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第9話 私の輪郭

 午前中の空気って、こんなに静かだったっけ……。


まだ窓のカーテンは少しだけ開いてて、白く柔らかい光が部屋に差し込んでる。


 大和さんの匂いがする……タバコの香りと、少し古びた本の匂い。それに、大和さんだけが持ってる、あの安心する感じ。


 デスクに向かってる大和さんの背中が見える。黙々と作業してるけど、ちょっとだけ疲れてる気がした。こんなふうにさせちゃったのは、私だよね……。


 枕元にあるスマホの画面が、ぼんやり青く光ってる。さっきまでずっと見てたDMのやり取り。最後のメッセージが、頭の中で何度もリピートしてる。


『了解です。13時、神楽坂駅前のカフェで待ってます』


 送信ボタンを押した瞬間、心臓がドクンって跳ねた。


 ……大丈夫。これは、大和さんのため。証拠が手に入れば、きっと何かが変わる。


 私にできることなんて、そんなにない。でも……本当に、これでよかったのかな。大和さんに隠し事なんて、したくなかったのに。


 スマホをそっと枕の横に置いた。指先が少しだけ震えてる。小糸さんなら、こんなときどうするんだろ。あの人、絶対動じないんだろうな……って、考えてたら自然と膝を抱えてて、深く息を吐いてた。


 カタカタ……大和さんのキーボードの音だけが静かな部屋に響いてる。声をかけたら、気づかれるかも。だから私は、丸くなって気配を消した。


 どれくらい経ったんだろう。たぶん、1時間くらいかな。空気の温度が少し変わったような気がして、顔を上げた。


 時計の針が11時を少し過ぎてた。


 私はそっとベッドから立ち上がって、クローゼットの前に立った。引き戸を開けると、数枚だけ吊ってある服の中に、見慣れない――というか、普段なら絶対に選ばない服がある。


