目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

魔王教団

 窓から家に侵入するのは少々気が引けたが、入口から入るわけにもいかない。泥棒になった気分だがこれも子供達を救うためと思い切って侵入した。


 ケントとは対照的に、コレットは楽しそうに家を見て回っている。


「邪教のアジトは地下だそうだよ。すぐに向かおう」


 放っておくと何か悪さをしそうな雰囲気だったので、すぐに目的の場所へと誘導する。


「はーい、頑張ろうネ!」


 暢気のんきなコレットの様子に、ケントは緊張が少し解れるのを感じた。


(僕一人だったら、ガチガチに緊張してるだろうな)


 仲間の大切さを思い、改めて危険な場所へ向かう自分の現状を意識したケントは、大きく息をついて足を進めるのだった。




 地下室の床には、妖しい光を放つ魔法陣が描かれていた。


「ここが入口かな?」


「うん、転移系の魔力を感じる。たぶん本当のアジトは遠く離れた場所なんだよ」


 コレットの言葉に、生唾を飲み込む。頭の中には不安の言葉が幾つも浮かんでは消える。一体どこに飛ばされるのだろう? 帰って来れるだろうか?


 だが、ここで手をこまねいていても仕方がないのも確かだ。ケントは意を決して魔法陣に足を踏み入れた。置いて行かれないようにコレットもケントの腕にしがみつくようにくっついてきた。


 眩暈めまいがした。


 羽虫が耳元で飛ぶような音がする。体が落ちていくような感覚と共に視界が歪み、目を開けていられなくなった。


「くうっ」


 目を閉じて不快感に耐えていると、次第に音が止み、足の裏に地面の感触を感じた。ゆっくりと目を開けてみる。


 そこは、先程までいた地下室とは全く違う場所だった。目の前の壁は先程までは木で出来ていたのに、今は石で出来ている。空気も冷たく湿っていて、感覚としてはどこかの鍾乳洞にいるように思えた。


「近くには誰もいないみたい」


 コレットの声が耳に届くと、言いようのない安堵感に包まれた。



「子供達を探そう」


 周囲に目を向けると、一方の壁に人が通れるぐらいの穴がある。他に出口はないので、剣を構え慎重に足を踏み入れた。不思議と暗くはない。


「魔法の照明が使われてるわ」


 ケントの心を見透かしたようにコレットが説明する。壁自体が魔力によって淡く発光しているのだという。そしてこれは強力な魔術師が住んでいる証拠でもあった。


(まずいな、これは間違いなく僕達の手に負える相手じゃない。何とか子供達を見つけて逃げないと)


 しかし、そんなケントの思惑は無意味だとすぐに解った。横穴がない一本道の先に開けた場所があり、そこには祭壇と黒いフード付きのローブをまとった者達がいた。おそらくさらわれてきたのであろう、意識を失った子供達の姿も見える。状況から考えて、生贄にするためだろう。


「……勇者か。追いかけて来なければ死なずに済んだものを」


 リーダーと思しき人物が、低い男の声で語り右手を挙げた。地面に浮かび上がる魔法陣。


「召喚魔法よ!」


 ケントは躊躇ためらう。逃げるか? いや、目の前にさらわれた子供達がいる。


 魔法陣から現れたのは、黒い肌と山羊の頭をもつ怪物だった。この姿を持つモンスターの事は本で読んだことがある。こいつは悪魔の一種だと、ケントはすぐに理解した。ジャイアントスパイダーにも手こずるケントにはとても勝ち目があるとは思えない強敵だ。


(負けるわけにはいかない、僕が助けなきゃ誰があの子達を救うんだ!)


 だが恐怖を使命感で打ち払い、剣を構える。その動きに呼応して小さな相棒が魔力を貯めた。


「戦う気か、さすがは勇者。だが、それは蛮勇というもの」


 あざける男。悪魔もケントを見据え咆哮ほうこうした。


「いくぞ!」


 足を踏み出し、悪魔に向かって剣を振り下ろす。これまで人目を忍んで幾度となく繰り返した動き。


「ガアッ!?」


 驚きの声を上げたのは悪魔だった。ケントの繰り出した一撃は、彼の想像を遥かに超えて速く、力強かった。油断していたために反応が遅れ、反射的に眼前へと振り上げた左腕を剣が切り裂いた。


『アイシクル・アロー!』


 コレットの朗々とした声が響く。彼女の周囲に生み出された巨大な氷柱が、悪魔に襲い掛かった。


(いける!)


 ケントは予想外の善戦に自信を持った。


 だが、そこまでだった。


 思いがけない強力な攻撃を受け、怒りに燃える悪魔が右手に魔力を集中させる。


『ライトニング!』


 悪魔の右手から放たれた雷撃はケントとコレットを打ち据え、一撃で意識を奪ったのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?