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甲虫戦姫(ネオページ版)
甲虫戦姫(ネオページ版)
縫人
SFポストアポカリプス
2025年03月20日
公開日
1.1万字
連載中
カヴト王家令嬢トルヴィア・カヴトは、ある朝目覚めると突然身体中が刺々しい甲虫の鎧に包まれた虫人(むしひと)になってしまった。
これは彼女の一人の戦士として、一人の人間として王国のために戦い抜く物語である。
(作者コメント:この作品はカクヨムで連載していたものですがストーリーの流れがカクヨム連載版とは少々異なる部分がございます。)

第1話 虫人への変身

「きゃああああ!!」


 ある日、発掘貴族令嬢トルヴィア・カヴトは不吉な夢から覚めてみると、ベッドの中で自分がごつごつとした鎧を身にまとった一体の人型昆虫、虫人に変身しているのに気が付いて、思わず大声を上げた。

 体中を包み込む違和感にうなされて起きてみると、絹のように滑らかだった自分の手は王国の軍隊がつけているような籠手こて状に化し、矢じりのようにとがった指先を動かすとぐしぐしと音を立てている。まさかと思って掛け布団を思いきり引きはがしてみれば、やはり足も鈍く光る赤黒い鎧へと置き換わっていたのである。


 さらに、体の変化を凝視するトルヴィアの視界の中に突然赤い四角が浮かんだかと思うと、その中に何やら文字らしき文章が浮かんでいる。「第二種偽装変異虫兵装のインストールが完了しました。」彼女はこの文字を知っていた。かつて自分たちの文明より前に栄華を極め、そして滅びた大国、ダイトウアレンポウ(大東亜連邦)の古代文字、ニホンゴである。だが彼女が読めたのは「、、、、、、、、、、のインストールが、、しました。」の部分だけであった。


 ……夢だ。これは夢なんだ。トルヴィアはつとめてそう思いこむようにした。悪夢が続いている。まったく、私はこのような夢を見ている暇はないのだ、だが夢の中でも起きた以上は身だしなみを整えなければ。そう思ってガシガシと音を立てながらベッドから這い出て、部屋に備え付けの鏡台に座ったその時……鏡に映ったのは、寝ぐせで爆発したような髪をした――それならばどれほどよかったであろう――自分の顔ではなく、頭頂部に立派な角をたたえ、目、鼻に当たる部分がのっぺりとした仮面で覆われて、口の部分は歯がむき出しになった、目無し、鼻無し骸骨のような顔のみが写っていたのに気づいて、トルヴィア・カブトは再び大声を上げたのだった。


「きゃああああ!!」


 これを聞いて駆けつけたのは彼女の世話役である執事サナグだ。

 朝食の”むしパン”を用意していた彼は突然邸宅内に響き渡った彼女の悲鳴に思わず身構えた。そして、様子を見に部屋へと向かっている矢先に二度目の悲鳴。これはいよいよただ事ではないと、部屋へ向かう足が速くなった。そして部屋の前に着くや否や思いっきりドアをたたく。


