心理面談前の打合せ。僕と警備員さんは、僕の居室のテーブルで、各々資料を読み込んでいた。
少し離れたところに、最近新しく設置したテレビ。昼のバラエティ番組が流れていて、「今行きたい、お化け屋敷特集」なんてコーナーを放送していた。
「警備員さん、お化け屋敷ですって」
「そうだな」
真剣に資料を読み込むタイプの警備員さんは、たまに僕の話を聞いているんだかいないんだか分からない相槌を返す。
「お化け屋敷、行ったことありますか?」
「ないな。行く必要を感じない」
「え、夏祭りとかでみんなで行きません? お化け屋敷」
「行かない」
これは、僕との会話に2割くらいのリソースしか使ってないな。僕は、そっと警備員さんの見ている資料をのぞいてみた。次の面談相手が事件を起こした場所を記録した分布図。彼女が住んでいた学生寮を中心に、数えきれないほどのドットがついていた。
「そういえば、中毒者って若い子が多いですよね。ミミもヤヨイもそうですし、次の面談相手も学生の時に捕まってますよね」
「そうだな」
警備員さんが顔を上げる。興味のある話題なのだろうか。テレビではCMが流れて、チーズの伸びたピザをほおばる子供たちが映し出された。
「中毒者は、先天的にどこかが異常な奴が多い。そういう奴は大抵、若くして異常性に気づかれて通報される。大人になってから捕まる奴は、後天的に異常が発覚した奴と、自分で異常性を隠していた奴だ」
「No.331やNo.1088がこれに当たるな」と補足されて、ミサトやハヤトのことか、と頭の中で二人を思い浮かべる。「子供のうちだったら、どうにか倫理を教え込んで病棟送りを回避できそうだと思うんですが」「それで成功すればいいが、皆が皆、倫理を理解できるとは限らないからな」警備員さんはまた資料に目を落とした。僕も読み込みを再開する。
不定期にページをめくる音が響く居室。テレビではCMが終わって、レポーターと有名芸人がお化け屋敷に突撃しようとしていた。
「このお化け屋敷は、実際にあった事件をもとにして作られた脱出ゲーム型のコンテンツです。この扉を開けると『絶対に遭ってはいけない犯罪者』が私たちを待っているそうです。エマージェンシー吉田さん、『絶対に遭ってはいけない犯罪者』って、どんな人だと思いますか?」
「うーん、そうですね。ゾンビとかですかね。噛まれたら感染しちゃうので」
「残念! 私、犯罪者って言いましたよね? お化けじゃないですよ~。ここには、凶悪な強盗殺人鬼がいるそうです。人を見かけたら、金目の物を持っていないか確認しに問答無用で襲い掛かってくるそうですよ」
「恐ろしい! おかねはおっかねー、って感じですね笑」
あまりにもくだらないダジャレに思わず「寒っ!」と反応してしまう。警備員さんはちらりとこちらを見た。そして持っていた資料を置いて、大きく伸びをする。
「あ、すみません。邪魔しちゃいました?」
「いいや、集中が切れてきたころだったから。一旦休憩」
警備員さんはテレビのほうを向いた。お化け屋敷の扉を開けて早々、強盗殺人鬼役に襲われる芸人。叫びながら逃げるレポーター。ヤラセに見えなくもないが、臨場感溢れる紹介だ。
「なぁ、『絶対に遭ってはいけない犯罪者』って聞いたら、お前は何を思い浮かべる?」
「え? 絶対に遭ってはいけない、ですか?」
警備員さんもお化け屋敷に興味が沸いたのだろうか。僕はちょっと考える。
「なんでしょう、裏の社会のボスとかですかね? 何か粗相をしたら、地の果てまで追いかけてきて償わされそうじゃないですか」
しばらく考えて、ドラマのイメージで答える。お金を貸して、返済できない人をどこまでも追いかけて自殺まで追い込んでしまうような、そんな人とは会った時点でおしまいな気がする。
「そうか。……私は、人を殺すのを何とも思ってない奴、だと思ってる」
「『絶対に遭ってはいけない犯罪者』が、ですか?」
僕は首を傾げた。ヤの付く自由業の人たちよりは、幾分か逃げやすそうだけど。
「お前の言った、要するに反社の人間にだって、仁義や情けはあるだろう?」
「ドラマでしか見たことないですが、ありそうですね。ボスの命を救ったら借金チャラにしてあげたり、捨てられた子犬を拾ってきたりしますよね」
「全部マンガやドラマの知識ですけど」と補足すれば、「実際も、そういうことはままある」とまるで見たことがあるかのように言う警備員さん。僕は突っ込まないぞ。
「でも、人を殺すのを何とも思ってない奴には、仁義や情けなんてない」
警備員さんは、資料ファイルを見つめながら言った。
「ただ、殺したいから殺す。悪いことだと思ってないから、矯正もできないし良心の呵責もない。殺人が嗜好品のような扱いならまだいい。だが、殺人が三大欲求と同じくらいのレベルにある場合、」
そこで一度切って、僕を見る。
「遭ったら特に理由もなく殺される、理不尽で無邪気な殺人鬼の出来上がりだ」