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第2話 未成年ダメ!絶対!配信

「というわけで、この件については進展があり次第、SNSでお知らせします!」


 配信用のマイクに向かって精一杯明るく言う。普段なら誰も見てないからどうでもいいと思っているところだが、今日は違う。チラ見した画面の視聴者数は三桁を超えていた。俺の配信史上、過去最高だ。


「まあ、こんな過疎配信だから、大して話題になることもないと思いますけどね」


 自嘲気味に笑いながら言った。しかし、心の中では少しだけ、いや、かなり興奮していた。こんなに多くの人が見てくれるなんて。


「あと、あんまり騒ぎすぎると相手に筒抜けになっちゃうかもしれないので、その辺は注意してくださいね」


 配信画面を見ると、コメント欄がどんどん流れていく。いつもは読み上げるのに困るくらいコメントが少ないのに、今日は追いつかないほどだ。


「それから、もし協力してやってもいいって人がいたら、SNSのDMにじゃんじゃん連絡してください!それじゃあ、今日はこの辺で。また次回!」


 深々と頭を下げて、配信終了のボタンを押した。画面が暗くなり、配信用ソフトが閉じる。俺は大きく背伸びをして、ビールの空き缶を片付けようとした。


「ふう……やっちまったな、俺」


 本当にやっちまった。会社を辞め、彼女にフラれ、今度は何か暴露系配信者になりかけている。しかも相手はバーチャルアイドル業界とか、俺に何ができるというんだ。酒の勢いってのは恐ろしい。


「……あの、大和さん?」


「うわっ!」


 突然聞こえた声に驚いて、手に持っていた空き缶を落としてしまった。音を立てて床に転がる缶を見つめながら、俺は状況を理解した。


 栞との通話が、まだつながったままだったのだ。


「あ、ごめん!!通話繋げたままだったこと忘れてた!」


 慌てて声を上げる。配信は終わっていたが、彼女との通話だけはそのままだった。恥ずかしい独り言も全部聞かれていたのか。


「いえ……大丈夫です。私こそ、すみません」


 栞の声は相変わらず小さく、か細かった。この声からは想像もつかないような壮絶な過去を持つ少女。俺の頭の中で、彼女の話した内容がもう一度よみがえる。


「あの……本当に助けてくれるんですか?」


 彼女の声には、まだ信じられないという気持ちが滲んでいた。そりゃそうだろう。見知らぬ酔っぱらいのおっさんが、いきなり「暴露してやる!」なんて言い出したんだから。


「ああ。約束したじゃないか」


 いつの間にか酔いが醒めていた。頭の中はむしろ冴えわたっている感じだ。思いがけず大役を引き受けてしまったが、後には引けない。


「でも…こんな私のために…」


「え?」


「だって私なんて……ただの…役立たずで…」


 彼女の声が震え始めた。何を言おうとしているんだろう。


「誰にも必要とされなくて…親にも捨てられて…自分のことすら守れないような…本当に…ゴミみたいな……」


「おいおい、何言ってんだよ」


 彼女の自己否定の言葉に、思わず遮った。


「何がゴミだよ。そんなことないだろ。お前は被害者だ。悪いのはそんな目に遭わせたやつらの方だ」


「でも私……生まれてきたことが間違いだったんです。お父さんとお母さんが死んだのも、あの家で虐められたのも、事務所で騙されたのも……全部私が弱くて、醜くて、価値のない人間だからで…」


 その言葉は震えていた。まるで長年胸の奥に溜め込んでいたものが、一気に溢れ出しているかのようだった。


「だって考えてみてください。普通の女の子なら、こんな目に遭わないじゃないですか。私みたいな底辺で、壊れた女だからこんな……」


「おい、やめろよ」


 思わず強い口調で遮った。


「何をちゃんとするんだよ。十六歳の子が、大人どもの悪意からどうやって身を守れっていうんだ。無理に決まってるだろ。それに『底辺』とか『壊れた』とか、そんな言葉で自分を責めるな。お前は何も悪くないんだ」


