ケントは村人にヌマネズミ討伐の報告をした。
黒騎士ギルベルトの事は秘密にしておいた方が良さそうだと思ったので自分一人で退治した事にしたが、ひどく後ろめたい気持ちになった。
「さすが勇者様! ささやかですが宴を開きますので今日は是非お泊り下さい」
まるで黒騎士の手柄を横取りしたようで気が進まないケントだったが、村人たちの喜ぶ顔を見て断る事は出来なかった。
(僕も何匹か仕留めたからと、ここは割り切ろう)
そして宴も終わり、夜。村人たちも寝静まった頃、ケントはこっそりと外に出て剣の素振りを始めた。昼、ギルベルトに教わった事をしっかりと身に付けておきたかったが、なんとなく人前でやらない方が良いような気がしたのだった。
「知識は教わっても、こういう動きは教えて貰った事がなかった。繰り返しやるとどんどん違和感が無くなっていくんだな」
剣を振りながら、もっと色々な事を教わりたかったと思うケント。なんとかあの黒騎士と共に旅は出来ないかと思案するのだった。
夜が明け、荷物をまとめたケントの下へ村長がやって来た。
「おはようございます、勇者様。すぐにアルベドの町へ向かうのですか?」
「ええ、今日中に向こうに着きたいですから」
アルベド。
首都の西に位置する交易都市である。首都からは歩いてルーブ村を経由して約2日と比較的近い場所にあり、西方の各都市から首都エルドベアへ物資を運ぶ玄関口となっている。
「交易路には凶暴なモンスターは現れませんが、あの辺りの森林は妖精族の縄張りです。お気をつけて」
妖精族とはエルフやフェアリーといった、自然と共生する種族の総称である。
美しい見た目とクセのある性格が特徴だ。人間とは良好な関係を築いているが、その性格から旅人に迷惑をかける事も少なくない。用が無ければなるべく関わり合いにはなりたくない相手であった。
「ありがとうございます。皆さんもお元気で」
出発の時には、村人が総出で見送りをしてくれた。
交易路は石畳が敷き詰められ、時折荷馬車が通り過ぎたりもする。徒歩で進むケントは道の端を歩く事になるが、歩道もしっかりと作られていて冒険者が歩く姿も見られる。
冒険者とは主にBランクの人間で、各町にある冒険者ギルドに所属している。ギルドからの依頼を請け負い、必要があればモンスターとも戦う人々なので、ケントがルーブ村でやったようなモンスター退治も、彼等がやる事は可能だ。だがその為には困っている住民がギルドにお金を払って依頼しないといけない。命がかかるモンスター退治の依頼には莫大な額の依頼金を必要とする為、大半は国から全面支援を受けているAランクが解決しなくてはならないのだった。
数十分に一人ぐらいすれ違う冒険者は、ケントの姿を見ると会釈をしてきた。超が付くほどの有名人なので、誰もが彼の姿を知っているのだ。これもケントにとっては当たり前の事であった。
アルベドまであと半分という所まで来た時、彼を呼ぶ声が聞こえた。
「ねえねえ、そこのキミ!」
声は道を外れた森の方から聞こえる。声の高さから妖精の少女だろうと察する。
(妖精族か、あまりいい噂は聞かないけど、呼ばれているしな)
「ちょっとー! 聞こえてるんでしょ!?」
ためらうケントに、声は少し強い口調で呼びかけてきた。
「しょうがないな……こっちかな?」
声のした方に向かって歩いていくと、そこには巨大なクモの巣。そして声の主は予想通り、フェアリーの少女だった。
「良かったー! さっきから誰も来てくれないのよ、薄情よねー!」
騒がしくまくしたてる少女の身長はおおよそ30センチ。金髪に青い瞳を持つ可愛らしい姿だが、背中に生えた透明の羽がクモの糸に絡まっている。巣から抜け出そうともがいて更に絡まったのだろう。
