「そ、れじゃあ。えっと、よろしくお願いします」
ぎこちなくパイプ椅子に腰かけ、恐る恐る話す僕に、『はーいっ』と元気よく返すのは、今日の面談相手の少女。ピンクの髪に、ピンクの大きな瞳。かわいらしいツインテールの、きらきらふわふわとした少女だ。
『あなたが、新しい心理研究員さん?』
少女が対面に置かれていたピンクのソファから立ち上がり、僕と少女を隔てる分厚いアクリル板をぺしぺしと叩く。しかし音は響かない。50cmの厚さの特注品だ。
「そうです。いまからあなたにいくつか質問をします。答えたいように答えて構いません。その成果を、中毒者治療の研究へ使用します。拒否権はありません」
用意されたセリフを並べる。面談の初めに、必ず言わなければならないというこのセリフ。緊張して噛むのが嫌で毎晩練習した成果か、言っている間に若干平常心を取り戻す。
『りょーかいでーっす』
頭上のスピーカーから、少女の声がややガサついて聞こえた。
―――
少女がいるのは「居室」。50cmの厚さのアクリル板で囲まれ、さらにこちらの面以外は鉄鋼やらコンクリやら強そうな物で三重に囲まれている、中毒者専用の個室である。
僕、心理研究員は居室の中にあるマイクとスピーカーを通して、中毒者と会話する。音質が悪いのは昔、声を使ってこちらに働きかけてくる中毒者がいたから、らしい。
僕は、そっと深呼吸する。落ち着け。面談しよう、面談。手元のバインダーをちらりと見て、とりあえず一番上の項目から質問していくことにした。
「えーっと、まずはあなたの番号を教えてください」
『私? No.1033だよ!』
「うん。生年月日は?」
『2150年7月28日!』
「はい、ありがとう。同定できました」
少女は、再びソファに座って、足をぷらぷらさせながら答える。きらきらふわふわとした雰囲気に合うような、お人形さんみたいな服を着ている。家具も壁紙も含む部屋全体がピンク色で、足下にはポップな色合いのくまやねこだろう人形がたくさん転がっていた。
居室をはじめとした衣食住は、ある程度中毒者の自由にできるそうだ。研修で資料を見せてもらったとき、かなりの額がそこに割かれていて驚いた。政府の「絶対ここから出るな」という強い意志を感じた。
「じゃあ、あなたは何の中毒ですか」
あなたの、どこが狂っているんですか。そんなことと同義の質問を、少女に投げかける。
少女は特にためらうことなく、言葉を続けた。
『私はねぇ、裁縫中毒!』
少女は足元に転がっていた人形の一つを持ち上げて、『じゃーん!』とこちらに見せてきた。薄紫色のねこのぬいぐるみ。綿の感じや目の位置がちぐはぐで、正直に言うと少し不気味だ。
「わ、わぁー、かわいいお人形だね!」
『えー! ありがとー! 新しい心理研究員さん、わかってるぅ!』
ねこのぬいぐるみを抱き上げてケラケラ笑う少女。ぬいぐるみに頬ずりして、そのままぬいぐるみの手足を動かして遊びはじめた。ぬいぐるみを華奢な膝の上にのせて、「いっちにー、さんし」とバレエのような動きをさせる。まるで小さな子のおままごとみたいだ。
ここから先は、決まった質問はない。面談相手の様子を見ながら、適当に経過観察をするだけらしい。どうすればいいか分からないまま、手持無沙汰に少女が遊んでいる様子を眺める。すると、ぬいぐるみを扱う彼女の動作が、だんだん乱暴になっていくことに気が付いた。
『ふわふわもいいけど、すらっとしている方がもっといいよね』
『うーん、こういうかわいーじゃないんだけどなぁ』
ぶつぶつ呟きながら、ぬいぐるみの手を千切れんばかりに引っ張ったり、足をじっと見つめたりする。
『やっぱり、ねこじゃなくて人がいいよねぇ』
『ぬいぐるみじゃなくて、ほんとの人が』
そう言ってひとりで頷いている少女。目から、ふっとハイライトが消えた。
さっきまでとは打って変わって、うっとりと、とろけるような微笑みを浮かべる少女。大きなピンクの瞳に浮かんだ、かわいらしい容姿にそぐわない狂気。
『この子もかわいーけどねぇ。ほんとは、かわいー女の子
その表情が、資料の表情と重なった。
中毒者No.1033、通称『ミミ』。
2161年7月3日、連続バラバラ殺人事件の犯人として入棟した、当時10才の少女である。