 白いブラウスと、膝上のスカート。昨日、小糸さんが「貸してあげる」って言って置いていったやつだ。


 鏡の前に立って、それを手に取ってみる。似合うかなんてわからないけど……今日だけは、ちょっとでも大人っぽく見せないと。


 髪を整えて、リップも少しだけ塗った。ほんのり色がついただけなのに、鏡の中の私は、少しだけ別人みたいに見えた。


 ……あの人。私のファンだったって言ってた。


 たぶん、アイドルだった頃の私を覚えてる。


 だから、ちゃんと“それらしく”いないと。録音をもらうためには、少しでも「可愛い」って思ってもらえた方が……いいはず。


 リビングに戻ると、大和さんが椅子をくるりと回して、こっちを見た。


「……お前、どこ行くんだ?」


 視線が、私の足元から、髪の先までゆっくりと動いていくのがわかって、顔が一気に熱くなる。


 見てる。ちゃんと見てくれてる。なのに、恥ずかしくて、ちょっと嬉しい……。


「ちょっと、生活用品を……買いに……」


 ごまかすように言った私に、大和さんは少し目を丸くした。でも、それ以上何も聞かずに、


「そ、そっか、気をつけてな」


 それだけ言ってくれた……それだけなのに、その一言が、なんだか胸にじんときた。


「……はい」


 うつむいたまま、玄関へ向かう。


 ドアをそっと開けて、靴を履いて。静かに閉まるカチャンって音が、やけに響いて聞こえた。背中をちょっとだけ押されたみたいだった。


 外に出た瞬間、空気が思ってたよりも冷たくて、思わず腕をさすった。


 陽射しはあるのに、どこか澄んでて静かな空気。通りを歩く人たちの足音が、やけに鮮明に耳に入ってくる。


 神楽坂の駅前まで来ると、まだ待ち合わせの時間には少し早かった。


 ゆっくり歩いたつもりだったけど、それでも早く着きすぎたみたい。


 どこか落ち着かなくて、駅前のカフェの前で足を止めた。


 ふと、ガラスに映った自分の姿が目に入った。


 白いブラウスに、少し短めのスカート。普段なら絶対に着ない服装。


 髪も整えて、リップも塗った。鏡で見たときは、いつもと違う自分にちょっとだけ自信が持てたのに……今は、なんだか不安でいっぱいだった。


 通りすがりの男性が、ちらっと私の方を見る。さりげなく視線を逸らしたけど、視線の感触が消えない。


 それが目的だったはずなのに、胸の奥がざわざわする。


 近くを通った男子高生たちがこっちを見て、何かをひそひそ話しているのが聞こえてきた。


 やっぱり……浮いてるのかな、この格好。


 スカートの裾を引っ張って、カバンをぎゅっと抱える。


 でも、もう引き返せない。私はこの格好で来たんだし、このまま行くしかない。


 落ち着こうと思ってポケットに手を入れた。スマホを取り出して時間を確認しようとして……そのまま動きが止まった。


 ……ない。


 もう一度、反対側のポケットも探ってみる。でも、やっぱりない。


 あれ……部屋に置いてきた?


 急に胸がドクンと鳴った。どうしよう。


 でも……大丈夫。部屋にあるなら、大和さんが見ることは……いや、大丈夫、それにロックもかかってるし……きっと、平気。


 大きく息を吸って、吐き出した。少しだけ落ち着いた気がした。


 そのときだった。


「仕事以外で会うのは初めてだね……会えて嬉しいよ、栞ちゃん」


 背後からかけられた声に、心臓が跳ねた。


 ゆっくりと振り返ると、清潔感のある男の人が立っていた。


 年は……二十代半ばくらいかな。服装はラフだけど、なんとなく“慣れてる”感じがした。


 その視線が、一瞬だけ私の胸元に落ちたのが分かって、背中がすっと冷たくなる。


 やっぱり……見られてる。


 そっとカバンを持ち直して、視線を逸らした。


 でも、顔には出さないようにした。今日は笑ってなきゃダメなんだ。


「……今日は、ありがとうございます」


 ぎこちないけど、なんとか笑顔を作ってみせた。


「俺、裕太っていうんだ。仕事で何度か会ったよね?その時からずっと、栞ちゃんのこと応援してたんだ」


 あ……この人が。


 DMでやり取りしてた、『しおりん親衛隊』。


 この人が、録音を持ってる。


 うまく話せるかな……ちゃんと、もらえるかな……。


 胸の奥に、また別の緊張がじわっと広がってくるのを感じながら、私は彼について、カフェの扉をくぐった。


 カフェの中は、外よりも少し暖かくて、ほんのりコーヒーの香りが漂ってた。奥の方の窓際の席に案内されて、私は彼の向かいに腰を下ろす。ガラス越しに差し込む光が眩しくて、少しだけ目を細めた。


