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E地区

 声が聞こえる。


――は……事か?


――で意識が……だけです。


 複数の人間の話し声だ。意識が朦朧もうろうとしているケントにはよく聞き取れない。


(えっと、僕は……どうしたんだっけ?)


 上手く考えがまとまらない。記憶ももやがかかったようにぼんやりとして思い出せなかった。


 そのうち、何者かの逞たくましい腕に抱き起こされ、何処かへ運ばれるのを感じた。


(運ばれてる……? そうだ、僕は人さらいと戦って)


 次第に意識を取り戻していくケントだが、思うように身体が動かない。腕も、脚も、身じろぎする事すら出来なかった。金縛りにあったように脳からの指令が届かない。


(コレットは、無事だろうか? 逃げていてくれればいいんだけど)


 共に戦った相棒の無事を願う。


「子供達に怪我は?」


「生贄にするために大切に扱っていたのでしょう、全員無傷です」


 今度ははっきりと会話が聞き取れた。内容から、自分はこの人達に助けられたのだと理解した。


(助かったのか……どなたかは分かりませんが、ありがとうございます)


 まだ口が動かないので、心の中で感謝の言葉を述べる。そして安心したせいか、急激に眠気が襲ってきた。




 何者かが頬を叩いている。


「うぅ……ん」


 寝返りをうつケントの耳に、何者かが大声で呼びかけた。


「ケント、朝だよ! 起きて!!」


 コレットの声だと気付いたケントは勢いよく身体を起こす。


「おわっ!」


 突然の動きに驚き、ベッドから転がり落ちる妖精。


「コレット! 無事だったんだね」


「よう、勇者様。目が覚めたか」


 そんな彼に声を掛けたのは、黒い鎧に身を包んだ見覚えのある男だった。


「ギルベルトさん!? もしかして、僕達を助けてくれたのはギルベルトさんですか?」


「ああ、偶然だけどな。俺達の住処の近くでコソコソ悪だくみをしている連中がいたから、弟子達の訓練も兼ねて懲らしめに行ったのさ。まさかあんな修羅場が繰り広げられているとは思ってなかったぞ」


 簡単に経緯を話し、笑顔を向ける黒騎士。そしてこう付け加えた。


「あのデーモンに傷をつけたのはお前だろ? よく頑張ったな」


 彼から褒められるのは二度目だ。ケントは目の奥がツンとするのを感じた。


「あの……ケントさんですよね? Aランクの」


 回復し、外に出ると町の人に話しかけられた。ここはEランクの人々が住む、E地区と呼ばれる場所だとギルベルトに聞いていたケントは、何となく気まずい思いをしつつも質問を肯定する。


「はい、そうです」


 ざわつく人達。


「そうか、申し訳ないが元気になったなら出て行ってくれないか?」


 先程とは別の、少し年配の男が言う。そう言われるであろう事は予測していた。


「なにそれ! 失礼じゃない?」


 噛みつくコレットに、「いいんだ」と手で示すケント。だが、背後からまた別の言葉が発せられた。


「ケントは良い奴だぞ」


 ギルベルトだ。


「先生……でも、俺達はずっと迫害されてきたんですよ。Aランクの人間なんかにこの町を歩いて欲しくないんです」


 また別の町民が言う。ケントはうつむき、黙って聞いていた。


「ケントがどんな人間かは関係なく、Aランクだから気に入らないのか。それは、Eランクだからとお前達を迫害してきた者達と何が違う?」


 ギルベルトは、あくまで落ち着いた声で彼等に問いかける。


「ええ、同じだって分かってますよ。でも理屈で分かっていても感情は抑えられないんです」


 その後も町民達は口々に思いを語った。生まれて間もなく隔離され、存在価値のない者として扱われてきた怒り、苦しみ、悲しみ……それらを、ケントとギルベルトそれにコレットは黙って聞いていた。


 一通りの訴えが終わると、ギルベルトは大きく深呼吸をしてただ一言呟く。


「……そうか」


 そのままケントとコレットを連れ、助けられた子供達のいる宿舎へと向かったのだった。




「ありがとう、きしさま!」


「ありがとう、ゆうしゃさま!」


 ケントとギルベルトが宿舎に入ると、子供達が駆け寄って来て口々にお礼を述べた。その頭を撫でながら、ギルベルトは口を開いた。


「この子達も、Dランク以上だ。奴等の目に付く場所には置いておけない」


 何と言っていいか分からず、黙って頷くケント。


「……俺の見込み違いだったか」


 何が、と言わなくても彼の思いは伝わって来た。だから、ケントはどうしても言わなくてはならないと思ったのだ。


「あの人たちを責めないで下さい。誰もなりたくてEランクに生まれてきたわけじゃないんです」


 その言葉に、ギルベルトとコレットは驚いた顔をする。ケントは構わず言葉を続けた。


「僕はAランクとして、最強の勇者として扱われ、何不自由なく生きてきました。自分でもモンスターをどんどん退治して多くの人々を救うんだと思っていました。でも……実際に旅に出たら僕はヌマネズミ一匹倒せない無力な人間だったんです。その時の悔しさ、絶望感は本当に酷かった。あの人達は、そんな思いを生まれてからずっと抱いて生きてきたんですよ。どれ程辛い思いをしてきたのか、僕には想像も出来ません。だから……いいんです」


 ケントの言葉を聞いていたギルベルトは、彼を抱きしめた。


「お前は、強い男だ。俺は三つの世界を渡り歩いてきた。本当に多くの強い奴らを見て来たよ。だが、お前ほど強い奴に出会ったのは初めてだ」


「……僕は、弱いです」


 ケントの目から涙が零れた。


「違う!」


 抱きしめていた身体を引きはがし、ケントの目を見て怒鳴るように否定するギルベルト。


「お前は、どんなにチヤホヤされても、どんなに無力感を味わっても、そして守るべき民から憎しみを受けても、真っ直ぐな心を持ち続けている! 民を守る勇者であり続けている!」


 手を放し、息をついて優しい口調に戻る。


「俺には、とても真似できないよ。もし同じ環境にいたら、同じ経験をしたら、間違いなく道を踏み外している確信がある。お前は誰よりも強い心を持っているんだ」



 ギルベルトの言葉に、かつてない衝撃を受けたケントだった。

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