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ティン王国のデッカとリザベル The Happy Lovers
ティン王国のデッカとリザベル The Happy Lovers
霜月立冬
異世界恋愛ロマファン
2025年03月22日
公開日
6.3万字
連載中
 異星マサクーンには「ティン王国」という有角人の国が有った。その国では「頭部に生えた角」を「ティン」と呼んでいる。
 女性の場合。二本生えているので「ティンティン」という。
 ティンには特殊な力が宿っており、その威力はティンの大きさに比例した。その為、王国では「ティンの大きさこそが人の価値を決める」と信じられていた。
 この物語は、「史上最大のティン」を持つ王国の王子デッカと、「史上最大のティンティン」を持つ王国辺境伯貴族令嬢リザベルとの、愛と勇気と力と技と、勢いと思い付き、行き当たりばったりで構成するラブ×∞+コメディである。

第一話 ティンティンが、どうにかなっちゃうっ!!

 麗らかな春の陽射しが射しこむ白亜の城。


 姦しい小鳥の合唱に煽られながら、簡素な黒いドレスにエプロン(メイド服)をまとった女性達が忙しく動き回っていた。


「今日の掃除当番は、私の班――」

「洗濯物はうち――」

「こっちは今からお昼の準備だよ。大変だ――」


 全員、城詰めの侍従(侍女)だった。彼女達の仕事は、午前中が最も過酷だった。それでも、余計なことを喋っている余裕はあった。

 外から聞こえる小鳥達との鳴き声と相まって、和やかな雰囲気を醸し出していた。その光景を目にすれば、自然と笑みが零れる。


 しかし、笑っていられたのは、侍女達の姿を遠目に眺めていたときまで。近くに寄って見てみると、彼女達の頭から「奇妙なもの」が生えているのに気付く。

 侍女達の額、左右の蟀谷辺りから、それぞれ「大人の指ほどもある突起物」が生えていた。


 有体に言えば、それは「角」だ。


 それぞれ形や大きさは違えども、共通して先端部分が「真っ赤」に染まっていた。しかも、金属のような光沢があった。

 実際、先端部分は金属並みに硬質化している。侍女達から頭突きを食らえば、痛いでは済まない。


 頭に凶器を持つ侍女、「鬼メイド」と呼ぶべきか。


 しかしながら、頭部以外は至って普通の少女達。「只の城詰めのメイド」として、忙しいながらも、毎日楽しく過ごしていた。誰しもが、「これからも、きっと楽しい日々が続く」と想像して、それを信じていた。


 しかし、今日、この瞬間(午前十時半頃)、侍女達の日常は破壊された。


(((駄目っ、ダメダメ駄目ですぅっ!!)))

「「「「「!?」」」」」


 突然、城の奥から「女性の絶叫」が轟いた。それを聞いた侍女達の顔から笑みが消えた。


「何?」「今の?」


 互いに顔を見合わせて、一斉に首を傾げた。その間も、城の奥から女性の声が轟き続けていた。


(((嫌っ、駄目っ、ダメええええっ!!)))

「「「「「!!」」」」」

(((これ以上は、無理です、駄目ですっ!!)))

「「「「「――――っ!?」」」」」


 声が聞こえる度、侍女達の顔から色が失われた。


「一体――」「何が起こっているの?」


 侍女達は様子を探ろうと耳を澄ませた。

 すると、少女の声に混じって「男性のもの」と思しき低音の美声が聞こえてきた。


(((大丈夫だ。もう少し――)))


 年若い男性の声。それも聞き惚れるほどの美声だった。

 しかし、どうやら性根の方は捻じ曲がっているようだ。


(((駄目ですっ)))

(((何が駄目なものか。未だまだ――)))

(((あっ、あっ、ああああああっ!!)))

「「「「「…………」」」」」


 謎の男女の会話。それを聞く侍女達の顔に、恐怖と「嫌悪感」が滲み出ていた。

 もしかして、ろくでもない男が女の子をイジメているのでは?