 テーブルの上には、水の入ったグラスとメニュー。でも、何を頼むかなんて、全然頭に入ってこなかった。


 隣の席から聞こえる会話や、店員さんの笑い声が、なんだか遠く感じる。


 彼は、さっきよりもリラックスした様子で笑ってた。でも、その視線がふとした拍子に、また私の胸元や髪に向かうのが分かって、体がじわじわこわばっていく。


 平気なふり。何でもないふり。


 しなきゃ……って思えば思うほど、表情がぎこちなくなっていくのが分かった。


「配信やってた時の歌、とっても良かったよ。特にあの『青い瞳の彼方へ』は名曲だったなぁ」


「……ありがとうございます」


 声が喉の奥でつっかえた。

 嬉しいって思いたいのに、なんでだろ……素直に喜べなかった。


「他にも好きだった曲あるよ。たとえば……あれ、なんだっけ。ほら、サビのとこで『キミといた景色が』って入るやつ。あれ、何回も聴いたな」


「……『シリウスの記憶』ですか?」


「それそれ! ほんと良かったよ。あのときの栞ちゃん、すっごく輝いてた」


 “あのときの”。


 今は、そうじゃないって、そう聞こえてしまう。


 ほんの少しだけ、指先に力が入る。


 カップを持ち上げて、口をつけるふりをした。


「本当に事務所辞めちゃったの? もったいないよ。ファンはみんな待ってるのに」


 私は視線を落として、カップを両手で包み込んだ。


 そうやって言ってくれる人がいるのは、ありがたい。……でも。


 もう、戻れない。戻っちゃいけない場所だから。


「でも逃げたのには理由があるんだよね。あそこのマネージャー、酷かったもんね。仲間内でも、あの事務所はヤバいって有名だったよ」


 思わず顔を上げた。


 ……え?


