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来し方行く末 劇団ルート66
来し方行く末 劇団ルート66
晴坂しずか
ミステリー推理・本格
2025年03月22日
公開日
4.7万字
連載中
探偵事務所で働く双子の高津千晴と千雨。ある日、千晴が以前所属していた劇団からリハーサルへの参加を頼まれる。山荘を貸し切って行う二泊三日の体験型マーダーミステリーで、観客役をしてもらいたいという。
当日、二人は妹の万桜を連れて山の中腹にある業荻山荘へ行く。ある事情から劇団を離れた千晴だが、舞台演出家の円東たちは昔と変わらず接してくれる。
公演のあらすじは、デジタルデトックスを目的に集まった人々が閉鎖された空間で殺人事件に巻き込まれるというもの。リハーサルが始まり、和やかな夕食を終えて紅茶を飲んでいると、死体メイクを施した円東が駆けこんできて――嵐の山荘で巻き起こる連続殺人、行方不明になった妹の代わりに探偵役になった千晴の運命は?

プロローグ

 観る人の心に残る芝居をするのが夢だった。

「劇団ルート66」はまさに夢へとつながる道だと信じていた。仲間たちと日々切磋琢磨せっさたくまして、いい芝居を作り上げていく。どんな困難があっても仲間たちがいるなら乗り越えられる。

 信じていたんだ。本当に。ある時、現実を見て気がついた。

 いくら夢を追いかけても、血のにじむような努力をしても、ちっともいい結果など出ない。むしろ状況は悪くなっていくばかりじゃないか。

 生まれた時代が悪かった。不景気のトンネルからはまだ出られそうにない。消費税は上がり、近年は物価高まで続いている。きっとこの先、陽の光の下に出られる日など来ない。

 あんなにまぶしかった夢もかすんで見える。そもそも夢を追うようになったのはどうしてだっけ。

 ああ、思い出した。初恋の人が子役として活躍しているのを知って、自分も同じ世界に入りたいと思ったんだ。またあの子に会いたくて演劇を始めたんだ。

 でも、いなかったな。どこにもいなかった。あの子はとっくのとうにやめていたんだ。

 理不尽や不公平がまかり通る世界で、夢を追って生きていくのは何よりも辛いことだ。憧れだけで飯は食っていけない。

 分かっていたのに、追いかけたあの光が忘れられなかった。観る人の心に残る芝居をするという、新たな夢を追いかけた。みっともない現実逃避だ。

 気づけば夢への道はぬかるんでいた。一歩進む度に足を取られて、もう根性や忍耐では越えられない。足を上げることすら億劫おっくうになってきた。

 それでも幕は開く。朝日は昇る。満身創痍まんしんそういの心を押して、今日も部屋を出る。

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