かつーん、かつーん。
真っ白な、でも薄暗い廊下に、靴音が響く。それは、彼女の来訪を知らせる音。
かつーん、かつーん。
中毒者同士の交流を断ずるため、居室同士の距離は過剰なほど離されている。それを繋ぐのは、白くて長い廊下。
かつーん、かつーん、かつっ。
足音が、一つの居室の前で止まった。アクリル板の向こう側で、ゆったりと座っていた若い男が片眉を上げる。
「来たの?」
「ああ、来た」
警備員は宿直室からずっと運んできたパイプ椅子を広げて、男の前に座った。アクリル板を挟んで対峙する二人。臙脂色のオーダーメイドスーツを着て洒落た椅子に座る男は、優雅にティーカップを傾けていた。
「カメラは良いの?」
男はすっと視線を上に向けた。居室を監視する防犯カメラ。普通の中毒者は、カメラの設置場所はおろか、存在自体知らないもの。
「今、この部屋だけ停電中になってる」
「今度は停電か。確か前回はカメラの故障だったっけ」
「ああ。原因不明の故障」
「原因は今、目の前にいるけどね」
ハハハ、と両者の乾いた笑いが廊下に響く。そして、ぷつん、とテレビの電源を切ったように唐突に、静かになる。
男は、また紅茶を一口飲んだ。喉が、こくりと上下する。警備員は青い目を光らせて、その様子をじっと見る。
男はティーカップを持ったまま、温度の下がった視線で警備員を見た。
「・・・・・・なに。いまさら僕を、怖がってるの?」
「・・・・・・キューサクが、逝った」
「あぁ、そう」
男は、なんてことないようにまたティーカップに口をつける。警備員は片眉を上げた。
「知ってたのか」
「いや、初めて聞いた。でもそろそろだとは思っていたよ」
「・・・・・・そうか」
警備員は目を伏せた。「彼はよく働いてくれたしね、最後は満足して死んだんじゃない?」男は世間話でもするようにそう言って、ティーカップを置く。そして警備員を見た。
「何。心配しなくても、僕は死なないよ。ショートケーキのイチゴを最後に取っておくタイプだからね」
警備員はため息をついて立ち上がった。そしてパイプ椅子をたたんで、アクリル板に背を向ける。
「じゃあな、そろそろ非常用電源が復活する予定だから」「笑える。あ、そうだ、紅茶とケーキ今度持ってきて。無くなった」「申請しとく」「紅茶の煎れ方、少しは上手くなった?」「煎れてくれる人がいないからな」
警備員は振り返らずに、そのまま歩いて行った。