 分かってる人なのかも、って一瞬だけ思った。


「……その、例のイベントの録音、まだ……持ってますか?」


 少しだけ息を呑んで、でも勇気を出して訊いてみた。


 彼は目を細めて、そしてコーヒーをひと口飲んでから、柔らかい笑顔を向けてきた。


「もちろん。あるよ」


 よかった、って思った、そのすぐあと。


「でも、その前に……せっかくこうして会えたんだし、もうちょっと話そうよ」


 ……ああ、やっぱり。


 彼の楽しそうな話し声が、どこか遠くに感じてしまう。


 テーブルに視線を落とすと、アイスが少し溶けていて、スプーンの先に水滴がにじんでた。


 いつの間にか、そんなに時間が経ってたんだ。


 彼の笑顔は変わらないのに、その視線がまた私の胸元をかすめた。


 見られてる、って分かる。なんでこんなに見てくるんだろ……。


 大和さんならいいけど、他の人に見られるのは、なんかやだな……。


「このあと、ちょっとだけ……場所変えてもいい?もっと静かなところで、ゆっくり話したいなって」


 どこへ行くんだろう……はっきりわからないけど、胸の奥がざわついて落ち着かない。


 さっきまでの“分かってくれるかも”って気持ちが、じわじわ崩れていく。


 その奥に隠れてた本音みたいなのが、透けて見えるような気がする。。


 私は、小さく頷いた……それしか、できなかった。


 カップの縁をなぞる指先が、うっすら震えてた。


 会計を済ませて、カフェから出ると、冷たい空気が私の頬に当たった。思わず身震いする。


 私の隣で彼が歩いている。近すぎる距離感に、私は無意識に体を引いてしまう。彼の肩が触れそうになるたび、胃の奥がキュッと縮む感じがする。


「こっちだよ、栞ちゃん」


 彼の笑顔が見えて、私はただ黙って頷いた。駅から少し離れた路地に入ると、周りの様子が変わっていく。人の姿がまばらになって、聞こえるのは自分の足音と彼の足音だけ。


 声が出てこない。どこに行くのか聞けないまま、ただ彼の背中を追っている自分がいる。路地を曲がるたび、明るい大通りがどんどん遠くなっていくのが感じられる。


 広い通りから離れるにつれて、周りの景色が変わっていく。人通りも少なくなって、こんな場所に来たの初めてかも。


「さっきの話の続きなんだけどさ――」


 彼の声に、私は自分の声じゃないみたいな声で「はい」と答えた。


「歌も聞かせてほしいな、あの透き通った声、生で聴きたいんだ。ここじゃ周りの目があるから……もう少し先に行こうよ」


 彼の声に甘ったるさが混じっている気がした。その意図がはっきりと感じられて、背筋に冷たいものが走る。


 やっぱり……この人も、私に何かを求めてる……。


 建物の隙間からネオン看板が見えた。目に入った"HOTEL"の文字に、私の中の何かが凍りついた。足が勝手に止まりそうになる。


 心臓がバクバクして、手のひらから冷たい汗が出てきた。


「ど、どこに行くんですか?」


 自分の声が遠くに聞こえる。


「中で話そう。人目もあるしさ」


 彼の手が私の腕に伸びてくるのが見えて、私は反射的に体を引いた。でも後ろも壁で、逃げ場がない。


 このまま彼についていかなきゃいけないの?嫌だ。でも……録音データは欲しい。大和さんのためにも、証拠が必要だから……。


 だけど、このホテルに入ったら、何が起きるかくらい、私にだって分かる。


「大丈夫だって、栞ちゃん。ちょっとお話するだけだよ」


 彼の声が遠くに聞こえるような気がした。緊張で頭がくらくらして、少しめまいがしてきた。


 何か言わなきゃ。断らなきゃ。でも言葉が出てこない。


「ほら、録音データ、欲しいんでしょ?」


 その言葉で、私の中の何かが壊れそうになった。嫌だ、嫌だ、嫌だ……。


「栞!!」


 急に聞こえた声に、私は振り返った。


 大和……さん?


 息を切らして立っている大和さんの姿が、現実じゃないみたいに見えた。なんで?本物なの?


「お前、誰だよ!?」


 彼が叫ぶ声が聞こえる。


「てめぇ、なに考えてやがんだ!」


 大和さんの声、怖いくらい低くて震えてる。こんな大和さん見たことない。


 拳を振り上げるのが見えた。私の目の前で喧嘩になっちゃう……!そう思った瞬間、大和さんの拳は途中で止まった。


「う、うるせーな!そもそもこいつからついてきたんだよ!な、何マジになってんだよ!」


 彼の大きな声で、周りの人が私たちを見ているのが分かる。突然の出来事に混乱して、体が動かない。


 大和さんが彼の襟をつかんでる。


「もう二度と近づくな……いいな!?」


 低い声なのに、すごく怖い。私まで震えてしまう。


「ひっ!?」


 彼は小さく叫んで、大和さんを押しのけ走り去ってしまった。


 その姿が見えなくなった瞬間、私の足から力が抜けた。膝が折れそうになって、そのまま地面に倒れこみそうになる。


 でも、倒れる前に大和さんの腕が私をつかんでくれた。


「大丈夫か!?」


 大和さんの声が耳元で響く。温かい手が私の肩をしっかり支えている。


 大和さんの顔を見上げると、その瞳には怒りと心配が混ざっていた。安心感で一気に力が抜けて、涙が溢れてきた。


「バカかお前は!!何してんだ!!」


 大和さんが怒鳴ってる。怒られても仕方ない。でも、怒ってる顔のはずなのに、どこか悲しそうな表情が見えた気がする。


「ごめんなさい……や、大和さんが、証拠欲しいって……だから……」


 言葉が途切れ途切れになる。自分でも何を言ってるか分からない。


「お前が壊れたら意味ねぇんだよ!!」


 大和さんの声が震えてる。凄く怒ってる……当然だよね。でも、少しだけ嬉しい……だって、私のことを、それだけ思ってくれてるって事だよね……。


 ぐちゃぐちゃな感情が、我慢してた涙を一気に押し流した。


 ポロポロこぼれてきた。止まらなくなって、気づいたら大きな声で泣いてた。体から全部力が抜けて、そのまま大和さんにしがみついた。


 大和さんの腕が私を包んでくれる。私の頭を優しく撫でる手。


 あったかい……大和さんの匂い、安心する。


「もう、一人で勝手な行動するなよ……」


 大和さんの声が頭の上から聞こえてくる。私の髪を撫でる大和さんの手が震えてる気がする。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 何度も謝る私に、大和さんは黙って背中を撫でてくれるだけ。


 周りの人が私たちを見てるのが分かる。恥ずかしいけど、今は大和さんから離れたくない。


「帰ろう」


 大和さんがそう言って、私の肩を抱くように歩き始めた。


 二人で家に帰る道すがら、何度も大和さんの顔を見上げてしまう。


 また迷惑かけちゃった……でも、どうして来てくれたんだろう……どうやって私を見つけたの?