 侍女達の脳内に、「女性的には最悪」と言える可能性が次々閃いた。それは杞憂であって欲しかった。

 ところが、謎の男女の会話は「侍女達の最悪」を全力で保証した。それどころか、より混沌さを増した斜め上の方向に突き抜けてしまった。


(((私の、私の、私の――)))

(((『私の』――何だ?」))

(((『ティンティン』ですっ、私のティンティンが、どうにかなっちゃうっ!!)))


 大絶叫。それこそ「魔物の咆哮」と錯覚するほどの轟音が、侍女達の鼓膜を劈いた。

 その瞬間、侍女達は一様に「奇妙な行動」を取った。


 侍女達は両手を頭に掲げて、蟀谷辺りから生えた「角」を隠した。


 何故、そのような行動を取ったのか? その答えは「角の名称」に有った。

 この国、「ティン王国」では角のことを「ティン」と呼ぶ。女性の場合は「二本」生えている為、ティンとは別に「ティンティン」という別称が有った。


 さて、この地球上に角のことを「ティン」、或いは「ティンティン」と呼称する国が有るだろうか? それを問われたならば、「無い」と答えるだろう。多分、無い。

 少なくとも、角の生えた人間が住む「ティン王国」という国は無い。

 そう、ここは異世界だ。いや、地球と同じ世界に有る――「異星」だった。


 星の名を「マサクーン」という。地球から遠く離れた場所、M111星雲に浮かぶ「元・地球人の創造神」が創りし惑星だ。「マサクーン」という名前は、実は神が人間だった頃の本名から捩っていた。


 創造神が地球出身の為、マサクーンにも同じ(或いは『似た』)要素が幾つか有った。しかし、「全く地球そっくりなのか?」と問われると、首が斜めに傾くだろう。


 そもそも、世界創造のコンセプトが「俺流ファンタジー世界」なのだ。地球とは似て非なることの方が多かった。


 一応、主要民族は「人間種」といえる。

 しかし、「ファンタジー世界」である為、中には角が生えている者とか、耳が長過ぎる者とか、背中に羽の生えた掌サイズの者とか、獣の顔をしている者――と、所謂「亜人種」が含まれていた。その事実だけで、お釣りがくるほど地球と異なっている。


 しかし、そこはファンタジー世界。

 定番の設定、「魔法」や「超能力」と言った、物理法則を無視し、捻じ曲げ、卓袱台返しをかますような異能力も完備していた。


 創造神が与えた力は余りに強力で、便利であった。その為、マサクーンでは科学が全く発展せず、その文明のレベルは(創造神の目論見通り)「地球の中世」辺りで停滞していた。

 それらの事実を鑑みると、角が生えていたり、それを「ティン」或いは「ティンティン」と呼んでいたりすることなど「些事」、或いは「普通」と断言しても良いだろう。


 そんな普通の国、ティン王国は今、滅亡の危機を迎える――かもしれない。その切っ掛けになりそうな事件が、王城内最奥、ティン王国第一王子、「デッカ・ティン」の執務室で起こっていた。