 俺の言葉に、栞は一瞬黙った。そして、


「大和さん……」


 小さく呟いた後、彼女の声が急に明るくなった。


「ありがとうございます!本当に!本当に感謝してます!大和さんみたいな人に出会えて……私、すごく幸せです!」


 その急激な変化に、少し戸惑う。さっきまで自分を責めていたのに、急にテンションが上がった感じだ。まあ、励ましの言葉が効いたのかな。


「いや、別に大したことは……」


 言いかけたところで、スマホが振動した。着信だ。画面を見ると「柚子」の名前。元カノだ。


「ちょっと待ってくれ。電話来たから」


「あ、はい……」


 栞との通話はミュートにするつもりで、急いでボタンを押した。そのまま柚子からの着信に出る。


「もしもし、柚子?どうした?」


「大和…本当に会社辞めちゃったの?」


 心配そうな声だった。浮気されてプロポーズも断られたばかりなのに、なぜか俺のことを気にかけている。よくわからない女だ。


「ああ、辞めた。もう戻れないよ」


「そう……」


 少し沈黙があった後、彼女は言った。


「あのさ、今度時間あったら話せないかな。ちゃんと説明したいことがあって…」


 説明?今さら何を?浮気の言い訳でもするつもりか?


「……今はちょっと忙しいんだ。またの機会にしてくれないか」


「そう……わかった。ごめんね、急に」


 それだけ言って、柚子は電話を切った。俺は深いため息をついて、栞との通話に戻る。


「栞ちゃん?戻ったよ」


 一瞬の沈黙があった。


「……柚子って誰?」


 低く、冷たい声が聞こえた気がした。


「え?今なんか言った?」


「いいえ、何も……」


 いつもの透き通るような、か細い声に戻っていた。まるで幻聴でもあったかのように。


 そして、その瞬間、俺は気づいた。通話画面を見ると、オレンジ色のミュートアイコンが点灯していない。さっきミュートにするつもりでボタンを押したはずなのに、実際には押せていなかったのだ。


 まずい…柚子との会話、全部聞こえてたのか…?


 頭の中で思ったが、あえて口には出さなかった。


「そうか……それじゃあ、さっきの話に戻るけど」


 首を横に振り、気持ちを切り替える。


「今思いついたことがあってさ、それに協力してほしいんだけど」


「はい!何でも協力します!」


 即答だった。ためらいの欠片もない。


「まず、その事務所の社長とか、責任者と直接話を…」


「あの、大和さん」


 俺の言葉を遮って、栞が口を開いた。


「ちょっと、相談があるんですけど……」


「ん?どうした?」


「実は……友達の家を追い出されちゃって……」


「え?どうして?」


「友達の彼氏が帰ってくるらしくて、それで……」


 彼女の声が急に小さくなり、言いよどんだ。


「それで?」


「行くところが……ないんです…」


 ああ、そういうことか。確かに十六歳じゃ、一人で住める場所も限られるよな。でも、この先彼女はどうするつもりだったんだろう。


「良ければ、その……大和さんの所に…」


 言いかけて口をつぐんだ彼女の言葉に、俺は凍りついた。


 そうきたか……!?


 彼女は十六歳。ばっちし未成年だ。俺の家に泊めるなんて、それこそ犯罪だろ!


 だけど、こんな状況で彼女を見捨てるなんてできるのか?


 俺の頭の中は大混乱していた。


 そんな時、スマホの画面に通知が表示された。配信終了から間もないのに、DMがいくつも届いている。予想以上の反響だ。こっちの問題にも早く対処したい……ああもう!どうしてこう問題が次から次へと!



