は無用」とばかりに本題を切り出した。その言葉を聞いて、リザベルは直ぐ様口を噤んだ。

 一瞬の間。その直後、朱に染まった学生寮の廊下に、冷水の如き美声が響き渡った。


「『話が有る。今日、午後一時、大学のカフェテラスに来て欲しい』とのことです」

「!」


 デッカ様のお話。許嫁として、絶対に聞かねばなりません。ですが――


 因みに「大学のカフェテラス」とは、大学構内の食堂、所謂「学食」に設けられた野外の食事スペースだ。王族が利用することは滅多に無い。しかし、リザベルの関心は「そこ」には向いていなかった。


「急な話――ですわね?」

「そうですね」


 敢えて「本日中」と指定した意味を考えると、「急を要する用件」と想像が付いた。


 一体、どんなお話なのでしょう? とても、とても気になりますわ。


 リザベルとしては「具体的な内容」が知りたかった。知りたくて堪らなかった。その衝動に駆られて、アリアナに縋るような視線を向けた。すると、


「何か?」


 アリアナから冷たい言葉と、それ以上に冷たい視線が返ってきた。それらを浴びた途端、リザベルの顔が凍り付いた。

 絶対零度。普通の人間ならば、そのまま固まり続けていた。しかし、リザベルの耐久力は常人の領域を超えていた。


「いえ、分かりました。お伝え頂き感謝いたしますわ」


 リザベルは丁寧な所作で頭を下げた。それに対してアリアナは無表情のまま、


「それでは」


 踵を返してサッサと歩き去ってしまった。

 実に素っ気ない。しかし、アリアナを知る者は、「彼女はそういう女性」と理解していた。

 尤も、アリアナの性格を知らずとも、彼女の態度を気にする精神的余裕は、「今」のリザベルには全く無かった。


 デッカ様、ああ、デッカ様。私に何のお話が有るのでしょう?


 リザベルの頭、心、ありとあらゆる箇所が「デッカのお話」で一杯になっていた。




 三話にして漸く現れたメインヒロイン。恋する乙女、リザベルに如何なる運命が待っているのか? デッカの話とは何か? その衝撃的な内容が、リザベルの心を打ちのめす。


 次回、「第四話 俺のティンを握ってくれ」


 オーティン大学学生食堂に、「愛」という名の嵐が来たり。

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