 亡国の引き金となりそうな事件が発生したのは、現在から遡ること三十分ほど前、時計の針が丁度「午前十時」を指した頃のこと。

 このとき、デッカは一人ぼっちで執務室に籠っていた。


 デッカの執務室は、王城深奥に位置しながら窓から陽光が入っていた。その為、とても明るかった。

 デッカは、部屋の窓際中央部に配置された豪奢な執務机の席に座っていた。その机上に積まれた「紙束が詰まった分厚いファイル」を読み漁りながら、


「むむむむむ」


 唸っていた。

 貴公子然とした美男子が、紙束の山と睨めっこしている。その現場に居合わせたならば、殆どの者の首が斜めに傾いた。

 しかし、傾いた首は、一瞬で元に戻った。デッカを見た者は、総じて、いや、敢えて「すべからく(そうすべき)」と表現しよう、直ぐに「別のこと」に意識を奪われた。


 別のこと。それは、デッカの額に聳える角――「ティン」だ。


 ティン王国の主要民族である「ティン族」には、先述の通り角が生えている。

 男女とも、「上向きに反り返っている」と言う大まかな形状をしていた。しかし、明らかに異なる点が大きく「二つ」有った。


 女性の場合、蟀谷辺りから一本ずつ。

 男性の場合、額のど真ん中から一本。

 ティンの先端部分に関しても、女性が「赤」であるのに対して、男性は「黒」く染まっていた。


 一般的なティンの特徴は、デッカのものにも備わっていた。しかし、それでも、彼のものには「異常」と言わざるを得ない特徴が有った。


 デッカのティンは、余りに大きかった。それを見た者に「頭から大人の腕が生えている」と錯覚させるほどに。

 ティン族の者であろうと、いや、ティン族ならば、「デカい」と言いながら唸っている。


 実際、デッカのティンは「ティン族史上最大」だった。


 そもそも、デッカが生まれるまでは、ティンの最大サイズを評した言葉は、「大人の手」だったのだから。

 最早、「異次元」と言わざるを得ない大きさ、デカさだった。ティン族でなくとも視線が吸い寄せられる。


 そんな規格外にデカいティンを持つ貴公子が、書物と睨めっこしていた。

 デッカが「内容を読もう」と顔を近付けると、硬質化したティンの先端部分が紙面に突き刺さった。


 ああ、やってしまった。


 デッカは溜息を堪えながら、それでも書物と睨めっこを続けていた。その様子は、他者の目には「奇行」と映っただろう。

 しかし、デッカ本人は至って大真面目だった。その端正な顔を気難しげに歪めながら、王領(国王の直轄地)の「経済状況」に付いて考えていた。


 ここ数年、王領の人口は増えている。それなのに、税収、税収率が下がっている。何故なのか?


 王領税務課の資料を見ると、税収に関する項目、その数値が軒並み減少していた。


 封建制度下に有って、「王領の税収が芳しくない」と言う事実は、他領土を支配する上級貴族達の不信感を煽りかねない。中には良からぬ二心を抱く者も出るかもしれない。その可能性を想像する者は、デッカに限った話ではない――と、デッカ本人は思った。


 ところが、王領の税務課も、王領の最高責任者であるデッカの父、第十六代ティン王国国王「ムケイ・ティン」も、誰も解決を図ろうとはしていなかった。


 何故、誰も何も言わないのか?


 税収に関する問題に付いて考えるほど、デッカの首は斜めに傾いだ。傾き続けて、終に机上に積まれた資料の山と殆ど平行になっていた。これ以上傾けば首が外れていただろう。

 しかし、「そうはさせじ」とばかりに、予想外の救助隊(デッカにとっては邪魔者)がやってきた。


 デッカの首が外れかけたその瞬間、執務室のドアから「トトトト」と小気味良い打音が響き渡った。その音は、「上下」に向いたデッカの耳にも届いていた。


「何方かな?」


 デッカは首を元に戻しながら、即応で返事をした。すると、ドアの向こうから重低音の美声が響き渡った。


「『ケイン・モータル』でございます」


 ケイン・モータル。彼は王領に居を構える貴族であり、王城内の侍従を統括する「家令」を務めている。

 他家(王族)に仕えている為、貴族としては「下級」、その爵位は「男爵」だ。

 しかし、モータル家は建国以来王族に仕え続けてきた古貴族。デッカにとっては幼少期以来の顔馴染み、気の置けない旧知の間柄であった。その為、少し油断した。


 ケインなら、まあ、別に――って、今は拙いのか。


「少し待ってくれ」


 デッカはケインを牽制した。その直後、超速で机上の資料を片付けた。

 しかし、余りに多い。その為、引き出しにしまう訳にもいかなかった。


 どうしたものか?


