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初交戦

「こちらになります」


 盗賊の案内を受けて地下水路を進む。改めて、スライムを掃除しておいて良かったと思うケントだった。ゴブリンはスライムに襲われずに進むことが出来るのだ。スライムに埋め尽くされた場所でゴブリンと遭遇したら、厄介な事になる。


 今にして思えば、スライムが大量発生していたのもゴブリンの仕業だったのかも知れない。


 地下水路の一角に、更なる地下への隠し扉があった。案内役の盗賊が様子をうかがい……


「下がれ!」


 叫ぶ。と同時に扉が向こうから弾け飛び、何かが飛び出してきた。


「ゴブリンか!」


 ケントは剣の柄に手を伸ばし、コレットも両手に魔力を集中させる。


 勢いよく飛び出してきたのは二匹のゴブリン。だが、通常のものと比べてやや重武装な印象だ。


「へっ、ゴブリン風情が!」


 盗賊が短剣を抜き、素早く手前のゴブリンに斬りかかった!


「ふん、盗賊風情が」


 斬りかかられたゴブリンは、低く落ち着いた声を発しながら両手持ちの大剣で軽々と短剣を打ち払い、返す刃でその腕を斬り落とした。


「えっ……?」


 何が起こったのか理解できない様子で、斬り落とされた自分の腕を見つめる盗賊。その横をすり抜けるように、ケントがもう一匹(盗賊を斬った方をA、こちらをBとする)に斬りかかった。


「ぐっ!?」


 ゴブリンBは大剣で受け止めたが、ケントが繰り出す斬撃の威力に圧され堪らず後退する。


『ソニックファイア』


 続けざまにコレットの魔法が盗賊を斬ったゴブリンAに向けて放たれた。瞬間、全身が炎に包まれる。


「ぐわあっ!」


 悲鳴を上げ、身を屈めるゴブリンA。その様子が目に入ったケントは、次の一撃をどちらに入れるか迷う。そして、その迷いが隙を生んだ。


「はぁっ!」


 ケントに生まれた隙を見逃さず、反撃に出るゴブリンB。鋭い斬撃が、縦一文字にケントの脳天を狙う。


――大きく前へ踏み込め。


 何かを考える前に、昨日何度も練習した『入り身』の動作を行う。間一髪、ケントの脇をすり抜ける敵の斬撃。


(落ち着け、まず目の前の敵を倒す事に集中するんだ!)


 自分を戒め目の前にいるゴブリンBに意識を向けると、敵は渾身の一撃を躱された事で不安定な体勢になっている。


――体勢が崩れかけた時、重心を移動させ安定状態に戻そうとする。その方向に押してやれ。


 剣の柄を前に出し、ゴブリンBの肩を突き押す。完全に予想外の攻撃を受けた相手は腕を振りながら地面に倒れた。そこにケントの突き押し姿勢からの流れる様な斬撃が振り下ろされた。


 炎に包まれたゴブリンAに向けて、間髪入れず次の魔法を放つコレット。もう一匹はケントに任せておけば大丈夫だと思っていた。


『チェインファイア』


 ゴブリンAの身体を包む炎が、増大した。前の魔法と共にギルベルトから教わったものだ。不可避の高速炎撃からの火炎強化魔法で、強力な炎の鎖が敵を締め上げ焼き尽くす。


 ゴブリンAはなす術もなく黒い消し炭と化した。




「ケント、大丈夫?」


 無傷なのは分かっているが、一度危険な場面があった事を指して発破をかけているのだ。


(そういえば、いつからか「勇者様」じゃなくなったな)


 コレットの態度の変化は弱い勇者への侮りなどではなく、共に命を懸けて戦う仲間として気を許しているのだと理解している。そして、それがたまらなく嬉しいケントだった。


「うわあああ!」


 腕を斬り落とされた盗賊が必死に止血しながら叫んでいる。


「あっ、忘れてた」


 コレットの言葉に、自分も彼の事を忘れていたと反省するケント。


 ゴブリンに斬り落とされた腕を拾い、繋げて回復魔法をかける。これもギルベルトに教わった魔法だった。



「勇者様って本当にすげえんですね」


 怪我が治り、落ち着きを取り戻した盗賊がケントを尊敬の眼差しで見ている。ケントの方は盗賊が思ったより弱かった事に驚きを禁じ得なかった。


「何ヨ、ゴブリンなんかにやられちゃって」


 容赦ないコレットに、弁解する盗賊。


「いやいや、さっきのゴブリンが異常に強かったんですよ!」


 ケントもそれは感じていた。少なくとも彼の知るゴブリンは大剣を軽々と操り必殺の一撃を繰り出してくるような強者ではない。


「ゴブリンは人間と同様に個体差が大きいそうだよ。今の奴等みたいな個体ばかりだったら、間違ってもゴブリンを雑魚呼ばわりは出来ないからね」


 盗賊に助け舟、という訳ではないがケントも思った事を述べた。


(こいつらが特別に強い個体であればいいんだけど……)


 このレベルのゴブリンが大勢いたら……恐ろしい考えが頭をよぎるが、さすがにバカげた考えだと否定した。


 だが、ケントはその考えが正解だったとすぐに知る事になるのであった。

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