「これはジャイアントスパイダーの巣だね」
「そうよ! 私としたことが、うっかりよそ見をして突っ込んじゃったのよ」
ジャイアントスパイダーはその名の通り巨大なクモの形をしたモンスターだ。その糸は強靭で粘着力もあるため、絡まれれば人間でも簡単には抜け出せない。ケントは慎重にフェアリーの身体から糸を外していった。
「きゃっ! 変なところ触らないでよ、エッチ!」
騒がしい。巣の主がやってくれば命を落とすというのに、まるで危機感がない。
「ほら、暴れるともっと絡まるよ。大人しくして」
数分かけて糸を外してやると、フェアリーは大きく伸びをしてから宙に舞った。
「はー、助かったー! ありがとね」
パタパタと羽を羽ばたかせながらケントの周りを飛び回るフェアリー。
「アタシはコレットって言うの、よろしく! キミの名前は?」
空中で器用にお辞儀をして見せるコレット。
「僕はケント、よろしくね」
「ケントって、もしかしてあの勇者様!?」
名乗ると、驚いたように叫ぶコレット。妖精族の間でもケントは有名なようだ。
ガササッ
何かが木を揺らす音がした。すぐに剣を抜いて振り向くケント。思った通り、巣の主が二人の声に引き寄せられてきたようだ。体長は約1.5メートルと、ジャイアントスパイダーの中でも大型のものだった。
(大きい!)
先手必勝とばかりにケントは敵の頭部へ剣を振り下ろした。
ガチッ!
だが、巨大蜘蛛は固い顎で剣を受け止める。
「っ!?」
そのまま頭を振り、剣を弾き飛ばした。
「あらら、もしかしてピンチ?」
コレットの
だが構っている余裕はない。すぐに飛ばされた剣を拾いに駆け出すケント。そこに目にも止まらぬスピードで飛び掛かった巨大蜘蛛は、彼を地面に転ばせ牙を突き立てようとした。
『ファイア!』
突然、巨大蜘蛛の身体が火に包まれる。
「ギイィィィ!」
錆びた金属をこすり合わせる様な絶叫を上げ、のたうち回る巨大蜘蛛。ケントはすぐに拾った剣をその腹に振り下ろした。
「いやー危なかったネ、アタシの魔法が無かったら死んでたかもよ?」
自慢気に小さな胸を張って飛ぶコレット。実際、彼女の魔法が無ければケントは命を落としていたかもしれない。感謝の言葉を述べようとしたとき、新たな声が森に響いた。
「きゃああ! 火事よーっ!」
瞬時にコレットの笑顔が凍り付く。
「あっ……」
即座に事情を察したケントが振り返ると、予想した通りの光景が広がっていた。
「大変だ! 火を消さないと」
消火活動を始めようとしたケントの腕を、コレットが引っ張った。
「逃げるヨ!」
「えっ!?」
その小さな体からは想像もできない強い力で引かれ、ケントは驚いているうちにその場を後にしていた。
「よーし、気を取り直してしゅっぱーつ!」
元気よく腕を天に向って突き出し、アルベドへ向けて進もうとする妖精。
「ちょっと待って、火事はどうするの? それと出発ってどういう事?」
勢いに誤魔化されずにケントはコレットにツッコミを入れた。
「あんなの森のエルフ達なら簡単に消せるからダイジョーブ! ていうかほとぼりが冷めるまで帰れるわけないでしょ!? キミを助けるために使った魔法なんだから、責任とって付き合ってよね!」
「僕も君を巣から助けてあげたと思うんだけど」
「それはそれ! これはこれ! それに勇者様のお供に可愛いフェアリーはつきものでしょ?」
何を言っても無駄と悟ったケントは溜息をつき、アルベドへ向け歩き出すのだった。
――――――
妖精 コレット
才能値 7650
――――――
「ここがE地区か」
一方、黒い鎧に身を包んだ騎士はEランクの者達が住む土地に辿り着いていた。