 デッカはコンマ数秒悩んだ後、資料群を強引に机下に突っ込んだ。

 デッカの暴力的な行為によって、机上から資料は完全に消えた。その事実を確認したところで、デッカは再びドアの向こうにいるケインに声を掛けた。


「どうぞ」

「失礼します」


 デッカが許可を出すと、静かに執務室のドアが開かれた。

 開いた隙間から、初老の男性が入ってきた。その厳めしい顔は、デッカにとっては良く見知ったものだった。その際、デッカの視界に「男性の額」が映り込んでいた。


 そこには大人の指、それも三本分は有ろうかというほどデカいの「ティン」が生えていた。


 デッカとは比べるべくもない。しかし、一般ティン族が「羨望の眼差し」を向けるほど、黒光りする立派なティンだった。


 因みに、一般的なティンの大きさは「指の第一関節」か、或いは「第二関節」ほどである。「指そのもの」と言うほどデカいティンとなると、特別な存在、「貴族」と呼ばれる者しか持っていなかった。

 尤も、「指」で例えられる大きさは「下級貴族の平均」だ。市井は兎も角、王城ではよく見かけるティン(或いはティンティン)だ。その為、デッカを含めて、王城内の人間ならば誰も気にも留めなかった。

 ところが、ケインを見た瞬間、デッカの秀麗な眉が歪んだ。


 おや? まさか「連れ」がいたとは。


 ケインの左隣に、子どもと錯覚するほど小柄な女性がいた。

 その女性、いや、少女は「ティン王家に仕える侍女の制服(メイド服)」を着用していた。「王城に勤める侍女」となれば、デッカの顔見知りである可能性は高い。

 しかし、「何者か?」と確認しようにも、少女の顔は「自棄に長い前髪」に隠されていた。それを見て、即応で「お前か」と断定することは難しい。

 しかし、デッカには思い当たる節が有った。


 あの長い前髪、どこかで見たような?


 デッカは記憶の糸を手繰った。その先に、「目の前の少女」と重なる侍女の姿が有った。

 ところが、「そこに手が届く」と思われた瞬間、重低音の声が上がった。


「殿下に、お詫びしたいことが御座います」


 ケインは、その場で跪き、両手を床に着いて――平伏した。すると、隣の侍女までもが、ケインに倣って平伏していた。

 二人の行為に意味は、きっと有るのだろう。しかし、デッカにとっては全く意味不明なものだった。


 え? 何この状況。


 デッカは首を傾げた。彼としても、二人の行為の意味を理解したかった。しかし、それ以上に「現況」が気になって仕方なかった。


 中年男性と、歳の頃十代の少女が、執務室の出入り口で平伏している。部屋の主として、「このような現場を衆目に晒すこと」は、全力で避けたかった。その想いが、デッカの端正な口を衝いて出た。


「兎に角、中に入ってくれ」


 デッカの要求に、ケイン達は即応した。

 二人は直ぐ様立ち上がった。ケインが執務室のドアを閉めた。それがシッカリ閉まったことを確認した後、二人揃って部屋の真ん中まで移動して――、


「申し訳ありませんでした」


 ケインが声を上げた後、再び二人揃って平伏した。その様子を見詰めるデッカの口が、「一」から「へ」の字に歪んだ。


 一体、「何だ」と言うのだ?


 デッカの首は盛大に傾いだ。相手の意図が分からなければ対応のしようもない。だからと言って、訳も分からず平伏され続けることは、デッカにとって迷惑以外の何ものでもなかった。


 こちらから、埒を開けるしかないか。


 デッカは心中で溜息を洩らしながら、平伏し続けている二人に向かって声を掛けた。


「どういうこと、なのかな?」


 デッカは状況の説明を求めた。それに応じたのはケインだった。彼は平伏したまま声を上げた。


「この者、我が娘『リィン』が、殿下に『トンデモない無礼』を働いたのです」


 リィン。その名前はデッカの記憶に有った。その事実を直感した瞬間、ケインの左隣で平伏する少女の正体をハッキリ理解した。


 数日――一昨日だったか? 俺の世話係班に配属された新しい子(侍女)だった。


 灯台下暗し。余りに至近の記憶であったが故に見落としていた。


 俺も、未だまだだな。


 デッカの顔に苦笑が浮かんだ。しかし、笑っていられたのは、再びケインが声を上げるまでの僅かな間だった。


「こやつ、殿下の寝所で、有ろうことか『殿下の枕に顔を埋めて』――」

「!?」


 ケインから「リィンの所業」を聞いた瞬間、デッカの顔から表情が消えた。


 もしかして、この子、俺のことが――好き?