「お嬢様!お嬢様!いかがなされましたか!?」

「あ、さ、サナグ……なんでもない、なんでもないのよ……」

「何でもなければあれほどの大声を二回もだすわけないでしょう、また害虫が出たのですか?」

「ほ、本当になんでも、なんでもないのよ……」

「?」


 どこか府に落ちない彼女の態度に、サナグはいぶかしみを覚えて、何が部屋の中で起ったのか確認するために部屋の中へと入ろうとした。ところが。


「あ、ダメ、入っちゃダメ!」

「なぜですか? もしや今は何も身に着けていらっしゃらないのですか?」

「あ、いや、そういう……訳じゃないけど……」

「でしたら、」

「いや、でもダメなの! 本当にダメ、ダメだから!」

「??」


 お嬢様は何かを隠そうとしている。サナグは勘づいた。ならばこういう時に一番手っ取り早い方法は……そう、無理やり押し入ることだ。


「とにかく、入らさせてもらいますよ。」

「だ、ダメ! ダメーッ!!」


 ばたん、と思い切り戸を開けて入ってきたサナグは、ベッドの上で掛布団にくるまっているトルヴィアを見つけた。


「お嬢さま、いったいいかがなされたのですか?」

「ほ、ほんとうになんでも、なんでもないから!来ないで! 見ないで!」

「さあ、朝食が冷めてしまわれます、お戯れはいい加減にして、早くそこから出てお着替えなさってください!」

「あ、ちょ、布団を引っ張らないで!! ああっ!!」


 サナグはトルヴィアの制止を振り切ってついに布団を引っぺがしてしまった。そして、その中から露になった彼女の姿を見て、彼もまた、大声をあげたのだった。


「うわああああ!!」


・・・


 ややあって、冷静さを取り戻した執事サナグがトルヴィアの部屋へと戻ってきた。

 ドアを開けたら我がお嬢様の姿が元の麗しい姿に……と淡い期待を寄せたが、それは無駄に終わった。彼女はやはりカブトムシの姿を模した虫人の状態のままだ。


「現場の方には、急病のため休ませてもらうと連絡を入れました。」

「ありがとう、サナグ。」

「しかしお嬢様、本当に何も心当たりがないのですか?」

「ええ、軍人でも、適合者でもない私が、どうして……?」

「何かのヒントになるやもと、先ほど王国の電子情報保存センターにて検索しましたところ、虫人に変身する条件にはまず健康な心身を持ち、高ストレス状況下に耐性のある適合者の遺伝子に、虫人の元となる変異虫由来の高濃度ワム粒子紛、そして変異虫の遺伝子データーを治めた”コード”を用いて書き込む必要がある、と記されておりました。一応、もう一度お聞きいたしますがお心当たりは……」

「ないわ。」

「フム、では一体何が原因なのでしょうな……ああ、そうだ、昨日の発掘現場視察の際に、何か変わったことは? もしやそこに原因があるやもしれませぬ。」


 そういわれて頭をひねってみると、トルヴィアの頭の中に昨日の記憶がだんだんと蘇ってきた。同時に、その時に感じた不快感も。


「ああ……思い出してきたわ……現場での文明遺跡発掘は、結局失敗に終わって……うわっ!!」


 突然、トルヴィアの視界に細長い四角が現れたと思うと、その中に映像が流れ始めた。それはよく見ると、昨日の彼女の記憶らしかった。この鎧は必要に応じて視界に本人の記憶映像を映す機能も付いているらしい。よく見ると四角の右下部に「記憶映像再生」と言う文字が浮かび上がっている。


「どうされました……?」

「い、いえ、大丈夫。なんでもない。この鎧は便利だな、と思って。これ、疑似網膜っていうのよね?いまそれで昨日の記憶を映像に写しているわ。」


 トルヴィアは視界に映る記憶映像を見ながら昨日の出来事を話し始めた。


 ・・・


 第21次文明発掘調査は、昨日も告げた通り、やはり何も目新しいものは出ずに失敗に終わったわ。

 旧文明が滅びて以来、私たちの王国は虫人以外の変異虫への対抗策を探して長年発掘作業を続けてきたけど、大した結果もなくで終わるのはこれで3度目よ。大枚をはたいて採掘機を進めた末に見つかったものが、文明のわずかな残滓さえも食い荒らす変異虫ツチモグリの大量の死骸だった時の作業員が見せた悔しげな顔は、直視できなかったわ……


 問題はその後よ。発掘にはとにかくお金がかかることは知っての通りだけど、今回はかなり力を入れていたこともあって、ついに代々所有していた土地まで担保にする羽目になったわ。ところが資金調達先の通商連合は、昨今の発掘遠征が失敗に終わっていることや、それらの返済がをまだ終わっていないことを理由に、失敗に終わったときの保証としてこの邸宅までも担保にしろと言ってきた。そうしなければ融資はしないと。


 勿論私は猛抗議したわ。その結果、どうにか邸宅だけは守ることは出来たけど……邸宅の土地権そのものは奪われてしまった。そして案の定失敗したので土地の権利を彼らに売り渡したのだけれど、あいつらときたらやれやせた土地だの管理がなってないだの難癖をつけるだけつけて、結局先祖代々守ってきた土地は二束三文の値打ちしかつかず、負債は全て返すことは出来なかったわ……まだ前回、前々回の負債も終わっていないというのに!


