かつーん、かつーんと靴音が響く。
薄暗いが、清掃の行き届いた廊下。壁も天井も床も真っ白で、まるでどこまでも続いているかのように見える。
「あの、僕が心理研究員で、本当に大丈夫なんでしょうか?」
問いかければ、前を歩いていた女性が振り返った。男物の警官の制服を着た彼女。腰まである長い髪をなびかせて、ゆっくりと振り返る。
「・・・・・・政府がいいと言ったら、いいんじゃないか?」
そしてまた、かつーん、かつーんと歩いていく。
僕は後ろから、ぎゅむぎゅむと走って追いつく。凜とした彼女の安全靴の音とは違う、古ぼけたスニーカーの靴音。着慣れない白衣が翻る。
それからまた、無言が続く。真っ白な廊下。前を歩く彼女。後ろを歩く僕。
と、前方がにわかに明るくなってきた。目指していた部屋まで、あと少し。僕はそっと息をついた。やっぱり薄暗いのって、ちょっと怖いかも。こんなに綺麗な廊下なのに、どこか得体の知れないものを感じて。
「・・・・・・ここは、国立中毒者病棟」
ぽつりと、前を行く彼女が呟いた。
「社会に適合できないとされた中毒者が、集められる場所」
「はい。多様性を尊重しようと、政府が作った場所ですよね。2158年に始まった中毒者政策を受けて、2159年、排他的経済水域ギリギリの島にこの病棟が建てられた。放っておいたら再犯を繰り返す恐れのある中毒者を治療するために」
何かのテストだろうか、と僕は補足した。面接の初歩の初歩で聞かれるようなこと。義務教育で習うようなこと。
彼女は歩みを止めた。靴音がやむ。そしてまた、こちらをくるりと振り向いた。
「多様性の尊重? はっ、そんなの政府の言い訳だ。実際は、どーにもできないやつらをここに閉じ込めてる。死ぬまでここにいろ、ってね」
吐き捨てるようにのたまう彼女。僕は慌てて止めた。
「な、何言ってるんですか! そんなの政府に聞かれたら」
「どうもされないよ」
彼女はぴしゃりと言った。・・・・・・しばしの沈黙。
しばらくして彼女はすうっと、息を吸った。そして視線を下げて、こぼす。
「どうもされないよ。だって、ここにいるやつらはすでに、諦められてるから」
そして視線を上げた。ぱちり、と目が合う。大きな目。全てを慈しむかのような、青くて澄んだ瞳。
「それより、今から初の面談だろ。気ぃ引き締めてけよ」
「分かってます。けど……! あぁ、すっごい緊張する」
「基本、相手を舐めなければ大丈夫だ。注意事項も頭に入れただろ? 私も後ろに控えてる」
彼女にばし、と背中をたたかれる。目の前には一脚のパイプ椅子。廊下の、一部アクリル板になっているところに向かって置いてある。あそこから見えるのが、「中毒者」の暮らす部屋。まるで室内型の動物園、動物の展示みたいだ。
警備員さんはつかつかと歩いていき、パイプ椅子の後ろ側、アクリル板の反対側の廊下の壁にもたれかかった。そして、パイプ椅子のほうを手で促す。
「時間だ。面談を開始しろ」