 いろんな疑問が胸の中でぐるぐる回ってるけど、今はただ、大和さんの横にいられることがなによりの安心だった。


 マンションに戻ってきたのに、玄関のドアが閉まった音さえ、どこか遠くの出来事みたいだった。あの人の影がまだ頭の中に残ってる。ホテルのネオンと一緒に、胸の奥にこびりついて離れない。


 ソファの端に腰を下ろして、そっと膝を抱えた。スカートの裾が少しだけ浮いてて、指先で直しながら、ぼんやりと床を見つめてた。


 何もできなかった。何一つ。大和さんのためにって思ってたのに。頑張ったつもりだったのに。ぜんぶ、ひとりで勝手に空回って、終わった。


 怖かったくせに。無理なの分かってたくせに。あんな場所に行こうとした自分がバカすぎて、息が詰まりそう。


 頭の中が混乱してる。胸の奥が重くて、冷たくて、息を吸うだけでまた泣きそうだった。


「あの……どうして、大和さんは……私のこと、見つけられたんですか?」


 声、ちゃんと出たのか自分でも分からなかった。聞きたくて、でも怖くて。喉が詰まってた。


 大和さんは、眉を少し動かしてこっちを見たけど、怒ったりとかしてなかった。


「お前のスマホ、ベッドの上に置きっぱなしだった。通知が光っててな……画面にちょっとだけ、メッセージが見えたんだ。神楽坂のカフェって」


 通知……。


「勝手に見て、その、ごめん。でも、今朝のお前、どっかおかしいと思ってさ――」


 謝らなくていいのに。見られて困るようなことじゃなかったし、それに……。


 たった一瞬、通知に映っただけのメッセージを頼りに、本当に来てくれたんだ。


 何も言ってなかったのに。どうしてそんなに優しいの……。


「それから、その辺りをとにかく歩き回った。おっさんの体力じゃきつかったけどな」


 冗談っぽく笑ってくれたその声に、胸がキュッと痛んだ。喉の奥が熱くなって、目の奥もじんとした。


 これ以上泣いたらダメって思ったのに、頑張ったのに……堪えられない。


 ごめん。ほんとに、ごめんなさい。


 そのとき、スマホの音が鳴った。


 大和さんが電話に出る。少しだけ距離があるのに、言葉のトーンが変わるのが伝わってきた。


「厳しそう……か。うん、わかった」


 背中が、少しだけ沈んだように見えた。


「おいおい、小糸のせいじゃないって。気にすんな」


 その言葉だけで、なんとなく察してしまった。


 小糸さん……ダメだったんだ。


 じゃあ、もう……全部、ダメなのかもしれない、私のせいで、どんどん壊れていってる。全部、崩れていってる……。


 情けなくて、悔しくて、消えてしまいたくなった。小さく膝を抱えて、顔を埋めた。こんな私、なんの役にも立たない。


 そのときだった。足音が、近づいてきた。


 そっと顔を上げると、大和さんが私の前に膝をついてて、まっすぐに目線を合わせてきた。


「まだあと一日ある」


 その言葉が、胸の奥にスッと落ちた。


 もう無理だって思ってたのに、心のどこかがじわって揺れた。


「そんなに落ち込むな、栞。俺を信じろ」


 ……そんなふうに言われたら、私……。


「うっ……」


 嗚咽が喉まで上がってきて、止められなかった。


「見てろ。たとえ無様でも、最後まで足掻きまくってやる。それが俺のやり方だ」


 そう言って、大和さんの大きな手が、私の頭を優しく撫でた。


 ただ撫でられただけなのに、もうどうしようもなかった。


 なにかが一気に崩れて、なにかが一気に満たされた。うれしくて、苦しくて、全部あたたかくて……。


 この人に触れられて、やっと、自分の輪郭がわかった気がした。


 その瞬間、胸の中に何かがぶわって広がった。くすぶってた火が、また灯った気がした。


 大和さん……やっぱり私……あなたのこと……。


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