 枕に顔を埋める。相手が異性となれば、デッカでなくとも「思慕の情」を想像する。それが「当り」と思えるような言葉が、ケインの口から飛び出した。


「自分の『ティンティンを弄って』おったのですっ!!」

「!」


 ティンティンを弄る。誤解のないよう適切な言葉に置き換えると、「角を弄る」となる。それは幼少期のティン族に有りがちな悪癖だった。


 自分の額に角が生えていたならば、誰だって触りたくもなるだろう。弄りたくもなるもなるだろう。そんなことで一々目くじらを立てていたら、周りから「短気な人」だと思われるだろう。

 しかし、「子どもの悪癖」と言えども、場合によっては許されざることも有る。

 リィンの行為は、デッカが表情を無くすほどの大罪だった。


「この件、他に知っている人はいるのかな?」

「いえ、発見者は私ですし、この子も今回が初めてだったようで」

「そう――か」


 リィンの所業を知っている者は、この場にいる三人だけ。その事実は「幸運」と言えた。しかし、「次も大丈夫」とは、誰も保証できなかった。


「これからは、しないで欲しい」


 デッカはリィンを諫めた。すると、リィンの頭が更に下がって――「ゴン」と、強かに頭を打った。その痛々しい音が上がった直後、初めてリィンの声が上がった。


「申し訳、ありません」


 リィンはデッカに謝罪した。その直後、さめざめと泣き出した。


 ああ、面倒なことになった。


 執務室の中に少女の鳴き声が響き渡った。デッカはリィンの声を掛けるべきかどうか考えていた。その最中、


「えぐぅ、ぐすぅ――……」


 唐突にリィンの鳴き声がピタリと止んだ。その行為は、デッカにとっては意外なものだった。


 何だ、俺が何もしなくても泣き止んでくれるのか。


 デッカの顔に苦笑が浮かんだ。しかし、それは直後に凍り付いた。

 それまで平伏していたリィンが、突然上半身を起こしたのだ。


「?」


 デッカは反射的にリィンをジッと見詰めた。すると、リィンは右手を掲げて、


「実は――」


 長い前髪を両手で掻き上げた。すると、あどけなさの残る可愛らしい顔が現れた。それを見た誰もが「前髪で隠すなんて勿体ない」と思っただろう。デッカも、「これからは髪を上げていれば良いのに」と思った。


 しかし、リィンには前髪を伸ばす必要が有った。彼女には「隠さねばならないもの」が有った。それは、彼女の「蟀谷」を見れば直感できた。

 そこには「有るべきもの」が無かった。普通の人間と全く同じだった。


 そう、リィンは「ティンティンが生えていなかった」のだ。その事実は、デッカに強い衝撃を与えた。


 この子はティン族ではないのか?


 ティン族にはティンが生えている。生えていなければティン族ではなかった。その事実を鑑みると、デッカの想像は的を射ているように思える。

 しかし、「ハズレ」だった。その事実が、リィン本人の口から告げられた。


「私のティンティン、凄く『小さい』んです」


 よく見ると、蟀谷の上がホンノリ赤くなっていた。しかし、それを「ティン」と呼ぶのには、抵抗が有り過ぎた。


「だから、その、殿下に肖りたくて、つい――」


 リィンと同じ想いを抱く者は、ティン族には存外に多い。「デッカを除く全員」と言っても過言ではない。

 しかし、リィンのやり方が拙かった。拙過ぎた。デッカが表情を無くすほどに。それに止まらず、「王国の滅亡」を想像させるほどに。最悪の可能性を想像した者は、デッカだけではなかった。