 「ふうっ」と、深く息を吸い込み、心を落ち着かせる。


 「……栞」


 無意識のうちに彼女の名前を呼んだ。何を言おうとしていたのか、自分でもわからない。ただ、俺の頭の中は彼女の置かれた状況と、俺の立場とでぐるぐると回り続けていた。


 この子を自分の家に泊めるなんて、どう考えたって危ない。もしバレたら未成年誘拐罪だろ。警察に通報されて、ニュースにも出るかもしれない。でも……今まで散々辛い目にあったこの子が、今夜から寝る場所がないなんて……。


「あの……大丈夫です」


 栞の声が小さく震えた。俺の沈黙を察したかのようだ。


「迷惑かけてごめんなさい。こんな話を聞いてもらっただけでも、十分です……ありがとうございました」


 その言葉が妙に綺麗すぎて、余計に胸を締め付けられた。


「いや、そうじゃなくて……」


 咄嗟に言葉を返したものの、その先が出てこない。どうすればいい?頭がぐるぐる回る。


 ふと、俺は思いついた。


「隣の部屋、空いてるんだよ」


「……え?」


「俺が住んでる所、ワンルームマンションが並んでるんだよ。俺の隣の部屋、ちょうど空いてるって管理人が言ってた」


 先走る言葉に、自分でも驚いた。でも、そうだ。俺の住んでるアパートは築年数も古いし、常に空室があった。確か、三〇四号室が空いてるって、先月管理人が募集の張り紙を貼っていた。


「大家は俺の同級生でな、融通も聴いてくれる。俺が口きいてみるから、とりあえず今日からしばらく、そこに住むといい。俺が……代わりに借りてやるから」


「本当に……ですか?」


 栞の声には、信じられないという驚きと、かすかな希望が混ざっていた。


「ああ。これである程度誤魔化しもきくだろ。それに困ったことがあったら、すぐに助けに行ける距離だ」


「でも、私、お金も……」


「家賃は俺が立て替えとくよ。まずは身の安全が先だ。今日は俺んちで寝てもらって、明日、大家に話して部屋を借りる手続きをするから」


 部屋代の工面とか将来的なこととか、考えればキリがない。でも、目の前の危機を救うことが先決だ。


「……本当に、いいんですか?」


 栞の声には、不安と希望が入り混じっていた。


「ああ、大丈夫だ。任せろ」


 その言葉を口にしながらも、本当に大丈夫なのかと自問した。会社も辞めて、貯金もそんなにない。恋人にもフラれたばかりで、心の余裕なんてまるでない。そんな状態で未成年の少女を救おうなんて、正気の沙汰じゃない。


 でも、こんな風に誰かを頼ってくるこの子を、見捨てることもできなかった。自分でもわかってる。バカな真似だって……でも理屈じゃない、特に今日の俺は……。


「じゃあ、これから俺ん家くる?」


「……はい」


「今、どこにいるんだ?」


「……神楽坂駅の近くの、カフェにいます」


「あそこか、わかった。俺もそっち行くから、そこで落ち合おう」


 ハハ……やっちまった。これで捕まったら人生初の前科付き。これからどうなるんだろう。この子を助けて、本当に俺に何ができるんだろう。正直、不安でたまらなかった。


 だけど、そうだな……


 何度も言うが、もう失うものなんてない。会社も捨てたし、恋人にも捨てられた。今の俺は綱渡りみたいなもんだ。この子を救うのと同時に、自分自身も救われるかもしれないし、両方とも転げ落ちるかもしれない。


 でも、今はもう決めたんだ。この子を救うって。


 暴露系配信で「悪徳事務所」を晒す。その計画はまだ漠然としていたが、確かな怒りと、何かをやり遂げたいという気持ちが、俺の中にふつふつと湧き上がっていた。


「毒を食らわば皿まで……か。へへ……上等だ」


 そう呟きながら、俺は暗い部屋を後にした。


 気づけば、俺の側にはヤバい女。だけど、それを選んだのは俺自身だ。


 「ヤバい女子」を助けるために、「ヤバい男」になる覚悟を決めた。もう後戻りはできない――いや、するつもりもない。


 この先に待っているのが地獄でも、俺は足を踏み出す。

たとえ道を踏み外しても、誰かの光になれるなら、それでいい。


 俺の暴露配信は、これから本当の意味で始まる。

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