「勇者様は魔法使わないの?」
コレットが不思議そうに聞く。ケントは剣で戦っていたが、魔法を使えば巨大蜘蛛も簡単に退治できただろう。
「それが、あんまり得意じゃないんだ」
「Aランクなのに!?」
才能値が高い者は基本的に魔法も得意である。だが、ケントは魔法の使い方がいまいちよく分からなかった。だから、剣の才能が優れているのだろうと思っていたのだが、結果はあの様だ。
「うん。だからコレット、魔法を教えてくれないかな?」
「なにそれ!? 魔法を教える?」
妖精族にも、訓練をするという考えはないようだ。ケントは黒騎士から剣を教わり、ヌマネズミを倒せるようになった事を説明した。
「へー、面白そう! 私ももっと強くなれるのかな?」
ケントの話を聞いたコレットは非常に乗り気だった。
アルベドに到着するとすぐに、二人はギルドに向かった。Aランクのケントはギルドの仕事を受ける事はないが、ギルドは様々な仕事を仲介している所だけに、情報が豊富である。彼等が求めるモンスタートラブルを探すにはうってつけの場所なのだ。町に入ってすぐ目に付いた『白馬亭』というギルドに入る。
「宿屋か何かみたいな名前だね」
「あら、勇者様ではないですか。モンスターの情報ですか?」
何も説明しなくとも、受付の女性はケント達の目的を理解していた。
「はい、そうです。できるだけ、弱いモンスターから退治したいのですが」
弱いモンスターを求めたら馬鹿にされるんじゃないかとは思ったが、見栄を張っていられる状態ではない。
「脅威度の低いものから解決していく方がより効率よく民の安全を確保できますからね。さすが勇者様、判断力も素晴らしいです」
だが、返答は予想外の称賛だった。
「人はとかく派手な事件にばかり目を奪われますからね。本当に民の生活を脅かしているのは身近な場所に潜む地味な脅威。ギルドの冒険者たちもすぐ大手柄をあげたがって困るんですよ」
「あはは、そうなんですか」
思ってもいなかった事で褒められ、バツの悪さを感じながら曖昧に相槌をうつ。そんなケントに彼女が提示したのは、水路に発生しているスライムの情報だった。
「スライムかー、魔法で倒すのにはちょうどいいネ!」
コレットがはしゃいで飛び回る。
「あら、可愛い妖精さん。町に来るなんて珍しいわね」
「まーね! 私は勇者様のパートナーだから!」
えへんと胸を張るコレット。
(いつの間にパートナーになったんだ?)
大いに不満のあるケントだが、余計な事を言って騒がれても困るので黙っておく。
「そうなんですね。私はこの白馬亭の女将をしております、タリアと申します」
「私はコレット! 女将って事は、やっぱり宿屋なの?」
「ええ。宿屋なんですけど、常連の冒険者さんがここを拠点に活動していて、色々あってギルドとして仕事の斡旋をするようになったんです」
本当に色々とあったのだろう。白馬亭がギルドとして認可されるまでの物語で本ができそうだ。
「ありがとうございました。水路に向かいますね」
ケントは礼を言い、白馬亭を離れた。
水路に到着すると至る所にスライムと思われる粘性の物体がへばりついていた。
「うわぁ、思った以上に酷いねェ」
「うん、これじゃ町のどこにいてもスライムに襲われかねない。タリアさんが言う通り、下手なモンスター騒ぎよりも脅威だよ」
早速、コレットに教わった通りに意識を集中させる。
『ファイア!』
手のひらからこぶし大の火の玉が生み出され、スライムにぶつかった。ジュッと音がして、スライムは干からび消滅する。コレットの魔法に比べれば貧弱そのものだが、スライムを焼くのには十分な威力だ。
「うん、これならいい練習になりそうだよ」
「おー、頑張れー。この量なら交代で休みながら退治した方がイイネ」
スライムは近づくと攻撃してくるが、離れた位置から魔法で攻撃すれば楽に倒せる。魔法を練習するのには最適の相手だった。
「数が多いし、一日では無理かな。今日はこの辺でやめにして、白馬亭に泊めて貰おう」
「さんせーい!」
特に危険な事もなく、水路の半分ぐらいを掃除して宿に戻るケント達だった。
「お泊りですね?」
ニコニコしながら迎えてくれるタリア。最初からこうなる事が分かっていたようだ。
「西から南の水路は大体倒しました。明日は東と北をやろうと思います」
「本当に助かります。もう西地区の人達から喜びの声が届いてますよ」
勇者としての責務は果たせているようだ。だが、ケントの心は暗く落ち込んでいた。
(どうして僕はこんなに弱いんだろう? スライムを退治するのが精一杯なんて)
自分は誰よりも強い人間だと教えられてきた。しかし、剣ではヌマネズミやジャイアントスパイダーに通用せず、魔法も隣でスライムを焼いていたコレットには遠く及ばない。一日炎の魔法を使い続けたが、特に強くなった様子もない。一体あの才能値は何だったのかと思わずにいられなかった。
唯一の希望は、自分に剣の使い方を教えてくれたギルベルトの存在だった。
「やっぱり、無理にでも一緒に行けばよかった。今頃何をしてるのかな?」
どこにいるかもわからない黒騎士を思う勇者。また人目を忍んで剣の素振りをするのだった。
◇◆◇
E地区。ギルベルトは住民達に戦い方を教えていた。
「才能があろうがなかろうが、戦闘においては努力の量がものを言う。努力をしない天才は、努力した凡才に勝てないのが武術の世界だ」
最初は彼の言葉に耳を傾けようとしなかった住民達だったが、ギルベルトが実際に強力なモンスターを退治した後に才能値を測定して見せたら、彼等の目の色が変わった。
自分も強くなりたいと志願する者が彼の下へ集まり、指導を受け始めたのだ。
「ククク、あの連中に目にもの見せてやる」
お灸を据えてやる、と息巻いていたギルベルトだったが、この世界の常識を知るにつれ、ああいう扱いを受けるのも仕方がないと思っていた。
今の彼の目的は、Eランクの住民を鍛えた軍勢で北から来るモンスターを追い払い、この世界の人々の目を覚ましてやる事だった。
◇◆◇
次の日、水路に向かって再びスライムを退治し始めるケントとコレット。
『ファイア!』
ケントの手のひらからバレーボールぐらいの大きさの火の玉が撃ち出された。スライムに直撃し、炸裂する火球。半径1メートルぐらいの範囲にいたスライムを蒸発させた。
「あれっ、なんか大きくない?」
昨日とは明らかに違う威力に、コレットが指摘するまでもなくケントは気付いた。
「昨日は全然強くならなかったのに。一晩休むのが条件なのか?」
試しにコレットも魔法をつかってみるが、昨日と威力は変わらなかった。
「私は全然変わらないのに! これが才能値の差なの?」
「それでもコレットの方が強力じゃない」
コレットの火球は更にもう一回り大きい。とはいえ、明日も同じように成長していたら魔法の威力でコレットを追い抜いているだろう事は想像に難くない。
「う~ん、まあ勇者様が弱い方がおかしいんだし、この調子でガンバロー!」
弱い方がおかしいという言葉に若干傷つきながらも、成長の手ごたえを感じたケントは少し明るい気持ちでスライムを掃除していく。
こうしてアルベドにおける最初のモンスター退治は、大成功に終わったのだった。