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第4話 ベーコンと涙のアーカイブ配信

 昨夜の栞を思い出して、ごくりと生唾を飲み込んだ。ベッドで眠っている彼女は、今はただの女の子だ。でも昨夜、俺のすぐ側でじっと座り込み、寝息を聞いていた栞の姿が、目を閉じると浮かんでくる。


 考えすぎ……だよな?


 隣を見ると、栞が穏やかな寝顔で眠っている。肩までしっかり布団をかぶっていて、安心しきったような表情だ。その姿を少しの間見つめてから、ふと壁の時計に目をやる。


 時計を見ると五時半、外はまだ薄暗い。


「まだ早すぎるな……」 ぼそっと呟いて、布団の中でもう一度目を閉じる。昨日は本当に色々ありすぎた。柚子に振られ、浮気現場まで見せられて、会社も辞めて……ヤケ酒配信の果てに栞と出会った。偶然だが、助けるって決めたのは俺だ。


 今さら考えても仕方ねぇ。頭も体もくたくただし、もうちょっと寝よう。


 寝返りを打ち、あくびを一つ。思考を振り切るように目を閉じて、じっとしているうちに、いつの間にかまぶたが重くなっていった。






 やがて、うっすらとまぶた越しに明るい光を感じる。どこかで小鳥が鳴く声がかすかに聞こえ、部屋の空気がほんのり温まっている。


 次に目を開けたら、時刻はもう九時半を回っていた。


「……最悪。頭いてぇ」


 二日酔いがまだ抜けていない。起き上がりながら、隣を見やると、そこにいるはずの栞がいない。


「あれ……?」


 一瞬、不安がよぎる。昨日あれだけ怯えてたのに、いないとやっぱ気になる。


 見回すが、靴はそのままだ。トイレか?


 まあいい、とりあえず顔でも洗ってこよう。


 立ち上がった瞬間、大きなあくびが一つ出た。口を手で隠しながら、まだ体がだるいことを実感する。


 ふらふらと洗面所へ向かい、蛇口をひねる。冷たい水で顔を洗うと、ようやく少し頭がすっきりしてきた。


 ふと鏡に目をやると、寝癖でボサボサの髪、目の下のクマ、伸び放題の無精ひげが目立つアラサー男がそこにいた。顔色は悪く、どこかだらしない。まるで人生に疲れ切った男が鏡越しにこちらを見返しているようだった。


 やべぇ……老けたな、俺。


 思わずため息をつきながら歯を磨いていると、徐々に意識がはっきりしてきて、鼻先をくすぐるような香ばしい匂いが漂ってきた。食欲をそそるその匂いに、思わず顔を上げる。


「……まじか」


 慌てて口をゆすぎ、タオルで顔を拭いてからリビングへ向かう。


 そこにはエプロン姿の栞がいた。俺のダボダボロンTに、ぶかぶかのエプロン。その格好で振り返り、微笑んでくる彼女に、思わずドキッとする。


 まるで新婚の朝みたいじゃねぇか……。


 フライパンの上では、じゅうじゅうとベーコンエッグが焼けている。その香りと光景に、現実感が少しずつ戻ってきた。


「あ、おはようございます、大和さん」


 振り返った栞が、はにかむように笑う。昨夜の不安げな態度と打って変わって、穏やかな表情だ。


「ああ……おはよう」


 まだ頭が起ききってない俺に構わず、栞はテーブルに皿を並べていく。ベーコンエッグ、トースト、サラダ。簡単だけど、十分嬉しい。


「朝ごはん、作ってみました」


 妙に腹が鳴る。そういえば、誰かの手料理なんて、いつ以来だろう。


「……悪いな、助かる」


 席についてひと口食べると、思わず「うまい」と呟いてしまった。栞が得意げに笑う。その笑顔に、ほんの昨日まで泣き顔だった彼女の面影が重なって、不思議な気持ちになる。人って、こんなにも変わるものなのか。


