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No.1033『ミミ』――02



 少女――ミミとその母親は当時、半分ゴミ屋敷のようなぼろアパートに住んでいた。そのすぐ下に住んでいた住人から「血のようなものが、天井から染み出してきている」と通報があって、事件が発覚した。




 警察が到着したとき、少女の母親はすでに自分の胸をナイフで刺して死亡しており、その側に、ミミが血まみれで座り込んでいた。


 そして「ママが、誕生日プレゼントを渡そうとしたら死んじゃった」と言って、部屋の隅を指さした。






 そこには、縫い合わされた、少女達の死体があった。






 右手左手、右足左足、果ては目、鼻、髪などからも異なるDNAが検出された。総数、10。つまり、10人の犠牲者から作られたものである、ということ。周辺地域で少女の行方不明事件が相次ぎ警備が強化されていた中、ミミは恐ろしいことに、少女たちの遺体を縫い合わせ、バレずに一体の「お人形」を完成させたのだ。


 ミミは小学校の登下校中に、自宅周辺の少女達に目をつけていたという。彼女らと少しずつ仲良くなり、梅雨の時期、雨の酷い日にわざとターゲットの傘を隠す。そして雨に濡れた少女達をアパートに招き入れ、風呂に入らせ、そこにコード付きのモバイルバッテリーやドライヤーを投げ入れて感電死させた。


 それから、少女達のパーツを一つ一つ丁寧に切り取り、残った部分は都度拾ったスーツケースやバックパックに詰めて海に捨てた。


 ミミは聴取で「ママがかわいー子が好きだから」「かわいー子を渡したら喜んでくれると思って」と繰り返し述べた。


 ミミの供述から裏取りが行われ、証拠も多々発見されたため、ミミは犯人として確定した。






―――




 ぴぴ、と手元のアラームが鳴って、現実に引き戻された。タイマーを見れば、残り10分。中毒者との接触は、健常者の精神を守るため一回20分までと決められている。




 僕はややひきつった顔を意識して戻した後、咳払いして質問を続けた。




 「んんっ。えっと、じゃあお母さんのことについて教えてくれるかな」


 『ママ?』




 ミミは未だハイライトの消えた瞳で、手元のぬいぐるみの耳の部分をいじる。人間の人格形成にとって、身近な大人、つまり親の影響は大きいそうだ。先に見た資料には簡単な家族構成しか記載されていなかったので、仮でも心理研究員として、本人視点での親の話を聞いておきたかった。決して、お人形事件のことを思い出して話を変えたかったわけではない。




 『ママはねぇ、かわいー子が好きだったの』


 「へぇ、可愛いってどんな?」


 『・・・・・・アイドルみたいな子。逆らわない子。ママのカレシの言うことを何でも聞く子』




 ミミの言葉に、先程までのような弾む感じがなくなる。ミミは視線を落として、そのまま続けた。




 『パパもね、かわいー子でいなさいって言ってた。でも、パパがかわいくいてほしいのは、ママだったの。で、パパが死んだあと、ママはわたしに、かわいくいなさいって言うようになった』


 『ママはカレシをいっぱい連れてきてさ、私にかわいー子でいなさいって言った。かわいー子でいないとお仕置きするよって。私、かわいくないからね、何回もお仕置きされた。ママからも、カレシからも』



 ぬいぐるみをいじりながら、ぽつりぽつりと言うミミ。書類に書いていなかった新情報に、そしてそれから想像できてしまいそうな事実に、なんだかいたたまれなくなる。

 後ろで待機している警備員さんを振り返れば、彼女はミミをじっと見ていた。まるで、一言も聞き漏らすまいとするように。




 『でもね、お人形を作ってるときだけは、とっても楽しかった! 私だけのかわいーを、いっぱい詰め込んで。ママに見せたら、きっと可愛いって言って、なでなでしてくれるんじゃないかなぁって』




 無邪気に、しかしどこか現実を見ていないような目で、ぬいぐるみの耳を撫でるミミ。




 『でもね、ママのお誕生日、お人形を用意して待っていた日。ママが帰ってきたら、いきなり私に抱きついたの。「今までごめんね、許して」って言って。カレシとも別れたって。だから、私嬉しくなって、「お誕生日おめでとう、ママ!」って言ったの。「プレゼントがあるの。見て!」って』


