放課となった。
本日は、バイトのシフトが入っている。色々と事情があり、学校に許可を得たうえでの就業だ。時間にはまだ余裕はあるが、ゆっくりと余裕をもって、早めに出社するのが、彰人の主義である。
と、背後から「おーい千鶴!」と彰人を呼ぶ女子生徒の声が、後ろから駆けてくる。
「何だよ、あのアニメやゲームみたいな見た目のおもしれー女。またスゲーのがこのガッコに眠ってたもんだな。おい千鶴アンタ、あんなのと陰でデキてたのかよ。まったく隅に置けねーな」
文字に書き出せば男のものかと見紛う粗野な口調と、男性の平均身長をゆうに超える、彰人と比べてもそんなに変わらない長身。それでいて、ポニーテールやサイドポニーが似合う美貌の持ち主である。その髪の色は明るく、軽くパーマがかかっていて、校則違反を指摘されても文句の言えない色。スカートは短く改造し、ピアスも付け、ネイルもラメの入ったものをキメていて、化粧も怠らない。
世にいう、ギャルというやつだ。こんな地方の小都市に、ここまで気合の入ったものが生息しているのが不自然なくらいだ。
しかし見た目に反して、勉学に関しては常にゲームのスコア感覚で、常にトップ争いを繰り広げるという、意外な一面も持っている。口は悪いが乱暴というわけではないので、男女ともに人気があり、友人や隠れファンも多い。ちなみに、特定の彼氏の話は、今のところ噂でも聞いてはいない。
「きみの中では、俺が女の子と親しげに喋ってたらデキてる扱いになるのか? じゃあ俺と君は今デキてることになる?」
「あれ、そういうんじゃねーの? だいぶ親しそうに見えたけどな。それに、アンタとなら、そういう関係になるのも、少しは考えてもやらんことねーけど?」
と、腕を絡ませながら顔を近づけてくる鈴奈。はいはい。と、どこまで本気かわからない戯言を一蹴する彰人。
「今だけ今だけ。周りと比べて相対的に、でしかないよ。あんなに明るく、キレイになったんだ。どうせ一週間もすれば、クラスのみんなと、あんなふうになってる。すごく社交性も高くなったみたいだし」
鈴奈というこのギャルは、クラスの違う、同じ部活動の腐れ縁である(ついでに船尾も、同じ部に所属している)。どうやら、昼休憩のやりとりを見られていたようだ。
廊下の群衆に混ざって、顎に手を当て、ニヤニヤしながらやり取りを眺める風景が思い浮かぶ。
「知ってるかどうかは知らないけど、あの子、四月に転入してきて、数日間だけクラスにいた後、今までずっと病気で休んでたんだよ。あの時は、全然目立つような子じゃなかったし、当然、見た目もあんなんじゃなかった。四月の時点で彼女の顔と名前を認識していたの、俺と船尾以外に何人いたんだろうっていう、そういうレベル」
「すげーな、同じ人物の説明をしているとは到底思えねー。ってことは、見た目はともかく、あの
「いや、作ってるのとはなんか違う。確かに、ほんの少し無理している感は……ある」
うーむ、と口元に手を当てながら、彰人は眉をハの字にして、四月の記憶をしぼりだす。「ほーう」と興味深そうに反応する鈴奈。
「同一人物が、見た目も性格も超絶進化したというか……。髪の色とかは本当にビビったけど、あれ、地毛らしい。あの子、もともと黒髪だったから、実はまだ信じきれてないところもあるけど……授業しに来た先生たちもガン見してたけど誰も咎めてなかったし。恐らく嘘じゃないんだろう」
「まあ、脱色して染めたなら、生え際で一発でボロが出るだろーしな。そんな絶対にバレる嘘、ついても何の得もねーわ」
「——だよな。顔のつくりなんかは、よく見れば変わってないし、声も口調も性格も、根っこの部分はそんなに変わってない。何ていうか……性格はそのままに、恐ろしく明るく、ポジティブであろうとしているだけ、というか……」
「ふーん。『進化』、ねえ。元のがどんなだったかは知らんけど、ますますゲームのキャラみてーだな。進化前の写真とかねーの?」
「写真撮り合うような仲だったわけじゃあないからなあ」
「いや、陰に隠れてとか」
「俺はストーカーか何かか。浜倉、俺がそんなことするような奴に見えるかい?」
「いや、悪い悪い。誠実なところはアンタの取り柄の一つだしな」
「そりゃどうも」
並んで歩いていると、船尾が横から合流してきた。「よう。お二人さん、部室行かね?」という会釈に「あ、俺バイト」と彰人は返す。「つまんねー」と口をとがらせる船尾。
「いやー、今日の七城ちゃんには驚かされたよな。こりゃ暫くは祭りだ。クラスは七城ちゃん祭りだわ」
「ウチの
無理もない。実質、ゲームなんかでよくある、美少女の転入生のイベントのようなものだ。しかも、物凄い見た目の。
「それにしても、彰人くんは羨ましいですなぁ。初日から早速、ノートを貸してください! なんてイベントまで起こすなんて。また七城ちゃんからの好感度上がったんじゃね?」
口角を吊りに吊り上げながらニンマリとニヤつく二人。
当然、ノートは貸した。まずは一冊。
ズル休みや、授業中にサボっていたり寝ていたりするような不届き者には断固お断りだが、病気療養というやむを得ない事情持ちなら、仕方ない。むしろ、こちらから気遣うべきだったか。彼女曰く、明日の朝一に何があっても這ってでも返す、とのことだ。
その際に、「何なら、一緒に帰る?」とも笑顔で言われた。物凄く惜しかったがそれは断らざるを得なかった。今日ばかりはバイトのシフトが憎い。流石にこれ以上囃されたくはなかったので、黙ってはいるが。
そんな風に頼られて。一緒に帰る? と誘われて。
嬉しくなかったのかと聞かれれば――。
……それは。
当然……。
……嬉しかった。
嬉しかった。