「……なんか、夢みてぇだな」


 ベーコンエッグの匂い、栞の笑顔、あたたかい朝の光。それらが不意に胸を打って、こんな朝が来るなんて思ってもみなかった自分に気づく。寂しかったんだな、俺。


「料理、慣れてんのか?」


「実家にいた時は自分で作ってましたから」


 控えめに答える栞が、少しだけ誇らしそうに見える。昨夜の暗い雰囲気と、今の彼女と――どっちが本当なんだろう。たぶん、どっちも嘘じゃない。


「……こんな嫁さんいたら、俺の人生も変わってたかもな……あ、」


 俺はなんてことを口走ってんだ!つい口を滑らせちまった。


 すると、栞は頬を赤らめて、少しだけうつむきながらも笑みを浮かべた。まんざらでもなさそうなその表情に、逆に俺の方が焦ってしまう。


「わ、悪い!今のは変な意味じゃなくて!冗談というか、なんというか……!」


 必死に言い訳しながら、俺は口を動かすことでごまかすように、もう一度トーストをかじった。


 ふと見回すと、散らかっていたゴミや服がきれいに片付いていた。床には埃ひとつなく、洗濯物まできちんと畳まれている。


「これ……お前が?」


「はい、ちょっとだけ。だめでしたか?」


「いや、すげぇな……助かったよ」


 全然邪魔どころじゃない。誰かが自分のためにここまでやってくれるなんて、正直ちょっと感動した。


 掃除だけじゃない。洗濯物まできっちり畳まれていて、無駄がなくて丁寧。まるで見えないところにまで気を配ってるみたいだ。


 こんな短時間でここまできれいにできるなんて、ちょっと感心する。見た目はか弱そうなのに、実はしっかりしてるんだな、こいつ。


 そう思ったところで、スマホが震えた。DMの通知。そうだ、俺はいま大騒動の入り口に立ってる。のんびりしてる場合じゃねぇ。


「……さて、そろそろ動くか」


 最後のトーストを口に運んで、栞を一瞥する。彼女も静かにこちらを見返していた。


 助けるって言ったのは俺。やるしかねぇ。



朝食を食べ終え、ふとスマホを確認すると通知がいくつか届いていた。


「おっ」


 思わず声が出る。件名を見ると、「栞さんの件について」とある。俺の心臓が一拍早くなった。


 昨夜、俺はパソコンとスマホを駆使して必死に検索していたんだった。「目には目を、ネットにはネットだ」と言ったあの言葉が、単なる勢いだけのものじゃなかったことを証明するように。


 事務所が栞の配信アーカイブを全て消したというなら、こっちはファンの手によって録画されたものを探し出す——それが俺の賭けだった。どんな配信者でも熱心なファンはいるもんだ。配信中に泣いたなんて出来事があれば、なおさら。そんな"事件"は切り抜いて保存する奴が必ずいるはずだ。


 配信名、日付、キーワード。考えられるものを片っ端から検索して、見つけては連絡を取った。何十人ものユーザーにDMを送り、掲示板に書き込みをして、どこかに痕跡が残っていないか必死に探り続けた。栞が眠った後も、俺は睡魔と闘いながらスマホを握りしめていた。


 そして今、その賭けが実を結んだらしい。


「栞、見てみろよ。昨日の夜中に探してた動画だ。誰かが見つけてくれたぞ」


 俺はスマホを栞の方に向けて見せた。


「私の……配信、ですか?」


 栞の声がかすかに震えた。その大きな青い瞳には、期待と恐怖が入り混じっている。


「ああ。お前が言ってた、泣いた時の配信の動画だ。『目には目を、ネットにはネット』って言っただろ?事務所がアーカイブから消したからって、完全に痕跡を消すなんて不可能なんだよ」