「『つい』で済むことかっ!!」

「「!?」」


 執務室にケインの怒声が響き渡った。その瞬間、リィンとデッカの体が大きく震えた。

 ケインは怒り心頭していた。その火勢は凄まじく、辺り一面を焼き尽くすまで収まりそうもなかった。


「お前と言う奴は、自分の我が儘の為に、大恩有る殿下に御迷惑を掛けるなどっ!!」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

「そも、殿下には『リザベル様』という許嫁がいるのだぞっ!!」

「「!!!」」


 リザベル。その名前がケイン口から出た瞬間、リィンとデッカの体が大きく跳ねた。


 リザベル・ティムル。彼女は辺境伯アズル・ティムルの長女にして、デッカの「許嫁」だった。

 辺境伯令嬢となれば、確かに「やんごとないお家柄」だ。しかし、それら全ての特徴は、どれも「王国の滅亡」を想像させる理由ではなかった。

 問題は、リザベル本人。その理由、或いは「象徴」と言うべきものが、彼女の両蟀谷から生えていた。


 リザベルのティンもまた、とてもデカかった。デッカと並んでも遜色が無いほど。

 デッカのティンが「史上最大」ならば、リザベルのティンティンもまた「史上最大」だった。


 史上最大のティンを持つ者の許嫁にして、史上最大のティンティンを持つ者。ティンを持つ者、ティン族にとって、二人が「特別な存在」であることは想像に易いだろう。

 そんな二人の仲を拗らせるような出来事が起こればどうなるか? それがどんなものかと想像するだけで、ティン族のティン(或いはティンティン)は恐怖で縮こまった。その中に、デッカも含まれていた。


 このことが「リザ(リザベルの愛称)」の耳に入ったら拙い。


 リザベルは、父親アズルから「辺境伯の娘として誰よりも強くあるように」と厳しく育てられていた。その為、プライドが高い。恥に敏感で、負けず嫌い。許嫁という立場にも強い拘りを持っている。 デッカに近付く女性がいれば、それに張り合おうとする面倒な性質を持ち合わせていた。


 有体に言えば、「嫉妬深い」。その性質に関しては、デッカも隠れて涙するほど思い知らされていた。


 まあ、「泣く」だけで済むならマシか。


 今回の一件がリザベル耳に入れば、面倒臭いことになることは確実。その可能性を想像すると、デッカの喉下まで「津波の如き巨大溜息」が押し寄せた。


 本当に、どうしたら良いんだろう?