 『でもね、ママはお人形を見て、悲鳴を上げたの。「気持ち悪い」って。でね、わたしを見て、「お前は悪魔だ」って。「ひとでなし」って。「かわいくない」って』


 『だからね、わたし、かわいくいなきゃって思って、ママの耳、わたしに縫い付けたの』



 ぶちり、とぬいぐるみの耳が、少女によって引き裂かれた。



 『パパは、ママのことかわいーって言ってた。だから、ママと一緒になれば、きっとわたしもかわいくなれる』


 『ね、心理研究員さんも、そう思うでしょ? かわいーをくっつけたら、かわいくなるよね?』



 少女が微笑む。

 その笑顔はあまりに幼くて、そしてあまりにも歪だった。


 「……っ、お母さんは、どうなったの」


 思わず零れてしまった問い。ミミは、ぱちぱちと瞬きする。


 『ママ?』

 「うん」

 『ママは、えっと。あれ、どうなったんだっけ?』


 想定外の質問だったんだろうか。ミミから、狂気が霧散する。残ったのはただの一人の女の子。大きな目をうろうろとさまよわせて、答えを探している幼い子供。


 『ママの耳を切り落として、あ、でもそのとき、ママは叫んでた。「痛い」って。「痛い、痛い」、痛い痛い痛い』


 耳を塞いだまま、蹲るミミ。泣きながら『痛い、痛い』と叫んでいる。その様子こそが痛々しくて、なぜか僕も泣けてきた。


 痛いよね。きっと、すごく痛い。


 事件資料には、母親の死因についても書いてあった。刺殺。凶器は、刃型から推測されるに母親の耳を切り落としたのと同じもの。そして、同じ凶器による傷が、ミミの胴にもついていた。凶器には、母親とミミ、二人の血の付いた指紋がべったり付着していた。


 そこから予測される、事件の顛末。


 母親の耳をミミが切り落とし、自分に縫い付けている間に、母親がミミを殺そうとした。そして殺害に失敗した母親は、ミミに逆に殺害された。


 でも、本人には、記憶がない。お人形を見せてから、警察が到着するまでの一部の記憶が、混濁・消失している。


 僕は、未だ『痛い痛い』と泣くミミの前にしゃがんだ。アクリル板に隔たれているけれど、同じ目線。耳裏の縫い跡がよく見える。


 きっと、かわいくあろうとしたんだよね。お母さんにも、お父さんにも従順ないい子であることを要求されて。で、自分なりにかわいいって何か探して。止めてくれる良識ある大人もいなくて、倫理観もまだ成長しきれていなくて、間違った方向に行っちゃったんだろうな。


 お母さんが怖い? きっとお母さんのカレシも、怖い。でも、ママを嫌いたくない。好かれたい。褒めてほしい。


 自分がかわいーと思うものだけ集めてみて。かわいーものが好きなママに見せたら褒められるんじゃないかって、嬉しくなって。


 でもどうしてだろう、耳が、触れない。痛い。とっても痛い。どうして? 他の部分は痛くないのに。


 かわいくすれば、みんな幸せじゃなかったの? ちがう、ママは怖くない。悪いのは私。ママは、怖くない。怖くない! わたしを否定したりなんかしない。だから、もっとかわいくして――。




 ぴぴぴ、ぴぴぴ、ぴぴぴ





 気の抜けるようなタイマーの音に、僕ははっとした。急いでタイマーを止める。後ろで気配が揺れたのを感じて振り返ると、警備員さんが定位置へ戻っていくところだった。


 とりあえず、面談は終わらなきゃ。時間オーバーしたら、なんかめんどくさい書類とかたくさん書かないといけないって言われたし。僕は立ち上がって、ぺこりと頭を下げる。


 「ありがとうございました」


 アクリル板の向こうで、耳を塞いだままぼーっとしていたミミは、僕の声に反応して視線をこちらに向けた。


 『いつ私、外に出られるの? 早くお人形作って、ママに見せないと』


 涙のたまった目で、そんなことを言う。


 僕は唇を噛んで、もう一度礼をした。そして、警備員さんの先導について歩き出す。


 『ねえ、わたし、かわいいよね』


 背中にかけられた言葉に、返事はしなかった。

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