 彼らはその財力ゆえ国家の財政上決して無視できない存在であるがゆえに、私の叔父である国王ですら頭が上がらない。それをいいことに貴族に金を融資しては暴利をむさぼってきた……とはいえそんな彼らに私は成すすべもなくて、思わず泣いてしまったわ。せめて……父上や母上さえご存命だったなら……色々と疲れてしまった私はそのまま”ジロウケイ”を食べて、風呂に入った後は寝ることにしたの。そしてベッドに、高祖であるメディン・カヴトの形見であるカヴト家のレリーフを持ち込んで一緒に寝たわ。


・・・


 サナグは全て聞き終えると、大きなため息を一つはいてからトルヴィアを叱った。


「お嬢様、あれほど忠告したのにまた”ジロウケイ”を食べたのですか!あのようなジャンクフードは貴族の食べ物ではございませんぞ!!」

「だ、だって……」

「だっても何もございません、しかも”ジロウケイ”に使われるニンニクと言う野菜は、地中に含有するワム粒子を吸い取り凝縮するというではありませんか。」

「つ、辛いことがあったときの自分に対するご褒美くらいいいじゃない……」

「あれは力仕事を行うもののために考え出された食事と古文書に書いてあったではありませぬか! 貴族であるあなたは食べなくてよいのです。普通でも十分に体力があるではございませんか。いいですか?今後”ジロウケイ”はご法度です!」

「んむぅ……」


 むくれる彼女をよそにサナグは分析を続けた。既にここまでで条件がだいぶそろっているが、気になる点が一つあった。それは、変異虫遺伝子コードの存在だ。それが無ければいかにワム粒子を摂取しようとも心身が健康でも虫人には変身できないのだ。

 しかし、おそらく変身したとされる夜中に、彼女が持っていたものと言えば……


「時にお嬢様、高祖様のレリーフは今何処に?」

「ああ、それならベッドの上に……あれ?」


 ベッドの上を探してみたが、レリーフは見つからなかった。


「どこへ行ったのかしら……」

「お嬢様、レリーフならそこにあるではありませんか。」

「どこに?」

「お嬢様が腰につけてらっしゃいます。」

「へ? あっ!」


 彼女は逆五角形のレリーフが自らの腰にはまっていることに気づいた。しかも、それから黒い帯のようなものが伸びてトルヴィアの腰にぐるりと巻き付いている。ちょうど、ベルトのバックルのごとくレリーフはそこにはまっていた。

 さらに驚くことに、それを見つめている彼女の視界に「コード(再使用済み)」と言う文字が浮かんできたのだ。


「うそ……これが……コード!?」

「なんですと!? このレリーフが? そんなバカな、コードはみな王立軍事研究施設にて厳重に保管されているはずで、いくら王族と言えども持ち出しは不可能な代物です!それがなぜ……」

「分からないわ、でもこれがコードだとして、今までは何ともなかったのに、なぜ今……?」


 その時。突然トルヴィアの視界が真っ赤に染まり、目の前にでかでかと「感知:変異虫」と言う文字が表示された。すると、彼女の体が勝手に動き始めた。


「お嬢様、いかがなされました……?」

「わ、わからない……鎧が勝手に!!きゃああ!!」


 がし、がしと装着者の意に反して動き出した鎧は雨戸をバタンと開いて寝室のバルコニーに立った。


「お嬢様!!」

「くっ、このっ、いう事をっ、聞きなさい!!」


 トルヴィアは必死に抵抗したがまるでいう事を聞くそぶりも見せず、ついに鎧は背中の羽を開き始めた。ここから飛び立とうというのか。

 意のままに動かせるのは口だけだ。トルヴィアは大声でサナグに告げた。


「サナグ、私がここへ戻るまでは絶対にこの屋敷に誰も入れてはだめよ! そして、その間に、出来る範囲でいいから高祖様の事を調べて! 私が突然虫人になった原因が、少しでもわかるかもしれないからああああ!!」

「お嬢様!! ああ、もうあんな遠くに……」


 言い終わらないうちに、鎧は背中の羽根を開いて大空へと高く飛び立った。

 一体目の前で何が起きているのか。何が起ころうとしているのか。サナグの困惑はますます深まるばかりであったが、今一度彼女から貰った忠告を思い出し、行動を起こすことにした。


「今この時、私にできることをしなければ……!」







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