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あの時と同じシュークリーム
あの時と同じシュークリーム
坂餅
文芸・その他ショートショート
2025年03月20日
公開日
1,021字
完結済
ある休日にシュークリームを食べる話

あの時と同じシュークリーム

 中学の通学路と最寄り駅は近く、当時からたまに通っていた駅前のケーキ屋さん。


 あの時はお金が無くて、ケーキなんて高くて買えなかった。その代わり、シュークリームなら、値段も手ごろで買うことができていた。


 それから十年経ち、私は大人になった。そしてある休日、電車から降りた私は、ふとそのケーキ屋さんに寄ってみようと思った。


 店内は少しあの時と違い模様替えしているけど、ショーケースは変わらない。あまり広くないけど、店に入ってすぐのショーケースの他に、壁の棚には焼き菓子が置かれている。


 そんな店内で私が驚いたのは、ケーキの入ったショーケースの隣に冷凍ショーケースがあり、アイスキャンディーやマカロンが置かれていたことだ。


 あの時は無かったはず、食べたい……そんな欲求が湧いてくるが、今日は目的があるんだ。


 それはあの時食べたシュークリームだ。


 ケーキやマカロンはまた今度にしようと、出迎えてくれた変わらない優しい店主さんにショーケースからシュークリームを取ってもらう。


 あの時と同じで、歩きながら食べると言ってそのまま貰い、お金を払って店を出る。


 気分はあの時と同じだ。でもあの時は美味く食べられず、中のカスタードクリームが溢れて手を汚してしまったんだっけか、とほろ苦い記憶を思い出しながら、私は家に向かって歩き出す。


 触っただけで、はち切れんばかりのカスタードクリームが入っていることが分かる。私はそんなシュークリームのフィルムを剥いでかぶりつく。


 パイ生地のように積み重なった程よくサクッとしっとりと、しっかりとした生地から甘いカスタードクリームがバニラの優しく甘い香りが立ち昇る。


 この生地自身がカスタードクリームを離すまいと、カスタードクリームと一緒に食べろと言っているのか、最後までカスタードクリームで手を汚すことは無かった。


 生地とカスタードクリームの絶妙なバランスが、口の中で甘さでしつこくなることは無く、何個でも食べられそうだ。


 今度来た時は、シュークリームを更に買ってみようか。それとも、シュークリーム以外のケーキやマカロンを食べようか。


 嬉しい悩み。その全てを達成できるという心の余裕。


 純粋に楽しみだけが増えていく。


 些細な日常でのこうした楽しみや嬉しさ。これが、私が大切にしたいことなんだなと、漠然とだけどなにかが見えた気がする。


 青く広い空から降り注ぐ太陽の光が眩しい。


 これから、あの時行ったあの場所へ向かおうかな。今の私はそういう気分になってしまったから。

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