 DMを送ってきたのは「青い瞳のしおりん推し」というハンドルネームの匿名アカウント。俺の呼びかけを見て、保存していた動画を送ってくれたらしい。


「PCで見た方が良さそうだな」


 ノートパソコンを立ち上げ、SMSで送られてきたファイルをダウンロードする間、俺は思わずガッツポーズをした。


 やった!これで一歩前進だ。証拠になるかはわからないが、少なくとも栞の言っていたことが事実だと証明できる。


 栞が俺の横に座り、膝の上で両手を握りしめている。その指先が小刻みに震えていた。シャンプーの甘い香りが鼻をくすぐる。昨日は酔ってたから気づかなかったが、こんな近くにいるとドキドキするな……って、何考えてんだよ、俺。


「大丈夫か?無理なら見なくてもいいぞ」


「いえ……見ます。見なきゃ、何も変わりませんから」


 弱々しくも、決意のこもった声。その姿に、妙に胸が熱くなる。こんな幼い女の子が、こんなに強く生きようとしているなんて。守りたくなるのは、男の性ってやつか?


 動画が始まる。


 画面には、俺が昨夜見た栞とは違う姿の少女が映っていた。デジタルアバターだ。青い髪の、人形のような可愛らしい少女。大きなサファイアブルーの瞳が特徴的なキャラクターだ。声は間違いなく栞のものだった。


「今日は新曲の練習をしていたんですけど、難しくて……でも頑張りますっ!」


 明るく話す栞。バーチャルアイドルとしての「栞ちゃん」は、チャットの流れるコメントに応えながら、時々小さな笑い声を上げている。特徴のある声音は、かすれるような柔らかさがあって、聴いているだけで心地よかった。


「『新曲楽しみにしてます』ありがとうございます! 私も早く皆さんに聴いてもらいたくて……」


 ふと、横目で実際の栞の表情を窺う。彼女は食い入るように画面を見つめていた。その瞳は潤んでいる。夢を見つけて、希望を抱いていた頃の自分を見つめる目だ。


「これ、一ヶ月前の配信です……」


 小さく呟いた栞の声が震えていた。画面上のアイドル「栞ちゃん」は、リスナーのコメントに一つ一つ丁寧に応えている。


「『今日も可愛いね』え、そんなことないですよぉ、照れちゃいますね……ありがとうございます」


 その後も配信は和やかに続き、栞は歌の一節を披露したり、日常の話題で盛り上がったりしていた。見ていると、本当に楽しそうで、才能もある。こんな風に輝いていた時期があったんだな、と思うと胸が痛む。


 そして、配信の終盤——。


 栞が少し疲れたような表情で画面を見つめていた時、特定のコメントに反応した。


「『大丈夫?苦しくない?』……え?」


 その一言を読み上げた瞬間、栞の声が震え、アバターの目から突然涙がこぼれ落ちた。デジタルの中の「栞ちゃん」の表情が、悲しみに歪んでいく。


「あ、ごめんなさい……なんだか……急に……」


 栞はすすり泣きながら言葉を絞り出す。誰かに「大丈夫?」と心配されただけで、感情が崩れてしまうほど追い詰められていたのか。


 突然、アバターの表情が変わった。何かに気づいたように目を見開き、振り向くような仕草をする。その瞬間、恐怖で顔が歪んだ。誰かが部屋に入ってきたのだ。


 「あ……」


 実際の栞も身体を強張らせ、息を呑む音が聞こえた。俺はハッとして彼女の方を見た。顔が蒼白になっている。


 画面上では姿は映っていないものの、栞のアバターが明らかに誰かの方を見て、怯えるように身を縮めているのが分かる。


「ごめんなさい、ちょっと、待って……」


 画面の中の声が急に小さくなる。背後から何か声が聞こえる気がしたが、はっきりとは聞き取れない。栞のアバターは固まったように動かなくなり、ただ恐怖に震えているように見える。


