「――はい。はい。ええ。ええ。な、名前は
千鶴彰人は大きく息を吸い込み、人生を擲つであろうその一言を絞り出した。
「間違いなく、僕が殺しました」
殺した。僕が殺した。ついに、ついに言ってしまった。他に言い方はなかったのか? 「倒した」とか「破壊した」とか。いや、それではただのゲームやアニメだ。警察は本気にはしてくれまい。
はあ、はあ、と全力疾走したかのような息をつき、喘ぐように、千鶴彰人は電話相手に続ける。
「――な、何を言っているかわからないとは思いますが、じ、じ、事実なんです。ほ……本当なんです! 僕がこ、殺したのは死体……。そう、死体なんです!」
夜もふけゆく中。震える手と声で、至極剣呑かつ、支離滅裂な内容の電話を警察に必死に伝える千鶴彰人。
「ひっ……ひっ……ああ……」
その胸元には、ひたすらに泣きじゃくり、しゃくりあげる小柄な後輩の女の子の姿がある。
彼女の上半身を包んでいたセーラー服は、無残にも破かれている。下着が見えてしまうところを、それを隠すために、サイズの全く合っていない、自身のカッターシャツを彼女に着せている。
警察に電話をする間も、彰人は不器用に彼女の頭や背中を半ば本能で撫で、どうにか宥めて落ち着かせようとしている。自分自身でさえ、思考や情緒が滅茶苦茶になっている中なのに。
「――何を言っているか、わ、わからないと思うので、とりあえずげ、現場で皆様方、警察の方々を待ちます。ええ、まかり間違っても、逃げたりはしません。信じてください……!! ――ええ、ええ。それでは」
千鶴彰人は、なおも震える手で、スマホの通話をオフにした。そして、はあー、と天に向かってため息を吐く。肺の中のものを、全部放出するかのように。
包み隠さず、自分の行った全てを、警察に告発した。そう、包み隠さず、全てを伝えてしまったのだ。
罪状。罪状は?
……少なくとも、死体損壊は間違いない。
未成年ということで、どうなるかはわからないが、これで何かしらの罪に問われたとしたら、どうすればいいか。
どうすれば?
では、どう動けば正解だった? あの状況で。胸に縋りつく、このか弱く助けを求める声を、お前は無視できたのか? どうなんだお前は。お前は。さあ答えてみろ!
彰人の答えは――明確だった。答えなど、最初から一つしかなかった。
「せん……ぱい。あっ……ああ……わた、わた……ひっ。ああ……」
「大丈夫。もう、大丈夫だよ。さくらちゃん」
自分のとった行動に、悔いはない。
いま、胸の中で泣きじゃくる後輩に、万が一のことがあってみろ。それを、手をこまねいて見ている情けない自分を想像してみるがいい。それこそ自身を許せなかっただろう。違うか!?
さくら、と呼ばれた後輩が、彰人を抱く力が強くなる。30㎝の身長差で、彰人の胸に顔を埋める形になっている彼女を、包み込むように彰人は優しく抱きしめる。
しかしながら――警察が到着したら、全てを説明するとは言ったものの、これを、この状況を、いかにして順序だてて説明すればいいのか。
彰人たちの目下には――首無し死体が突っ伏している。
そう、首無し死体だ。
これだけでも、凄惨で、尋常ならざる事態だ。大事件だ。
だが――実態は、それを遥かに上回る事態が、つい先程まで、彰人に襲いかかっていたのだ。
死体の首根っこからは、首を繋ぎとめていた頚椎が、わずかに顔をのぞかせている。テレビドラマのチープな首無し死体の描写では、お目にかかれないおぞましさがそこにはある。
刎ね飛ばされた首は、遠く離れた場所に転がっている。
そしてその首は、完全に肉が腐り果てており、半分は髑髏のような状態だ。腐汁と腐肉が流れ出し、眼窩にはうねうねと蛆が這っている。
首筋にもぞもぞとした感覚を覚えた。蛆である。彰人は反射的にそれを手で払う。
首無し死体をもう一度見てみる。
纏っている服は泥まみれでボロボロだが、彰人が在学する県立九重高等学校の制服であると、辛うじてわかる。
半袖から露出している肌の部分は腐っており、崩れた腐肉の隙間からは骨と蛆が見えている。なおも垂れだす腐汁は彰人とさくら、どちらにも付着してしまっており、酷い臭気を漂わせている。だが、二人とも既に嗅覚が麻痺しており、既に何も感じなくなってしまっている。
一体、どうしてこんなことになったのか。
これは、一体何なのか。
限界に達そうとしている思考をに鞭を打ち、フル回転させてみる。
すると、この事象に至る前の、数々の、伏線とでもいうべき過去の出来事が、走馬灯のように浮かんできた。
この発端はどこにあるのか。
記憶をさかのぼってみれば――やはり、あれだ。あれしかない。
一連の事件には関係ないのかもしれないが、それが、全ての始まりだったように思えてくる。
今から遡ること、ちょうど一週間前のことである。
そこから、日常は変質し始めていたのかもしれない――。