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03

「いやぁ、圧倒されましたねぇ」


 @僕の居室。もう住み慣れすぎて、別にここで暮らしてもいっかと思ってしまったこの部屋で、僕は警備員さんとお茶会していた。


 「あんな無気力男にか?」

 「そうです。彼が無気力なのは、自分の内側でエネルギーを使い果たしてしまってるから。悩むのって、思ってる3倍エネルギー使うんですよ」


 対面に座った警備員さんが、優雅にティーカップを傾けた。普段は扉を乱暴に開けたり僕を蹴ったり雑なところが多い割に、お茶会関連の動作は優雅だ。


 「そんなもんか」

 「そんなもんです。彼だって悩みを吹っ切れば、もっと他人に影響を与えられるエネルギッシュな人になりますよ。……そういえば、警備員さんは進路に悩んだことってありますか?」

 「記憶にないな」


 すぱっと言い切る警備員さん。まぁあなたの性格じゃあそうでしょうね。


 「ですよねー、僕は悩んだ記憶ありますよ。まず受ける大学を悩んで、それから就職先も悩んで、それから……」


 言いかけて、あれ、と思った。


 あれ、福祉系の資格が取れる大学を選んで、老人ホームに就職して、それから今までどうしてたっけ?


 あれ? もっとたくさん悩んだ気がするのに。楽しかったけど、何かがとてつもなく嫌だった気がするのに。


 あれ?



 「熱っ!」



 急にお腹に熱い感触がした。同時に紅茶のいい匂いも。え、何? 紅茶こぼした?


 自分の体勢を確認する。片手にティーカップ。どうやら、ティーカップを口に運ぼうとして、でも口まであと数センチのところでカップを傾けて中身をそのままこぼしたらしい。


 「あっつ! あつっ、タオルタオル」

 「はいよ」

 「ありがとうございます……ってなんでそんな準備万端なんですか!」


 タオルを渡されて、必死に拭く。警備員さんを見れば、もう一枚タオルと、プラスして保冷剤を持ってスタンバイしていた。


 「いや、見てたから」

 「見てた?!」

 「こぼしそうなのを」

 「こぼしそうなのを?! 止めてくださいよ!!」


 見てるばっかじゃなくて! ときゃいきゃい騒ぐ僕を、じっと見つめる警備員さん。最近この視線、多い気がする。


 「……何ですか?」

 「いや、何でもないよ」


 警備員さんの青い目には、いつも慈愛が浮かんでいる。


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