ウィーン、ガシャン。ウィーン、ガシャン。
居室内を犬型ロボットが移動する。周りには、大小様々なロボット。手の平に載るサイズのものも、大型冷蔵庫くらいのものも、等しく雑多に置かれている。
中心には、一人の少年と一台のロボット。犬型ロボットは、一人と一台に近づいていく。
『こんにちは。今日から心理面談を担当する、犬型ロボットの・・・・・・イヌです』
犬型ロボットから音声。少年は顔を上げて、ぱちぱちと瞬きした。
『あれ、心理面談って、この前までタブレットでやってなかったっけ? ねぇ、ピグ』
『ソウデスネ』
少年は隣のロボットに語りかける。小さめの雪だるまの足下に二つタイヤがついたような、簡単な構造をしたロボットから答えが返ってくる。
『ソレ二、コノ前マデハ、老人ノ声デシタ。コノ・・・・・・イヌ? ハ、若者ノ声デスネ』
『・・・・・・担当ロボットが、変わったんですよ』
『そうなの? じゃあ自己紹介しなくちゃね』
少年は、ぽん、と手を叩く。そして、犬型ロボットをそっと抱き上げて膝の上に座らせた。少年の柔らかな白髪が揺れる。
『僕は、ヤヨイ。番号では、No.841。こっちはピグマリオン、短くしてピグだよ』
『ヨロシクオネガイシマス』
雪だるまのようなロボットが、会釈をするように機体を揺らした。雪だるまで言えば顔に当たる部分に画面があり、(^^)と表示されている。
少年は犬型ロボットをじっと見つめた。犬型ロボットについているカメラに、少年の顔と、印象的な赤い目がどアップで写った。
「うわぁっ、セーフ」
マイクをオフにしてヘッドセットを外し、その勢いのまま後ろへ体重をかける。すると、座っていたパイプ椅子がバランスを崩して倒れ、僕は後頭部をしたたかに打ち付けた。
悶絶する僕を、隣のパイプ椅子に座る警備員さんが冷たい目で見る。すみませんって。そんな目で見ないで。
「人間ってバレちゃいけないの、難易度高すぎません?! いくら高性能AIは人間と同様の受け答えが出来るってったって、ぼろが出たら気付かれるでしょ?」
「ロボット役に徹する方が、自然に受け答えが出来るって資料に書いてあったんだろ。仕事しろ」
僕は、ため息をついてパイプ椅子を立て直す。そして、落としたパソコンを拾い上げて、また座った。
No.831の居室近くの廊下。アクリル板越しに居室の中を覗ける場所から結構離れたところで、僕と警備員さんは並んで座っていた。目をこらせば、少しだけNo.831と周辺のロボットを視認できる。
「いたた・・・・・・。そういえば僕、アルビノの子初めて見ました。こんなに白いんですね」
「まぁ、珍しいよな。一定の確率で生まれるとはいえ、最近は滅多に表に出てこない」
警備員さんが相づちを打つ。今までの心理面談中、警備員さんは一言も喋らなかったけど、今回はマイクオフしているときだけ喋ってくれるようだ。ちょっと楽しいかも。
「ほら、No.841が何か言ってるぞ」
ぼーっとしていると、警備員さんがパソコンを指さした。パソコンには犬型ロボットの内蔵カメラ映像が大きく映し出されていて、どアップのNo.841が口を動かしているのが写っていた。僕は慌ててヘッドセットをつけて、マイクをオンにした。
『――だから、よろしくね』
『・・・・・・すみません、よく聞こえませんでした。もう一度お願いできますか?』
『えー! もう、しっかりしてよ。・・・・・・えっと、きみはイヌって呼べば良い?』
『・・・・・・はい』
『じゃあ、イヌ! 見た感じ、ピグとおんなじで何世代か前の機体っぽいから、なにかあったら直してあげるよ。プログラムも。だから、よろしくね』
『はい、よろしくお願いします』
即興で名乗った「イヌ」という名前が、この犬型ロボットの名前になったらしい。ちょっと面白かった。でも、僕の本分を忘れてはいけない。面談しないと、面談。
『では、面談を始めます。いまからあなたにいくつか質問をします。答えたいように答えて構いません。その成果を、中毒者治療の研究へ使用します。拒否権はありません』
『うん』
『あなたの番号を、教えてください』
『さっきも言ったけど、No.831。ヤヨイだよ。こっちはピグ』
『生年月日は?』
『2154年3月13日。ピグは2162年1月22日。去年生まれたんだ』
同定できた。ついでに隣のロボット、ピグマリオン? がいつ作られたかも分かった。情報はあればあるだけありがたい。それでなくても、No.831の資料はキューサクの資料と同じように不自然なほど少なくて、また秘匿されているのかもしれない、なんて思った。
『では、あなたは何の中毒ですか?』
『僕はね、安全中毒』
『ねー、ピグ』『ソウデスネ』と仲よさげに話すNo.831。しかしその相手はロボットである。彼の居室には一切家具がなく、ロボットとそれに関連するものしか存在していない。
中毒者No.831、通称『ヤヨイ』。
2161年1月31日、6人を殺害したことで入棟が決まった、当時6才の少年である。
と、目の前を小さな羽虫が横切って、小さく「わっ」と叫んでしまった。
反射的にマイクをオフにする。警備員さんが羽虫をぱちん、と手で叩いて潰した。
「悪い。さっき弔いに行ってたから、私にくっついてきたかな」
「いや、羽虫ごときに驚いちゃってすみません。やばいかな」
「さあな。ほら、集中」
警備員さんに促されて、マイクをオンに戻す。幸いにもイヌをほったらかしてピグとの会話に夢中になっているヤヨイは、不自然な声に気付かなかったようだ。僕はそっと息をついた。