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死闘! ヌマネズミ

 ケントは街で装備を揃えると、まずは首都エルドベアから西に少し離れたところにある村を目指した。首都の近くにあるのに村なのは、更に西へ進んだ先に大きな町があるため、中間地点の村に住民が増えないからだ。


「ルーブ村かー、小さい頃に父さんに連れて行ってもらったな」


 のどかで良い村だった事を思い出す。だが、最近何やらモンスターの事で困っているらしい。


「モンスターの退治は勇者の仕事だ、頑張るぞ!」


 勇者としての初めてのクエストにやる気を出すケント。ちなみに仲間はいない。モンスター退治はAランクの仕事で、あと二人のAランクは既に各地を回っているからだ。


 ルーブ村に着くと、村人たちが笑顔で迎えてくれた。


「ようこそ勇者様!」


 最高級の装備に身を包んだ勇者を迎える村人は、これで助かったと口々に喜びの言葉を述べる。


「モンスターが出て困っていると聞いたのですが」


「はい! 村の外れにある池にヌマネズミが住み着いたのです」


 ヌマネズミ。


 名前の通り水辺にすむネズミだ。モンスターではあるが、動物のネズミと大した違いは無い。強いて言えば体長が1メートル程もある巨体だ。大きい分動きは遅く、人に襲い掛かるような凶暴性もないが、食欲は旺盛で農作物の被害は甚大である。退治しようとするとDランクの村人には荷が重い相手だった。


「わかりました。僕にお任せ下さい!」


 ケントは自信満々に胸を張って応える。なにせ自分は史上最高の才能値を持つ勇者だ。村人には恐ろしい相手とはいえ、ヌマネズミは弱いモンスター。負ける要素は微塵もないと思っていた。




 ひとまず村の役場に荷物を置かせてもらい、池の様子を見に行く事にした。ヌマネズミは弱いが、しばしばそれを餌にする強力なモンスターを引き寄せる。油断していると思いがけない伏兵に出会う危険があるのだ。


「さすが勇者様! モンスターの生態にもお詳しい」


「ぜんぶ本から得た知識です。情報を集めてくれた先人に感謝しましょう」


 危険なので村人は連れずにケントは一人で池に向かった。


「……いる!」


 池の場所はすぐに分かった。というより小さい頃に池にも行った事があるのでおぼろげながら道を覚えていた。物陰からこっそりと池の様子を窺うと、巨大なネズミが水辺に寝そべっているのが見える。


「他のモンスターは……いないな。これなら楽に退治できそうだ」


 キョロキョロと周囲を見回すが、強力なモンスターが潜んでいる様子はない。


「ヌマネズミの数は……いち、に……うん、ざっと十匹ぐらいか」


 ネズミは繁殖力が旺盛だが、さすがに大型のものにもなると一匹見れば三十匹とはいかない。十匹でも十分な数と言えた。


 標的の数を確認したケントは一旦戻り、戦闘準備を整えてきた。


「覚悟しろ、ヌマネズミ!」


 手にした剣を構え、ヌマネズミの群れに向かっていく。


「キィ!」


 敵襲に気付いたモンスターは、警戒音を発して一斉にケントを見た。迎え撃つ気である事はその様子から容易に読み取れる。


――新米勇者ケントの、初めての戦闘が開始した。


 動きが遅いと言っても、それは通常のネズミと比べての話。突進してくるヌマネズミは、ケントが思っていた以上に速かった。


「うわっ!」


 発達した前歯で噛みついてくる一匹の攻撃をすんでのところでかわす。


「えいっ!」


 気合と共に剣をヌマネズミの背中に向かって振り下ろした。


 ドンッ


 鈍い音。


 刃はヌマネズミの毛皮を切り裂く事もなく跳ね返された。


「なっ!?」


 予想外の展開に動揺するケント。彼の頭の中では、ヌマネズミの攻撃をヒラリと躱して剣の一閃で真っ二つにするイメージが出来上がっていた。


 しかし現実はよろよろと危なっかしく攻撃を避け、力無く剣でネズミの背中を叩いただけであった。


「どうなってるんだ? ヌマネズミは一番弱いモンスターのはずだろ」


 そんな疑問に答える者もなく、次々に襲い来るヌマネズミ。幸い、身を包む最高級の鎧が攻撃を弾いてくれた。だが、驚いたケントは彼等に背中を向け、走って逃げだした。




「何なんだ? モンスターってあんなに強いのか?」


 攻撃が効かないと悟ったのかすぐに追いかけて来なくなったネズミ達。おかげで村人に情けない姿を見られる事はなかったが、少し離れた木の下で休憩するケントは落ち込んでいた。


 彼は史上にも類のない98000という才能値を持つ大天才である。物心ついた時から魔王を倒す勇者として周りの人間から敬われてきた。この世界の最高権力者たちが用意した最高級の装備に身を包んでいる。


 それが、たかがヌマネズミに手も足も出ないなんて!


