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01

 アクリル板を挟んで、洒落た椅子に座っている、臙脂色のスーツの男。


 『ようこそ。直接会うのは初めてかな?』


 側のガーデンテーブルに、繊細な意匠のティーカップが置いてある。居室の中には5、6個のランタンがあり、柔らかに明かりを零しながら浮かんでいた。


 『怖い?』


 ピシリ、と固まる。恐る恐る男と目を合わせれば、男は笑う。


 『そうだよね、自分でも知らないうちにピースを揃えて、誰かと共鳴しちゃうんだから』


 男はゆったりと足を組んだ。


 『でも、大丈夫。俺を理解しようとしなくていいよ。面談なんて名目で、もうすぐ意味がなくなるし。それに君だって嫌だろ? 怖くて』


 挑発するようにこちらを見る男。僕は、ぎゅっと手を握った。確かに、怖い。資料もざっとしか見られなかった。

 でも。いや、だからこそかもしれない。知りたかった。こんな人がどうして、中毒者になったのか。


 「怖くないです」


 そう言えば、男はおや、とでも言いたげに片眉を上げた。それから小さい子を諭すような口調で、『無理しなくていいよ。友人の話を聞くように、俺の話を聞くだけで良い』なんて言う。


 「いいえ、大丈夫です。だから、教えてください。あなたのこと」


 声は、震えていないだろうか。いや、確実に震えている。でもそれを聞いた男は楽しげに目を細めて、『じゃあ、早めに終わらそうか』と口を開いた。



ーーー



 私はNo.481、通称『シハイ』。2139年3月30日生まれで、2159年12月25日に逮捕された。名目は「支配中毒」。当時は制度の黎明期だったからね、犯罪に関与していなくても病棟送りになったんだ。


 どうして逮捕されたのか、説明するには少し過去に遡る必要がある。


 私は、いわゆる副リーダーをやるのが好きだった。リーダーだと目立ちすぎる。副位がちょうどいい。明るい馬鹿をリーダーに上げて、自分は根回しや誘導で思う通りにチームを動かした。それは小学校の校外学習の班から始まり、中学の部活、高校の生徒会と徐々に規模が大きくなった。


 大学に進学したころ、自分ならもっと大勢を操れるんじゃないかと思った。考えたらワクワクして、色々と試した。まずは、同じ授業を取っている人。こちらから声をかけて、明るくて誠実で憎めない人柄を演出する。そして小さなお願いを聞いて、こちらからのお願いを断りにくくさせる。

 知り合いへ、知り合いの知り合いへ、そしてその知り合いへ。大学全体を何となく把握できるようになるまでに、そう時間はかからなかった。


 楽しかった。行動心理学から怪しげなメンタリストの技法まで全部学んで、試して、活用していった。知ってるかな? 電話一本で、人って動かせるんだ。こんな離島からでも。それ相応の準備をすればね。


 想定外は、大学2年の冬だった。どうやら体よく誘導していたうちの1人が、政府と懇意な企業の社長の息子、の好きな人、だったらしい。

 その人がクリスマス前に私に告白してきてね、息子は大層ご立腹だったらしいよ。それで父親に、私を中毒者病棟へ入れるよう頼んだ。父親も可愛い息子の頼みとあって、政府のコネを使って、私を中毒者にするよう働きかけた。その辺りも今と比べて緩かったから、サクサク偽装工作が進んだ。いや、今もだいぶ緩いけどね。


 驚いたよね、クリスマスの日に、急に政府の人間と当時の特対が入ってきて、僕を逮捕して問答無用で隔離した。そして1日も経たずに中毒者病棟、そう、ここへ入れられた。


 その時の私には、まだ会ったばかりの人を誘導するだけの技術がなかったから、されるがままになるしかなかった。

 悔しかったな。名目上、その息子の好きな人を洗脳した中毒者ってことになっているけど、私は彼女のこと、別に好きじゃなかったんだよね。作り上げてきたキャラクターを壊さないように、ちゃんと誠実にフったし。洗脳なんて大掛かりなことまではその人にやってないし。というか、洗脳なんてしていないしね。


 だから、私はもっと学んだ。丁度、時間はたっぷりあった。学ぶだけじゃ効果もわからないから、ここから試せることは色々やった。やっぱり、人を誘導するのは楽しかった。それだけじゃなんか悔しいから、人類に役立つ発明をしようと勉強した。不老不死の薬とか作れたら、そしてそれを私だけが知ってて教えなかったら。傑作だよね。


ーーー


 「ただ支配したいだけなのに、どうして?」


 口から出た言葉は、僕のものか、彼のものか。


 「人を殺してないのに。何も罪を犯していないのに。ただ自分が楽しいと思ったことをやっただけ。なのに、どうして?」


 シハイの瞳孔が大きくなる。でもそれだけで、余裕のある様子は変わらない。

 けれど、この感情は。きゅうっと胸のあたりを鷲掴みされるような、この気持ちの名前は。


 「寂しい」


 誰かを支配するのが楽しいなんて、誰も分かってくれない。共感してくれない。ひとりぼっち。

 そして、不平等に我慢を強いる社会に静かに怒っている。


 「だから、心から慕ってくれる誰かを独り占めしたくなる」



 きっとこの人は、全部分かっている。

 その上で、何か裏で動いている。




 『……なるほど、』


 シハイが呟いた。足を組み替える。そして、僕をまっすぐに見る。今までとは違って、対等に。


 『こうやって捕まったのは、先人たちより僕が馬鹿だったからだと、諦めがついてきたように思ったんだけどね』


 それからシハイは、『自分の心を他人から解説されるのは、こんな気分なのか』と呟いて、ティーカップに手を伸ばした。


 『そうだね、たまには素直になるのも悪くない』

 「……」

 『そんな目で見ないでくれ、私だって、ずっと気を張っているのは疲れる』


 シハイは肩を竦めて、僕を、いや僕の後ろを見た。警備員さんが身じろぐ気配がした。シハイは言葉を続ける。


 『もうずっと、ここに居るのも飽きた。知識を深めるのは面白いけど、不老長寿の薬の作り方も、宇宙の原理も、あいつらのいる世界にもたらすのはなんか嫌だ』


 理知的な瞳に、感情が宿った。大人らしい複雑な感情ではなく、子どもらしい単純でエネルギッシュな感情。


 『子どもっぽいだろ? お前がいるからかな、レイ』


 「知るか」


 警備員さんが、応答する。


 『はは。自分でも驚いてる。ここまで素直にしゃべったのはいつぶりだろうな』


 そしてシハイは、ティーカップに口をつけて、一口、飲み下した。

 一緒に、彼の素直で子供っぽい部分が、腹の中に仕舞われていくように感じた。


 『さて。古来、不満のある人間が社会を倒す手段は一つだけだ』


 シハイが大人らしい仮面のような笑みを浮かべて、言う。


 『戦争。最期だ、華々しく散るよ』

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