 デッカは目を閉じた。気持ちを落ち着けて、喉下まで押し寄せた巨大溜息を押し戻した。それが完全に胃の中に納まったところで、今回の打開策に付いて考えた。


 リザのことも問題だが、リィンのティンティンもそのままにはしておけんか。


 ティンを持つティン族にとって、ティンの大きさには拘りが有った。拘り過ぎて拗らせていた。まして、貴族の身であれば、居場所を無くす可能性も有った。


「ティンティン――」


 小さいティンティンを大きくする。それができたならば、リィンは救われるだろう。


 デッカは右手を掲げて、その指先を見た。「そこ」にはリィンを救う手段が有った。その事実を、デッカは直感していた。

 しかし、少なからず躊躇いも覚えていた。


 うむむ、「これ」を実行すると、絶対面倒なことになる。


 デッカの喉下に「雪崩の如き巨大溜息」が押し寄せた。それを、デッカは必死に飲み込んだ。それが胃の中に納まって、胃液で消化し切ったところで――デッカは目を開けた。


「俺が――何とかする」

「「!?」」


 デッカの声に、ケインとリィンが反応した。そのまま無言で、ジッとデッカを見詰めた。その視線を浴びて、デッカが動いた。


 デッカは、リィンの眼前まで近付いて、その場にしゃがみ込んだ。


「君のティンティン」

「はい……」

「俺がどうにかする」

「お願い、します」

「俺は今から――」


 後に続いたデッカの言葉。それを告げた瞬間、リィンだけでなく、ケインまでもが驚いて目を剥いた。


「君のティンティンに触れる」

「「!!!」」

「君のティンティンに、直に俺の『ティン力(ティン・ポウ)』を注げば――」


 ティン力。それはティンに宿った摩訶不思議な力。マサクーンの創造神から与えられた、所謂「超能力」だった。


 ティン力は念じるだけで発動する。しかし、その力はティンの大きさに比例した。

 ティン小さき者にできることは少ない。しかしながら、デッカほどのデカいティンであれば、神の奇跡を期待できた。


 因みに、「力」を「ポウ」と発音する由来は、「力を表す『パワー』という言葉が訛ったもの」と言われている。


 神に届くデッカのティン力。それを、デッカは使う気満々だった。リィンを救う自信も有った。ところが、


「いけませんっ、それだけはっ」

「リザベル様に怒られてしまいますっ!!」


 モータル親子は全力で拒否した。


 モータル親子の反応は、他国人には理解し難い。「ティンティンくらいらで大袈裟な、触らせてやれば良いではないか?」と、誰もが思う。

 しかし、ティン族であれば、誰もが「それは確かに駄目だ」と全力で頷いた。


 ティン族間では始祖の代から「ティンに触れることは主従関係を結ぶことと同義」と内外で喧伝していた。その思い込みが因習となり、月日の経過と共に拗れに拗れ、現在では本当に「主従関係を結ぶ儀式」として定着していた。相手が異性となると、「婚姻関係を結ぶ儀式」と解釈された。


 デッカがリィンのティンティンに触れたなら、二人は婚姻関係を結んだとみなされる。それは、「現婚約者に対する裏切り」と受け取られても仕方がない。少なくとも、嫉妬深い辺境伯の娘の逆鱗に触れるのは「必定」と言わざるを得ない。

 デッカとて、面倒事になる可能性を「有り得る」と直感していた。その為、許嫁に対する「言い訳」を用意した。


「『素手』ではない」

「「えっ?」」

「手袋を嵌める」

「「それは――」」

「だから、赦せ」

「「…………」」

「『直に触っていない』から儀式は無効だ」


 デッカの言い訳は、薄氷の如き危うい「屁理屈」だった。それを聞いたモータル親子の顔から表情が消えた。


 本当に良いのだろうか?


 モータル親子の背中に冷汗が滴った。親子共々「止めるべき」と直感していた。しかし、彼らが見詰める先では、既にデッカが両手に白い手袋を嵌めていた。


 殿下にお任せするしか――ない。


 モータル親子は互いを見て、頷き合った。

 その直後、デッカの両手がリィンの蟀谷に伸びた。その指先が、リィンの「赤らんだ箇所」に触れた。その瞬間、


「!」


 リィンは息を飲んだ。その反応はデッカにも伝わっていた。しかし、


「ティン力を注ぐぞ」


 デッカは無視した。そのまま両手の人差し指と親指を使って、リィンのティンティンを強引に摘まんだ。

 その瞬間、リィンの体がビクリと震えた。


 殿下――デッカ様の指から、何か、何か熱いものが伝わってくる!?


 電撃のように峻烈な、それでいて、皮膚が蕩けるような甘美な刺激だった。それが、デッカの指先からリィンのティンティンに染み込んでいく。

 デッカが与えた刺激はリィンの全身に広がって、彼女の心と体を痺れ、蕩けさせていた。


「ふっ……くっ……ううっ」


 リィンにとって初めての経験だった。抗い難い刺激だった。幾ら堪えようとしても、口から声が漏れた。それでも、最後まで耐えきるつもりだった。ところが、


「あああっ!!」


 できなかった。耐えられなかった。デッカのティン力は余りに強力、余りにデカかった。


「私のティンティンが、どうにかなっちゃうっ!!」


 リィンの大声は、執務室を突き抜けて荘厳な白亜の王城中に響き渡っていた。




 果たして、リィンのティンティンはどうなってしまったのか? リザベルのことはどうするのか? そもそも、リザベルはいつ出てくるのか?


 次回、「第二話 私のティンティンがデカくなってる」


 良かったね。

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