「どうした坊ちゃん? お腹でも痛くなったか?」


 不意に、聞き覚えの無い男の声が掛かった。顔を上げると、そこには黒い鎧に身を包んだ騎士風の男がいた。不敵な笑みを浮かべる精悍な顔つきは、見るからに歴戦の強者を思わせる。


「僕は、モンスターを退治しに来たのですが……」


 弱々しい口調で答えるケント。


「見てたぜ。剣の持ち方も身のこなしもまるでなってないな。大人たちは剣の使い方を教えてくれなかったのか?」


「剣の使い方……ですか?」


 男の言葉に、意味が分からないといった様子で見返す。


「なるほど、薄々気が付いてはいたがここは『そういう世界』なんだな。そりゃあモンスターにもやられっぱなしになるわけだ」


 ボリボリと頭を掻きながら、呆れた様子で言う男。


「よし、剣を持て。俺が少し手ほどきをしてやる」


 今まで聞いた事もない言葉を投げかけられた。手ほどき?


 唐突で、偉そうで、強引な男。不吉な黒い鎧に身を包んでいるのも怪しい。だが、ケントは今まで見たことが無いタイプのこの男に魅力を感じていた。


「はい、お願いします」


 男が教える戦闘術は、生まれてこのかた見た事も聞いた事もないものだった。言われるままに剣を握り、足を運び、振り下ろす。


 先程ネズミの背中を叩いた時とは比べ物にならない勢いで剣が空気を切り裂く。しばらくそんな動作を繰り返し、


「よし、そろそろリベンジといくか。来な!」


 男に促されて再び池に向かった。




 池には相変わらずヌマネズミが寝そべっている。基本的に夜行性なので、日中はあまり活動しないらしい。


「俺は右手から行く。お前は左手から攻めろ。挟み撃ちだ」


 男の指示に黙ってうなずき、教わった通りに剣を構える。


 さっきやられた相手だというのに、隣に頼れる仲間がいるというだけで全く恐怖を感じない。


(これが本に書いてあった仲間っていうやつか)


 ケントは生まれた時から孤独だった。彼の才能値は他者の追随を許さない程に飛びぬけて高く、それゆえに常に特別扱いされ、共に過ごす者もいなかったのだ。


「行くぞ!」


 男の合図と共に駆け出す二人。ヌマネズミたちは、今度は一斉に逃げ出した。新たに現れた敵は恐ろしい相手であると、瞬時に察したのだ。


「逃がすか!」


 全力で走っても逃げ切れないほどには足の遅いヌマネズミたち。まず黒騎士が追い付いた一匹を斬り伏せる。


 まるで豆腐に包丁を入れるように簡単に真っ二つになった。


(凄い……よし、僕もやるぞ!)


 目の前にいるヌマネズミの背中に、剣を振り下ろす。


 ザクッ!


 先程とは違い、ネズミの毛皮を切り裂き、肉を割り、骨を断った。血を吹き出し、ヌマネズミは一撃で絶命する。


「やった!」


 思わず喜びの声を上げるケントだが、敵はまだ沢山いる。


「気を抜くな! 全滅させるまで手を休めるんじゃない!」


 男が彼を叱咤する。


 ケントは言われるままに次のヌマネズミへ斬りかかっていく。一方黒騎士は既に半数以上を仕留めていた。




「ありがとうございました!」


 ヌマネズミを全滅させ、感謝の言葉を述べる。


「おう、初めてにしては上出来だ。さすが才能の塊だな」


 男は剣についた汚れを拭い、笑顔で褒めてくれた。


「それじゃあな。魔王退治頑張れよ!」


「あの、一緒に来てくれませんか?」


 ケントはすぐに立ち去ろうとする男を呼び止める。だが彼は手を振って拒否した。


「俺はこの世界じゃ歓迎されない立場だ。勇者様の隣にいるべきじゃない」


 そう言って、自分の身を守る黒い鎧を指し示す。その色がこの世界において持つ意味はケントもよく知っているので、納得するしかない。


「そうですか……ならせめてお名前を。あ、僕はケントっていいます!」


「ああ、俺はギルベルト。また縁があったら会おう、ケント」


 ギルベルトは、激励の言葉を残して去っていった。


(僕も、あんな風になりたいな)


 その背中を見送り、ケントは生まれて初めて目標を見つけたのだった。


――――――


魔獣 ヌマネズミ

才能値 500

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