 次の瞬間、画面が急に暗くなり、「配信は終了しました」というメッセージだけが残された。


「……っ」


 動画が終わった瞬間、栞が小さく呻いた。その顔は青ざめ、震えが全身を走っている。


「栞!大丈夫か?」


「はい……大丈夫、です……」


 そう言うのに、彼女の声は震えていた。俺は思わず手を伸ばして、そっと彼女の肩に触れた。栞はビクッと身を震わせたが、逃げようとはしなかった。


「何か、思い出したか?あの時、何があったんだ?」


 栞は目を閉じて、必死に記憶を掘り起こそうとしているようだった。


「あの時……マネージャーが部屋に入って来て……」


 ぽつりぽつりと言葉が紡がれる。手が震えて、俺のTシャツの裾を無意識につかんでいる。


「何か、酷いことを言われた気がするんです……でも、はっきりとは……」


 栞の顔が苦しそうに歪み、目からは涙がこぼれ落ちる。パニックになりかけているのが分かった。


「お、おい、無理するなよ!」


 俺はあわてて、栞の背中をさすった。女の子の涙には弱い。特に栞のような、か弱くて儚げな子が泣くと、なんとも言えない気持ちになる。


「でも……もし思い出せれば、証拠になりますか!?」


 涙に濡れた目で、栞が必死に尋ねてくる。そのか細い声と必死の形相に、胸が締め付けられた。


「いや……栞の記憶だけじゃ証拠としては弱いんだ。お前の証言だけなら、『ただの言いがかりだ』って一蹴されちまう」


 正直に答えるしかなかった。暴露するにしても、彼女の記憶だけじゃ不十分だ。


「でも、この動画の中にその時のやり取りが残ってれば、それが証拠になる」


 俺は立ち上がり、部屋の中をぐるぐると歩き回った。無意識にタバコを一本取り出し、窓際に立って火をつける。


「あ、すまん!」


 栞がいることを思い出して、慌ててタバコを消した。未成年の前でタバコなんて、なんて無神経なんだ。大人の悪い癖だな。


「いえ、大丈夫です……」


 栞は小さく首を振った。でも、健康に悪いことは確かだしな。栞の前では我慢しよう。軽く窓を開けて換気しながら、頭の中で思考をめぐらせる。


 動画をもう一度再生して、音量を最大にする。バックグラウンドノイズを除去して、何か聞き取れないか試す。でも、配信が終わる前の背後の声は、あまりにもかすかで判別できない。


