かつーん、かつーんと足音が響く。
真っ暗な廊下。片手にパイプ椅子、片手に懐中電灯を持った警備員が、静まり返った廊下を歩いていく。
と、前方に柔らかな灯りが見えてきた。近づくにつれて、灯りはランタンの集合体だとわかる。温かなオレンジ色の光を灯すランタンに囲まれて、居室内、一人の男が紅茶を飲んでいた。
『来たんだ』
「分かってたろ」
『今度は何?』
「計画停電。誰かさんが一部の部屋の電源を強制的に落としたから、メンテナンスが入った」
パイプ椅子を広げて、疲れるよ、とばかりに座り込む警備員。洒落た椅子に座った男は、その姿を見て笑みを深くした。
『嫌だなぁ、僕は何もしてないよ』
「何もしなくて、あんなにピンポイントに電源を落とせるやつがいるか」
呆れたように男を見る警備員。男は楽しげに、手に持ったティーカップを揺らした。
『ところでさ、今日のはカモミールティーなんだけど』
「……それが?」
『気休め程度だけど、落ち着くから。ヤヨイに持ってって』
警備員は手で顔を覆って天井を見上げた。男はくすくす笑う。
「お前は、本当に! ヤヨイがお気に入りだからって、何でも許されると思うなよ?」
『だって気になるんだもん。僕の小さい頃とそっくりで』
「だってじゃないよ」
「お前の痕跡消すのに、私がどれくらい偽装工作する羽目になったと思う?」と、地を這うような声で言う警備員。
「毎日毎日何かしら差し入れやがって」
『ごめんって。でも僕が助言しなきゃ、ヤヨイはピグを作れなかったでしょ』
「キューサクが書いてたピグマリオンの記録ごと消さないといけなくなったがな」
『いーじゃん、政府の秘匿に比べれば微々たるものでしょ』「あれはまた別だよ」と、軽口が続く。男は笑って、ティーカップに口をつけた。
『で、彼は、どう?』
「あぁ、あいつは、」
『彼、ね?』
「・・・・・・彼、は。もう少しでこっち側に来そうだな」
警備員は、少し訝しげに男を見る。男は肩を竦めると、ティーカップをソーサーに音もなく置いた。
『だって。・・・・・・お前は、俺のために死んでくれるよね?』
警備員は、青い目を見開いた。男は余裕そうに椅子に腰掛けたまま、目だけを伏せていた。
警備員は、喉をくっ、と鳴らす。
「なんだ。お前にも心配って感情があったんだな」
『……』
「心配するなよ、」
警備員はパイプ椅子から立ち上がり、アクリル板に額をつけた。
男が顔を上げる。
「私以上に、お前のために人生狂わせた奴、いるか?」
それは、腹を切る前の家臣のような、壮絶な笑み。