「くそっ、何か些細な証拠でもあればいいんだが……」


 俺は言いながらものたーを睨みつけた。


「こんな動画があっても、彼らは『単なる機械トラブルだった』とか言い訳するだろうしな……」


 俺は苦々しく呟いた。


「ごめんなさい……私のせいで……」


 栞の小さな声が聞こえた。振り返ると、彼女は肩を落として俯いていた。まるで全てが自分のせいだと責めているようなその姿に、胸が痛んだ。


「お前のせいじゃない」


 思わず強い口調で言った。


「悪いのは、お前をそんな目に遭わせたやつらだ。それをこんな若い子に押し付けようとする大人どもが間違ってる」


 栞は泣きそうな顔で俺を見上げた。その大きな青い瞳に映る自分の姿が、少し照れくさかった。


「大和さん……」


 彼女が小さく呟く。その声には、感謝と何か別の感情が混ざっている気がした。


 俺は窓から外を見た。真っ青な空が広がっている。昨日までの人生と、今日からの人生が、まるで別物みたいだ。たった一晩で、栞との出会いで、俺の世界の軸が大きく傾いた。


 すごく不思議な感覚だ。なんで俺はこんなに必死になってるんだろう。単なる同情?正義感?それとも…


 いや、理由なんてどうでもいい。今は目の前の栞を守ることだけを考えよう。


 そう決意した瞬間、スマホが突然鳴り出した。画面を見ると「東雲」の名前。


「もしもし、小糸か?」


 受話器の向こうからは、いつもの元気な声とは違う緊張した声が聞こえてきた。


『大和、何これ?昨日送られてきたメッセージ見たんだけど、隣の部屋借りたいって……何があったの?』


「あ、いやその、ちょっと事情があって……」


『それだけじゃわかんないでしょ!しかも柚子から聞いたんだけど、あんた会社辞めたって本当?それと別れたってどういうこと!?』


 電話越しでも小糸の激しい息遣いが伝わってくる。こりゃあマジで心配させちまったな。


「おいおい、落ち着けって。そんな興奮すんなよ」


『落ち着けるわけないじゃん!いきなりそんな大事なこと全部まとめて起きてんのに!しかも、柚子泣きながら電話してきたよ?なんかあったの?ねえ、大和?』


 俺はため息をついた。


 ……柚子が泣いてただあ?


 いや、それよりも今は、ここでベラベラ喋るわけにもいかない。


「分かった分かった、落ち着け。会って話そう。すぐ行くから」


『約束だよ?いつもの茶店で。遅れたら承知しないから』


「ああ、わかったよ。すぐ行く」


 小糸との通話を終えると、背後からの視線を感じた。振り返ると、栞がじっと俺を見つめていた。


「小糸って……誰ですか?」


 その声は優しさの中に何かが混ざっている。俺は何気なく答えた。


「ああ、柚……元カノの友達でな。このマンションの管理人やってるんだ。本職は音楽や映像のエンジニアで――」


 説明しながら、栞の表情がみるみる変わっていくのが分かった。さっきまでの柔らかい表情が曇り始めている。


「彼女、結構優秀らしくて……」


 何気なく言った言葉に、栞の表情が完全に凍りついた。


「女、なんですね……」


 栞の言葉には、ほとんど温度がない。その青い瞳が一瞬だけ、昨夜見た不気味な表情と重なった。俺は思わず背筋に悪寒を感じ、無意識に一歩後ずさりしていた。


「あ、そ、そうだ!遅くなったらいけないから、これで出前でも取ってくれ」


 不穏な空気を打ち破ろうと、俺は財布から五千円を取り出して、テーブルに置いた。


「じゃ、じゃあ行ってくる!」


 習慣的にポケットをたたいてタバコを確認する仕草をしながら、慌ててドアへ向かう。開ける前に、チラリと振り返ると、栞の複雑な表情が見えた。怖いというより、何かが壊れそうなほど不安定で、けれど必死に平静を装っている。それが余計に心に引っかかる。


 背中にその視線を感じながら、急いで部屋を出た。


「はぁ……」


 廊下に出ると、大きく息を吐いた。壁にもたれかかり、取り出したタバコに火をつける。


「あの時折見せる表情は一体なんだったんだ……?」


 昨夜のことも、夢じゃなかったのかもしれない。栞が俺のすぐそばに座り、じっと見つめていた光景が脳裏に浮かぶ。「消えないように、ちゃんと見ておかないと」というあの言葉。


 煙を吐きながら、これからの小糸との会話を考える。正直、何て説明すればいいのか見当もつかない。「実は未成年の美少女を泊めていて、その子のために部屋を借りたいんだ」なんて言えるわけがない。頭を抱えたくなる。


 もう引き返せないところまで来ている気がした。栞を守るって決めたんだ。でも俺は、彼女の何を守ればいいんだ? 悪徳事務所から?それとも、彼女自身の中にある何かから?


 階段を降りながら、タバコの煙をくゆらせる。

十六歳の少女と同居未遂、元カノからは意味深な連絡、そして今からはその親友に呼び出されてる。


「誰か台本書いてんのか? 俺の人生」


 冗談みたいな展開に、思わず苦笑いが漏れる。

次から次へと面倒が降ってくるのに、不思議と嫌じゃない。

むしろ……ちょっとだけ、期待してる自分がいる。


 それが、一番厄介だ。


 面倒の先に何があるのかなんて、分かりゃしない。けど今は、足を止める理由もない。


 タバコの火を指先で弾き、俺は微かに笑いながら、歩き出した。

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